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ソウルライフ~見鬼の少女と用心棒~  作者: 吉田 将
第壱幕   二人の用心棒
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憑纏

「ひょう……てん……?」


「字だと憑きものを纏うと書いて憑纏。憑依と違って、人間側が自分の意思を持ったまま憑霊を宿す事が出来るんだ」


 春輝が美優に憑纏について説明している間、小鈴はおもむろに立ち上がって窓を開ける。

 その途端、心地良い風が室内に流れ込み、三人の髪や皮膚を撫でながら通り過ぎて行った。


「その場合、憑纏を行った人間は自身に憑いた憑霊の身体能力や特殊な能力を使う事が出来る。最も、この憑纏をやるには心を通わせるだけじゃダメだけど……」


 春輝はそう言いながら、何かを取り出して自分の前にある卓袱台の上に置いた。

 それは絡新婦との戦いの最中、幾度も見た小さな笛。


「これは?」


媒体ばいたいと呼ばれる道具だ。憑纏をするにはこの媒体に憑霊を宿さなくちゃならない」


「……この媒体って物は何か特別な材料で作られてるの?」


 憑霊を宿す事が出来るとなれば、素材も普通の物ではないだろう……。

 そう考えていた美優だったが、意外にも春輝から返ってきた答えはシンプルなものだった。


「いや、そんな事はねぇよ? 媒体に出来る物は主に自分が大事にしていた物……簡単に言うなら、思い出の品とか家に代々伝わる物とか……」


「媒体なんて憑霊にとっては人間の中に入るトンネルみたいな物ですからね。別にこだわる必要はありません。家じゃ無いので……」


 小さな寝室に畳んである二組の布団を見た美優はそれもそうだ、と考え直す。

 ボールの中にモンスターを入れておく、どこかのゲームならいざ知らず、小鈴は現にこうして出ているのだから。


「さて……これで憑霊、憑纏、媒体については話したぞ。もう無いよな?」


「まだ憑纏憑技ひょうてんひょうぎ憑纏憑術ひょうてんひょうじゅつもあるんですが……美優さんには関係無いので大丈夫でしょう」


 美優の意向も気にしないまま勝手に話しをまとめ、終わらせようとする二人。

 それに対し、美優は慌てて異議を唱えた。


「えっ……と……まだ色々と分からない事が有るんだけど……」


「え~っ! もう良いじゃんかよ、家まで送るから早く寝ようぜ~? っていうか、早く寝たい……」


「一気に言われても混乱するだけです……美優さんも今日はもう寝た方が良いですよ?」


 己の私欲を唱える春輝と正論を述べる小鈴。

 春輝に至っては先程とはギャップが有りすぎて、本当に本人なのか再度疑ってしまう程だ。

 しかし、理由はどうあれ、二人が言うのも無理はない。

 なぜなら、時計の針はとっくの前に日を跨いでおり、もうすぐ早朝という時間帯に差し掛かる所なのだ。


「朝起きて、居ないとなれば家の人も心配すると思うぞ?」


「あ、うん……そうだね。でも……」


 春輝の当然の問い掛けに、なぜか美優は歯切れの悪い返事をする。

 その様子を春輝は首を傾げて見た後、自分より賢いであろう相棒の方へ視線を向けた。

 けれども、流石の小鈴でさえ美優がしどろもどろとなる理由が分からないのか、無言で首を横に振る。


「アタシが連れて行かれそうになった時……窓ガラスの割れる音とか騒いだ時の音で、もうとっくに気付いてると思う……」


「……えっ? マジ?」


 美優の一言に春輝は額を手で押さえ「やっちまった……」と呟くと、そのままガックリとうなだれてしまった。


「あ~あ……折角、事を大きくしないで治めようと思ったのに……」


「家の人が美優さんの異常に気付いたとなれば……恐らく、警察が動くでしょうね……」


「そうなると、家まで送るのはマズいな……俺達が月見里を連れ出した犯人になっちまう……」


 美優を誘拐した犯人である絡新婦は憑霊である上、もうこの世には居ない。

 ましてや、今までに起こった出来事を説明して警察は信じてくれるのだろうか?

 答えは否。

 それどころか警察は犯人を春輝だと決めつけるだろう。


「どうしよう……」


 上手い考えが思い付かず、途方にくれる美優。

 だが、そんな美優とは違い……春輝には何か考えがあるらしく、携帯電話を使ってどこかに掛けている。

 しかし、掛けている最中……彼はどこか苦い顔をしていた。


「……誰に電話を掛けてるの?」


「この手の処理が上手い人に…………春輝はあまりその人に借りを作りたくないみたいですが……」


 やがて、一頻ひとしきり電話で話した後、春輝は溜め息を吐きながら携帯電話を切る。


「…………ま、捕まるよりはマシか」


「……大丈夫?」


「あぁ、大丈夫だ。警察の方は何とかしてくれるってさ。月見里は普通に家に帰れば良い……」


「普通に?」


「そっ。ただし、俺と小鈴は……」


「うん、分かってる。二人には助けてもらったから、これ以上は迷惑掛けない…………ありがとう。五十嵐君、小鈴ちゃん」


 美優は頭を下げ、春輝と小鈴にお礼を言うと少し後ろ髪が引かれる気持ちのまま玄関へ向かって歩き出した。


「……あっ! そうだ、忘れる所だった」


 玄関のドアノブに手を掛け、外に出ようとした美優は背後から聞こえた春輝の声に思わず動きを止める。


「月見里、家に帰ったら親父さんにお礼を言えよ?」


「えっ? お父さん……?」


 春輝の口から出た意外な人物に美優は一瞬だけ戸惑うも、すぐに彼に掴み掛かるような勢いで尋ねた。


「お父さんを知ってるの!?」


「知ってるも何も……絡新婦に連れて行かれたお前の居場所を俺達に教えてくれたのはお前の親父さんだ」


「初めて美優さんのあとを付けていた頃は、私を警戒していたのですが……事情を話したら快く教えてくれました」


「人間の憑霊は死んでから四十九日経つと余程強い思念でも無い限り、霊感がある奴でも見るのは難しいからな……でも、近くで見守っている事は確かだ」


「……五十嵐君にはお父さんが見えるの?」


 出来る事ならアタシも見たい───。

 美優は強い想いに駆られながらも、その気持ちを押し殺して春輝に尋ねる。


「今は見えない……あの時は状況が状況だったからな………………でも、お前が望むなら会わせる事ぐらいは出来る」


「本当!?」


 見えないのにどうやって会わせるのか? そんな疑問も考えないまま美優は再度尋ねた。


「あぁ、本当だ。だから今日はもう休め、なっ?」


「約束だよ! 五十嵐君」


「俺、お前と約束してばっかりだな」


 カラカラと笑う春輝と約束を交わした美優は冷めぬ熱を身体に帯びながら静かにアパートの一室を出て行った。


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