実戦修行
「落ち着いてきたか? 先輩方」
「あ、あぁ……」
「えぇ、もう……大丈夫」
時間をおき、ようやく通常通りに戻った讃我と明日香に声を掛ける春輝。
彼からしてみれば、自身の中に妖力だの神力などがあっても特に大きな変わりなど無いのだが、やはり神社や寺の者からすればそれは大きな衝撃らしい。
恐らくは今まで自分達が調伏してきた憑霊の妖怪の力が微量に含まれていたという部分が大きいだろうが、それも三十分間という時の力が癒やしてくれたらしく、彼らはその真実を受け止めてくれた。
「じゃあ早速、多重詠唱の修行を―――」
「ちょっと待って下さい、春輝」
ようやく修行再開……そう思った矢先、今度は小鈴が春輝の言葉に槍を入れる。
それを受け、春輝は当然のように不服の言葉を投げつけた。
「なんだよ、ようやく始められるっていうのに……」
「道草食っていたのはそっちじゃないですか。それよりも、これから多重詠唱に入るんですよね? その前にお二人はソウルライフの代替を教えてもらいましたか?」
「ソウルライフの……代替?」
「……あ、忘れてた」
「……それを教えないと本末転倒じゃないですか」
そうだった、という顔をする春輝を見て小鈴は溜息を吐く。
それを見ていた雪羅は困惑する讃我と明日香に簡単な説明を行った。
「一般に正当な呪文や呪術を行うにはそれなりの準備、時間、人手が必要でしょ? でも、ソウルライフを使えば、それらをいくつか簡略出来るの。まぁ、本人の技量が一番左右されるんだけどね」
「技量もそうですが、ソウルライフの量も左右されるんですよ。でも、その量に関してはいくらでも調整が可能です」
「俺は面倒くさいから、ほとんどソウルライフに頼っているもんな……」
「……知識や教養が無い者の典型的な例ですね。こんな春輝のようなタイプは膨大なソウルライフを使って術式の発動をカバーしています。逆に虎次郎のように術式やソウルライフコントロールが上手い人の場合は適材適所にソウルライフを使うので、そこまで消費はしません」
「なるほどな……だが、いきなりソウルライフで術の手順とかを省略出来ると言われてもピンと来ないな」
「まぁ、確かにそうなんだけど……でも、不動先輩は一度その真髄を味わっている筈だぜ?」
「おれが?」
そう言われて讃我は記憶を手繰り寄せる。
彼が春輝からまともに術式を受けた時といえばまだ出会って間もない頃……学校で春輝に挑み掛かった時だ。
あの時、春輝は持っていた爪楊枝を讃我の影に刺し、何やら呪文を唱えて動きを止めた。
その際に、
『正規の方法とだいぶ違うし道具も使ってないから暫くしたらすぐ動けるぜ』
と言っていた。
心当たりがあると言えばその時しか無い。
「……もしかして、学校でお前がおれの動きを止めたアレか?」
「そっ。アレは“足止めの呪法”といって、その場から動けなくする移動制御の呪文だ。これの正規の方法としては……まだ一度も使っていない紙に呪文を書いて、次に酒坏に足止めしたい相手の姓名を書いてその紙にくるむ。更に酒坏を包んだ紙に針を五本刺して仏壇や神棚にあげなくちゃならないんだ」
「結構面倒くさい呪文だな」
「どんな呪文も基本は面倒くさいだろ? その手順と道具諸々を俺はソウルライフでカバーしたから五分程度で動けるようになっただろ?」
「……ちなみに正規の方法で動きを止めた場合、いつ動けるようになるんだ?」
「術者の技量にもよるけど、さっき言った酒坏を包んで針を刺した紙を大きな川に流すまでは効力が続くって言われている」
「だいぶ差があるんだな」
「そ、そんないつまでも動きを止める必要は無いし、一瞬でも隙を作る為に覚えたものだから……」
そう答える春輝はなんだかぎこちなく、傍にいる小鈴がジト目で彼を見ている。
それを見て讃我と明日香は悟った。
これはちゃんとやるのが面倒なだけなんだと。
「と言っても、ソウルライフで代用するって結構難しいんだぜ? 代用する種類によって消費量って違うから……」
「確かに、そこを踏まえれば玄人向けとも言えますが……普通の真言や祝詞程度ならさほど気にすることでもないでしょう?」
「でも、多重詠唱は手印が必要だから結局のところ代替のしようが無い……」
「でも、まずは効率よくソウルライフを使うことが重要なのでは? 多重詠唱はソウルライフの消費も大きいんですから……」
「……それで、結局のところ私達はどっちをやれば良いのかしら?」
春輝と小鈴のやりとりを見ていた明日香が業を煮やしたように割って入る。
それを受け、二人は思わず無言になってしまう。
そんな一連の流れを見ていた雪羅は彼らに助け舟を出した。
「だったら、どっちもやれば?」
「えっ?」
「ちょうど二人いるんだし、交代でね。それにただ練習するだけじゃつまらないでしょ? 見ているだけのあたし達もつまんないし……だから、まずは讃ちゃんは多重詠唱をこりんりん相手に……あっちゃんはソウルライフの代替をあたし相手にやれば良いんじゃない? それで飽きたら交代……」
