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ソウルライフ~見鬼の少女と用心棒~  作者: 吉田 将
第四幕   宵闇に浮かぶ朧月
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消えかける光明と近付く光明

「憑纏憑技、龍牙りょうが


 すぐさま燐の前まで来た朧は刀の柄を両手で握り、力強い刺突を繰り出した。

 瀑龍は消えたものの、憑装である龍巻ノ息吹はまだ消えず、朧の腕に小さな竜巻を纏っている。

 その為、繰り出した刺突を繰り出した途端に刀の切っ先から強烈な突風が放たれた。


「うわっ!」


 疲弊していた燐は朧の接近に気付くのが遅れたうえ、突風に巻き込まれて吹っ飛ばされる。

 受け身も間に合わずそのまま倒れ転がる燐に対して、朧は追撃の刃を幾度も振り下ろした。

 燐は身体を捻らせながらその凶刃を避けるものの、頬や脇腹にかすり傷を作ってしまう。

 体勢を戻すことはおろか、現状維持を保つだけで精一杯だ。

 そんな燐に対して朧は刀を振る手を止め、思いっきり彼女を蹴り飛ばした。


「ごほっ!」


 蹴り飛ばされた燐は転がりながらも朧に追撃されないように四肢で踏ん張りながら必死に立ち上がろうとする。

 両手両足が力を込める度に震え、生まれたばかりの仔牛のような有様だ。


「ごほっ……ごほっ……ごほっ……」


 更に朧に蹴られた場所の痛みが響き、ムセ込みが止まらなくなる。

 そんな燐に対して、朧は追撃の手を止めてその様子を観察し、一つの結論に至った。


(やっぱり、慣れない憑術を使ってだいぶ疲弊しているわね。ということは、燐の持つ手は少ない……仮にまだあったとしても、もうそんなに使えない)


(まずい……身体が思うように動かない……流石にバレちゃったかな……でも、それでも……逃げるわけにはいかない)


 固めた覚悟を解くことなく燐は立ち上がる。

 圧倒的不利な状況……掴んでは離され、また掴みかけるイタチごっこに近い状態。それでも進んでいることだけが唯一の心の救いだった。

 次なる光明を掴む……そのことだけを考え、燐は震える身体に鞭を打ち、朧に立ち向かっていった。




 ―――――【1】―――――




 道行く人々を襲う大蛇を一刀のもとに斬り伏せ、美優を探しながら燐のいる場所に向かっている春輝は内心焦っていた。

 町中に放たれた蛇の数は思ったよりも多く、しかもそんな状況の中、美優の安否はいずれとして不明だからだ。

 一緒に探している虎次郎達からの連絡もまだ来ていない。

 やることと気になることが多すぎて、集中力が欠け、不安と苛立ちばかりが募る。

 そんな中で唯一の明瞭となっているのは燐の居場所だった。

 産女からの連絡を受け、燐のGPSの反応はやはり上原ダムで止まっているようであった。

 所在が分かればひとまず安心だが、まだ油断は出来ない。

 止まっているということは彼女が足を止める何かがあるということ……燐には今、陽炎と煙々羅が付いてはいるが安心しきってばかりもいられない。

 心の焦りを走力に変え、春輝は走り続けた。

 今いる場所からは上原ダムへはまだ自然公園を経てからでないと辿り着けない。


(すまねぇ、燐! 間に合ってくれ!)


 車通りの少ない山道の道路を走る中、春輝はふと何かの気配を感じて足を止める。

 その瞬間、彼の目の前を立ちはだかるかのように黒い煙のようなものが道路の中央に吹き出てきた。


「なんだ!?」


「ここから先へは通すことは出来ません」


 春輝の呟きに答えるように黒い煙の中からスーツ姿ののっぺらぼう、スレンダーマンが姿を現す。


「何者だ?」


「お初にお目に掛かります。私はスレンダーマンと申す者です。存じていないとは思いますが、あなた方のこと……影ながらずっと見ておりました」


「のっぺらぼうのストーカーに遭う理由は無いと思うが?」


「あなたには無くても、私共にはあるのです。特に朧お嬢様にとっては滝夜叉姫様との盟約がありますので……」


「滝夜叉姫……やっぱりそこからの差し金か。美優はどこだ!?」


「残念ですが、私は感知しておりません。町の中にいるのでは?」


「ッ……じゃあ、悪いがお前に用は無い! さっさと行くぜ!」


「残念ながら、それも出来ません。憑術、シャドーウォール」


 再び走り出そうとする春輝を見たスレンダーマンはすかさず天を仰ぐように両手を広げる。

 すると、春輝とスレンダーマンの背後の道路……更には左右にまで黒いカーテンのようなものが現れ、彼らを瞬時に取り囲んだ。


「私はこの国の生まれでは無いのですが……やってみると案外、憑術というものは簡単に作れるのですね」


「……どういうつもりだ?」


「この先は幼き可憐な戦乙女達が聖戦を行っている神聖な場所……私やあなたのような俗者が安易に足を踏み入れてはならない領域なのです。……申し訳ありませんがしばし私でご勘弁願えれば、と」


