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ソウルライフ~見鬼の少女と用心棒~  作者: 吉田 将
第壱幕   二人の用心棒
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処理担当の刑事

 火曜日の早朝……空の闇が少しずつ白々と晴れていく中、春輝の住んでいるアパートを出た美優は自分の家に向かって歩いていた。

 日が昇り始める早朝は、日が沈み始める逢魔が時とは違い、異形の者達の姿はあまり見かけなくなる。

 突き刺すように冷えた空気を肌に感じながら、美優はひたすらに歩いていた。

 途中、新聞配達をする人やランニングをする人とすれ違うも彼らはその度に美優を見る。

 それもそのはず……現在の美優の格好は絡新婦に連れて行かれた時のまま、パジャマ姿なのだ。


「……やっぱり、何か借りれば良かったかな?」


 上着の一枚でも借りれば良かった、と内心後悔する美優。

 だが、突如。 

 そんな彼女の前に何かが立ちはだかる。 


「……っ!」


 また憑霊がやってきたのか、と思った美優は息を呑みつつ、その場で立ち止まってしまった。


「君が月見里美優さん?」


「そうですが……誰ですか?」


 警戒心を露わにしながらも恐る恐る尋ねる美優。

 見ると目の前に居るのはスーツの上に大きめのコートを着た若い男性。

 さながら、テレビドラマなんかに出てくる刑事のようだ。


「そう身構えなくても良いよ。俺は神谷かみや正吾しょうご。見ての通り、警察の人間だ」


 一体、どこをどう見れば警察の人間に見えるのだろうか?

 ドラマならいざ知らず、現実で警察といえば制服姿の警察官を思い浮かべるだろう。

 少なくとも、スーツにコートじゃサラリーマンの方がしっくりくる。


「はぁ……もしかして、アタシを探しに来てくれたんですか?」


「確かに、君の家族からは捜索願が出ているけど……俺が来たのはそれとは別だよ。五十嵐に頼まれて来た、と言えば信じてもらえるかな?」


 春輝の名が出た瞬間、美優は彼がどこかに電話を掛けていた事を思い出す。

 どうやら、電話の相手はこの正吾と名乗る男らしい。


「もしかして、処理担当の方ですか?」


「なんだそれ? アイツら俺の事をそんな風に言ってたの?」


 正吾はガックリと肩を落とし、うなだれる。


「まぁ、あながち間違ってはいないけど…………」


「どうかしましたか?」


「ん? あぁ、いや……何でもない。それより、早く君の家に行こうか。今日は平日だから、この後に学校もあるだろう?」


 正吾の言う通り、今日は火曜日だが祝日ではない。

 事情を知らない者にとって、今日はいつもと変わらない日常なのだ。


「あっ! そういえばそうでした……それじゃあ、神谷さん。家までご同行お願いします」


 美優は正吾に向かって頭を下げると、家までの道を再び歩き始めた。




 ――――――【1】――――――




「美優! 大丈夫? ケガはない?」


「本当、急に居なくなった時は心配したけど………一体、どこに行ってたの?」


 正吾に付き添われ、自宅に帰ってきた美優は当然の如く母親と姉に心配され、質問責めに遭った。

 そして、その場には母親が通報した為であろう……正吾以外の制服を着た警察官が二人居た。


「え、えぇっと……その……」


「まぁまぁ、お母さん。娘さんは疲れているようですから……話しは後でも良いじゃありませんか?」


「神谷巡査部長、そうはいきません。我々は彼女から事情を伺わなければ……」


 美優をフォローする正吾に対し、警察官の一人は当然のように言う。

 この場における正吾の配慮は警察官達にもよく分かるのだが、事情聴取は彼らの仕事……これも仕方がない事である。

 しかし、今の美優にはこの場を治める良い案が無い。


(どうしよう……なんて言えば良いんだろ……)


「事情なら帰る道中、俺が彼女から聞いたから代わりに言おう」


 美優の心中を悟ったのか、はたまたこういう事に慣れているのか、正吾は自ら話しの切り口を作り、美優の家族と警察官達の注目を集めた。


「娘さんはどうやらここ最近、質の悪いストーカーに付きまとわれていたようです」


「質の悪いストーカー?」


「えぇ。最初は娘さんも大した被害も出ていなかったので気にしなかったそうですが、日に日にストーカーは娘さんに対しての嫌がらせをエスカレートさせていったみたいです。そして、数日前にはついに集団で嫌がらせをしてくるという暴挙に出た……」


 早すぎず遅すぎず、朗々と語る正吾の言葉に警察官や美優の家族は引き込まれるように聞いている。

 無論、それは美優本人も同様であった。


「その時はたまたま同じクラスの友人が通りかかったおかげで事なきを得たようでしたが、娘さんは暫くしたら警察へ届けようと心に決めたようです。そして、その矢先に今回の誘拐事件が起きてしまったんです」