「おっ、それ良いな!」
「実戦も兼ねてなら覚えるのも早そうですね」
春輝と小鈴は雪羅の案を聞いて一緒に頷く。
一方、讃我と明日香は急にあだ名で呼ばれたことに困惑していた。
だが、そんな二人をおいて話しはどんどん進み、春輝達の間で修行内容はまとまった。
「よし、それじゃあ不動先輩は小鈴を相手に多重詠唱の修行を始めてくれ」
「よろしくお願いします」
「お、おう……よろしく」
「じゃあ、桐崎先輩は今からソウルライフの代替について教えるから雪羅を相手にやってみてくれ」
「よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
互いに挨拶が済んだところで小鈴は引っ張りながら讃我を境内の端の方へ連れて行く。
それを見送った春輝は明日香にやり方の説明を行った。
「えーっと……ソウルライフの代替っていってもこっちは比較的簡単なんだ。イメージするだけだから……」
「イメージ?」
「例えば、必要な物が無かったその物があるイメージ……手順が必要な場合はその手順を終えたイメージを強く持つんだ。すると、そのイメージにソウルライフが感化されて代わりとなってくれる」
「でも、注意して欲しいのは手印や呪文といったものは代替出来ないってこと……あくまでも今無いことや出来ないことしか代替には出来ないの」
「それでも予め手印や呪文を行ったイメージを持って、その後に実際にやってみると威力や効力が上がったり、霊力の消費が少なくて済む」
「なるほど……」
「それじゃあ、試しにやってみましょうか。実際にあたしが襲ってみるから上手く防いでみて」
「えっ?」
キョトンとする明日香に対し、雪羅は大きく息を吸い込んで勢いよく吐き出す。
すると、吐息は強烈な吹雪となって明日香に襲いかかってきた。
「ッ!?」
「早く覚えるなら実戦が一番だ。桐崎先輩、早く吹雪を防がないと凍っちまうぜ?」
見ると明日香の白衣と緋袴に雪が付き始め、手足の感覚も瞬く間に鈍くなる。
対して、春輝はというと明日香と同じく雪羅の吹雪を受けているのに寒がる様子もなく平然としていた。
見ると彼の身体は茶色い淡い光に包まれている。
(まさか、ソウルライフの膜張り!? 私も張っているのにこんなに差があるなんて……)
(春ちゃんが膜を張っていることに気がついたわね。でも、今のあなたじゃまだ無理よ。習いたてのあなたじゃね……)
「……くっ! こうなったら……アマテラスオホミカミ!」
明日香は天乃咲手を組み、得意の十言神咒を唱える。
その瞬間、見えない何かが明日香を守るように吹雪の前に立ち塞がり、彼女の身を守る。
けれども、なぜか十言神咒の効力はすぐに切れ、再び吹雪が明日香を襲う。
「うっ……(そんな、どうして!?)」
(確かに十言神咒は強力だけど、今回は相性が悪いんだよな……)
春輝は口には出さず、明日香のとった行動を心の中で咎めた。
十言神咒は一番短く、一番効力の強い祝詞……それ故に一番早く効力が切れる祝詞でもある。
どんな強い攻撃も防げるがそれはほんの一瞬で、雪羅の吹雪のようにずっと続く攻撃とは相性が悪い。
そうなると持続出来る守りを備えた結界を作る必要がある。
しかし、それは本来であれば時間と手間を要する。
本来であれば……だ。
(他に打つ手は…………もしかしたら、アレなら……)
寒さに凍えながらも明日香は目を閉じ、あることをイメージする。
そのイメージとは自身の体内にある臓器……肝臓、肺、心臓、腎臓、膵臓からソウルライフを放出するイメージであった。
五臓からソウルライフを放ち、それを自身の頭上に集約させる。
そして、更にそれを霊獣である朱雀、青龍、白虎、玄武、黄竜に変化させるイメージを抱く。
そんな明日香の様子を傍から見ていた春輝と雪羅はある彼女の変化に気付く。
明日香の頭上にだが、鳥と虎と亀、二匹の龍の姿がうっすらとだが浮かび上がっているのだ。
おぼろげながら幻出した彼らは眠っているように目を閉じている。
「おっ?」
(何かしてくるわね……)
(……よし!)
イメージを固めた明日香は決意したかのようにカッと目を見開き、今まで閉ざしていた口をようやく開けた。
「南斗、北斗、三台、玉女、左青龍避万平、右白虎避不祥、前朱雀避口舌、後玄武避万鬼、前後扶翼、急急如律令!」
声高らかに呪文を唱えきった途端、彼女の頭上に待機していた霊獣達は一斉に目を覚まし、それぞれ明日香を囲むよう前後左右と中央に配置され、移動が終わったと同時に呼応するように雄叫びを上げる。
すると、明日香を守るように四方の透明が張り巡らされ、雪羅の吹雪を遮断する。
しかも十言神咒のようにすぐには消えず、いつまでも残っていた。
「……禹歩立留呪……流石のあたしもこれを使われちゃ、打つ手が無いわね」
鉄壁の守りを巡らせた明日香を見て、雪羅は吹雪を止め、完敗したように苦笑した。