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ソウルライフ~見鬼の少女と用心棒~  作者: 吉田 将
第四幕   宵闇に浮かぶ朧月
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相互理論

 わだかまりも解けた翌日、燐は天倉神社の鎮守の森にて、またしても虎次郎と火煙球のキャッチボールを行っていた。

 ノルマの百往復にはまだまだ遠い……それでも、その回数は着実に増えている。

 というのも、昨日までは手だけで打ち返そうとしていた燐だったが、今では足でも蹴り飛ばして返球をしているのだ。

 キャッチボールとしてはルール違反ではあるものの、これはただ返すだけの修行……ルール違反ではない。

 けれども、後半になるにつれて失敗した時のリスクは大きく、返球の回数が増えただけでなく、休憩する回数もまた増えてしまった。

 だが、ソウルライフの扱いにはだいぶ慣れてきている……それを実感することが出来た為、燐はとても嬉しかった。

 一方でソウルライフの膜張り、そして部位ごとの移動もマスターした讃我と明日香は春輝の指導の元、次の段階へ入ろうとしていた。

 小鈴と雪羅はまた美優の家に様子を見に行っている。


「さて、じゃあここからは憑霊使いとの分岐点だな」


「分岐点?」


「そっ。憑霊使いの場合は今、燐がやっているようにソウルライフの扱いを重点的に覚える修行になるけど……それ以外の場合はソウルライフを術に織り交ぜる修行……通称“多重詠唱”の段階に入る」


「多重詠唱?」


「簡単な話し、一つの真言や祝詞で二種類の真言や祝詞の効果を得る方法」


「なるほど……でも、そんなことって本当に可能なの?」


 春輝の簡潔な説明に納得しつつも、明日香は一つの懸念を抱きながら疑問を提示した。

 通常……呪文や真言、祝詞で使う言葉や手印にはそれぞれちゃんとした意味がある。

 例えば、真言で使われる手印はその真言の元となる各明王の顔や姿を模した意味で組まれるのだ。

 呪文では河童除けとして「いにしえに約束せしを 忘れるなよ川立ち男 我も菅原」というものがある。

 これは「河童よ、昔の約束を忘れていないだろうな、俺は菅原道真すがわらのみちざねの子孫だぞ」という意味で、そのルーツとしては太宰府に左遷された道真が困っている河童を助け、河童はそのお礼に今後は道真の子孫を害さない約束をした……という所からきている。

 無論、こういうのは何も呪文や真言といった言葉だけのものに限らず、物にも含まれる。

 代表的な物としては神道の茅の輪くぐりや厄疫除けで有名な“蘇民将来そみんしょうらい”だ。

 旅の途中で宿を乞うた武塔神むたふのかみを裕福な弟の巨旦将来は断り、貧しい兄の蘇民将来は粗末ながらももてなした。後に再訪した武塔神は蘇民の娘に茅の輪を付けさせ、その娘以外の一族を皆殺しにて滅ぼした……後にこの武塔神はスサノオと正体を明かし、以後は茅の輪または蘇民将来と書かれた札を家の前に掲げていれば疫病を避けることが出来ると教えた。

 このように、道や教えは違えどもどの分野にも共通していえることは“呪文や呪物にはちゃんとした意味がある”ということだ。

 つまり、その意味をこちらの都合で勝手に改ざんしたところでその効力は発揮しない。

 明日香が懸念している部分はそこであった。

 けれども、それによって一度に一つの術式しか使えないということも確かである。

 春輝の言っている多重詠唱とは、その一度に二つ以上の術式を使うということであった。


「確かに普通は無理だよ。でも、俺ら憑霊使いはアマチュアなもんだからさ。先輩達のような正規の方法じゃなくてちょっとした小技を編み出したんだよ」


「小技?」


「なんせ、使うといっても動きながら戦いながらだから……先輩達のように座ったり立ち止まったりして真言や祝詞を唱えるとすかさず狙われる……だから、憑霊使いは実戦の中でも効率よくかつ手早く、強力な術式を使えるような組み合わせを思いついた……それが多重詠唱」


「組み合わせる?」


「そう。多重詠唱の場合、真言で使われる手印とかはそのまま使わなければならない。つまり、帝釈天の真言と孔雀明王の真言を多重詠唱する場合は双方の印である帝釈天印と孔雀明王印を順不同でも良いから組まなくちゃならないんだけど……代わりに真言、つまりは言葉の方を組み合わせる」


