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ソウルライフ~見鬼の少女と用心棒~  作者: 吉田 将
第四幕   宵闇に浮かぶ朧月
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顕現する悪魔

「なにッ!?」


「美優!」


 美優の様子に遠くから眺めていた千夏は狼狽える。

 一方の虎次郎は驚きこそすれど、美優を抑えている力は緩めない。


「アタシはこんな所で……いや……イヤッ! ……春輝君に会いたい……会いたい! 会いたい! 会いたい!」


 狂ったように叫び続ける美優に呼応し、指輪は紫色の輝きを一層強くして不気味に瞬く。

 更には同調しているかのように右目周囲を取り囲んでいる“666”の数字も紫色に輝き始めた。

 胎動……徐々に輝きを強める指輪からはこれから何かが生れ出ようとしているかのようである。


「生き人形……お前、何をした!」


「ふふふ……今度は何もしていないわ。そのお姫様の感情が強くなっただけ……そして、その感情に悪魔は応える」


「憑纏……憑術……」


「ッ!?」


 美優の呟きを聞いた虎次郎は思わず彼女から離れ、距離を取る。

 と、同時に美優の身体が巨大な水柱に包まれ、彼女の両手を封じていた氷を砕いた。


「あぁ……ああああぁぁぁーッ!!」


「美優ーッ!」


「千夏ちゃん! 今は近づくな!」


 美優のただならぬ様子に千夏は駆け寄ろうとするも正吾に止められてしまう。

 さらに水柱からは固い水塊が幾つも四方八方に飛び散り、それらは葵を凍らせている氷を少しずつ砕いていく。


「ふふふ……!」


「ッ! させるか! 憑纏憑技、燕突えんとつ!」


 葵までは解放させない……虎次郎は戟を肩ほどの高さまで上げるとすぐさま水柱に包まれている美優を通り過ぎ、葵の首を勢いよく突いて頭と胴を切り離す。


「ふふふ……的確な判断ね。でも、残念……」


 宙に飛んだ葵の頭がそう告げると共に、美優を包んでいた水柱が消える。

 虎次郎はハッとその方へ振り向いた。

 水柱から出てきた美優の姿は今までと何も変わらない。

 だが、その雰囲気は異常そのものになっていた。


「……アタシは……あたしは……あたし? フフフッ……そう、あたしは……あたし…………月見里……美優……」


「なに、言ってるの? 美優?」


 千夏は様子のおかしい美優に震える声でそう尋ねる。

 そんな言葉など聞いていないかのように美優は口元を歪め、肩を揺らして笑う。

 虎次郎はそれを静観していた。そして、一言……彼女に尋ねた。


「……お前は月見里か?」


「うん、そうだよ。氷雨虎次郎君。それが―――」


「イエ、違イマス!」


 虎次郎の質問に当然のように答えようとする美優。

 だが、それを今までの出来事を黙って見ていたウィリアムが声を大にして遮った。


「彼女ハ、悪魔二憑カレテイマス! 本当ノソノ娘デハアリマセン!」


「……うるさいわよ。何も出来ない聖職者風情が!」


 ウィリアムの言葉を聞いた美優は突如、怒りの形相で彼を睨みつける。


「言葉と油と十字架で……あたしの同胞を祓って……次は聖水でも掛ける? でも、無駄よ。あんたも一緒に心を深淵に沈め、意識を泡へと返してやろうか!」


 あまりの変貌ぶりに千夏も正吾も讃我も明日香も言葉を失う。

 ウィリアムもその気迫に押される中、虎次郎だけは問い続けた。


「……それで、月見里のなりすまし。お前は一体何者だ?」


「チッ…………あたしはソロモン72柱が一柱、ウェパル」


「ウェパル……確か、水域を支配する力を持っていたか?」


「そうよ。よく知っているわね」


「……時に大嵐を巻き起こし、船団の幻を見せ、傷口を化膿させて人を三日で死に至らしめる人魚の悪魔……」


「詳しいじゃない」


「職業柄な…………隠し立てせずに答えてもらう。本当の月見里はどうなった?」


「この体の持ち主の心は深い魂の深淵に沈んだ。あたしは彼女から記憶と意識を奪い……完全なる月見里美優となった。まぁ、意識を奪いすぎて彼女本来の我欲に主導権を奪われそうになったけれど……あなたが追い詰めてくれたお陰でこうしてあたしは自由になれた! アッハッハッハ! ありがとうね!」


