現れる少女
「やだ! 離して! 離して下さい!」
男達の拘束から逃れようと、美優は抵抗するが……相手は大の男2人、少女1人の力ではどうする事も出来ない。
「………少し……大人しくしてもらおうか………あまり暴れると………人目につく……」
話していた男は美優の目の前に近付き、大きく腕を振り上げた。
「誰か……誰か助けて!!」
無駄とは知りつつも、目を瞑りながら美優は必死に叫んだ。
誰かが気付いてくれる事を祈りながら………。
そして……その祈りは届いた。
「あなた達……そこで何をしているのですか?」
突然聞こえたその声に、男は振り下ろすのを止め、美優は恐る恐る目を開ける。
美優の正面には相変わらず一組の男女しかいない。
「……何者……だ……?」
正面に居る男は美優の後ろを見て尋ねた。
どうやら、声の主は後方に居るらしいのだが……男達に拘束されていて、美優は見る事が出来ない。
「憑依されている者に言ったところで、覚えてもらえないから言いません。第一、ナンパをするならもう少し優しくしないと嫌われますよ?」
憑依……という言葉に美優は疑問を抱き、同時にこの状況をナンパと表現した事に心の中で笑ってしまった。
しかし、状況は状況……声からして駆け付けてくれた人物は少女のようだが、大の男4人と女1人、計5人を相手に少女2人では勝ち目は無い。
美優はその人物に向かって叫んだ。
「逃げて! この人数相手じゃ……」
「助けを求めたのはあなたなのに“逃げろ”とは随分な言い草ですね……まぁ、その優しさを見てきたから私もあの人の頼みを聞いたのですが………………その御気遣いだけ、感謝して頂きます。月見里美優さん」
「えっ……?」
見てきた? あの人の頼み? それに自分の名前を知っている―――。
美優は少し考えたが、どれも該当する人物と接点が思い浮かばない。
そんな美優の思考を遮るかのように、その人物は男達に向かって言葉を続けた。
「話しを戻します。そんなに私の事が知りたいなら、これだけは教えてあげます。私は………………通り掛かりの化け物ですよ…」
その言葉が聞こえた瞬間、美優は背後に衝撃を感じた。
それと同時に、圧迫されていた右肩と右腕が解放される。
「ぐあぁぁ…………ぁぁ……」
見ると、美優の前に先程右側を拘束していた男と背後に居た男が倒れている。
「この小娘……がはっ……!」
左側を拘束していた男は謎の人物目掛けて、声を発するが……言い終わらない内に殴られたのか、歩道橋の柵にもたれ掛かるようにして気絶した。
「えっ、えっ……一体何が……」
「大丈夫ですか?」
自由になり、何が起こったか分からない美優に対し、声の主はそう問い掛ける。
見るとそこには、飴色の髪を短くツインテールにした美優より少し背の低い少女がいた。
少女は上は着物、下はスカートといった変わった服装をしており、目は夕日のように紅く染まっている。
「あ、あなたは……」
「説明は後からです。今はこの場から逃げましょう」
「逃がすと………思っているのか……」
そう言った男の顔には、あの大きな蜘蛛が長い足を動かしながら相変わらず、張り付いている。
よく見ると、隣にいる女や起き上がってきた二人の男達の顔面にも、それぞれ大きな蜘蛛が張り付いていた。
「……っ!?」
「……一人は気絶させましたから、あとは四人だけですね。……………纏めて掛かって来てください、相手になります」
だが、少女はそれに臆するどころか……逆に彼らを挑発する。
「……嘗めるなよ、小娘………蜘蛛は………一度捕らえた獲物は………絶対に逃がさん……」
そう言うと、3人の男達は一斉に美優達に向かって来た。
一方の女は、銀色の何かを手に持つ。
折り畳み式ナイフだ。
「……そう来なくちゃ、面白く無いですよ」
少女はその光景を見て、ニヤリと口元を緩ませると、素早く美優の前に出て男達に向かう。
場所は歩道橋なので、横に逃げ場の無い一方通行………しかし、別な視点から見ると一斉に来ても一人ずつ相手にする事が出来る。 挟まれれば多数が有利だが、片側のみの場合は個数が有利となる。
「邪魔を……するな……」
先頭に居る男は近付いてきた少女に向かって、拳を突き出した。
しかし、少女はそれを相手にせず、スライディングで拳をかわしながら男を転がす。
そして、二番目の男へと向かって行った。
「嘗めるな……」
先程の行動を見たのか、二番目の男は姿勢を少し低くしながら蹴りを繰り出す。
けれど、少女はジャンプしてそれをかわすと、まるで跳び箱のように男の頭に手を乗せ、上から飛び越えた後、着地した。
だが、少女の目の前に三番目の男が立ち塞がり、拳を降り下ろしてきた。
恐らく、距離が短ければかわされないと思ったのだろう……。
だけれど、少女はそれに驚かず、バク宙を行って男の拳をかわすと、二番目の男の背中を足場にして、飛び蹴りを繰り出した。
「ガハッ……!」
加速を付けた飛び蹴りをまともに受け、吹っ飛びながら倒れた男を見た後、少女は二番目の男の方へ向き直る。
二番目の男は少女が向き直った瞬間、間髪入れずに拳を突き出した。
それを見た少女は体を僅かに横に逸らして避けながら、逆に回し蹴りを二番目の男のこめかみに当てる。 蹴られた男は歩道橋の柵に勢いよく叩き付けられ、気絶した。
「うあぁぁぁ………」
呻き声を上げて倒れる男………すると、今度は入れ代わりに先程ナイフを取り出した女が少女の後ろから襲い掛かってきた。
「ああぁぁぁぁぁぁ…!」
「危ない!」
少女の頭目掛けて、ナイフを降り下ろす女を見て、美優は叫ぶ。
少女はすぐに女の方に向きを変えると、腕を交差させ、ナイフを女の腕ごと受け止めた。
「得物を使うのが卑怯……という訳では無いのですが………情けなく無いですか?」
冷たく言い放った後、少女は女の腕を掴み、そのまま自身の腕を下げて転がす。
勢いよく転がされた女は暫くゴロゴロと転がった後、素早く立ち上がる……が、目の前には少女の姿があった。
「女性を蹴るのは躊躇いますが……顔の蜘蛛を取りたいので……」
小さく呟いた後、少女は女の顔面を蹴飛ばした。
女は大きく飛ばされ、そのまま倒れる。
「さて……残りは一人ですか……」
少女は独り言を呟くと、スライディングをしてかわした先頭の男を静かに見据えた。
男はフラフラと体を暫く動かした後、少女に向かって猛然と走っていく。
少女は右手で拳を作り出した後、それを少し引いて身構える。
「我らの………主の………邪魔をするなぁぁぁぁ…」
「隙だらけですよ?」
叫ぶ男に対し、少女は呆れるようにそう言うと、男の眉間に拳を叩き付けた。
腹部を殴るのだろうと予測し、防御の型を取りながら走って来た男は予想外の攻撃を受け、その場に倒れる。
「まぁ、良い準備運動にはなりましたが……」
周りで気絶している男女を見ながら、少女は呟いた。
今、この場で立っているのは美優と少女しかいない。
「あなたは……一体……」
「それよりもまず、この場を離れる事が優先です」
問い掛けを遮りながら、少女は美優の手首を掴むと、歩道橋を降りてその場から走り去った。