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ソウルライフ~見鬼の少女と用心棒~  作者: 吉田 将
第四幕   宵闇に浮かぶ朧月
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氷牙

 虎次郎の怒号に似た叫びは戦いの経験が皆無に等しい美優を怯ませるのに充分であった。

 いや、美優だけではない。

 讃我や明日香、千夏……その他、周りにいる人々すらも凍てついたかのように動きも言葉も止まる。

 そんな中、ただ一人……正吾だけはいつもと変わらず、状況を静観していた。

 新霊組時代からの付き合い……それによるものであろう。

 そして、この冷たい空気の中でも彼同様に変わらない者がいた。


「ふふふ……憑術、鉄砲水」


 葵である。

 彼女は美優が動かないのに業を煮やしたのか、正吾達に放ったものと同じ水の塊を虎次郎に向けて口から放った。

 それに対して虎次郎は持っていた戟を身体全体を使って横薙ぎに払う。

 一振りで鋭利な風圧と共に放たれた一閃は水の塊をいとも簡単に粉砕する。

 すると今度は美優が両手を広げた状態で虎次郎へ向けた。


「トホカミエミタメ!」


 天津祓を唱えて散った水を鋭利な棘の形状に変化させ、それらを一斉に虎次郎へ放つ。

 だが、それでも虎次郎は顔色一つ変えずに持っていた戟を両手で回転させ、水の棘を防いだ。


「くっ……!」


「……憑纏憑技、燕返つばめがえし!」


 防ぎきった途端、虎次郎はすかさず戟を自身の肩ほどの高さまで持ち上げて、突くように前に出す。

 瞬間、美優の傍にいた葵の身体が急に宙に浮いたかと思うと凄まじい勢いで後方へと飛ばされ、寺の塀に激突した。

 視認出来ないほどの速さに美優は冷や汗を一筋流し、思わず息を呑んだ。


「……ふふふ……ふふふふふふ!」


 塀に当たった葵は不気味な笑みを発しながらもまだ立っている……が、その足取りはおぼつかない。

 まだ戦える……葵を見ながらそんなことを美優が思っていると凍てつくような声が聞こえてきた。


「月見里」


 虎次郎の声に美優は振り返る。


「そいつらと手を切り、戻ってこい。お前のあるべき場所へ……今ならまだ間に合う」


 凍てつくような声だったが先程までの会話とは違い、棘の無いどこか頼み込むような懇願の声であった。

 だが、それでも美優の心には届かない。


「……あるべき場所? あなたが滅茶苦茶にしたんでしょう? その元凶が……勝手なこと言わないで! オン・ベイシラ・マンダラヤ・ソワカ!」


 親指と小指を合わせ、毘沙門天の真言を唱えた美優の背後から紫がかった鋭利な錫杖が無数に現れる。

 それを見た虎次郎は口には出さないものの少し落胆した様子で、懐から長方形の物を取り出した。サイズはハガキか写真が一枚ほど入る大きさだ。

 そうして、取り出した長方形のケースの側面を押し、スライドさせるかのように中を開く。

 中には雪羅らしき人物が映った写真が入っていた。

 その写真の上に一枚……これも懐から出した写真のような物を重ね、再びケースをスライドさせて閉める。

 一体、何をする気か……人々がその動きを見守る中、美優は虎次郎が見せた隙を逃すまいと仕掛けた。


「死んで!」


 美優の号令と共に錫杖は一斉に虎次郎に向かって降り注ぐ。

 鋭き豪雨に打たれる……その寸前、虎次郎は静かに呟いた。


「……憑纏憑術、氷陣結界ひょうじんけっかい


 憑術の名を発した途端、降ってきた錫杖の一本が虎次郎の目の前で止まる。

 いや、一本だけでは無い。時間差ではあるものの降ってくる錫杖は次々と宙で停滞していた。

 一体、何が起こったのか……美優がよく見ると虎次郎を中心に彼の足元に雪の結晶のような陣が描かれており、それが徐々に大きく広がっていく。

 そして、その結晶の陣に入ると錫杖が止まるのだ。

 しかも、それだけではない。

 始めに止まった錫杖が少しずつ凍り始め、完全に凍りついたと共に粉のように砕け散るのだ。


「なっ……!」


 美優が驚く中でも錫杖は次々と凍りつき、あっという間にその全てが樹氷のような有様となる。

 そうして、凍りついた錫杖は砕け、寺の境内に季節外れの粉雪を舞い降らせた。


「やはり、五十嵐のように上手く説得は出来ないか……」


 そう言うと虎次郎は雪の結晶の陣を消す。

 近くで見ていた讃我と明日香は虎次郎の実力に驚き、言葉が出ない。

 恐ろしいや凄い、の一言では片付けられない。

 戦いの……強さの次元が違う。

 あの葵や美優の攻撃すら軽くいなし、あまつさえ葵には一撃入れている。

 憑霊使い集団……新霊組隊長の実力。それを目の当たりにしている。

 そんな讃我と明日香が思いを巡らす中、虎次郎は再びフォトケースのような物を取り出しスライドさせて開いた。

 今度は懐からツバメが映った写真を取り出してそれを中に入れようとする。

 だが、その行動を美優の奥にいた葵が許さなかった。


「ふふふ……憑術、激流葬槍!」


 葵は手を広げ、そこから膨大な量の水を激流の如く虎次郎へ放つ。