 春輝は簡単に両手や指を使いながらそれぞれの印を作りながら説明する。

 本格的に組まないのは誤って発動してしまうのを防ぐ為であろう。


「帝釈天の真言はオン・インドラヤ・ソワカ……孔雀明王の真言はオン・マユラギ・ランテイ・ソワカ……ここで最初の“オン”と最後の“ソワカ”は共通する為に入れなくちゃならない。そして、残っている双方の真言を組み合わせると……オン・マユラギ・インドラヤ・ランテイ・ソワカ……これで帝釈天と孔雀明王、両方の合わさった真言は完成する」


「……なるほど。同じ言葉が含まれている場合はそれを一括りにして他の言葉をつなぎ合わせることで自然な言葉の流れを作るのね」


「そういうこと。最もこれは普通の僧侶や巫女、霊媒師や呪術師には不可能……文字にしたところでも効果は無いんだ」


「なんでだ?」


「それはソウルライフを使っているからなんだ」


 讃我の質問に春輝は待っていました、とばかりにすかさず答える。


「ソウルライフは多重詠唱の場合、通常では出来ない他の真言同士を繋げる接着剤のような役割を果たすんだ。最も、これは偶然に見つけた産物みたいなものでそれを皮切りに色々な呪文を試した結果、幾通りも成功例が出たから使い始めたんだけど……」


「なんか釈然としないな?」


「うん、まぁ……というのもさ。俺ら憑霊使いは自慢げにソウルライフを使っているんだけど、まだその定義が不確定でさ……妖怪や神、幽霊も使えるということから妖力、神力、霊力、法力といったものの総称という意味として使っているんだけど、それだとこの多重詠唱が出来る仕組みが説明出来ない」


「確かにそうね」


 納得する明日香に比べ、まだ事の意味を理解出来ていない讃我は明日香に問いかけた。


「どういうことだ?」


「……いい? さっき五十嵐君は多重詠唱を使う時にソウルライフは他の真言を繋ぎ合わせるって言ったでしょ?」


「あぁ」


「でも、ソウルライフの定義としては全ての力全般を総称している……ここまでは分かる?」


「あぁ、まだ付いてこられるぜ」


「でも、そうしたら力全般を指しているなら他の真言同士を繋げることが出来ないのよ。祝詞や真言を唱えるにしても霊力や法力を使う……ソウルライフがそれらの総称を指しているのなら五十嵐君と出会う前の私達もソウルライフが使える……つまり―――」


「そうか。霊力や法力をソウルライフと呼ぶなら元からそれを真言に使っていたおれ達も多重詠唱は出来る筈なのか……でも、おれ達は出来なかった」


「そういうことよ」


 讃我の言葉に明日香は頷いた。

 ソウルライフが全ての力の総称という点でいうなら元から素材に使っているもので、それを繋ぎとしても使っているということになる……それなら、霊力や法力のみの讃我や明日香でも出来る筈だ。でも、それが出来ない。そこが彼らが疑問に思っていることであった。

 そんなやりとりを見ていた春輝をふと何かを思い出したかのように二人に尋ねる。


「そういや、先輩達に聞きたかったんだけど……ソウルライフを習得してみてさ。それって霊力みたいなものなのか? それともやっぱり別なもの?」


「なんでそんなこと聞くんだ?」


「いや、俺って生まれてから今までずっとソウルライフしか使わなかったからさ。真言とかを仮初めに使っても違いとか分からなくて……でも、元から霊力や法力を使っていた先輩達なら何か違いが分かるかな~って……ほら、こういうことに関しちゃプロでしょ?」


「そう言われてもねぇ……」


 明日香はそう呟きながら両手にソウルライフの膜を張る。


「似ていると言われれば似ているけど……ちょっと違うのよね。讃我は?」


「おれも法力にも近いんだが、何か違うような気がするんだよなぁ……」


「うーん、そうなのか……」


 悩める三人……経験、分野はそれぞれ違えども文殊の知恵はまだ授からない。

 そんな三人に向かって鳥居の方から二人分の影が近付いてきた。


「たっだいま~……って何やってんの?」


「修行……といっても膜張りはもう出来ているんですよね?」


 美優の家に行った小鈴と雪羅である。

 彼女達は不思議そうにその光景を眺めながら合流してきた。


「おっ、おかえり。早かったな」


「美優さんの家が意外と近くだったもので……今日もどうやら体調を崩して休んでいるようです。部屋で布団にくるまって眠っていましたから…………訪問は体調が良くなってきてからの方がよさそうです」


