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ソウルライフ~見鬼の少女と用心棒~  作者: 吉田 将
第四幕   宵闇に浮かぶ朧月
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のどかな静寂

 翌日の早朝……朝の五時、春輝と小鈴は珍しく早くに起きていた。

 いや、起きたというよりも起こされた、といった方が正しいのだろう。


「ふぁ~あ……何もこんな朝早くに診察に来なくたって……」


「患者がつべこべ言うな。お前さん達人間と違って、儂ら憑霊は本来、夜に活動するものじゃ。人間の病院で言うなら、深夜間帯診療みたいなものじゃぞ?」


 アパートの春輝の部屋にて馬肝入道はそう言いながら彼の身体に聴診器を当て、身体の調子を見ていた。

 そんな彼らの傍らには千鶴と眠そうな小鈴が待機している。


「とは言ってもさ、朝の五時にピンポン連打は無いだろ?」


「なぁにを言っとるか! 朝の四時から鳴らしているのに一時間も出なかったお前さんが悪いんじゃろ? 一回で出れば良かったものの……」


「いや、普通なら留守だと思って帰るぜ?」


「残念じゃったのぅ。千鶴の千里眼でお見通しじゃよ」


「チッ……そういえば、そうだった。透視の前じゃ無意味か……」


 しょうもない使い方ではあるものの、よく実験などである箱の中身を見通すなどといったことよりはよっぽどマシであろう。

 能力とは本来、こういう風に使った方が平和的で役立つものなのかも知れない。

 春輝がボーッとしながらそんなことを考えていると、診察している馬肝がふと思い出したように尋ねた。


「そういえば……あの巫女姫のお嬢ちゃんはどうしたんじゃ? 最近、姿を見かけないが?」


「……あぁ、今はちょっと体を崩しているみたいでな。風邪みたいだ」


「そうか……早く元気になると良いのぅ。儂はてっきり痴話喧嘩でもしたのかと思ったぞ?」


 何気なくそう言ってカラカラと笑う馬肝だが、それに対して春輝は無言で答えた。

 本当なら早く会ってちゃんと話したい。

 けれども、美優の具合が悪いんじゃ話そうにも話すことが出来ない。


「……なぁ、美優も診てやっちゃくれないか? 人間の医者より馬肝先生に診てもらった方が良い気がする……」


「そうかのぅ? なんだか、そう言われると照れるのぅ~。そうじゃな、今日の夕方辺りにでもこっそり訪ねてみるか…………よし、お前さんはもう大丈夫そうじゃな」


 一通りの診察を終えた馬肝はお墨付きとばかりに春輝の背中を強く叩いた。


「いっ! た~……」


「安静はもう良いぞ。まぁ、運動はしても良いがあまり無茶はいかんぞ? 無理をすると逆戻りになってしまうからのぅ」


「あ、ありがとう……」


「とはいえ、お前さんは無理をしそうじゃがな……それに今は滝夜叉姫だけではなく、なんだか妙な者までいるらしいのぅ?」


「あぁ……カルマの朧か」


「確か、呑兵衛が交戦したと言っとったのぅ…………これまでの相手とはどうも違うみたいじゃ。それに、どうやら相当に腕が立つみたいじゃしのぅ……」


「……知っているのか?」


「顔は知らんし、会ったことは無いが……呑兵衛の傷を診た限りではかなり戦闘の経験があるように見える。それもただの野良試合ではない……殺し合いの実戦じゃ」


「どうしてそう思うんですか?」


「あやつの傷口を診た際、そのどれもが急所を狙って出来たものじゃった。しかも、相手は憑現までしていたと聞く。お前さんも知っておる通り、憑現とは憑霊を具現化し、その能力や憑霊自身を攻撃の駒として使うことが出来るが……その分、憑霊が倒された場合は憑霊の使用者はその代償として多大な生魂を払うこととなる。病院での話しを聞く限り、朧とかいう者はバジリスクの他に憑霊同士を融合させた憑合憑霊まで使用していたらしい。どちらも憑霊としては強力な部類……それらを倒してもまだ戦うだけの余力があったことを考えると、呑兵衛に深手を負わせた時のその子はバジリスクを倒された後だから、いくらか弱体化していた筈じゃ」


