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ソウルライフ~見鬼の少女と用心棒~  作者: 吉田 将
第四幕   宵闇に浮かぶ朧月
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堕ちた姫

 春輝と小鈴が“仲間”という光に包まれていた頃、美優は独り闇の中にいた。


「ここは……」


 そう呟きながら最後の記憶を辿る。

 雨の中、道で奇妙な指輪を拾った途端、彼女は突如黒い光に包まれ一瞬意識を失った。だが光はすぐに収束し、その場に倒れはしたものの美優はすぐに目を覚ました。

 特に身体や見た目に何の変化や異変は起こらなかった。

 強いていうならば、身体が熱っぽくだるくなったくらいだろうか。

 傘を差すのも忘れて雨の中、春輝を探しにいった為に風邪でもこじらせたのだろう。そう思った。

 そして、ややおぼつかない足取りでようやく我が家に到着し、濡れた服を着替えた後、美優はそのままベッドに倒れ込んだ。

 神社に行けないことおは少し休んだら明日香へ連絡しよう、と思っていたがどうやらそのまま泥沼に沈むように眠りに落ちたらしい。

 ということは、この暗闇は夢の中なのだろうか?

 だが、大抵は夢だと思ったその瞬間にそれは覚めてしまい、現実に引き戻される。

 けれども、この時ばかりは現実にきかんすることは出来なかった。

 意識もある。手足も動かせる―――その為、美優は取り敢えず動いてみようと思った。

 あてもなく、ただ闇の中を歩いていく。

 一体、いつになったら覚めるのだろうか……という一抹の不安を抱きつつも彼女は進んだ。

 その時ふと、闇の奥から淡い光が差し込んできた。

 トンネルの出口のようなその光に誘われるように、美優は進んでいく。

 そうしてその光に近付き手を伸ばした瞬間、淡い光は強烈なものとなって辺り一帯の闇を払った。

 あまりの眩しさに美優は思わず目を瞑る。

 やがて、光の勢いが弱まったと瞼を通して感じた頃、彼女は恐る恐る目を開け、そのまま見開いた。

 そこは先程の闇と光のみの空間ではなく、鬱蒼と茂る森の中であった。

 空には星々が瞬き、ぽっかりと丸い月が浮かんでいる。

 あまりの事態に困惑する中、美優は森の木々の隙間から赤々と揺らめく小さな光を見つけた。

 よく目を凝らして見るとそれは火であり、かがり火のようなものであった。

 誰かいるのか……そう考え、その方向へ足を進める。

 かがり火のある所へはそう遠くなかった。歩いてもせいぜい数十歩程度の距離である。

 そして、そこには大きな洞窟があった。

 再び闇へ誘うように空いた黒い口……かがり火はその入り口の左右に灯されていた。

 恐怖心と好奇心……相反する二つの気持ちを胸に美優は地面に落ちていた太い木の枝を手にすると、かがり火にくべられている火に近付いて、その火種を元に松明を作る。

 そうして手に入れた灯りを掲げ、洞窟内へ足を踏み入れた。

 洞窟内は思ったとおり暗かったものの、完全に暗闇というわけではなく、岩壁にところどころ蝋燭が灯されていた。

 この光景に美優は見覚えがあった。

 夜叉丸と蜘蛛丸との決戦前夜に夢の中で見た不思議な光景だ。

 もし、あの時と同じならばこのまま進んで行った先に地底湖があり、そこに浮かぶ小島には檻の中に囚われている巫女装束の女性がいる筈だ。

 あの時はただその女性の言葉を聞いているだけであった。今度は少しぐらい話せるだろうか?

 そんなことを考えながら洞窟内を進んでいくとやはり美優が思い起こした通り、彼女の目の前に大きな地底湖が現れた。

 そうしてこれも想像通り、地底湖の浮島にある木の檻には白衣びゃくえに桜色の袴を履いた女性が眠るように静かに佇んでいた。


(いた! でもどうやってあそこに行こう……)


