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ソウルライフ~見鬼の少女と用心棒~  作者: 吉田 将
第四幕   宵闇に浮かぶ朧月
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水火競演

 火と煙……二つの玉を持って構える燐を朧は興味深げに眺める。


「……へぇ~」


 軽く呟くも刀を握る手を緩めることは無い。

 それどころか、その力は一層強くなっている。

 そんな朧の反応に燐は構わず、二つの玉を両手で合わせて思いっきり振りかぶる。

 そして、力一杯に合わせた玉を投げつけた。


「やぁ!」


「単調な攻撃ね。もっと捻りを加えるかと期待したのだけれど……」


 残念そうに呟きながら朧は刀を立てて構える。

 さながらバッターボックスに立つ野球選手のように構えた朧は飛んできた玉を真横に斬る。

 その途端、玉は破裂し彼女は火と煙に包まれた。


(火はダメージと呼べるほど熱くは無いけど……煙が厄介ね)


 煙で視界が遮られる中、朧は頼りにならなくなった目を閉じ、全神経を集中させて辺りの気配を探る。

 視界は当てにならず、嗅覚は煙の燻す香りでほとんど使えない……呼吸すらも一時止め、自身で無を作り出し、聴覚と触覚に頼る。

 身体は現在不必要となった機能をほとんど停止させ、聴覚と触覚の感覚を鋭くさせる。

 それにより朧の肌は煙の気流を感じ取り、風の動く音をその耳に捉えた。

 彼女はその場所に向かってすかさず刀を振るう。

 すると得物は斬る感触の代わりに何かが当たる感触をその手に与えた。

 内心で訝しながらも朧が目を開けるとそこには刀身を足で押さえている燐の姿が目の前にあった。


「うそッ!? やったと思ったのに!」


「……狙いは悪く無かったけど、単純なのよ。あなた」


 そう言い捨てると朧は刀を振って燐を弾き飛ばす。

 飛ばされた燐は両手両足で猫のように緩やかに着地する。

 だが、そんな彼女の顔には明らかな狼狽が浮かんでいた。


「くッ!」


「先に見せてくれたお礼に今度は私が見せてあげるわ。憑纏憑術、激流葬槍」


 朧は燐に向かって手を広げる。

 途端に彼女の手の甲に“666”の三つ巴の模様が蒼く激しく輝いた。

 燐はその蒼光に目が一瞬眩みそうになるも、朧の手から放たれた大量の水が激流の如く押し寄せる様を見て、その場から離れようとする。

 しかし、左右は片やダムの貯水池、片やダムの洪水吐の壁が崖のようになっていて逃げ場が無い。

 対して、押し寄せてくる水は欄干を越えて溢れてもその威力を弱めることなく、天端通路を塞いで押し寄せてくる。

 燐の逃げ場はどこにも無かった。


「うわあぁぁぁぁッ!」


 逃れる術もなく水に呑まれる燐。

 激流が身体を幾度も打ち、槍で突かれているような感覚が痛みとなって襲い掛かる。

 このままダム湖に落ちてしまうのか?

 だが、幸いなことに燐の身体は貯水池への落下防止の為の柵に引っ掛かり、落とされることは無かった。

 けれども、それにより激流の中で身動き一つ取れず、燐が解放されたのは水が引いてからであった。


「はぁ……はぁ……くっ……!」


 呼吸苦と激流の痛みにより息を乱し、柵に寄り掛かる燐は水に滴る前髪の御簾ごしから朧を睨みつけることしか出来なかった。


「あら、本当に……意外としぶといわね」


「ま、まだ……まだ……」


 柵を伝って必死に立ち上がる燐を朧は呆れたように眺めながら、彼女に告げる。


「これだけ受けてもまだやる気? 強情というか愚かというか……もうその身をもってはっきりと分かったでしょ? 実力差は十分に出ているわよ。力でも……地の利でもね」


「それでも……燐は諦めない」


 呼吸を整えた燐は柵から手を離し、身構える。

 その瞳からは闘志の炎はまだ消えていない。

 それを見た朧は口元に笑みを浮かべた。


「良いわね……普通ならここで逃げ出すものだけど、何か勝算はあるのかしら? まぁ、互いにまだ憑術を一つずつしか出していないもの……可能性としてはあるわね」


 その問いに燐は無言で答えた。

 実際のところ、勝算なんてゼロに等しい。

 憑術だって作る許可はもらっているが、まだ一つしか持っていない。

 準備不足も良いところだろう。

 かといって、それが戦いを放棄する理由にはならない。

 勝算が無いからといって知らぬ存ぜぬをして良い理由にはならない。

 ならば、なぜ戦うのか?

 見てみぬフリは出来ないから……そう燐は答えるかも知れない。

 あるいは朧に一矢報いたいから……とも答えるかも知れない。

 戦う理由など幾つもある。

 たとえ、それが勝算が限りなく無に等しい戦いだとしても。

 唯一、勝算があるとするならばそれは戦いの中であろう。

 闇雲でも良い、無茶苦茶でも良い、不格好でも良い……取り敢えず動かなければ始まらない。

 自分が動かなければ何も変わりはしない。

 自分が動けば、周りも否応無しに動かされる。

 その結果が悪かろうが、良かろうが行動しないことには始まらないのだ。

 燐は御守を握り締める。

 心なしか御守がいつもより固く感じる。

 握り過ぎてしまったのだろうか……いや、それにしては少し厚みがあるようにも感じる。


(そういえば……修行の時、一度明日香お姉ちゃんに渡した気が……)


 燐はふと、修行中の出来事を回想する。

 ソウルライフコントロールの為、何度も火煙球を使った際に御守の紐が取れてしまったことがあった。

 その時、休憩がてら一度だけ御守を直してもらう為に明日香に渡したことがあった。

 御守を直すのはすぐ終わり、その後すぐに容赦ない修行が再開したので気にも留めなかったが、もしかしたらその時に何か細工をしたのかも知れない。

 守札を厚めの物に変えたのか……そんな疑問が湧き、朧に知られないようにそっと御守の隙間から中を覗いてみる。


(……えっ?)


