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ソウルライフ~見鬼の少女と用心棒~  作者: 吉田 将
第四幕   宵闇に浮かぶ朧月
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影を貫く鬼の雷光

「……流石は五十嵐春輝様ですね」


 刀の切っ先を突きつけられているスレンダーマンは称賛の呟きと共に静かに立ち上がる。

 春輝はその呟きには何も言わず、しかし構えた刀は下ろさない。


「下手な動きをしたら斬るぞ」


「ほぅ……でしたら、なぜ私をこのまま生かしておくのです?」


「お前には少し聞きたいことがある。こうして俺の足止めをしている以上は今回の件に関わっている筈だからな。知っていることを全部話してもらってから倒すさ」


「フッ……朧お嬢様といい、あなたといい……憑霊使いとは少なからず似ているところがあるようですね。ならば、あなたの聞きたいこと……ズバリ当ててみせましょうか? 月見里美優様について……ですね?」


「ッ!」


 美優の名前が出て一瞬怯んだ途端にスレンダーマンは再び憑術のシャドウローズニードルを言葉を唱えず使用する。

 その為、彼自身の影から出てきた影の棘は細く一本だけの頼りないものであったが、刀を突きつけていた春輝が飛び下がって距離を取るには十分なものであった。


「くッ……!」


「残念ですが、私も今回の件に関わっているとはいえ……巫女姫様の分野に関しては別件の者が関わっていまして、申し訳ございません」


 深く一礼して詫びるスレンダーマンの背中からは再び六本の黒い触手が蠢く。

 油断はしていなかったとはいえ、奇襲に対処出来なかった春輝は悔しそうに顔を歪めた。


「別件の者?」


「えぇ。私の苦手な人形がそちらの方に関わっていますよ。まぁ、しかしもう八割方は成功しているといっても過言ではないでしょう」


「どういうことだ!?」


「フフッ……残念ですがこれ以上はお教えすることは出来ません」


 美優の身に何か起こったのか、と春輝は狼狽を隠しきれずにスレンダーマンに叫ぶ。

 スレンダーマンは茶化すように軽い笑い声を上げるもののそれ以上は何も言わない。


「……そうか。だったら、無理にでも話してもらうぞ!」


「おやおや、よろしいのですか? あなたは急いでいるのにこんな私に時間を浪費して」


「……チッ!」


 スレンダーマンの的を射た問いに春輝は舌打ちをする。

 確かにこのまま白状するまで戦っていたら時間を無駄に掛けてしまう。

 そうなると、美優ばかりでなく頑張っている燐にまで更に危険な思いをさせてしまう。

 それに、それだけではない。

 上倉町も危ない状況であることに変わりはない。

 これ以上、春輝のわがままで虎次郎や讃我、明日香にまで迷惑を掛けるわけにはいかないのだ。


「まぁ、お気持ちは分かりますよ。せっかく見つけた喉から手が出るほど欲しい手がかり……自らの手で潰すのは惜しいですからね。しかし、時は待ってはくれませんよ?」


 スレンダーマンは大げさに両手を開いて煽るように春輝へ言葉を投げかける。

 挑発していることは目に見えて分かる。

 あるいは罠かもしれない。

 どちらにせよ、春輝の攻撃を待っているのは明白だ。

 乗るべきか、乗らないべきか……そんな思案の時間も惜しい。

 考えるよりも早く、春輝の身体は彼の無意識の意を汲み取り、自然と大通連を肩ほどの高さまで上げて構えていた。


「そうだよな。なら、半殺し程度で留めてやる! 憑纏憑技、獄卒!」


 相手が反応出来ないと思われる速度でスレンダーマンへ素早く強烈な突きを放つ春輝。

 だが、大通連の刺突がスレンダーマンに触れる寸前。

 彼は軽く右手の指を鳴らし、三つ目となる憑術を唱えた。


「憑術、ダークリフレクション!」


 すると、急に目の前に黒い強固な壁のようなものが出現して春輝の攻撃を弾き、彼を強く弾き飛ばした。


「がはっ!」


 強く飛ばされた衝撃で春輝は先程のスレンダーマン同様に周囲を囲んでいる影の壁に強く背中を打ち付ける。


「この憑術の壁は少し特殊でしてね。周りの影の壁とは違い、闇が濃くなればなるほど、その強度は強くなりどんな攻撃も反射します。先程は私の油断で攻撃を受けてしまいましたが、今度はそうはいきませんよ?」


「ッ……へっ、そうかよ。だがな、いつまでも守ってばかりじゃ、俺の攻撃は防げても俺を倒すことは出来ないぜ?」


「ご心配なく。既に算段はついております。憑術、ブラックアウト」


 そう話すとスレンダーマンは今度は左手の指を鳴らす。

 その瞬間、春輝を囲むように黒いもやのようなものが立ち込み始め、春輝の視界を完全に防いでしまった。


「なんだこりゃ!?」


「フフフフ……何も見えないでしょう。さて、そんな中で周囲から一斉に攻撃を受けたらどうなるでしょうか? 憑術、シャドウローズニードル!」


 両手を広げて天を仰ぐスレンダーマン。その背中にある黒い触手が一斉に辺りへ飛び散り、黒い空間を作り出すと再び無数の影の棘が展開される。

 そして、それは春輝の包まれている黒い靄を取り囲み配置された。


「フフフ……これが私の編み出した自身の憑術です! どうですか、何も打つ手は無いでしょう!」


 よほど自信があるのか、スレンダーマンは声を大にして自身の戦術を曝け出す。

 四方を影の壁で囲って逃げ場は無くし、相手の目を晦ませ、その間に一斉に全方位を影の棘で取り囲み、一気に串刺しにする。

 ましてや、相手の放った一撃はダークリフレクションにて防ぐことが出来る。

 更にそのダークリフレクションはブラックアウトの憑術により闇が濃くなっているので、その防御力はますます高い。

 まさに鉄壁の布陣……スレンダーマンはこの戦術を編み出し、この四つの憑術を作り、これらを自在に扱うことだけを重点においた。

 逆にこの四つの憑術さえあれば他には何もいらないのでは、と満足していた。

 事実、春輝はこの間に何もしてこない。

 スレンダーマンはもはや勝利を確信していた。

 だが、彼はまだ気付いていなかった。

 このブラックアウトが生み出した欠点の存在に……。

 その欠点にいち早く気付いたのは春輝であった。


(あののっぺらぼう……まさか、俺の姿が見えていないのか?)


