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ソウルライフ~見鬼の少女と用心棒~  作者: 吉田 将
第壱幕   二人の用心棒
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憑霊

 憑纏した春輝と共に美優がやって来たのは、とある古びたアパートの一室……そこは狭くは無いもののあまり広くもなく、簡単に説明するなら台所が繋がったリビングと六畳一間の部屋が一つ付いただけの質素な造りの室内だった。

 春輝はそこに入るや否や抱き上げていた美優を下ろし、憑纏を解い後、何食わぬ様子で台所にある冷蔵庫を漁る。


「やっぱ、まともな物がねぇなぁ……こんな事になるならもう少しマシなのを買ってくるべきだった……」


「そんな贅沢出来るお金も無いでしょう? あ、どうぞ美優さん。みすぼらしい所ですが、お構いなく……」


「は、はぁ……」


 しどろもどろになりつつも、美優は何気なく室内を見渡してみる。

 リビングにはテレビと卓袱台が置いてあり、寝室らしき六畳一間の部屋には小さな机と布団が二組畳んであった。

 もはや、昭和の時代にタイムスリップしたとしか思えない。


「ノスタルジックだね……」


「お、分かるか? この雰囲気が良いんだよなぁ~」


「正直に何か出てもおかしくない所って言っても良いんですよ?」


 卓袱台の前に腰を下ろした美優と小鈴へマグカップを三つ持った春輝がやってくる。

 見ると、マグカップの中にはホットミルクが入っていた。


「もう、夜も遅いからこれで我慢してくれ。……っていうか、小鈴。何か出てもおかしくないって、もう既にお前が出てるじゃねぇか」


「私が言ったのは春輝の考えているものと違いますよ?」


「じゃあ、一体何だよ?」


「……黒光りする無数の傭兵部隊……」


「分かった! オオクワガタだ!」


「そんな高級な黒いダイヤ、こんな所に沢山いません」


「じゃあ…………アリか!」


「ゴキブリですよ! なんで分からないんですか!?」


 人と鬼が繰り広げる漫才を眺めながら、美優は「いただきます」と呟くと出されたマグカップに口を付け、そっとミルクを啜る。

 不思議な事にミルクには優しい甘味が感じられた。

 恐らく、砂糖でも入っていたのだろう。


「そういえば、五十嵐君も普通の人には見えないモノが見えるんだ?」


「今更だな。まぁ、でも……そうだな。改めて言うと見えるって事になるな。今まで隠してて悪かった」


「……アタシの事も知っていたの?」


「あぁ、校門の所で初めて会ったあの時からな。……どういう訳か、そういった体質の奴って自然と引かれ合うもんなんだよ。別に珍しい事じゃない」


「そっか……本当はアタシと同じだったんだ……」


 昼間、商店街で言った「自分と違う」という言葉を気にしてか美優はマグカップを持ったまま黙り込む。

 それを察してか、春輝の方も無言でホットミルクを飲む。

 暫くの間、双方沈黙という空気が室内を支配する中、ただ一人蚊帳の外であった小鈴が重い雰囲気を払うように口を開いた。


「……空気が澱んできましたね。ここは一つ、先程の話題に戻りましょうか」


 わざとらしい咳払いを一つした後、小鈴は美優へと顔を向ける。


「さっきの人は何だったのか? そして、襲撃して来た者達と関係があるのか? 率直に言うと関係あります。それについてはさっきの……つまり、憑霊について説明しなければなりません」


「ひょうれい……? それって、もしかして小鈴ちゃんも入ってるの?」


 ついさっきまでの春輝と小鈴のやりとりを聞いていた美優はおずおずと口を挟む。


「えぇ、憑霊とは異形の者達の総称で美優さん達人間で言う所の幽霊、妖怪、神など全ての人外の事を指して言ったものです。勿論、鬼である私も含まれています」


「簡単に言うと取り憑く奴らの事だな」


「まぁ、取り憑かなくても憑霊と言いますけどね……」


 冷ややかなツッコミを小鈴から受けた春輝は苦笑いのまま頭を掻いた。


「さっきの妖魔である絡新婦も元は妖怪なので憑霊のカテゴリーに入ります。そして、憑霊は物や人に憑いて一時的な干渉が可能となります。一部の例外を除いて……」


「それって、今言った妖魔だよね?」


「そうです」


 戦っている最中に春輝が言っていた事を聞いていた美優は確認も兼ねて小鈴に尋ねる。

 小鈴はそれに対して軽く頷いた後、飲み終わったマグカップを台所の流しへと持って行った。


「ま、妖魔に限らず……霊や神も悪くなるんだけどな。俗に言う悪霊や邪神って奴だ。そして、それらが人に取り憑いて精神を乗っ取った状態が……憑依だ」


「物は取り憑き易い反面、動きにある程度の制約があります。対して、人の場合は精神が弱っている者や心に負の感情がある者にしか取り憑くことが出来ませんが、その分……動きに制約が無く、思うように動くことが出来るという特徴があります」


 マグカップを洗い終わった小鈴は春輝の言葉を紡ぎながら戻って来る。


「じゃあ、さっきの女の人は……」


「生きちゃあいねぇよ? アレは恐らく自殺した死体に取り憑いたって奴だろう。一番、タチが悪い……」


 どういう意味か、いまいちよく分からない様子の美優に小鈴は付け足すように話す。


「人は意思が肉体にある故、取り憑きにくい……物は決まった形状しかない故、動きに制限が生まれる…………なら、取り憑き易く動きが自在に出来る依代よりしろ……つまり、憑依した際の身体とは一体何なのでしょう? そう考えると死体は悪い憑霊にとって最高の身体だとは思いませんか?」


「しかも、恨みや憎しみといった感情は悪い憑霊にとって力の源となる……特殊な力を持った人間の魂を自身に取り込む以外、憑霊が簡単に力を増幅させる事が出来るのはそういった“念”によるものだからな」


「それじゃあ、前にアタシを襲った人達も……」


「恐らく、死体に絡新婦の子供が憑依したものでしょう。最近は不景気やストレスによるものなのか……昔よりも自殺死体が増えてきましたから、死体を手に入れるなど彼女達にとっては造作も無い事ですよ」


 鬼である小鈴が不景気だのストレスだのと言っている時点で、もう現代社会は色々と危なっかしいのかも知れない。

 人間じゃなく妖怪に心配されたとなれば世も末だ。


「時代のさがって奴だな。しかし、皮肉なもんだ。近代化になるに連れ、人間は多く死に……悪い憑霊が蔓延り、良い憑霊は行き場を失い消えていく…………無情を通り越して無慈悲だな。こりゃあ……」


「良い憑霊は……行き場を無くす?」


「そっ」


 春輝は手を頭の後ろで組み、天井を眺めながら話しを続ける。


「何回も言うけど、一般的な憑霊は取り憑いても一時的な干渉しか出来ない。対して、悪い憑霊は半ば洗脳に近い状態で取り憑くから永久的に干渉が可能となる。なっ? これだけ聞くと良い憑霊は圧倒的に不利だろ?」


 確かに、これだけ聞くと悪い憑霊だけが得をするように思える。


「けどな……」


 だが、春輝はそれに対し、何か秘策があるかのように悪戯な笑みを浮かべた。


「悪は滅びる! 憑霊と心を通わせた人間は憑依よりも上な力を持って奴らに対抗する事が出来るんだ!」


 春輝の言葉を聞いた美優はハッとして鬼人となった時の彼を思い出す。

 あの時の春輝は絡新婦とほぼ似たような状態だったからだ。


「それが……憑纏。光側である人間と闇側である憑霊の強い絆によって生まれる力」

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