 更にそれに合わせて美優が10本の指を交差させた金剛合掌の印を結ぶ。


「オン・ロケイ・ジンバラ・キリク!」


 真言を唱えると共に美優を中心として全方位に烈風のような衝撃が放たれた。

 烈風の衝撃は葵の激流と混ざり合い、洪水のようにうねりながら虎次郎へ遅い掛かる。

 いや、虎次郎だけではない。

 寺の境内……そこにいる人々まで飲み込まんとする勢いだ。

 虎次郎はそれを見て、写真を入れたフォトケースを閉めるとすかさず左右の手でそれぞれ人差し指を中指に重ねた帝釈天の手印を作り、真言を唱える。


「オン・インドラヤ・ソワカ!」


 虎次郎を中心に水色の薄い膜が張られたドームのようなものが二つ展開し、ドームは瞬時に重なって二重の膜が張る巨大なドームとなった。

 そのドームの内側に虎次郎は人々と護摩壇を入れ、洪水の如き激流から人々を守る。

 それを見た美優は次なる一手を繰り出した。


「トホカミエミタメ!」


 天津祓を再び唱え、今度はドームによって分断された激流を操り、それをドームごと包み込む。

 さらに水圧をかけて押し潰そうと圧縮する。

 だが、虎次郎もまだ詰む様子は見られない。

 返しの一手を叫ぶ。


「憑纏憑術、氷燕ひえん!」


 叫ぶと同時に両手に氷で出来た二羽の大きなツバメを形成し、羽ばたかせる。

 二羽の氷のツバメは猛スピードでドーム内を飛び回るとそのままドームの膜を突き破り、外の水中へと飛び出す。

 すると、ドームを囲んでいた激流はみるみる凍りつき、水の流れや飛沫までも氷の彫刻と化した。


「そんな……ッ!」


 驚く美優だが、これだけでは終わらない。

 激流の塊を氷のアートへと変えた二羽のツバメは次は美優目掛けて飛んでいく。


「オン―――」


 手印を結び、真言を唱えて応戦しようとする美優であったが素早く一羽のツバメが彼女の手元に飛んでいき、ぶつかった。

 ツバメが砕け、氷の飛沫が飛び散る。

 その光景に魅入ったのも束の間、美優の両手は一瞬で凍りつき、氷の手錠に掛けられたかのように指一本も動かせない状態となった。


「くっ!」


 印も結べず、攻撃の手を封じられた美優の隣をもう一羽のツバメが滑空し葵の身体に当たって砕け散る。

 葵の場合は腹部に当たった為か、その部分を中心に彼女の身体は首から下が全て凍りついてしまった。


「ふふふ……まさか、これは……」


 二人が動けなくなった途端、虎次郎達を包んでいた氷は砕け、中から彼らが姿を現す。


「……観念しろ。戦いは終わりだ」


「……ッ!」


 悔しそうに虎次郎を睨みつける美優は顔を歪ませる。

 千夏や正吾、讃我や明日香はあんな美優の顔を見たことがなかった。いや、見たくなかった。

 困ったような笑顔、明るい笑顔、楽しそうな笑顔……時には不安げな、悲しげな顔も見せるが、可憐さがあった少女の顔。

 その顔は今や己の欲求を満たせず、憎悪と怨恨に塗れた醜い顔に変貌していた。

 なぜこんなことになったのか……ほんの些細なすれ違いと勘違いで人間はこうも堕ちるのか。


「美優……」


 千夏は変わり果てた親友の名を呟く。

 自分が事件に巻き込まれた時、心配してくれた親友の面影はそこには無かった。


「まだまだぁ!」


 美優は手を封じられてもなお、虎次郎に向かって走っていき氷塊に包まれた両手を振り上げる。

 だが、振り下ろす前に腕を掴まれ、氷塊の重さと勢いよく下げられた両手の反動により転ばされ、そのまま地面に倒されてしまった。

 そうしてそのまま虎次郎に抑え込まれてしまう。


「ぐっ……」


「そのままでいてくれ。醜い姿をそれ以上晒すな」


 ジタバタと起き上がれない美優に憐れむように告げた虎次郎は今度は鋭い視線を葵に向けた。


「さて……色々と聞きたいことはあるが、まずは…………一体、月見里に何をした?」


 凍って動けなくなった葵に尋問を始める虎次郎。

 逃げられない葵は不気味な笑みを浮かべながらその問いに答え始めた。


「ふふふ、何もしていない……と言ったら嘘になるけど、きっかけを与えた……」


「具体的には?」


「ふふふ、簡単に言うとお姫様の心を光から引き離し……そして、闇に誘う指輪を与えた。そこのお姫様はその呪いにより本能と欲望に呑まれた哀れな獣となった」


 千夏達は葵の言っていることがよく分からなかったが、虎次郎はその意味をなんとなく理解出来た。

 闇に誘う指輪……本能と欲望に呑まれた哀れな獣……顔に浮かんでいた“666”の数字を見た時にもしやと思ったが……やはり、カルマの手駒にされたことは明白であった。

 顔には出さないが口の中では歯を強く噛み、怒りを抑える。

 感情に呑まれないよう、頭の中で言葉を選ぶ。

 せっかく捕らえた生き人形……聞きたいことは山ほどあるのだ。

 だが、虎次郎のそんな思いはすぐに崩れ去ることとなる。


「だったら―――!」


 虎次郎が次なる問いを掛けようとした時、突如美優のはめている指輪が怪しい輝きを放ち始めた。

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