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ソウルライフ~見鬼の少女と用心棒~  作者: 吉田 将
第壱幕   二人の用心棒
18/158

恐れの先へと行く覚悟

「おはよう」


「おはよ~」


 朝の8時……校門が生徒達でごった返す中、そこには制服姿の美優が居た。



 正吾達が去ってから暫く、美優は母親と姉と少しの会話を交わしてから登校する時間まで仮眠を僅かだがとった。

 母親達からは「無理せず休んで」と言われたが、美優はそれを頑なに拒み、学校へ登校した。

 なぜ彼女がそこまで無理をするのか?

 それは、春輝と交わしたある約束の為であった。


 ―――お前が望むなら会わせる事ぐらいは出来る。


 春輝はそう言って、アパートを出る美優を見送ったのだ。


「……お父さん」


 死後も陰ながら自分を守ってくれた大切な存在に美優は会いたかった。

 家の仏壇に手を合わせ、心の中でこそお礼は言ったが出来ることなら、


 ちゃんと会ってお礼が言いたい―――。


 美優はそのことで頭がいっぱいだった。


「五十嵐君、もう来てるかな?」


 教室のドアの前に立ち、一呼吸置いてからドアノブに手を掛ける。

 しかし、美優はすぐにそれを開けることが出来なかった。

 なぜか、いつもやっていることなのに……今日に限ってはそれが出来ない。

 手は汗をかいており、心臓の鼓動は早くなっている。

 緊張していることは自分でも嫌という程分かった。

 だが、何に緊張しているのか? 美優にはそれが分からなかった。


(嬉しい筈なのに……どうして?)


 自身の中の不明な気持ちを疑問に変え、緊張を少しだけ和らげた美優は思いっきりドアを開ける。

 そこには見慣れた景色と友人達、温かな雰囲気があったが春輝の姿は無かった。


「まだ来てないんだ……」


 残念な気持ちとは裏腹にどこかホッとした気持ちに戸惑う美優。

 そのまま席に座り、カバンの中に入れているある物を確認しながら時計を見る。

 針はあともう少しでHRホームルームが始まる時刻に差し掛かろうとしていた。


「今日は休むのかな?」


 美優はともかく、春輝は絡新婦と激しい戦いを行って疲労が溜まっている。

 風を引いた、などと言って休むかもしれない…………それに憑纏の負担があるかもしれない。

 けれど、そんな美優の不安は突如として破られた。


「うおぉぉぉぉぉあぁぁぁぁぁ!!!! 遅れる遅れる遅れるー!!!!」


 怒号に近い轟音を発しながら一人の男子生徒が校門をくぐってくる。

 他ならない……春輝だ。


「ほら、春輝。早くしないと遅刻してしまいますよ?」


 その春輝の先を小鈴が走っている。

 まるでマラソンを先導する白バイのようだが、残念ながら小鈴も春輝同様、足で走っている。

 しかも、更に残念なのが春輝が小鈴よりも若干遅いことだ。

 これは鬼と人間の身体能力の差なのだろうか?