 湖の岸辺には舟のようなものは一隻も停留していない。

 どうすれば島に渡れるだろうか、と美優は思案していたがふと何気なし湖面を見た彼女は舟が無いその理由を理解した。

 湖の水はとても透き通っており、光源が蝋燭の灯りしかない洞窟内でも底が見える程に透明度が高かった。

 そして、その底が見える状態が浮島の彼方まで続いている。遠浅とおあさであった。

 これなら歩いてでも島に行ける……美優は水の中へ足を踏み入れた。

 足先から水の濡れる感覚が伝わってくる。だが、不思議と冷たさは感じなかった。

 水温が体温に非常に近い不感温度の為か水を掻き分けるという感覚だけが身体に伝わる。

 水深は腰の位置までであった。

 そんな水の中をゆっくりと進みながら近付いていく。

 すると、水を掻き分ける音に気付いたのか、女性が目を開けて美優の方を向く。


「あの―――」


 顔を向けてきた女性に対し、歩きながら美優は尋ねかけた。

 この前のこともそうだが、色々と聞きたいことがある―――けれども、その用件を伝える前に女性は何かに驚き、檻の格子を掴みながら美優の言葉を遮り叫んだ。


「危ない!!」


「えっ―――」


 何事かと思わず美優が足を止めた瞬間、水の中で何者のかが彼女の足首を掴み、水中に引きずり込んだ。

 声を上げる間もなく、美優は水の中へと沈む。

 遠浅であった筈の水底はなぜか底が無く、海原の沖合のように暗く深いものになっている。

 そして、そこには美優の足首を掴んでいる奇怪なモノがいた。

 そのモノは、下半身が魚の尾、上半身と顔立ちが人間の女性……いわゆる人魚であった。

 だが、その人魚は茶色く長い髪を海藻のように揺らし、肌は病的なまでに青白く、唇は寒さに凍えているかのような青紫色をしており、不気味といっても過言ではない容姿をしていた。

 人魚は美優に向かって微笑んでいるものの、それは優しさのある柔らかいものではなく、邪悪な悪意ある雰囲気を漂わせ、異様さに拍車をかけている。

 美優はそんな人魚の手を振りほどこうと足をバタつかせ暴れた。

 そんな抵抗に意外にも人魚は素直に応じ、すぐに足首から手を離す。が、逆に今度は急浮上して美優の鼻先まで近付くと、いきなり彼女の両頬に手を添えていきなり口づけを交わした。

 その途端、美優の頭の中に何かが怒涛の勢いで流れ込んでくる。

 それは明日香や讃我が使っていたであろう、真言やそれに伴う手印の組み方、祝詞やその意味といった呪術に関する知識であった。

 巫女姫としての真価を発揮する為の力の源ともいえる知識……だが本来、長い年月をかけて少しずつ吸収していかなくてはならないそれらは今、半ば無理やりに詰め込まれている。

 その為、頭は既に“記憶”の容量を遥かに超え、溢れ出た知識は激しい頭痛となって美優を襲った。

 意識が幾度も飛びそうになりながらも、その度に何度か持ち堪える。

 しかし、堪える度に頭から何かが抜け出るような感覚を美優は感じた。

 それは……幼き頃の思い出、友人や仲間との過ごした日々、春輝達と出会ってからの日々といった“記憶”であった。

 頭が勝手に新しい知識を得ようと古い思い出を捨て、容量を補っているのだ。

 そして、同時に目の前にいる人魚の顔立ちが徐々に美優に酷似していく。

 まるで、知識を与える代わりに思い出を吸い取っているかのようだ。


(いや……いやぁ!)


 それに気付いた美優は人魚から離れようとするも激しい頭痛により抵抗すう力を失っていく。

 自分という存在が奪われ、失っていく……それを恐ろしいと思う感情も無くなっていく感覚だけをただ感じることしか出来なかった。


(春……輝……君……小……鈴……ちゃん…………)


 人魚と口づけを交わす内、やがて美優はカッと目を見開き、すぐに虚ろな目となって力無く腕を垂らした。

 人魚はそれを見ると満足そうな笑みを浮かべ、美優から離れると水上に向かって泳ぎ出す。

 その姿は先程までの不気味な面影は微塵もなく、尾ひれは人間の足に変化し顔も美優とお瓜二つになっていた。

 一方、本物の美優はその身を暗がりの水底へと沈めながら人魚の後ろ姿を眺める。

 手を伸ばすことも涙を流すことも出来ず、その身体は水上から離されていく。

 感情も感覚も何も感じない。

 辛うじて心に思い浮かべた春輝と小鈴の姿も泡となって消えていく。


(アタシは……あたしは……あたし……?)


 虚ろだった目を閉じ、美優は暗い海溝へと身を落としていった。




 ――――――【1】――――――




「……」


 むくり、とベッドから美優は身を起こした。

 そして辺りを無言で見渡し、部屋の中にある姿見の鏡を見つけると一歩一歩確認するような足取りでそれに近付いていく。

 鏡の前に立った美優は自身の髪を撫で、身だしなみを確認する。

 その顔は能面のように無表情であった。

 そうして一通り全身を確認した後、彼女は口元に怪しい笑みを浮かべる。

 そんな姿を窓の外から一体の人形が同じような笑みを浮かべながら眺めていた。


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