巫女姫
「まぁ、取り敢えず座りなさい」
占い師の老婆は笑った後、空いている椅子に座るよう美優に促した。
美優は空いている椅子に腰掛け、老婆と向かい合う形で座る。
「さて……何を占って欲しいんだい?」
「あの…今日は占って欲しいという訳じゃなくて………その………今、言った“巫女姫”について聞きに来たんです」
一瞬だけ、老婆の頬の筋肉がピクリと動く。
「……“巫女姫”って何ですか? もしかして、アタシが変なモノや夢を見たりする事に関係があるんでしょうか?」
「…………」
ほんの一時、無言という空気がその場を支配し、辺りは静寂に包まれた。
美優はこの瞬間、余計な事を聞いてしまった……と心の中で後悔をした。
しかし、老婆は美優の思いとは裏腹に「あぁ」と呟きながら一人頷いた。
「そうかい……やっぱりあなたはあの時の………さっきは私も無意識に口に出してしまったようだ……………………私が言っていたのを覚えてくれていたのかい?」
「いえ、昔あなたに占ってもらったという事を母と姉から聞いて………」
「そうかいそうかい………それで、お父さんは……元気にしているかい?」
「………父は……だいぶ前に亡くなりました…」
「………………そうかい。余計な事を聞いて悪かったね……」
「いえ……」
「巫女姫について、だったね………さぁて、どこから話そうかねぇ……」
老婆は長い白髪を手で弄りながら暫く考えた後、口をゆっくりと開いた。
「まず、あなたの質問から答えようかね………あなたが様々な夢や異形の者達を見るのは………率直に言うとその巫女姫と関係があるんだよ……」
「素質……というものですか?」
「それもあるけど……一番の理由はあなたの前世が正統な巫女姫だった事……そして、生まれ変わり…普通の身分となっても尚、その力が衰えていない事にある………人は誰しも前世に関係を持って生まれてくる。けれど、前世の力をそのまま持って生まれてくる事はまず無いんだよ」
いきなり告げられた事に美優は驚き、言葉を失う。
逆に老婆の口は開かれた水門の如く、言葉という水を大量に流す。
「ならば、巫女姫とは何だ? という話しになる。“巫女姫”とは……その昔、神や精霊と交信し、その力を使役する事が出来る女性だと言われているんだが………詳しい事は私にも分からない。ただ、その力は“神の力”と呼ばれ、異形の者達が喉から手が出るほど欲しい力とされた……」
「……喉から手が出るほど欲しい力という事は…その女性は異形の者達に狙われていたんですか?」
「あぁ、とは言っても多くの巫女姫は自身の力をちゃんと使う事が出来たから…狙われていても迎え討つ事が出来たのさ。問題なのはまだ力の存在を知らない幼い子供や力がまだ使えない未成年の女性さ……人間は若い者程、力の質が高くなる……つまり、そういった者達は奴等にとって最高のご馳走なのさ…」
ご馳走…という言葉に美優は静かに息をのんだ。
しかし、物騒な言葉とは裏腹に彼女は恐怖をあまり感じていなかった。
「でも……アタシが今まで見てきたモノにはそんな恐ろしいモノはいませんでしたけど……」
「おや? そうなのかい? 今まで大きな怪我や事故に遭ったことは?」
「無いですね…」
老婆は美優の言葉に驚き、ギョロッと目を見開いて顔を近付ける。
美優はその行動に対し、身体を少しだけ反らしてしまった。
「そうかい。…いやぁ、普通は物理的な被害に一度や二度は遭うんだけどねぇ………あなたは幸運だねぇ……」
「そう…なんですか?」
「あぁ。少なくとも奴等から見れば、あなたは天然素材を使ったご馳走さ……しかも、キズ一つ付いていない…最高級品だよ」
目玉をグリグリと動かしながら一通り美優を眺めた後、老婆は姿勢を正し、椅子に座り直した。
「さて………それじゃあ占ってみようかね」
「あ、いえ………アタシは占いとかは……」
「おや、未来を知るのが怖いのかい?」
「そんなことありません。……ただ今日はさっきの事を聞きに来ただけで……」
「ならば、気にしなくて良いよ。年寄りの戯れだと思ってちょいと付き合っておくれ…」
老婆はからかうように笑った後、今度は突如真剣な眼差しで美優を見詰める。