「そう……だな」


 小鈴の報告を聞いて春輝は少し落胆する。

 美優がいたら彼女の家に行き、直接聞きたいと思っていたのだが体調が優れないのなら無理に会いに行くことは出来ない。

 もどかしい反面、彼女がまだ無事にそこにいるというのなら少しばかり安堵する。

 複雑な気分で春輝は息を吐いた。

 そんな彼に小鈴は再び尋ねた。


「ところで、何をやっているんですか?」


「あ、あぁ……実はソウルライフって結局のあんまり詳しく分からないなって。全ての力の総称とも言われたり、生命そのものが力って言われたり……でも、生命が他の真言同士を組み合わせるなんて難しいこと出来るのかなってさ……」


「……いや、それはもう春輝自身が言ったじゃないですか?」


「えっ?」


 キョトンとする人間三人に対し憑霊二人はさも当然のように答える。


「ソウルライフはあたし達この国の憑霊の間じゃ生魂って呼ばれている。他の国の憑霊はマナとかフォトンとか呼ばれているわ。でも、それってあたし達が分かりやすく都合よく付けた名前でしょ? それぞれ日本語に訳したら意味なんて違うし……」


「私は鬼でもあり人でもある為、妖力と霊力という二種類の力を持っていることになりますが……私自身二つの力を宿しているなんて感じたことはあまりありません。もうそれらが混ざり合ってよく分からなくなったのかも知れませんが……それでもソウルライフは使えます。つまりソウルライフというのは生命そのものであり命全般の力ということだと考えています」


「あたしはそんな難しく考えていないんだけどね」


「……まぁ、そうですね。一番は難しく考えないことだと思いますよ。詳しく知るということは反面で可能性を潰すということですから、無知とは未知であり可能性……自分で視野を狭める必要は無いでしょう?」


「まぁ、そうだな……」


「それでも敢えてというなら、真言の組み合わせ……でしたよね? ということは多重詠唱のことだと思いますが……真言同士を繋ぎ合わせるのはきっと他の力によるものだと思います」


「他の力?」


「ソウルライフ……といえば振り出しに戻ってしまいますから、詳しく言うならソウルライフに含まれている他の力という意味です」


 小鈴はそう言うと境内の地面に足で大きな円を描き、その円に線を付けて“ソウルライフ”と書く。

 更に円の中で適当に線を書き、それぞれ“霊力”“妖力”“神力”“その他”と書き、円グラフを完成させた。


「おま……境内の地面に落書きするなよ」


「落書きじゃなくてお勉強です。良いですか? 図で書くとこれがソウルライフです。そして、その中にそれぞれの力があります。憑霊使いはこの円グラフ全体を少しずつ使いますが、霊媒師はこの中にある“霊力”の部分を使います。でも、他の力は使っていないだけで、そのまま残ります。真言を繋ぎ合わせる時は恐らくこの他の残った力が補うようにして繋ぎ代わりになっているんじゃないんでしょうか? ……よく分かりませんが」


「ちょっと待て」


 小鈴の説明に讃我が何かに気付いて疑問の声を上げる。


「これを見たらおれ達人間やお前ら憑霊も神力や妖力があるってことになるんだが……」


「ありますよ。私は見た通りのままですが、春輝やあなたがたにも微量ですが妖力や神力があります。寧ろ、お二人の場合は神力の割合が従来の人より多いと思います」


「言っておくけど、人間って霊力のみで構成されている訳じゃないのよ? 霊媒関係に属している仕事や家柄はもちろんのこと、生まれる時は必ず人は神の加護がある為に神力は含まれるの。日本は地域の産土神、外国はそれぞれ信仰している神とかね。更にはその人の先祖が妖怪と関わったことがあるなら他の人に比べて微量に妖力があったり、浮遊霊とかがいたりすればその分、霊力が多くなったりするの。この世界に生まれる人間や動物は無意識の内に様々な恩恵や影響を受けて生まれてくるものなのよ」


「まぁ、そんな訳でソウルライフとはその様々な力が無意識に相互に関わっている力……ってことで良いでしょうか? まぁ……私もよく分からないんですけどね」


 小鈴はそう呟くと足で地面に作成した円グラフを消す。

 一方、彼女の授業を受けた三人……特に讃我と明日香に関しては新たな発見をしたかのように驚き、黙りこくっていた。


「おい、どうするんだよ。お前が珍しく哲学的なソクラトスみたいなこと言ったから二人共黙っちまったじゃねぇか!」


「ソクラテスですよ。というか、寧ろ春輝の説明が悪かったのが原因じゃないですか。それにお二人は寧ろ、雪羅の説明であんな状態になったと思いますよ」


「えっ! ちょっと、あたしのせい!? しれっと巻き込まないでよ!」


 ギャアギャアと喚く三人と沈黙する二人の状態はその後、平静となるまで三十分ほど掛かった。

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