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ソウルライフ~見鬼の少女と用心棒~  作者: 吉田 将
第四幕   宵闇に浮かぶ朧月
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終わる影と現出する狂気

 雷光の一撃を胸に受け、スレンダーマンはその場で膝を崩す。

 同時に彼の出した闇の壁に亀裂が入り、壁はみるみる崩落していった。


「グッ……ガハッ!」


 胸を押さえ、苦しそうに息をするが途端に口からは空気と共に大量の血が吐き出され、彼の足元と膝を真っ赤に染める。

 それでもスレンダーマンは足に力を入れて何とか立ち上がろうとするも、受けた一撃があまりにも大きかった為か逆に前のめりに倒れてしまった。

 その瞬間、春輝とスレンダーマンを取り囲んでいた影の壁が薄くなり、やがて消えていった。


「ハァ……ハァ……ッ……まさか、この……私が……!」


「悪いが、俺は先に進む。だが、その前にもう一度聞く。美優に一体、何をした!」


 腕に纏っていた雷光を消し、スレンダーマンに歩み寄った春輝は倒れている彼の胸倉を両手で掴んで無理やり立たせると怒号の問いを掛ける。

 致命的ともいえる攻撃を受けたスレンダーマンはもはや憑術で奇襲を掛けることも叶わない。

 ソウルライフは今使っている依代に自身を留めるだけで精一杯であった。

 それでもスレンダーマンは黙秘をし続ける。

 そんな彼の態度に苛立ち、春輝は拳を作って殴りかかろうとした。

 だが、その拳がスレンダーマンの顔面に当たる寸前でそれを止め、代わりに力一杯に彼を投げ捨てた。


「……もういい。それならお前の親玉に直接聞くまでだ」


 地面に転がるスレンダーマンを一瞥した後、春輝はそう言って先に進み始める。

 こんな所でつまらない意地の為に時間を掛ける必要は無い。

 そんな思いが彼の拳を止め、足を動かしたのだろう。

 一方、スレンダーマンは暫くその場で伸びていたが春輝が何もせずに立ち去ろうとしている所を見て、その背中に声を掛けた。


「……とどめは刺さないのですか?」


「……とどめよりも先にやることがある」


「随分と甘いお考えをなさりますね。私を倒さなかったこと……きっと後悔なさいますよ?」


「後悔なんてしねぇよ。俺が自分で決めたことだ……それに、お前の親玉を倒せば万事解決するだろ」


「あなたは…………朧お嬢様には勝てません。そんな甘い考えならなおさら……」


 スレンダーマンのその言葉を受け、春輝の足は止まる。

 けれども、振り返ることは無かった。


「そしてその甘さはやがて……自らを危険に晒すことになる」


「そんなの承知の上だ」


「いいえ……あなたはその意味を分かっていない。自己犠牲……という意味ではないのですよ。もっと単純なことです……」


 スレンダーマンの身体が徐々に自らの影に沈み始める。

 そんな中、彼は春輝にあることを告げた。


「執着とは……呪いのようなものです……そしてそれは誰かを想うことも同じ……つまり、あなた方は既に呪われていたのですよ」


 それだけ言い残すとスレンダーマンは影の中に完全に沈み、その姿を消していった。

 その気配が消えた後、春輝はようやくスレンダーマンの居た場所を振り返る。


「呪い……」


 想いは執着であり、それはまた呪いでもある。

 それは美優のことを想う春輝に向けられた言葉であろう。

 だが、その後の“あなた方”とはどういう意味だろうか?

 呪われているのは自分だけでは無いということなのだろうか?

 呟きと共にそんなことを考えた春輝は心にしこりを抱えたまま、燐の居る場所を目指して走り始めた。




 ――――――【1】――――――




 燐が朧と激闘を繰り広げ、春輝がスレンダーマンを下したその頃、讃我は自身の実家である勝善寺にて上倉町の他の寺社の僧侶達と共に護摩祈祷を行っていた。


「オン・マユラギ・ランテイ・ソワカ。オン・マユラギ―――」


 薪で築かれた護摩壇に降魔調伏の火が赤々と燃え上がり、袈裟姿の讃我や他の僧侶達を神聖な灯りと熱気で包み込み。

 彼らが今行っているのは孔雀明王の真言……毒蛇や毒虫、その毒から身を守る真言である。

 現在、この勝善寺の他、上倉町の寺院で同時にこれが行われている。

 これは無論、虎次郎が讃我へ頼み込んで行ってもらったことであり、その目的としては朧が放った蛇の憑霊を追い出し、一掃するというものである。

 しかし、朧が放った蛇達は思っていたよりも多く調伏作業は難航していた。

 一心に真言を唱える讃我の額には疲労と護摩による熱気で汗が滲み出てくる。


(くそッ……これだけ唱えているのに、まだ気配が色濃く残っていやがる。一体、何匹放ったんだ!?)