 不気味な高笑いをする美優ことウェパル。

 虎次郎は無言でそれを聞き、頭の中を激しく動かす。

 どうにかして美優を助けることは出来ないかと。

 美優は現在、ウェパルと憑纏している状態……それを受け入れたのは美優の意思だろう。

 だが、なぜ意識がウェパルに握られているのか。

 それは別に不思議でも無い。

 憑纏したての頃は人間側の意識が不安定になることが多い。

 燐が初めて憑纏した時、陽炎が身体のみを干渉したのと同じだ。

 美優の場合、それを憑霊に大きく譲った状態だと言っても良い。

 憑纏は依代となる人間が自力で憑解出来れば済む話しなのだが、今はそれが出来ない。

 通常、憑纏は憑霊との絆が強い時にしか出来ないものなのでそんなことは無いのだが……恐らく、今回は特殊なケースだ。

 だが、それでもやるべきことは変わらない。それは―――


「……そうか。だったら、お前を倒し拘束する。詳しい話しはそれからだ」


「あら? 意外と冷酷なのね、でも大歓迎よ。非情なのは嫌いじゃないわ。それじゃあ……始めましょ?」


 そう言うと美優……ウェパルは自身の右目周囲の“666”の数字を紫色に輝かせる。

 それを見た虎次郎は懐から素早くフォトケースと写真を取り出し、ケースを開いた。


「憑纏憑術……アクアストーム!」


 ウェパルの足元から巨大な水柱が噴き上がり、彼女の身体を包み込む。

 先程、両手の氷を砕く際に使った術だ。

 さらに水柱は三つに分裂し、水の竜巻となって寺の境内を縦横無尽に駆ける。

 その暴風雨により、祈祷を行っていた護摩壇の火は消え、破壊されてしまった。


「火が―――」


「憑纏憑術、氷陣結界!」


 狼狽える讃我の声を掻き消し、言霊の咆哮を上げる虎次郎。

 この寺の祈祷が機能しなくなっても他の寺院でまだ祈祷を行っている為、上倉町に張っている結界がすぐに消えるわけではない。

 が、それでも結界が弱体化したのは確かであった。

 虎次郎は足元に雪の結晶のような陣を展開すると、それを大きく広げて寺の境内ごと範囲に入れる。

 すると、途端に水の竜巻は凍りつき、辺りを極寒の冷気が支配した。


「チッ……やはり分が悪い!」


「不動さん! すぐに護摩壇の設営と祈祷再開の準備を!」


「分かった!」


 ウェパルが舌打ちする中、虎次郎は素早く讃我へ指示を行う。

 戦いで疲弊していた讃我であったが、虎次郎が美優達と戦っている間に少し体力が回復したのか、すぐに立ち上がって護摩壇の準備に取り掛かる。


「私達も手伝うわ!」


「頼む!」


 明日香も体力が戻り、他の神職関係者と共に設置の準備に取り掛かる。千夏や正吾、ウィリアムもそれに加わった。

 虎次郎は自身の後ろで行われるそれらの作業に一目配った後、目の前にいるウェパルへ視線を戻す。


「……俺とお前じゃ相性が悪い。大人しく、月見里から離れた方が身の為だと思うが?」


「……あなたにこの身体が傷つけられるの? あなたのお友達の五十嵐春輝君の大切な―――!」


 そう言い掛ける最中、虎次郎は突如接近して戟による突きを放つ。

 ウェパルはそれに驚き、葵の凍っている胴体まで離れるが、虎次郎は容赦しない。


「憑纏憑技、燕返し!」


 虎次郎は肩ほどの高さまで戟を上げながら間合いを詰めて接近。

 突きに似た一閃を放つ。

 同時に凍っていた葵の胴体が三つに切り捨てられ、近くにいたウェパルは吹き飛んだ。

 ウェパルの右頬に一筋の血線が浮き出る。


「……友の大切な者だからと言って凶行を見過ごすことは出来ん。それにこんな月見里の姿……他でもない五十嵐が望んでいない筈だ」


「だから……殺すと?」


「……やりたくないが仕方が無い。仕事とはそういうものだ。やりたくなくてもやらなければならない……」


「それを……周りの人達はどう思うでしょうね?」


「蔑み、恨み、怒るだろうな……五十嵐に至っては殺しに来るかもしれない。だが、その時は……俺は殺される方を選ぶさ。……個を捨て、多を守る…………それが俺達、新霊組の役割」


「そう……あなたには心や感情に揺さぶりを掛けるのは難しいみたいね。あたしの水の力も無意味みたい。ならば…………人形! あんたの身体の中にある“アレ”貰うわよ!」


「ふふふ……お好きにどうぞ」


 頭だけの葵にそう告げたウェパルは彼女の分裂した胴体の中から心臓を取り出し、そこに手を入れて何かを抜き取った。

 その手には黒い指輪が握られている。


「まさか……ッ!」


「悪魔であるあたしが同胞の力を借りるとはね……力を貸しなさい、アミー! 憑纏!」


 右手の人差し指に新たな指輪をはめるウェパル。

 その途端、その指輪から赤色の光が放たれ、左目周囲に真っ赤な“666”の数字が三つ巴模様のように取り囲んで現れる。

 ウェパル本来のものと合わせて獣の刻印が両目周囲に浮かぶ有様は不気味な風貌だ。

 更にウェパルは火柱に包まれて、やがて炎を振り払ってそこから出てきた。

 出てきた姿は紫色のローブに包まれているのは変わらないものの、髪が長く、その色は赤と青に分かれている。また左手には鎖の付いた赤い枷が……右手には同様に鎖のついた青い枷をはめており、右目の“666”の数字は紫から青に変色していた。


「多重憑纏か!」


 顔立ちだけは美優の面影を残すも様変わりしたウェパルに対し、虎次郎は戟を構える。

 ウェパルは不敵な笑みを浮かべた。


「さぁ、これで……有利も何も無くなった。せいぜい楽しみましょう? 氷雨虎次郎君?」


「……良いだろう。とことん付き合って後悔させてやろう」


 氷原に降り立った悪魔に対し、虎は静かに答え、鋭い眼光を向けた。



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