生まれ変わった、俺
性別が変わった日の朝、俺は今、母親に下着の付け方や制服の着方を習って学校の制服に袖を通していた。時刻はもうお昼前、始業式には到底間に合わない。
「どう? 変に感じるところとかは無い?」
顔を覗き込むようにして母さんが問い掛ける。よく、俺が男なんだっていう話を聞いてくれたものだ。普通なら色々と疑うような部分は多いだろうに。
制服のブレザーを身に纏い、少し体を動かしてみる。
上半身は今までに無かった膨らみで重心が変わってるような気もするけれど、多分大丈夫。問題は下半身である。
スカート。スカートなのだ。言ってしまえば、腰に布を巻き付けただけの服。歩く度に下から入り込む空気が、違和感を暴走させる。
まさか、罰ゲームとかを抜きにスカートを履く日が来るとは思わなかった。
「お、お母さん……スカートは、流石に……」
「そうねぇ……取り敢えず、タイツでも履いておく? 少しは違うと思うけど……」
そう言って手渡されるタイツ。みょんみょん。おお、結構伸びる。
タイツを履くと確かに違う。これは暖かい。さっきまでとは全然違う。
何より足が包まれている感覚か安心感を与えてくれる。
「こ、これなら……うん。さっきよりはマシかな」
「そう、良かった……それにしても、端希の心が男の子になっちゃうなんてね」
お母さんは瑞希と、そう呼んだ。
俺の名前は和希。白川和希、だった。けれど、その名前を口に出せないままでいる。
その言葉は、とても重たく、心に突き刺さる。言ってしまえば、別人が、入っているのだから。元の本人はどこに行ってしまったのかも分からないのだ。まるで、人を殺してしまったかのような錯覚に陥って、俯いてしまう。
「……あなたの考えてること当ててあげましょうか?」
「え……?」
そんな俺の様子を見て、なのかどうかは分からないけど、その母親の言葉にふと目線を上げる。
「前の瑞希はどこにいってしまったんだろう。もしかして、自分が消してしまったんじゃないか……そんなところじゃない?」
まるで、本当に心の中を見透かされているかのように、母親は言い当ててしまった。
「なん、で……?」
分かったの?
怖くて、申し訳なくて、涙が溢れてくる。嗚咽が交じる喉は、その先の言葉を喉に引っかかり、そのまま消えてしまった。
「なんでって、私はお母さんよ? 戸惑いが無いとは言わないけど、私はあなたの親だもの」
「でも、それは……俺じゃなくて、本当の……」
「……いい? 聞きなさい和希」
「えっ…………?」
母親が口にしたのは、まだ名乗っていなかった俺の名前。いつもと同じように、俺の名前をこの人は呼んだ。
理解が追い付かなくて、頭が真っ白になる。
母親はしっかりと俺の目を見て続ける。
「あなたは私の娘の瑞希であると同時にね、息子の和希なのよ。ただ、それだけのこと。今ので確信したわ。あなたは私の子よ。間違いなく、ね」
どうして、俺の名前を知ってるんだろう。一度も、口に出した記憶は無いのに。
未だ、呆然とし続ける俺の頭を優しくて温かい手がそっと撫でる。
「最初から、決めてたのよ。女の子が産まれたら瑞希、男の子が産まれたら和希って名前にしようって」
優しく撫でる手は、零れかけた涙をすくって離れていく。
「俺は、俺は……和希です。母さんの、息子の、和希でした……」
「うん、分かってる。大丈夫よ、心配しないで。お母さん、ちゃんと分かってるから……」
堪えきれなくなった涙を零し、スカートの裾を強く握り、俯き、泣き続ける俺の背に、母親の、お母さんの手が回され、強く、優しく、抱き締められた。
「まだ、不安がいっぱいあるかもしれないけど、大丈夫。お母さんが支えてあげるから。あなたがここにいるって事は、きっと、あの子はそっちに行ったのよ。同じ私だもの。きっと、気付いて、支えてあげられるわ」
この日、俺は何度泣いたのだろう。
ただ、一つ言える事があるとするならば、私はこの日からまた、お母さんから生まれ変わったのだと思う。
母親の温もりは、変わらなかった。