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ソウルライフ~見鬼の少女と用心棒~  作者: 吉田 将
第四幕   宵闇に浮かぶ朧月
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成長

 禹歩立留呪……またの名を禹歩うほとも略されるこの呪法は主に陰陽師が貴人が外出する際に、行く手の邪気を祓い、道を開きつつ守りを固める反閇呪へんばいじゅだ。

 反閇とは、千鳥足で大地を踏みしめ、三足、五足、九足等によって悪い方角を踏み破るという意味がある。

 そして、この反閇は呪文が唱えられた後に行うとされていた。その為、ソウルライフの代替にあたる術の使用前の手印や呪文詠唱の制約には含まれない。

 今回、明日香が行った禹歩立留呪は術者の体内にある五臓から陰陽五行説と密接に関わる霊獣、青龍、朱雀、白虎、玄武、黄竜を気で化身させ、全方位の守りを固める呪法である。

 本来は熟練の陰陽師が出来ることであり、書による記述のみの知識しか得ていない明日香にとっては習得するには困難であるが、彼女はこの呪法における要の“気の化身”と“五行思想の観想”をソウルライフで代替した。

 すなわち、イメージしたものをソウルライフを使ってすぐに式神化したのだ。


「スゲェな、桐崎先輩! 呪術とはいえ、力のある霊獣をすぐに式神化するなんて!」


「普通、式神って宿るための形代かたしろが必要なんだけどね……それ無しにいきなりはスゴイわ」


 称賛する春輝と雪羅であったそんな中、明日香は地面に膝をついて疲れたかのように息を乱していた。

 同時に終わりには反閇をしなければならない筈の禹歩立留呪で生み出した霊獣達は霧のように消え去ってしまう。


「はぁ……はぁ……!」


「一気ソウルライフを使ったからな……維持出来なくて消えちゃったか」


「まぁ、でも反閇って終わりにやる作法みたいなものだから別に大丈夫でしょ。どこかに行ったりとか、敵に囲まれているとかじゃないし……」


 そう言って雪羅はちらっと小鈴と讃我の様子を伺う。

 そこには悲鳴を上げながらふっ飛ばされる讃我とそんな彼を容赦なく襲う小鈴の姿があった。

 修行というより鬼の所業である。


「死なない程度にねー!」


「大丈夫でーす!」


「おれは大丈夫じゃ……ぎゃあぁぁぁーッ!!」


 断末魔の悲鳴と化している讃我を放っておき、雪羅は膝をついた明日香の元に行き、手を差し伸べた。


「良かったわ。これなら、次に強い憑霊が来てもなんとかなるわ」


「あ、ありがとう……」


 戸惑いつつも差し伸べられた手を受け取る明日香。

 まさか、今まで自身や讃我が調伏してきた憑霊相手に称賛されるとは思ってもみなかったであろう。

 けれども、その顔には笑みが浮かんでいた。

 芽生え始めた女同士の友情みたいな光景を春輝は何事か頷きながら見ている。


「いやぁ~、青春だなぁ~」


「何をのんびりしている?」


 そんな春輝に注意するように彼の背後から鎮守の森で特訓していた筈の虎次郎の声が聞こえてきた。

 大方、休憩しに来たのだろう……と振り返った春輝はそこにいるもう一人の姿を見て、思わず叫んでしまった。


「おぅ、虎次郎にり……んーッ!?」


 そこにいた燐は服がほぼ裸に近い状態でボロボロになり、顔はススのように薄汚れ、髪はボサボサ……アマゾンの奥地か南の島にいる原住民のような姿をしていた。

 それを見て雪羅と明日香も唖然として言葉が出ない。


「えへへへへ!」


「いや! えへへ、じゃないだろッ!? 大丈夫か!?」


「あぁ、大丈夫だ。問題ない」


「お前が答えるなよ!?」


「燐は大丈夫だよー!」


 春輝の心配を他所に当の燐は元気でなぜか嬉しそうだ。

 その理由を虎次郎が彼女の代わりに答える。


「憑術による打ち返し……それが百往復出来たんだ」


「……えっ? 嘘……だろ?」


 春輝は信じられない、といった顔で再度確かめる。

 というのも、昨日の時点で少し時間は掛かる……そう虎次郎から聞いていたのだ。

 ましてや春輝なんか似たような修行で一週間は掛かっている。

 それを二日でやり遂げた、というのだから彼が疑うのも無理はなかった。


「いや、嘘じゃない。最初はほど遠かったがな……やっていく内にどんどん回数を重ねていったんだ。ましてや、燐は基本はもう出来ていたからあとは回数をこなすだけだったからな……」