「つまり……神谷巡査部長。今回の事件の犯人はそのストーカーという事ですか?」


「あぁ。ストーカーは警察に知られることを恐れ、窓を割って彼女の家に侵入し、その拍子に起きた彼女を薬で再び眠らせ、そのまま連れ去ったんだ」


「そんな……窓から入ってくるなんて……」


 美優の母親と姉は正吾の言葉に唖然とし、思わず口元を抑える。

 その一方で美優は違う意味で唖然としていた。


(よく、それだけのことを短時間で……)


 恐らく事の成り行き等、細かい事は春輝や小鈴から聞いていたのだろう。

 しかし、その非現実的な出来事を現実的なものに変えるとなるとそう容易くはいかない。

 けれど、正吾の口から出る言葉はどれも現実味を帯びており不自然な部分はほとんどなかった。

 それは事実、現に起こったことを巧みに折り混ぜているせいかもしれない。


「今のこの時代、防犯設備は充実しているとはいえ相手は人間ですからねぇ……何をしてくるかは分かりません」


「それで神谷巡査部長。犯人は今どこに?」


「……さぁ?」


「…………は?」


 正吾のすっとぼけた言葉に彼以外のその場に居る全員は思わず声を揃えて言ってしまった。


「け、刑事さん……さぁ? って……」


「あぁ。気を悪くしないで下さい。事情はちゃんと説明しますから……」


 今にも食ってかかってきそうな姉を両手で制しつつ、正吾は話しを続ける。


「先程も申した通り、私はあくまで娘さんから事情を聞いたに過ぎません。……この意味がどういうことかお分かりですか?」


「……どういうことですか? まさか、美優をストーカーから救ってくれたのは刑事さんじゃないんですか?」


 母親の疑問の言葉に正吾は頷く。


「えぇ。娘さんを救ったのは同じクラスの男子生徒です。彼は夜遅く遠方から訪ねてくる姉を迎えに行く際、娘さんを連れた怪しい男に遭遇し、姉と共に持っていた懐中電灯とカバンを投げつけ撃退しました。犯人はそれを受けて逃走……現在は警察が行方を捜索中です」


「なるほど……つまり、正吾巡査部長は単独で捜索している最中、男子生徒とその姉、被害者である美優さんを発見し保護したということですね」


「そういうこと。因みにその男子生徒の名前と住所は俺が聞いたから、事情聴取に行く時は俺に聞いてくれ」


「分かりました。……それでは、月見里さん。我々はこの辺りで失礼します」


「はい。どうも、ありがとうございました!」


 正吾の話しを聞いて、その場を立ち去って行く警察官達に母親と姉は揃って頭を下げて見送る。

 美優はその隙に正吾へとそっと近付き、小声で話しかけた。


「すごいですね……即興なのに違和感が全くありませんでした……」


「そりゃ、こういうことに慣れてるからね……普通の人間は憑霊の存在なんておとぎ話程度にしか思ってないし、話した所でまともに取り合ってくれない。だから、俺みたいな事情を知る人間が仲介役として必要なんだ」


 俗にいう世渡り上手というやつなのだろう。

 美優の目には正吾がどんな材料でも美味しい料理に調理出来る腕の良いコックに見えた。


「さてと、それじゃ俺もこの辺りで帰るとするか。あとのことは君に任せるよ」


「えっ?」


 美優の肩を軽く叩いた正吾はコートを翻し、母親と姉の前に歩み出る。


「それでは、私も色々と事後処理があるので失礼します。先程話しに出てきた男子生徒につきましては娘さんから詳しくお聞き下さい」


 正吾はそれだけ言うと「それでは……」とその場を立ち去って行った。

 お礼を言いながら美優はその後ろ姿を眺める。

 命を狙われる、という恐ろしい体験をしたにも関わらず美優の心は意外と落ち着いていた。

 もしかするとそれは、異形の者……憑霊を通して本当の春輝や正吾といった自分と同じような者、小鈴のようなちゃんとした意思のある憑霊に出会ったからかもしれない。

 しかも、春輝や小鈴とはまた会えるのだ。


「……同じだったんだ」


 以前、商店街で春輝に言ったことを搔き消すように美優はポツリと呟く。

 その表情はどことなく嬉しそうだった。


「そういえば、美優。あなたを助けてくれた男の子の名前は?」


「ちゃんとお礼しに行かなくちゃね」


 母親と姉も美優が帰ってきたことに安堵したのだろう。

 二人の声にはいつもの調子が戻っていた。


「うん。……アタシを助けてくれた男の子の名前は……」


 陽が完全に昇り、朝日が完全に三人を照らす中……美優は笑顔でその男子生徒の名前を言った。


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