PIANO 白銀 優哉編
幼馴染、というものがここまで関係として続くとは、あの頃は考えなかった。
勿論、嫌なわけじゃない。
彼らは非常に良い友人だから。
だけれども。
「……なーんかこう、………もやもやするんだよなぁ」
「なーにやってるんだよ、優哉!」
友人の一人が声を掛けてきた。
机に突っ伏したままの優哉の背中を思いっきりぶっ叩く。そのおかげで優哉は思いっきり机とキスをする羽目になり――というか、鼻まで潰れるような格好になり、
「ッッ!? いってぇええ!!!! ぁにすんだお前!」
ガバッと身を起こすと、見慣れた友人の顔があった。
「何すんだ、じゃねぇだろ。お前らしくないぞー? お前は能天気に笑ってんのが似合うっつうのに、そんな風に机に突っ伏して溜め息なんか吐いてちゃ、こっちも停滞ムードになんだろ」
「何これ苛め? 新手の苛めですか?」
「何言ってんだよ。みんな心配してんの!」
優哉が面倒臭げに周りを見回すと、友人達はニカッと笑ってみせる。
明るい性格の優哉には、友人も多い。というか、この学校で彼の友人でない者の方が圧倒的に少ないだろう。
異性問わず仲良くできる。それが彼だった。
「あー? まじで? 何これみんな俺のこと心配しちゃってる系?」
おどけて言ってみると、友人達の笑い声が辺りを包んだ。
「んで? 能天気な優哉さんが、何を悩んでるんですか?」
「なぁ、俺ってそんなに能天気に見える?」
そう訊ねると、友人達からいっせいに肯定された。
「うん、見える」
「……まぁ、それ以外の何ものにも見えないよね」
「とりあえず能天気っていう印象の方が強いわ」
「っていうか、優哉から能天気とって残るのってなに? 頭の良さくらい?」
楽しげな笑い声が響く。彼らが笑ってくれていることに不快感は感じないが、少し落ち込んだのは否めない。
「……よし、俺、これから超真面目なキャラになるわ!」
「優哉には無理でしょ」
言って一秒も経たぬうちにばっさりと切り捨てられ、優哉は机に撃沈した。
ゴン、と、それなりにイイ音が立つ。
「で? 何を悩んでたわけ? まさかの恋の悩み? 彼女欲しいとか?」
いやいや、何でそう言う思考になるんだろ? とか思いながら、
「いや、そんなんじゃねぇよ」
そう言うと、女子の友人達が、
「えー? 本当かなぁ?」
「隠さなくっても良いんだよー? 優哉だけじゃ恋なんて成就できないだろうしねぇ。あたしがサポートしたげる!!」
「っていうかあたしを彼女にしない? そしたら優哉に数学とか物理とか色々教えてもらうのー!」
そんな調子の良いことを言った女子に、男子の一人が
「お前は無理だろ。その面じゃ」
「何それ!? ねぇ優哉、あたしのこと考えてよ!! こんな奴に否定されるとか、腹立つし!!」
「はは。まぁ、多分ほんとに恋愛系の悩みじゃねぇから。そっち側はちょっと考えられねぇかな」
えー、と不満そうな声を耳にしながら、優哉は椅子に寄りかかってふと気になることを訊ねてみた。
「……なぁ。お前らって、幼馴染とかいるわけ?」
そう訊ねると、彼らは首をひねった。
いないとは言わないけど、もう付き合いがない、という答えが殆どだ。
「なになに? もしかして嘉架のこと気になってるの? やーん、優哉ってば背徳的ー☆」
「いや、そういうんじゃねぇんだけど」
「隠さなくってもいいよ!! あたし、そういうことなら優哉に全面的に協力する!!」
「あたしもあたしも!! 優哉と嘉架って、なかなか絵になるもの!」
「……腐女子め」
どう考えても優哉より女子達の方が背徳的な発言をしているというのに、男子達は笑うばかりだ。
「おい、おまえらも何か言ってくれよ?」
「いやー、神月とお前見てたら、女子達が騒ぐのもわからなくはないぞ?」
「え、まじで? 俺そっちの趣味ねぇんだけど」
「まぁまぁ、観念したまえよ優哉君」
「って誰だよ」
突っ込みを入れると、再び大きな笑い声。
そうやって友人達の中にいるのは、とても楽しい。
……でも、時々。
本当に時々……考えてしまうのだ。
あの少女のことを。
だって彼女にはそんな環境が、恐らくない。
いつもいつも蔑まれて。侮蔑の眼差しと嘲りの言葉が掛けられるだけ。そんな環境に、彼女が耐えきれているのが酷く不思議なほどだった。
出会った頃から弱くて、あまり人と付き合うことに慣れていなくて。いつも嘉架の後ろに隠れては、様子をうかがっているばかりだった。
「………お前の支えになれてるなら……良いんだけどな」
でも、もう彼女との付き合いはそんなに多くない。時たま嘉架の家に行こうか、なんて言って彼の家に行った時に彼女の顔を見るくらいだ。
でも、それだけで嬉しそうな顔をしてくれる彼女のことは、本当に可愛いと思う。付き合ってきた時間から考えれば、本当の妹のように思っていた。大切にしている、という意味では、きっと嘉架にも負けないと思っている。
……だから。
だから嘉架が、“あのこと”について黙っているのも、判らなくはなかった。
いつかは知ることだとしても。でもどうか今だけは、と。
…………彼女の涙を、見たくないと。
「……俺達のエゴでしかねぇんだろうけどさ」
自嘲の笑みを零す。いつかは知ることだし、知らなければならない。
このままなかったことに、なんて都合の良いことは出来ない。それくらい、判っているのに。
「…………どうして………決心が……つかねぇんだよ………っ」
右手の拳を、血が滲むほど強く握り締める。
「……なぁ。俺は、お前の泣く顔が見たくねぇよ。……でもさ。いつかは知らなきゃいけないことだとして……俺はどうすればいいんだろうな……?」
友人達の楽しげな笑い声が響く教室の中、優哉は独り、目を伏せた――