「讃我! 余計なことを考えるな! 集中しろ!」


「言われなくても分かってるっての! クソ親父!」


 父親に雑念を見抜かれ、叱責された讃我はムキになりながらも真言を唱え続ける。

 普通ならば数回唱えただけで毒蛇の霊といった俗にいう長物ながものは撤退する筈である。

 しかし、上倉町にいる蛇達は違った。

 人々の中に巣食っていた蛇を体外に追い出すことまでは成功したものの、その蛇達は諦めることなく幾度も町へ戻ってこようとする。

 各寺院から調伏終了の報が入っていないのはその為だ。

 まるで砂浜に押し寄せる波のように引いてはまた押し寄せるの状態を繰り返している。

 暖簾に腕押し、ような状況ではあるもののここで護摩を止めたら今度は追い返した蛇達が大挙で押し寄せる。

 止めるに止められない状態……讃我達僧侶の体力勝負となっていた。

 そんな状況を明日香達、神職関係者は傍で見守る。

 明王の護摩祈祷は僧侶達が専門、神道関係者が下手に介入するとその威力が減退しかねない為、明日香達は見守ることしか出来ない。

 でも……それでも、彼女達はここにいる。

 それは虎次郎からの依頼でもしものことがあった際の讃我達への護衛としてだ。

 そして……そのもしも、とは明日香達は既に承知している。身をもって体験している。

 あの忌々しい襲撃者……絶対に邪魔しに来るであろう存在。

 明日香達にとってこの場にいるということは讃我達を守るだけではなく、落とし前をつける為でもあった。

 ソウルライフについて教えてはもらった。付け焼き刃程度ではあるもののその技術も僅かながらに習得している。

 だが、それで不安が払拭されたわけではなかった。

 あの異様ともいえる圧倒的な存在感と濁流の如く押し寄せて蹂躙していったあの力……思い出す度に身体が震える。

 それに不安はもう一つ……美優のこともある。

 一体、こんな時にどこに行っているのか?

 もし、巫女姫である美優がこの場にいたら讃我達へ手助けをする形で孔雀明王の真言を唱えることが出来る。

 巫女姫とはいえ、その力は全ての術式の制約に縛られず、更に他の分野の霊媒師が介入しても存在するだけで調和が取れる。

 まだ力は未熟とはいえども居てくれるだけで良い……それなのに現在、なぜか姿を晦ましている。

 こんな危険な状態の町で無事でいるだろうか?

 様々な思いを巡らせる中、明日香はふと嫌な気配を感じる。

 雑念を消し飛ばすほどのこの異様な空気……それが勝善寺の門から生温い夜風と共に入ってくる。

 夜風に煽られ、護摩壇からは火の粉が散り、炎は消えまいと盛んに燃え上がる。

 それを受けて讃我も顔をしかめ、その険しい表情を明日香に向ける。

 無論、讃我と明日香だけでなくその場にいる全員がその気配を濃く感じ取った。


「……このタイミングで来やがった」


「願わくば来て欲しく無かったのだけれど……」


 思いを呟く讃我と明日香の期待を裏切るようにヒタヒタと何かが門から寺の境内へと入ってくる。

 そして、あの忌々しい歌が辺りへ響いた。


「都の女が夜一人   知らぬ知らざるその姿   伝うる話しはうつつかな   いやいやそうとは限らんぞ   右に左に揺れ動く   着物の袖があなたの耳に今届く   すれ音は風に流され   トレネ市電の中に消えていく……」


 来た……一気に身体を強張らせて緊張感を漲らせた明日香はその声の方を向き、門と護摩壇の間に立ちはだかるように素早く動いた。

 その瞬間、寺の門の方から暗闇に紛れて巨大な水の塊が飛んできた。

 以前、戦った時に見た葵の憑術、鉄砲水だ。


「トホカミエミタメ!」


 明日香は前回同様に水の塊に向かって片手を出し、天津祓を唱えると水の塊を葵がいるであろう暗闇へと弾き飛ばす。

 だが、弾き飛ばした途端―――もう一つの巨大な水の塊が明日香の眼前まで迫っていた。


(もう一つ!? 二発撃っていたなんて、これじゃあ間に合わない!)


 神社で鉄砲水が当たった狛犬のことを思い出す。

 石像の狛犬を跡形もなく粉砕され、生身で受けた時のことを考えゾッとした記憶が蘇った。

 普通に受けたら無事ではない。暗闇の中で葵が不気味な笑みを浮かべているような気がした。

 明日香は目を瞑り、思わず腕を交差させて防ぐ素振りを行った。

 すると、明日香の全身が白く透明な膜に覆われ始め、特に両腕の部分に至っては分厚い膜を作り出した。

 そして、鉄砲水の水の塊に撃たれた明日香は狛犬のように砕かれることなく、大きく吹っ飛ばされて護摩壇にいる僧侶達を薙ぎ倒して地面に倒れ込んだ。


「くっ……いっ……つ……!」


「明日香! 大丈夫か!」


「っ……え、えぇ……なんとか……」


 心配して声を上げる讃我を制して呻きながらも明日香はゆっくり立ち上がった。

 身体の節々が激痛に襲われる。

 だが、それでも自身がまだ生きている驚きの方が勝っていた。


(無意識にソウルライフの膜が出来た!? しかも、腕の方が少し膜が分厚かった気がする……憑霊と生身で戦う憑霊使いの技術がこれほどだったなんて……)


 石像をも砕く攻撃が激痛程度で収まったことに驚く明日香。

 けれども、それ以上に驚いている者がいた。


「ふふふ……今の生魂? この前までは使えなかったのに……少し見ない間に随分強くなったのね」


 不気味な笑い声を発しながら、生き人形の葵がその姿を闇から現した。

 その姿をようやく捉えた明日香と讃我は鋭い目つきで彼女を睨みつけた。

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