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ソウルライフ~見鬼の少女と用心棒~  作者: 吉田 将
第四幕   宵闇に浮かぶ朧月
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欲に溺れし傀儡姫

 紅蓮の炎が波立つ様を見た讃我は呆然と眺めながらもホッと息を吐きながら呟いた。


「……終わった」


 炎の中には未だに葵の人影が見える。

 今度は偽物でも何でも無いだろう。

 だが、その光景に明日香は半ば疑問に思う。

 本当にこれで終わりだろうか?

 確かに向こうの予想を超え、不意を突いた。それは確かだろう。

 だが、それにしてもあまりに呆気ない終わりではないか?

 以前より少し強くなったとはいえ、あの葵がこんなすんなりやられるだろうか?


(なんだか、嫌な予感がする……)


 そう思った時であった。


「うわあぁぁぁ!!」


「きゃあぁぁぁ!!」


 突如、寺の門から悲鳴が上がった。

 勝善寺の前にいた蛇の大群を相手にしていた神職達の声だ。

 何かあったのか、と門の方へ視線を移した明日香と讃我はある光景を見て思わず息を呑んだ。

 神職者達が全員倒れている。応援に駆けつけた明日香の父までもだ。

 そして、倒れる彼らの傍には一人の人物が立っていた。

 その人物は紫色のローブに身に包み、顔はフードに隠れていて素顔を知ることは出来ない。

 しかし、異様な雰囲気と禍々しい何かを放っている。

 確実にいえることは味方ではなく敵だ、ということだけだ。


「誰だ、お前!?」


 讃我は叫びながらそう尋ねるも紫色のローブの人物は何も答えない。

 代わりにその人物は炎に包まれている葵に向かって両手で三角形を形作る。

 明日香と讃我はその行動に疑問を覚えた。

 あの手の形は何なのだろうか? 手印だとしてもあんなのは見たことが無い。

 讃我はそんなことを思っていたが、一方の明日香は何かが引っかかる感覚を抱いた。

 手印では無いが、あの手の形をどこかで見たことがある。そう思った。

 そうして、記憶を辿る内にふと炎の中にいる葵が不気味な笑みを浮かべているように感じた。

 その瞬間―――明日香はあれがどこで見たものかを思い出した。


「讃我! あの人を止めて!」


「はっ? なに言って―――」


 皆まで伝える時間は無い。

 鈍感な様子の讃我に内心舌打ちをしながら明日香は咄嗟にローブの人物に向かって、先程同様に護符を投げつける。

 だが、一歩遅かった。


「憑纏憑術……流洞」


 ローブの人物の呟きと共に両手で作られた三角形の空洞に水が出現し、それが螺旋を描くように炎に向かって放たれる。

 明日香の放った護符もその水に巻き込まれる形で防がれ、水は葵を焼いていた炎をことごとく消火していった。

 それを見た明日香は悔しさに顔を歪ませ、讃我はようやく彼女が焦っていた理由を察した。

 流洞は神社で戦った際に葵が讃我に放った憑術だ。

 しかし、それよりも讃我はローブの人物が唱えた憑術を聞いて愕然としていた。

 憑纏憑術は憑霊使いが憑術を使用する際に発する掛け声だ。憑霊だけならば憑術のみで憑纏などは付けない。

 それに術を唱えた声に彼は聞覚えがあった。

 明日香もそれを聞いていたのか信じられないような顔をしている。

 なぜなら、その声は若い女性の声……しかも憑霊などは持っておらず、本来ならば憑霊使いとは真逆の位置にいる筈の人物の声だったからだ。

 信じられない、信じたくない事実を目の当たりに混乱する二人を余所にローブの人物はゆっくりと葵に近付いていく。


「ふふふ……」


 消えた炎の中から姿を現した葵は炎に焼けただれ、原型が無い状態となっていたがその態度にはまだ余裕が現れている。

 そんな彼女に近付いたローブの人物はそっと小さな麻袋を取り出し、渡す。


「ふふふ……ありがとう。お姫様」


 麻袋を受け取った葵は拙い指で袋を開け、その中の物を取り出す。

 袋の中から出てきたのは二つの丸い物……眼球であった。

 しかも、動物や魚の物では無い。人間の眼球だ。

 そんな光景にも関わらず、讃我と明日香はあることを知った衝撃に肝を冷やすことは無かった。

 それよりも頭の中では葵の作った偽物であってくれ、という思いで一杯であった。

 だが、そんな思いを裏切るように一陣の強い夜風が吹きつけ、ローブの人物の顔を隠していたフードを取り去り、その素顔を曝け出した。

 その顔を見た讃我と明日香は驚いて目を見開き、言葉を失う。

 そんな二人の代わりに目を入れ替えながら葵が語った。


「ふふふ……このお姫様はね。本物よ」


 そう言った葵の隣に立つローブの人物……それは春輝や千夏、虎次郎が現在もなお探している美優であった。

 美優は目の奥に怪しい眼光を煌めかせ、右目の周囲には紫色に輝く“666”の数字が三つ巴の模様のように取り囲んでいる。


「月見里!?」


「嘘……どうして……!」


 なぜ、美優が葵と一緒にいるのか?

 なぜ、手助けをしているのか?

 今までどこに行っていたのか?