その急な態度に美優は少したじろいだ。
「な、何か……?」
「私はこう見えて辻占をしているんだよ。辻占って知ってるかい? 夕暮れ時に辻……すなわち今で言う交差点に立って道行く人の話しを聞き、その情報を元に占う………日本古来の占いだよ。私はその占いの他に相談者と会話をし、その人の人間性などを知ってからそれらの情報も織り交ぜ、占う…………まぁ、我流だねぇ」
「人間性……ですか?」
「性別や性格、癖……その人のあらゆるものだよ。さて………見た限りじゃ、学業、交友関係、生活、疾病は問題無さそうだね。ただ……」
そこまで言ってから老婆は急に口を閉ざしてしまった。
暫しの間、無言が続いた後、美優はそれに堪えきれず老婆に尋ねる。
「……どうしたんですか?」
「………この結果はあまり良くないけど、聞くかい? 悪い結果を聞くかどうか……それは相談者が決める事と私は思っているんでね……」
「聞きます。聞かせて下さい!」
「………分かった。言おう……あなた、最近何か大変な目に遭わなかったかい? しかも巫女姫絡みで……」
「ど、どうしてそれを……!」
ここに来てから美優は異形の者が見える事と夢の事しか話していない。
変な男達に襲われた事はまだ話していないのだ。
「巫女姫の事について聞きたい……って言われたんだ。察するのは簡単だよ。……………話しに戻るよ? あなたはそう遠くない未来、死を体験する……」
「………!」
いきなり告げられた事の大きさに美優は呆然とするしか無かった。
まるで医者から余命の宣告を受けた患者のように固まるしかない。
「……いきなり、変な事を言ってすまなかったねぇ。勿論、根拠はあるんだよ………この頃、物騒な事件がこの辺りであるだろう? あまり大きな声じゃ言えないが………あれは人間の仕業じゃないんだよ…」
「……異形の者の仕業…ですか?」
「そうだ………そして、そいつの狙いは………あなただ」
「…………」
「最近、あまり異形の者の数が減ったのも皆、危険を察知して逃げ出したからなんだよ………………………お寺や神社では今、そいつを探すのに躍起になっているけど………果たして勝てるかどうか……」
「………そう、ですか」
それだけ呟くと美優は椅子から立ち上がり、老婆に向かって笑顔でお辞儀をした。
「ありがとうございました! 色々と分かって助かりました!」
「巫女姫………」
「あ、アタシの名前……まだ教えてませんでしたね。アタシ、月見里美優っていうんです」
「月見里……美優……そうかい。良い名前だね」
「ありがとうございます。えぇと……じゃあ、すみません。門限があるので………これで失礼します」
美優はそう言うと老婆に背を向け、その場を去ろうとした。
本当は占いの結果で不安になり、今すぐにでも走ってその場を去りたかった。けれど、美優はその結果を受け入れる為、ゆっくりと歩いた…………時間を掛けてゆっくりと……。
その時だった。
後ろの老婆が声を発したのは…。
「……あぁ、そういえば……恋愛面を言い忘れていたね」
「……恋愛…ですか?」
「そうだよ。あなたの結果は………大変良好だねぇ」
「良好って……アタシは恋人なんていませんよ?」
「いやいや、そうじゃなくて……あなたの恋人になる相手は……意外と近くにいるよ。お互い、今は別の意味で気になっているけど………多くの苦難を乗り越えていく内に自然と異性として惹かれ合うだろう………ま、先に惚れるのはあなたの方だからすぐに分かるよ…」
「は、はぁ……」
「それと、自分の運命を受け入れようと決心したあなたにご褒美として良いことを教えてあげよう………さっき言った“死を体験する”について……その言葉には二つの意味がある。一つは死そのものを実際に体験するという事………もう一つは死に関わる体験…すなわち、九死に一生を得るという事……あなたの行動次第では結果は後者になる………今の所は前者が近いが、なぁに…あなたの性格ならいつも通りで大丈夫だよ………こんな占い師に名前を教えてくれる心優しいあなたならねぇ……」
「はぁ………ありがとう…ございます」
意味深な事を口走った老婆にお礼を言った後、美優は家に帰る為その場を後にした。