「マジかよ……」


 春輝はその事実を知って呆然としたが、ふとあることを思い出して認識を改めた。

 燐は憑術の打ち返しを二日で終えた。だが、もう一人……目の前にいる男はそれをやれ、と言われたその当日にやってのけたのだ。

 ましてや、更にもう一人……春輝と虎次郎の親友である仙道はこれを一時間で終えた。

 この特訓は才能というより素質というかセンスによる部分が大きい……つまりは慣れの問題だ。

 だから、要領を得た燐がその日の内に出来るようになっても不思議では無かった。


「じゃあ、あとは……憑術作りか?」


「……そうなるな。だから今日はこの辺りで切り上げて休憩がてら構想を練るつもりだ。お前の方はどうだ?」


「こっちも桐崎先輩がソウルライフの代替を上手く使い始めたばっかりだ。不動先輩は今、多重詠唱の練習中……」


「……練習になっているのか、アレは?」


 そう疑問を口にする虎次郎の視線の先には小鈴に足を掴まれ、振り回されている讃我の姿があった。

 もう、光景としては地獄絵図……責め苦を受ける亡者と責める鬼の構図である。


「詠唱を唱える暇が無さそうだぞ? もう小鈴のサンドバック代わりだ」


「あ、本当だ。これじゃあ小鈴の練習だ」


「……仕方がない。俺が小鈴と変わってくる」


「悪いな、ウチの憑霊が……」


 苦笑いで謝る春輝に虎次郎は溜め息を吐きながらも小鈴と交換する。

 そうして、互いに休憩と交代、特訓を挟みながら……神社はいつしか薄暗くなっていた。

 その頃には多重詠唱はまだ未完成ながらもソウルライフの代替に関しては明日香も讃我も何とか出来るようになっていた。


「……よし、今日はここまでにしましょう」


 虎次郎のその言葉により本日の修行は終了となった。

 流石の明日香と讃我も疲れの色が出ており、言葉が口から出ない。

 燐は休憩がてら憑術を考えていたが、やがて黙って考えることに疲れたのか小鈴や陽炎、煙々羅と遊びながら憑術の案を模索しているようであった。


「流石の先輩達も疲労がマックスみたいだな」


「無理もない。本来なら時間を掛けるべき所を俺達が急かしているんだからな……」


「先輩達、今日はありがとうな。あとはゆっくり休んでくれ。俺達もそろそろ帰るから……」


「そうか……分かった」


「帰り……気を付けてね」


 讃我と明日香に別れを告げ、春輝達は天倉神社を後にする。

 空にはぽっかりと丸い月が浮かんでいた。

 けれども、明るさや大きさはまだ満月ではない。

 恐らく、明日が満月になるだろう。


「……良い月だな」


「そうだな。……で、いつ仕掛ける?」


 仕掛ける……その言葉が意味することは各々がもう既に知っている。


「思っていたより、燐も不動さんも桐崎さんも上達が早い。明後日辺りに攻めても良いが……正直、雨海の潜伏が分からない」


「ダムじゃないの?」


「怪しいといえば、そこだが……あくまで俺の憶測だ」


「俺の勘もあるぜ。ましてや、襲われたんだし……」


「しかし、罠という可能性も有り得る。この町で起きている異変の元凶がダムだとしても、そこに雨海がいなければ話しにならない。また、別の場所で同じことをされたらイタチごっこだ」


「じゃあ、どうすればいいの?」


 燐が困ったように虎次郎に尋ねる。

 ここまで不安要素があったら、もうどうすれば良いのか分からない。

 顎に手を当てながら虎次郎は自身の理想を語った。


「……本当は雨海の潜伏先まで調べ、二つの地点で張れば良かったんだがな。もしくは、雨海かそれに連なる者……そのどちらかを追跡出来れば申し分ないんだが……」


「葵とかっていう憑霊もなかなか尻尾を掴ませてくれそうに無いしな……」


 その場にいる全員は揃って頭を抱えながらも家への帰路をつく。

 だが、運命や予定というのは時に唐突に訪れるもの。

 それを明日、実感することになるとは……この時、誰もが想像もしていなかった。


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