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ソウルライフ~見鬼の少女と用心棒~  作者: 吉田 将
第四幕   宵闇に浮かぶ朧月
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加速する事態

 時は遡り―――

 燐が朧と対峙する少し前……ちょうど、春輝が燐から朧に繋がるスレンダーマンのことを電話で伝えられた頃。

 その頃、天原神社では春輝と小鈴が燐の元へ向かおうとしていた。

 虎次郎は急な事態の展開にも関わらず、冷静に讃我へ各寺院へ連絡を取ってもらい、孔雀明王の真言の一斉詠唱準備を進めている。

 そんな慌ただしい中、明日香は誰かが神社の境内に駆け込むのを見つけた。

 駆け込んできたのは金髪ツインテールの少女……美優の親友である千夏であった。


「はぁ……はぁ……すみません! ここに美優はいませんか!?」


「あなたは―――」


「あれ、若本。どうしたんだ? そんなに急いで……」


 応対した明日香の言葉を遮り、春輝が現れて声を掛ける。

 息を乱す千夏の姿は尋常ではない。

 そんな彼女は春輝の姿を見るや切羽詰まった様子で彼にしがみついた。


「五十嵐君! ここに……ここに美優はいる!?」


「いや、いないが……まさか美優に何かあったのか!?」


「そ、それが……美優が……美優がいなくなったらしいの!」


「なに!?」


 春輝と千夏のただならぬ雰囲気と不穏なやりとりを耳にした虎次郎と雪羅と讃我が彼らの元に集まる。

 美優がいなくなった……そんな緊急事態に春輝達は狼狽えるがただ一人、虎次郎だけは冷静に千夏へと尋ねた。


「詳しく話してくれ」


「え、えぇ……私、学校が休校になってから毎日、美優の様子を見に来ていたんだけど……さっき私の家におばさん……美優のお母さんが来て、夕方になって美優が姿を消したって……」


「姿を消したって……どこかに出掛けたのか?」


「それが分からないの。美優、昨日から熱が出ていて今日もまだ優れない様子だったから、おばさんが様子を見に部屋に入ったら……いなくなっていたって……」


 熱が出ているのに外出など普通はしない。

 そんな中、小鈴の脳裏に浮かんだのは美優が絡新婦に攫われた時の情景であった。

 あの時、絡新婦は美優の部屋から彼女を連れ出した……もしかすると、滝夜叉姫の一派の何者かが同じ手口で攫ったのかも知れない。

 だが、それを口に出すようなことはしなかった。

 なぜなら、傍にいる春輝が青ざめているからだ。

 ここでそんなことを口にしたらせっかく回復した春輝の心に再び大きなダメージを与えてしまう。

 しかし、可能性としては捨てきれない。

 言うべきか言わざるべきか……そんな悩みを抱き、悶々とする中、ふいに彼女の顔の前に手のひらが現れる。

 見ると雪羅が制するように手を広げ、頷く。

 何もするな、ということだろうか? よく見ると虎次郎が横目で視線を向ける。

 そして、小鈴がそれに気付いたと同時に彼は口を開いた。


「なるほど、事情は分かった。なら、それは俺と雪羅に任せてもらおう」


「虎次郎! 俺も―――」


「お前と小鈴は燐の元に向かえ。今はそっちが急務だ」


「美優が滝夜叉姫達に攫われたかも知れねぇんだぞ!」


 春輝は虎次郎に近付いて胸倉を掴む。

 こんな事態に喧嘩が起きてしまうのか……誰もがそう危惧したが、虎次郎は至って冷静だった。


「落ち着け。それは無い」


「どうしてそう言い切れんだよ!?」


「小鈴から話しを聞いたことがあるが絡新婦に襲われた時、月見里は部屋から連れ去られたんだろう? ならば、警戒はしている筈だ。同じ手を食わないようにな……それに襲撃されたとしても家にいる母親が物音か何かで気付いているだろう? それに黄昏時とはいえ、憑霊が本格的に活動するなら夜だ。まだ明る過ぎる」


「た、確かに……」


 虎次郎の的を射た指摘を受け、春輝も落ち着いてきたのか掴んでいた手を離す。


「そうなると自分から出ていった可能性が高い。早急に命の危機に関わる事案……では無い筈だ。もし、ただその辺りをうろついていた場合、先に雨海と接触する可能性の高い燐の方が危ない。そっちを優先するべきだ」


