桜を敷き詰めて
私立織川学園。通っていた高校には、自分が女子の制服を着ている以外は何も変わらないまま、足を踏み入れることが出来た。
たくさんの生徒が集まる校門で、人の視線にビクビクしてしまう。どうにも、スカートを履いて人前に出る事が、恥ずかしさを際立たせているような。
気付けば恭弥はさっさと下駄箱まで移動しているのに気付いた。
そう、この体、背が縮んでしまっている分歩幅が狭くなってしまっているのだ。ちょっとくらい待ってくれたっていいじゃないか。
「ほら、ボサッとしてねえでさっさと行くぞー」
「あ、恭弥ちょっと待ってよ!」
「はいはい。転んだりとかするなよ」
「しないよ!」
慌てて駆け寄りながら、靴を履き替え恭弥の後ろを着いて教室へと向かう。
そして、開いた扉の教室は2-C。なるほど、ここが今年一年お世話になる教室か。
「あ、瑞希ー! おっはよー! 体調はもう大丈夫?」
「あ、友梨。おはよ。体調はもう大丈夫だよ」
教室の戸を開いて、最初に声を掛けてきたのは見知った顔その2。南河友梨だ。男の時も結構仲良くしてた方で、瑞希の方もよく連絡を取り合うような仲だったようだ。
なので、まだ会話がしやすい人に分類してもいいだろう。
そかそか、元気になったかー。と、満足そうにうなづいている。
「その割には階段で足を滑らせて転げ落ちそうになってたけどな」
「ちょっ、それは関係ないだろ! あっ、もう……!」
「どうだかね」
からかうような恭弥の言葉に、つい演技も忘れて言葉を返してしまう。けれど、二人の様子を見る限り、違和感を感じたりはしていないようだった。
まぁ、瑞希も結局俺だからね。きっと口調が上品だった訳では無いのだろう。うん、そういうことにしておこう。ずっと演技し続けるのも疲れるだろうし、せめて、この二人の前でくらいは普段通りに話していたい。
「もう、またそうやって瑞希をからかう。そんなんばっかやってると瑞希に嫌われちゃうわよー?」
「そうだぞー、嫌っちゃうぞー。」
ニマニマとした笑みを浮かべている友梨に、取り敢えず便乗してみる。棒読みなのは、あくまで冗談だというのを分かりやすくするためになのだ。
「う、うっるせぇ! まったく、転びそうになったの助けやったのは俺なんだから少しは感謝しろよな……」
「感謝はしてるよ。ありがとう、恭弥」
「……あー、ったく。なんか調子狂うなぁ」
「ふーん。その話、あとでじっくり聞かせてもらおうかなー? 話してくれるよね、恭弥クン?」
この、やり取りに安心する。俺の性別が変わっても、この二人が変わるわけじゃないもんな。そうだよ、うん。変わったのは、俺の見た目だけ……それに気付いてるのも俺だけなんだから、深く悩む必要なんて無かったんだ。
こうして三人笑い合う。それが、当たり前のことなのに、とても嬉しく感じた。
「はいはい、ホームルーム始めるよ。席に着いて!」
まぁ、そんな時間もすぐに、入ってきた担任の一言で終わってしまうのだけれど。
そういえば席……友梨が指さしてるのは、あの窓際の席か。
いいよね、窓際。
この教室から見える外の景色は、なんだかとても綺麗に見える。
一面に広がる桜の絨毯が、そう見せているのかもしれない。
綺麗な景色だ。とても、綺麗。