 春輝を囲ったまでは良いものの、そこからどんどん唱えられる憑術の数々を外から聞いていた春輝はそんなことを確信していた。

 確かにスレンダーマンは目、鼻、口等がなくのっぺらぼうというよりは白い袋を被ったような人間の姿をしていた。

 ではなぜ、話したり、見えていたりといったことが出来るのか?

 心拍数や体熱感のようなセンサーのような役割をもつ器官でもあるのだろうか?

 そこまで考えて春輝はふと、あることに思い至った。

 それは千鶴の憑術の千里眼である。

 もし、スレンダーマンも彼女の憑術と同じような機能をその身に持っているとしたら……つまり、念である。

 念は様々なものに応用出来る。

 声を聞いたり、透視をしたり、念話といったことまで出来る。

 つまり声は念を使って自身の念じたことをそのまま外部に声として出し、物を見ることが出来るのは念を使って目と同じ役割をしているのでは、と考えたのだ。

 だが、千鶴の千里眼ほどの強い効力は持っていない。最低限の人間の感覚を有しているだけなのだ。

 つまり、スレンダーマンは影を操ることは出来るし、影の中に入ることは出来ても影の中にいる者のことまで分かっていない。

 知覚はある程度は出来るだろうが、本当に最低限度……あまり動かなければ気付かれない。

 そう思った春輝はこっそりと憑纏に使用した小笛に黄色いとんぼ玉を取り付けた。

 この黄色いとんぼ玉には実はまだ憑術を作っていない。

 つまり、新しい憑術を今作るのだ。


(……光……影を……闇を……どんな強固なものも貫く……雷のような光…………憑纏憑術―――)


 そうイメージし、とんぼ玉にソウルライフを込める。

 そうして、春輝は笛を大通連の峰に強く打ち付けた。

 カーン、と仏壇を鳴らしたような鐘の音が闇に響く。


「なんですか!? 今のは!」


 その音を聞いたスレンダーマンは緩めた警戒を結び直し、配置している影の棘に命じた。


「行きなさい!」


 その号令と共に影の棘は一斉に黒い靄の中にいる春輝に襲い掛かっていくが、突然黒い靄の中から軽快な笛の音が鳴り響き、辺りを照らすほどの眩い光が放たれた。


「な、なんですか! これは!」


 突然のことにスレンダーマンは驚きを隠せないがそんな中、急に空気がピリピリと音を立てて痺れ始めた。

 気付くと、眩い強烈な光に照らされてなのか影の棘は少しずつ消え始めている。

 光は影を作る……だが、この光は影を掻き消しているのだ。


「一体これは―――」


「新しい憑術……うまくいったみたいだな」


 スレンダーマンの言葉を遮り、黒い靄が晴れた光の中から春輝が姿を現す。

 春輝は抜いていた筈の大通連を鞘に納め、両手がガラ空きの状態になっていた。

 だが、代わりに右腕だけが黄色い稲妻を纏い、激しい光を放っている。


「新しい憑術!?」


「あぁ。今、作り出した。俺は憑術が苦手でな……これ以外に二つしか持っていなかったんだ。まぁ、今、三つ目が出来たところだ」


「まさか、この局面で新たな憑術を作るなんて……!」


「別に珍しいことじゃない。憑霊使いは使う憑術の数に限りがあるから、よほどのことが無い限りあまり多くは作らない……そして、新たな憑術を創造するイメージを相手に与えない為になるべく憑術の使用は抑えて戦うようにする。お前、少し多く出し過ぎだぜ? そんなんじゃ、すぐに攻略されるぞ? こんな風にな!」


 春輝は右手を素手での突きを行うように掌と指を伸ばし、腕を引く。

 腕を引くと同時に右腕だけに宿っていた稲妻と光が右手にどんどん集約されていく。


「(これは何か来る! 守りを固めなくては!) 憑術、ダークリフレクション!」


 痺れる空気に嫌な予兆を感じたスレンダーマンは右手の指を鳴らし、目の前に分厚い闇の壁を作って防御壁を張る。

 光が集約された為か、先程とは眩さが少し和らぎ、壁は春輝の獄卒を弾いた時と同様の強固なものとなった。

 けれども、それでも春輝の顔に曇りは無い。

 寧ろ上等だ、と言わんばかりにニヤリと笑みを浮かべた。


「闇に閉ざされた道に……鬼よ、雷光のしるべを放て! 憑纏憑術……光鬼こうき投雷とうらい!」


 新たな憑術の名前を叫ぶと同時に春輝は引いていた右腕を一気に前に突き出す。

 その瞬間、轟く雷鳴が辺りへ響くと共に稲妻を纏った一筋の閃光が瞬時にスレンダーマンへ向かって駆け走る。

 矢のような雷光は闇の壁を難なく貫通し、その陰に隠れていたスレンダーマンの胸を一瞬で貫いていった。

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