 その中身を見て燐は内心驚いた。

 御守の中に複数の守札が入っている。

 病院で無我夢中で憑術を作った際は白い紙が一枚だけ入っていたのだが、同じサイズの紙で他に青い紙と赤い紙が入っている。

 色分けされていた為、隙間からでも複数入っていることが分かったのだ。

 これなら、新たに憑術を作ることが出来る。


「……急に静かになってどうかした? もしかして、勝算を考えていたのかしら?」


「……うん、考えていた」


 朧に自身の感情を悟られないよう、平静を装いつつ燐は考えた。

 憑術を作ることが出来る。

 しかし、どんな憑術を作り、どんなタイミングで使うか……それが重要である。

 その為には朧の穴を見つけるしかない。

 使い所を間違えれば、また火煙球のように見切られてしまう。

 いくら実力差があるとはいえ、必ず突く所はある。


「憑纏憑術……火煙球ぁ!」


 再び御守を握りしめ、声を大にして憑術を唱える燐。

 すると今度は先程とは違い、自身の身体程の火の玉と、煙の玉を生み出す。

 そして、その大玉の煙玉を自身の足元に投げて破裂させた。


(煙玉を自分自身に!? 目眩ましのつもりね……)


 燐の姿を包み込んだ煙を睨みつけながら朧は刀を力強く握る。

 すると、朧も再び手の甲の“666”の三つ巴を蒼く輝かせた。


「憑纏憑装、龍巻りゅうかん息吹いぶき


 巻き付く蛇のように朧の腕に風が纏わりつく。

 そして、纏わりついた風は腕から持っている刀へと伝わり、その刀身が見えなくなるほどの竜巻で覆われる。


「吹き飛びなさい」


 冷酷に告げた朧は旋風を纏う刀を煙に包まれた燐目掛けて振り下ろした。

 螺旋の刃が煙を微塵に斬り裂きながら、一気に貫いた。

 けれども、その空いた風穴に燐の姿は無かった。

 だが、煙が晴れたと同時に今度は夜とは思えないほどの明るさと熱気が朧を頭上から照らし出す。

 そこにはまるで太陽のような大きな火の玉を掲げる燐がいた。


(煙に紛れて、火の熱気と明るさを消し、宙へ逃れた……というわけね)


「朧ぉーッ!」


 叫ぶ燐は朧に向かってその火の玉を投げつけた。

 それに対して、彼女は持っていた刀を足元に突き刺し、両手を燐に向ける。


「憑纏憑術、激流葬槍!」


 声を強めに言霊と共に両手から大量の水を放つ朧。

 激流と火の玉は互いにぶつかり合い、濃い蒸気を発生させる。

 しかし、大量の水を受けてもなお、燐の放った火の玉は消えることが無い。

 逆に朧の放った水が全て蒸発させられてしまった。


「なっ!? ッ……風よ!」


 目の前に迫る火の玉に憑術を唱えただけでは間に合わないと感じた朧は既に憑装として使用していた龍巻ノ息吹の風を腕から足元に向かって放つ。

 そして、その場から離脱しながら自身のソウルライフで全身に膜を張った。

 火の玉はその風を吸収して僅かにその火力を上げたものの、朧に当たることは叶わず、その場で爆散する。

 だが、その衝撃による風圧と熱が離れた筈の朧に襲い掛かり、彼女は地に転がり込んだ。


「くっ……まさか、私がソウルライフでパワー負けするなんて……」


(やった! 朧に通じた!)


 燐は着地し手応えを感じる。

 光明を見つけ、希望を掴んだ。

 あとはそれをどう活かすかだ

 一方で倒れ込んだ朧は疲弊こそしていないものの、今度は逆に燐を睨みつけた。

 朧優勢……それは変わらないものの、着実に燐は迫っている。

 それは朧にとって許されないものであった。


「私がソウルライフで負けた……? 憑霊使いになりたての新参者に? そんなの認めない……許さない。潜在能力として……私よりも燐の方が上だというの?」


 手をついて起き上がり、拳に変えて力を込める。

 自然と目と食いしばる歯にも力が入り、唇は震えた。

 経験豊富な自分自身が憑霊使いになったばかりの燐に圧された……たった一回とはいえ、それは朧の心に火を付けた。

 燐に対する怒りでは無い。それは相手を嘲笑い、慢心しながらも地を転がった惨めな自分に対する怒りであった。

 朧はゆっくりと立ち上がり、燐を見据える。


「……正直、あなたのことを舐めていたわ。どう足掻こうが私には及ばない……でも、そんな中でもあなたは私を掴みかけたのね。ならば、そんな相手に対してぞんざいな振る舞いは失礼よね? ……ごめんなさい。ここからは私も本気になるわ」


 血走った目を燐に向ける朧。

 その目はまるで蛇の異名であり、ホオズキの別名でもあるカガチを思わせるような目であった。


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