 色々な疑問が湧き、頭の中を駆け巡る中……明日香は一つの疑問を口にし、彼女に問い掛けた。


「月見里さん……なんでそこにいるの?」


「ふふふ……このお姫様は自分の意思でここにいるのよ」


「あなたには聞いて無いわ!」


 美優の代わりに答える葵に明日香は制止するように声を張り上げる。

 もしかしたら、操られているかもしれないと思ったのだ。

 だが、微かな望みを砕くように今度は美優が口を開いた。


「明日香さん……この子の言う通りです……」


「月見里さん……一体なんで―――」


「春輝君を……取り戻す為です」


「五十嵐?」


 美優の言葉から春輝の名が出た途端、讃我は訝しげな表情になる。

 彼にとっては春輝は燐の所に行く際にも美優を探そうとしていた為、取り戻すも何も無いと思っている。

 だが、明日香は違った。

 明日香は虎次郎が以前、神社に来た際に彼から美優への言伝として“お前の遭遇した五十嵐は違う者だ”と伝えるよう頼まれている。

 その際、明日香はなんの事だかさっぱり分からなかったが、今の美優の言葉を聞き、虎次郎が言わんとしていることの意味が分かったような気がした。


「春輝君はアタシが未熟なばっかりに離れてしまった……アタシの後のことを明日香さん達に任せて……」


「何を言ってるんだ? 五十嵐は今も―――」


「讃我、ちょっと黙って」


 讃我の言葉を遮り、彼を黙らせた明日香は美優の言葉に耳を傾ける。

 一方、讃我はどうして怒られたのかと不満にながらもその指示に従った。


「アタシはただ……春輝君と小鈴ちゃんが傍に居てくれるだけで良かったのに……なのに……なのに! アタシが重荷になっているせいで春輝君は離れてしまった……」


「月見里さん、それは違うわ。氷雨君からあなたに言伝を預かっているの。あなたが最後に会った五十嵐君は偽物よ!」


「氷雨……? あぁ……虎次郎君……思えば、あの人が来てから春輝君がおかしくなりましたものね。あの人が……新霊組の追手が! アタシから春輝君を引き離した!」


「違う! 月見里! 落ち着け!」


 明日香の言葉を聞いた讃我はようやく美優の陥っている状態を察した。

 美優は騙されている。しかも春輝の偽物に……そして、その偽物を作ったのは彼女の隣にいる葵しかいない。

 どうやって情報を得たのかは知らないが、讃我達は一度彼女の偽物を目の当たりにしている。

 自身を作れるなら他人を作るなど造作も無いだろう。

 そして、それを肯定するかのように葵は不気味な笑みを浮かべたままより一層、口角を吊り上げている。

 そんな葵の身体はなぜか肉が盛り上がり、身体が徐々に再生し始めていた。


「間違いありませんよ……それに明日香さん達もです。あなた方が現れなければ、春輝君は他にアタシを頼むことも無かった……新霊組の追手が来たとしてもアタシの傍に居てくれた……ずっと、ずっと傍にいて守り続けてくれた……あなた達もアタシから春輝君は引き離した原因の一つ……」


「ふふふ……そうよ、お姫様。あの二人もあなたから大切なものを奪った犯人……また奪われないように確実に息の根を止めましょう?」


「煽ってんじゃねぇぞ! 葵ぃ! ノウボウ・タリツ―――」


「オン・ロケイ・ジンバラ・キリク!」


 美優の内なる炎に油を注ぐ葵に讃我は攻撃をしようと真言を唱え始めるが、それより先に美優が素早く真言を唱え、明日香がよく使う十言神咒の天乃咲手のような両手の10本の指を交差させた金剛合掌の印を結ぶ。

 すると烈風のような衝撃が美優を中心に全方位へ放たれ、讃我と明日香はそれを受けて吹き飛ばされてしまった。

 更には護摩壇も崩され、寺の境内の至る箇所が破壊される。


「ぐっ!」


「きゃっ!」


「……手を出さないでもらえますか? この子はアタシの願いを叶える為に手助けをしてくれる子なので……この子はアタシに力と勇気と知恵を与えてくれたんです」


 美優はそう言うと左手薬指にはめられた銀と黒に彩られたヤギの刻印の指輪を見せる。

 その途端に彼女の身体を包むように紫色の淡い光が現れ始める。


「ソウルライフ……」


「なに……あの禍々しい力は!?」


 ゆっくりと起き上がる讃我と明日香。

 その間、他の僧侶達は崩された護摩壇をすぐさま懸命に直し始める。

 寺の門に控えている蛇の群れは途端に大きくうねり、蠢く。


「皆、皆……アタシの邪魔ばかり……これ以上、余計なことをすると……殺しますよ?」


 異様な雰囲気の美優……あの優しい彼女がここまで変貌するのか?

 それほどまでに心が追い詰められていたのか。あるいは変貌する他の何かがあるのか?

 それは分からないが、ただ一つ。やることは分かっていた。


「月見里……悪いがそんな脅しには屈しねぇ!」


「これがあなたの意思なのか、それともそれ以外によるものかは私達には分からない。でも、私達はあなたを止める! そうしなければ、この町が……あなたの家族や友達が……危険な目に遭ってしまうから……」


「……そうですか。分かりました。なら、アタシも容赦はしません。誰であろうが邪魔する人には消えてもらいます」


 そう言って美優は一歩前に出て、讃我と明日香に対峙する。

 そんな三人の空気を散らかった護摩壇の焚火が熱くするように盛んに燃え上がった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] アクション描写が良いですね。また、戦いの展開も盛り上がり方がうまいと思います。 細かな格闘から、壮大な術のぶつかり合いまで、イメージしやすく楽しいです! [一言] 投稿、おつかれさまです。…
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