「でも、俺は……」


「分かっている。だから神谷にも連絡を取れ。枢機卿のお守りをしているとはいえ、警察の人間としての職務は全う出来るだろう。あいつなら何かと理由を付けて警察得意んお人海戦術をしてくれる筈だ。それに俺も探す。だから、お前は早く行け! この機会を逃すとどのみち事態は悪化する一方だ!」


「……分かった。じゃあ、虎次郎……雪羅……あと頼んだぜ。行くぞ、小鈴!」


「えぇ、行きましょう!」


 春輝はそう声を掛けると小鈴と共に神社を出る。

 その後ろ姿を見送りながら雪羅は虎次郎へ耳打ちする。


「ねぇ。春ちゃん……行くと思う?」


「燐の危機だからな。行くには行くだろう。だが……寄り道はするだろうがな」


「そうよねぇ~……絶対、探しながら行くわよ。きっと……」


「……さっさと見つけて連絡した方が良いだろうな」


「でも、そうなると今度は燐ちゃんが危ないんじゃ……だって憑術一つしか無いでしょ? それって呪具も一つってことよね?」


 呪具は憑霊使いが憑纏した際に憑術を使ううえで必要なものだ。

 春輝の場合はとんぼ玉……燐の場合は咄嗟のことで御守の中に入っている守札を呪具にしてしまった。

 御守の中に守札は一枚……燐は新たな守札をまだ手に入れていない筈だ。


「憑術一つで裁司を相手にするのは……無理よ」


「だろうな」


「だろうなって―――」


「だから予め仕込んでおいた」


 虎次郎はそう言って明日香を見る。

 明日香はその視線に対し、頷いて見せた。

 どうやら、本人達が知らない内に何かをしたらしい。


「それに―――」


 虎次郎は彼にしては珍しく口元に笑みを浮かべた。


「初戦の相手が裁司なんて良い経験値になるだろう」


「……お虎って本当にやることが酷いわよね? これじゃ、虎じゃなくて子を谷に落とす獅子だわ」


「強くなることを切に願ったのは燐の方だ。それに大丈夫だ、あいつは五十嵐に似ているからな。もしかするととんでも無いことをしてくれるかも知れないぞ?」


 そう言うと虎次郎は背を向け、再び讃我と何か話し始める。

 その様子と春輝達の行った方を雪羅は交互に見た後、軽く笑みを浮かべて虎次郎の元へと歩いていった。




 ――――――【1】――――――




 虎次郎の指示に従う形で神社を出た春輝と小鈴は正吾に事情を説明して美優の捜索を電話で依頼しながら、辺りを見渡し走っていた。

 目的地は燐達のいる所……場所は携帯電話のGPSによる位置情報で把握している産女から小鈴の携帯電話を通して随時知らされている。

 燐達は動いているので場所は定まっていないが、方角を聞く限り、上原ダムへ向かっていることが分かった。

 だが、春輝も小鈴も不思議と驚いていない。

 春輝の勘と虎次郎の推察……そして、前に訪れた際にいきなり襲撃を受けた場所だ。

 濃厚というよりもはや確定だろう。

 けれども、諸々の準備が出来ていなかった為に踏み込めないでいた場所であった。

 しかし、今ようやく準備が整った。

 医者からのお墨付きももらい、讃我達の準備もなんとか済んだ。

 あとは朧を討つだけ……なのだが、ここにきて春輝の準備は不完全なものとなってしまった。


「……美優さん、いないですね」


「くそッ……美優の奴、こんな時にどこ行ったんだよ……」


 啖呵を切って出ていったものの、やはり美優のことが気になって仕方がなかった。

 別に虎次郎を信じていない訳ではない。寧ろ、こんな時には一番に頼りになる男だ。

 だが、それでも春輝は完全に任せきりという訳にはいかなかった。

 出来ることならこの道中で見つけて虎次郎に連絡を取り、保護してもらう……それが最善なのだが、いかんせんそう上手くはいかない。

 かといって、時間を美優だけに割くわけにもいかない。


『春輝君が苦しむ所を見るとアタシも苦しくなる……だから、もうアタシには関わらないで』


 最後に交わしたその言葉だけが頭を過ぎる。

 その情景を思い出し、春輝は歯を食いしばり絞り出すように呟いた。