「遅刻するって分かってるなら、なんで起こしてくれなかったんだよ!?」


「だって、春輝は携帯電話のアラームを設定してそのまま充電してたじゃないですか」


「いや、確かに充電器には差してたけど……充電器のコンセントは差さっていなかったんだよ!」


「……バカですか?」


「……何も言えん、ってこんな事してる場合じゃねぇ!」


「あぁぁぁぁ!!!!」と雄叫びにも近い声を上げながら春輝は校舎の中に入って行く。

 彼の姿が美優の視界から消えても、その声だけは廊下の方から未だに聞こえていた。

 これが夜の学校だったら、完全に怪談のネタになっている。


「……五十嵐君」


 美優はそれだけしか言う事が出来なかった。

 だが、それだけの言葉だからこそ呆れるだり安心するだり、といった様々な感情が含まれるのかもしれない。

 音も空気も景色も、見るもの聞くもの感じるもの全てのものが日常そのものだった。


「はぁ、はぁ……よっしゃあー! 間に合ったか?」


 平和な日常のありがたみを美優が改めて感じている最中、先程学校に入ってきた筈の春輝が息を乱しながら教室のドアを開け、姿を現した。

 恐らく、ここまで全力疾走してきたのだろう……春輝の顔には疲れと汗が浮かんでおり、髪や服装は強風に当てられたかのようになっている。


「おはよう……五十嵐君、小鈴ちゃん。まだ大丈夫だよ」


「おわっ! 月見里、来てたのか? 無理しなくても仮病使って休めばよかったのに……」


 美優が居たことを予想していなかったのか、春輝は驚いてから心配そうな顔で美優に近付いてくる。

 そんな彼の後ろから小鈴がひょっこりと顔を出し、軽く頭を下げた。


「そういう五十嵐君だって学校に来てるじゃん」


「いや、俺は男だし……それに大して疲れてもいないから」


 しどろもどろになりつつ、自分の席へと座る春輝。

 けれども、再び真顔で美優の方を向く。


「…………本当に大丈夫か?」


「……うん、本当に大丈夫。心配してくれて、ありがと」


 作った笑みではない自然な笑みを顔に浮かべる美優。

 そんな彼女を見た春輝は漸く、いつものような笑顔を見せた。




 ――――――【1】――――――




 HR、授業……午前中の流れを一通り終え、昼休みを迎えた春輝と美優と小鈴は現在、学校の屋上に来ていた。

 春輝は購買で買ってきたであろう焼きそばパンを頬張っている。


「今日は中庭で食わねえのか?」


「うん、千夏も委員会で居ないし……五十嵐君にも渡したい物があるから……」


「まさか……チョコレート!?」


「今日はバレンタインデーではありません。それに寝言は寝てから言って下さい」


 春輝のボケに相変わらず容赦ない突っ込みを入れる小鈴。

 美優はそんな二人の漫才を苦笑いで眺めながら、一つの包みを渡す。


「ほら、この前商店街で約束したでしょ? 何か作ってきてあげる、って」


「……そんな約束をしたのですか? また他の人に迷惑を掛けて……だからあれほど、自分でお弁当を作るようにと……」


「お、サンキューな! 月見里。……おぉ、すげぇ! お前、煮物なんて作れるのか」


 姑のように小言を言う小鈴だが、当の春輝はそんな言葉など露知らず……包んでいたタッパーの蓋を開けて感心していた。


「しかも、味付けも丁度良いし……月見里は料理上手なんだな!」


「あ、ありがと……」


 春輝の賛辞の言葉を美優は素直に受け止めることが出来なかった。

 なぜなら、彼の隣に居る小鈴が無言で春輝を睨みつけている為、その威圧感に耐えきれずそれどころじゃなかったからだ。


「……人の説教を聞きなさい!」


「ゴフッ!?」


 鬼の堪忍袋は案外切れやすい。

 小鈴は春輝に対して回し蹴りを行い、彼を吹っ飛ばした。

 彼女の真横に居た春輝にとっては大きなダメージになったのだろう……彼は思わず、持っていたタッパーを手放してしまった。

 鬼の鉄拳ならぬ鉄脚である。


「まったく……」


 しかし、タッパーは落ちること無く、小鈴の手の中に収まる。

 どうやら、理性までは飛んでいないようだった。


「…………で、美優さんはこれをわざわざ持ってくるためにここに来たわけではありませんね?」


 無視をされた仕返しなのか、小鈴は春輝をそのままにして美優へと問い掛ける。

 その言葉に今までのやりとりを呆然と眺めていた美優はビクリッと身体を震わせた。


「おおよそ、アパートに居た時の春輝の言葉が原因なのでしょう?」


 小鈴は気付いていた。

 美優が何のために無理をして学校に来たのか、春輝に会うために屋上に来たのか、を……。


「自らの欲で春輝と会う……あなたはそれに少なからずの罪悪感を密かに感じていたのでしょう? だから、早々に本当の用件を伝えることが出来なかった……でも、大丈夫ですよ。会わせると言ったのは春輝ですし、甘えて良いと思います」


「でも、アタシは……何だか、まだお父さんに会うのが……」


「怖いですか?」


 美優が心の中で疑問に思っていた答えを小鈴は平然と言ってのけた。


「肉親といえども死後の存在とまともに向き合うのは怖いですか?」


「そ、そんなんじゃ……」


「仕方ねぇよ、小鈴」


 小鈴への返答に困っている美優の言葉を春輝が紡ぐ。

 彼は回し蹴りを受け、身なりこそは所々汚れていたが……その纏う雰囲気は同一人物とは思えないほどに変わっていた。

 それはまるで、憑纏した時の状況を再び思い起こさせるようだった。


「昨日の今日だ。悪い例とはいえアレも一部は死後の存在が含まれている……生前とのギャップに恐れるのも無理はない」


「……なるほど。でも、どう変わっていようとあなたを想っているお父さんには変わりないのですよ?」


 小鈴の言葉に美優はハッとする。


 そうだ。どう変わっていようともお父さんはお父さんだ。それだけで十分ではないか?―――。


「そうは言ってもなぁ、小鈴。人間はお前らのようにそう易々と恐怖に立ち向かえるもんじゃねぇんだよ。現実の恐怖に立ち向かうためにはまず、己の中にある恐怖を……」


「恐れを乗り越えた先には……」


 春輝の言葉を遮り、美優は唐突に口を開いた。

 春輝と小鈴はお互いに話すのを止め、美優の方に顔を向けてジッと耳を傾ける。


「……恐れを乗り越えた先には、アタシの願いが叶うのかな?」


「……叶うかどうかは分からない。それが『叶った』と思えるのはお前次第だから」


「会わせることも出来るし、私達はその協力を惜しみません……しかし、結果が良かったと感じるのは美優さんだけなのです」


「けど、動かなければそのままだ。動けば、良いものであれ悪いものであれ……必ず月見里にとっての経験になる。…………損はさせねぇよ。それに今この場には同じ人間である俺と憑霊である小鈴が居る。だから、安心しな。それに……」


 春輝は間を置いてから美優に笑い掛けた。


「実の娘に会いたくねぇ父親はいねぇだろ? どんな存在になっても結局は同じだ」


 心地よい清涼な風が屋上を駆け巡る。

 その風は三人の間を通り抜け、同時に春輝と小鈴によって解きほぐされた美優の心のもやも一緒に連れ去っていった。


「……うん、そうだね! 二人の言う通り、何も心配することなんて無かったね。………………ありがとう。それじゃあ、五十嵐君……ううん、春輝君。お願いします、お父さんに会わせて下さい」


 笑顔で深々とお辞儀をする美優の態度と言葉に思わず春輝は驚くが、すぐにいつものどこか抜けた彼へと戻っていった。


「あぁ、任せろ! 月見里……いや、美優! よっしゃ、じゃあ早速……」


「……始めるのは良いんですが、放課後にしませんか? あと、5分で授業の方が始まってしまいますよ?」


 春輝と美優は小鈴の言葉に「えっ!?」と同時に声を上げる。

 どうやら、ここまでのやりとりで時間を使ってしまったようだ。


「げっ、マジだ!」


「とりあえず、早く教室に戻ろ? 春輝君」


「あぁ、もう! こんなやりとりしている時間も勿体ないのですよ!」


 間に合わない……そう判断したのだろう。小鈴は二人の手を引いて屋上を出ると、急ぎ教室へと向かって行った。

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