 つまり馬肝が言わんとしていることは呑兵衛が戦った朧はまだ全力では無かった、ということである。

 遠巻きに油断するな、と忠告しているのだ。


「……分かっている。憑霊使いに年齢なんて関係ねぇ。相手が誰であろうと全力を尽くす」


「……無事に戻ってこい。儂が言えるのはそれくらいじゃ。お前さんにはまだやることが残っているんじゃからな」


 馬肝はそう言うと千鶴を伴い、春輝の部屋を出る。

 その場には春輝と小鈴だけが残り、室内は無に近い静寂が一時を支配するが、その空間を壊すようにしばらくして小鈴が口を開いた。


「春輝。今回の戦い、今までより気を引き締めないといけませんよ?」


「……元よりそのつもりだ。なんせ、相手はこれまで新霊組もまともに素性を捉えられなかったカルマの裁司……寧ろ、滝夜叉姫を倒す前には肩慣らしに不足はねぇ」


「肩慣らし……で済めば良いですがね」


「……ま、考えるよりも行動だ。今までだってそうしてきた」


「そうですね。というか、それしか出来ないですからね」


「ははは、違いねぇ……」


 軽口でのやりとりを交わした後、春輝と小鈴の間にはいつもの空気が流れ、緊張していた空間の支配も和らいでいった。




 ――――――【1】――――――




 早朝の診察を終えた春輝はこの日も讃我と明日香の修行に付き合っていた。

 憑霊である小鈴と雪羅相手の修行……それは昨日と変わりは無かったが、今回は燐の修行を終えた虎次郎も指導役として合流し、効率は格段に上がっている。

 一方で一人手の空いている燐は神社拝殿の階段に座り、ボーっとその風景を眺めていた。

 とはいえ、ただボーッとしている訳ではない。

 新たな憑術の構想を練っているのだ。


「どう? 燐ちゃん、なにか思いついた?」


「……ううん、ぜーんぜん」


 微動だにしない燐の様子を見た陽炎は堪らずに声を掛ける。

 その問いに心ここにあらず、といった燐が呟くように答えた。


「あんなにはしゃいでいたのに、いざ使っても良いってなると何も出来ないもんなんだな」


「……仕方ないよ。作るって言ってもその素材が無いんだから」


 煙々羅の何気ない一言を陽炎が咎める。

 だが、実際そうであった。

 虎次郎の試練をクリアし、彼から憑術作成の許可をもらい、三つ程作っても良いという許しまで得たのは良かった。

 しかし、それを作る元というものが燐には無かった。

 陽炎が言った“素材”というのはソウルライフではなく、全くの別物……知識である。

 言葉や文字、経験、想像……それらの知識が燐にはまだ足りていなかった。

 高校生の春輝や虎次郎とまだ小学三年生の燐とでは貯蔵している知識量がまず違う。

 故に、どんなものをどんな風にどんな場面で使えるかという想像がまだ出来ない。


「……やっぱり、図書館に行こうかな?」


 知識を得るにはそれが一番手っとり早い……そう思って拝殿の階段を下りた燐は春輝と虎次郎に声を掛けた。


「燐、ちょっと図書館に行ってくるねー!」


「おう! いってらっしゃい!」


「……気を付けて行けよ」


 二人の軽い見送りを受け、燐は黒猫の姿になった陽炎と煙の姿の煙々羅を伴って天倉神社を出た。

 今は太陽が真上に昇り、最も熱と光が強まる時刻……昼食は先程、明日香お手製のおにぎりを社務所で頬張ってきたばかりなのでそんなにお腹は空いていない。

 そんな燐は図書館へ向かう途中、ふとある家の前に止まった。

 家の玄関口には“月見里”と書かれた表札が掲げられている。

 修行している間に小鈴と雪羅が様子を見に訪問したと聞いていたので、その家の場所を教えてもらっていたのだ。


「お姉ちゃん……大丈夫かな?」


「ここ暫く会っていないからね……」


「よし、俺がちょっくら覗いてみるか!」


 心配する燐を元気づけようと煙々羅は家の通気口から侵入し、様子を見に行く。

 やがて、五分ほど時間が経った頃……煙々羅はまた通気口を通って戻ってきた。


「どうだった?」


「ダメだ。布団を被っていて姿が見えやしねぇ。時々、モゾモゾ動いているからいるんだろうけど声を掛けても起き上がってこねぇな」


「よっぽど具合が悪いのかな? いずれにしても、まだしばらく掛かりそうだね」


「……うん」


 燐は美優がいるであろう二階の部屋の窓を見た後、図書館に向かって歩き出した。

 力は着実に僅かながら付いている。

 確実に前には進んでいる。

 だが、それでも何も出来ない自分に悔しさが募った。

 まだ何もしていない。まだ何も出来ていない。

 けれでも、出来ることに限りがあるのもまた事実。

 だからこうして今、その可能性を広げているのだ。

 そんなことを考えながら図書館へと着いた燐は陽炎と共に中へと入った。

 煙である煙々羅は図書館の外で待機する。

 陽炎は黒猫の姿から黒髪の前髪で目元を隠すやや陰のある少年へと変わっている。

 そうして、彼は慣れた手付きで本を数冊、手早く棚から引き出すとそれを燐の前に置いた。


「さて……と。これくらいの本を読めば、最低でも燐ちゃんに関わる憑術の知識は得られると思うよ?」


「……多くない?」


 数冊程度、と思わせる口ぶりの陽炎に燐は呆然としながらテーブルの上に積み重なっている本を指差す。

 彼女の目にはどう見積もっても二桁ほどの冊数があるように見える。

 本で軽くジェンガが出来そうだ。


「いや? 速読出来れば十五冊くらい余裕でしょ?」


「いや、余裕じゃないよ! これ、一日どころか一ヶ月分の量でしょ!?」


「でも、最低でもこれくらいは読まないと……良い案なんて出せないと思うけど……」


「べ、別の日にちゃんと読むから、今日はせめて二冊くらいに……ほら、神社にもまた戻らないといけないし……」


「……それもそうだね。じゃあ、今日はこれくらいにしようか」


 しどろもどろと訴える燐の説得を受け、陽炎は積み上がった本から二冊抜き取り彼女へと差し出す。

 しかし、その二冊でも厚さは雑誌や漫画本のような厚さではなく、図鑑ほどあるものであった。

 しかも、内の一冊は広辞苑というもはやただの本ではなく辞典だ。


「……一冊違うものが混じってない?」


「広辞苑は言葉とその意味を知る上でとても役に立つものだよ」


「……これも丸々一冊読むの?」


「出来ればそうして欲しいところだけど、今日は時間が少ないから良いよ。これは意味を知る為に用意したものだから。それじゃあ、早速始めよう。ボクも教えるから」


 最初からモチベーションが低下気味な燐とは対照的に陽炎は意気揚々に本を開き始めた。

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