「お前は……俺が苦しむと自分も苦しくなるって言った………俺も同じだ。なのにどうして……自分が苦しむようなことを……独りでいるようなことをするんだよ……」


「春輝……(美優さん、どうして…………どうして、春輝の苦しむ姿が見たくないのに、こんなに苦しめるんですか?)」


 苦悶の表情を浮かべる春輝の姿を見て小鈴もまた彼の名を呟くことしか出来ない。

 不安、葛藤、迷い……そんな感情が渦巻いている。

 真っ直ぐに放たれた矢ならともかくこんなにフラフラと放たれた矢では仕留められるものも仕留められない。

 小鈴がそんな懸念を抱く中、春輝達の前に何かが立ち塞がる。

 それはウネウネと動く斑模様の大蛇であった。

 しかも、数は一匹だけでなく道の至る所や家々の屋根、塀の上からなどナメクジのように湧いて出てくる。

 けれども、大きさは自然公園で戦ったものよりも小さく、アナコンダの憑霊のようだ。

 しかし、道行く人々は少ないながらもそれらが見えているらしくあちこちから阿鼻叫喚の声が響いていた。


「なっ……なんだこりゃ!? 皆見えているのか!」


「蛇の憑霊……しかもこんなにたくさん憑現されているなんて……」


 唖然とするのも束の間、急に春輝の携帯電話が鳴り出す。

 相手は正吾であった。


「もしもし」


『春輝、俺だ。正吾だ』


「どうした?」


『……すまん。美優ちゃん捜索の件だが……警察を動かせそうにない』


「……もしかして、大蛇が出たからか?」


『あぁ……そう言うってことはお前も遭遇したか。事情を知る俺達はこれは憑霊って分かるが……実際に見えて触れられるんじゃ、治安維持の為にも警察が対処に動かない訳にはいかない』


「……だよな。分かった。まずはそっちの対処に当たってくれ」


『……本当にすまん! 力になれなくて……』


 悔しさを滲み出しながら申し訳なさそうに謝罪をした正吾はそのまま電話を切った。

 美優がいなくなったこのタイミングで憑現された大蛇の群れ……もう事は彼女だけの問題だけでは済まされない。

 ましてや、正吾という強力な助っ人の力も封じられた。

 いない美優にますます危険が迫る……だが、この状況によって春輝のブレた指針は完全に定まった。

 彼は憑纏用の小笛を取り出す。


「春輝!? まさか、一般人の前で憑纏を晒すのですか!?」


 通常、憑霊使いは人目をはばかり事を収束させる。

 そして、都合を合わせるようにその後を処理する。

 憑霊の存在を公にするわけにはいかないからだ。

 その為に正吾達のような協力者がいる。


「そうだ」


「でも、憑霊の存在を公にするわけには―――」


「もうこうなっちまったら隠し通せねぇだろ。それに助けられる力があるのに見てみぬフリなんて出来ねぇ! ……死んじまったら元も子もねぇんだから。でもよ、生きていればなんとかなるだろ? 厄介なことになってもさ」


「……それもそうですね」


 小鈴は呆れたように春輝に同意する。けれども、顔には柔らかい笑みが浮かんでいた。


「確かに色々と考えるのは性に合っていません。……全部が終わったら考えることとしましょう」


「あぁ! とにかく今はこの蛇達を倒しつつ、美優を探しつつ、燐の元に向かう!」


 どれも全てをこなすことは少ない時間の中では難しい。

 今の春輝にとってはどれか一つに集中してしまうと他の全てを失う恐れがある。

 だからこそ、中途半端だが今出来る限りのことをして先へと進む。

 残ったものは……仲間達に託す。

 根本は元凶を討つこと。それさえ出来れば一気に解決する。

 決意を強固なものとし、小笛を近くのブロック塀にぶつけた春輝は迷いなき力強い言葉で叫んだ。


「憑纏!」


 仏壇の鐘のような音を響かせ、笛を吹いて鳴らし旋風を纏う。

 そして、旋風を切り裂いて現れた鬼人の春輝は腰に差している大通連を抜くと行く手に立ち塞がる大蛇達目掛けて駆け出して行った。

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