「……へぇ~、そうかい。そりゃあ気になるな。悪いがなおさら早く行きたくなってきたぜ」


「……駄目です、と申し上げたつもりですが?」


「細かいことは気にすんなよ。この国の“鬼”って憑霊はな。宴に乱入したくなる癖があるんだよ」


「……悪癖ですね。私の生まれ故郷ではそのような蛮行はしません」


「余所は余所、ウチはウチ……だ。そんなの関係ねぇな」


「ならば、郷に従う……という形で実力行使といきましょう」


 スレンダーマンはそう言うと背中から六本の黒い触手を出し、春輝は大通連の紅い刀を抜いて構えた。

 双方、臨戦態勢をとったまますぐには動こうとせず、互いに様子を伺う。

 春輝はジッとスレンダーマンを睨みつけたまま動かない。

 だが、風が軽く吹いた瞬間、春輝は瞬時に動き出した。

 先制攻撃を仕掛けるのか……けれども、攻撃を先に仕掛けたのは春輝では無かった。

 春輝が動いた途端、彼の影があった場所から黒い鋭利な突起物が隆起したのだ。


「ほぅ……これを避けますか。心の中で唱えただけとはいえ、やはり憑術という形にするのは難しいものですね」


 残念そうに呟くスレンダーマンに春輝は紅い刀身を煌めかせながら向かっていく。

 そんな迫ってくる春輝に対してスレンダーマンは片手を広げて自身の前に出す。


「今夜は月夜。光と影が互いにハーモニーを奏でる調和の夜……我々もその音に合わせ踊りましょう。憑術、シャドウローズニードル!」


 スレンダーマンの命に従うように背中にある黒い六本の触手のようなものが辺りへ四方八方へ分かれ、そこに黒い空間を作り出す。

 すると、その黒い空間から先程春輝を襲った影の棘が無数に出現し、春輝に襲い掛かっていった。


「野郎と踊る趣味は無ぇが仕方ねぇ、少し付き合ってやるよ! 憑纏憑技……鬼剣舞おにけんぶ!」


 迫りくる茨のような影の棘をひらりとかわし、なおかつ大通連で斬り捨てる。

 さながら剣舞を披露しているような動きで回避と攻撃を同時に行う。

 更にその歩みは止まることなく、確実にスレンダーマンへと近付いて行っている。


「くっ! なんと!?」


 自身の目論見が外れ、困惑するスレンダーマン。

 その間にも春輝は身体を回転しながら棘を切ったり、バックステップしながら避けていると思ったら急に前方へ急回転しながら飛び上がったりと予測出来ない動きを繰り広げている。

 やがてそんな最中、春輝は襲ってきた一本の棘にふわりと飛び乗ると今度はそこから更に飛び上がって、宙に舞った。


(あそこならば、逃げ場は無い!)


 好機とばかりにスレンダーマンは辺りに散らばる影の棘を宙にいる春輝へ一気に集約させる。

 影で出来た茨の棘が螺旋になって春輝へ迫る。

 その様子を見た春輝は刀を立てて応戦する構えをとった。


「憑纏憑技、凱風快晴がいふうかいせい!」


 力を入れて言葉を発した春輝は宙にいるにも関わらず、その場で急速に身体を回転させた。

 まるで風の渦そのものと化した高速の回転斬りは襲い掛かってきた無数の棘を瞬く間に微塵に斬り裂いていく。


「そんな! 憑術が憑技に負けるなんて!?」


 驚きを隠せないスレンダーマンに春輝は追撃の手を緩めない。

 斬り終えた後に頭上に刀を掲げ、両手に力を込める。


「憑纏憑技、獄落!」


 全体重を掛け、春輝はスレンダーマンへ一気に急降下する。

 スレンダーマンは咄嗟にその場から離れようと後方へと跳躍し、紅の刃を紙一重で避けた。

 しかし、反応にやや遅れが生じたのか頬にあたる部分には一筋の赤い線が走り、整っていたスーツはパックリと斬り裂かれる。

 更に、春輝が刀をスレンダーマンのいた位置に突き刺した瞬間、強烈な衝撃が走り、彼はその衝撃によって激しく自身の作り出した影の壁に打ち付けられてしまった。


「かはっ!?」


 呻き声を上げながら座り込むスレンダーマンは思った。

 この町に来てから戦った陽炎や呑兵衛は確かに強かった。だが、目の前にいるこの人間の強さは彼らと比べ物にならない。

 その強さは自身が忠誠を誓う朧と引けを取らない。


(……これは、思った以上ですね……ここまでとは……私には他者を見る目がもしかしたら無いのかも知れません……)


「悪いが、戯言も戯れもほどほどだ。今日はやらなきゃならないことがたくさんあって忙しいからな」


 春輝は大通連の切っ先をスレンダーマンに向けて追い詰める。

 相手の力量を見誤ったスレンダーマンは己の軽率な行動を内心で嘲笑った。

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