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ソウルライフ~見鬼の少女と用心棒~  作者: 吉田 将
第四幕   宵闇に浮かぶ朧月
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光明

 夕暮れに染まる天倉神社の境内……その敷地内にある休憩用のベンチに腰掛け、春輝は空を見上げていた。

 明日香と讃我に燐の時と同じくソウルライフについて一通りの説明をし、膜張りの修行から入る。

 この点は燐と同じだ。

 だが、彼女と違い二人は飲み込みが早かった。

 特に物分りのいい明日香がいる分、春輝の不足した説明と讃我の不足した理解力が補われ、習得のスピードに拍車が掛かった。

 結果、二人は身体全体に膜を張ることは既に出来ており、今は部位ごとの移動の修行に入っている。

 この分ならば、明日にでもソウルライフのもう一つの応用が使えるだろう。

 やはり伊達に歳はとっていない、と春輝は空を見上げながら思った。

 そんな彼に神社の裏にある鎮守の森から出てきた虎次郎が近付き、春輝の隣に腰を下ろした。


「よぉ、虎次郎。どうだ?」


「……まだ少し時間は掛かりそうだ。お前の方はどうだ?」


「飲み込みは早いな。意外と早く済みそうだ」


「それは何よりだ……食べるか?」


 互いの近況を簡単に報告し合いながら虎次郎はズボンのポケットから小さい箱のようなものを出し、その中から細長い白い棒のようなものを一本、春輝に向かって差し向ける。


「もらう……にしても好きだな、ココアシガレット」


「これと氷砂糖はいつも持ち歩いている。お前は氷砂糖を食べないからな」


 虎次郎からココアシガレットを貰った春輝はそれを口にくわえ、また空を見上げる。

 虎次郎もまた自身でココアシガレットを一本抜いて、それを一口齧かじった。

 暫く、そのまま一言も交わさず黄昏る二人……飛んでいくカラス達が寂しく二回ほど鳴き、境内の石灯籠に灯りがほのかに点される。

 そして、夕方特有の肌寒い風が三度、彼らを撫でた後……春輝はポツリと呟いた。


「……悪いな、俺に協力してもらって」


「別にお前の為という訳じゃない。新霊組として当然のことをしているだけだ」


「でもさ……元々は俺を粛清する為にここに来たんだろ?」


 春輝の言葉に虎次郎は何も言わず、代わりにココアシガレットをまた一口齧る。


「この件が……滝夜叉姫の脅威が去り、美優が安全になったら……俺の首を手土産に本部に報告してくれ」


「あまりそういうことは口に出すんじゃない」


 弱々しい言葉になる春輝に喝を入れるように虎次郎はようやく口を開いた。

 そんなやりとりの後、二人は天倉神社の鳥居の前に誰かが立っているのを見つけた。

 彼らの憑霊である小鈴と雪羅である。

 空気も少し気まずくなっていた為、二人は無言で立ち上がり、彼女達の方へ向かう。


「どうだ?」


「ちょっと、まずはあたし達を労ってよ!」


「ありがとな。雪羅、小鈴。……で、どうだった?」


「春輝……もう良いんですか?」


「良いも悪いもコイツに無理やり連れてこられたからな」


「ごめんね、春ちゃん。ウチのお虎が……」


 親指で虎次郎を差す春輝に謝る雪羅。

 そんなやりとりに当の虎次郎は気にせず、小鈴に再度尋ねた。


「それで、月見里は見つかったか?」


「はい、家に居ましたよ。部屋で寝ていました。ご友人の千夏さんに頼んで様子を聞いてもらったら、熱が出て寝込んでいるみたいで……」


「熱……桐崎さんも確かに月見里は体調が悪そうだった、と言っていたから無理もないだろう。だが、取り敢えず、居所が分かれば安心だ」


「……ところで、さっき二人で何を話していたの?」


「……あぁ、滝夜叉姫の件が終わったら虎次郎に俺の首を新霊組本部へ持っていってくれるよう頼んだんだ」


 春輝の力無い言葉を聞いた小鈴は一瞬、目を見開いた後にすぐに悲しそうな顔になった。

 その言葉に虎次郎は何も言わず、最後に残ったココアシガレットを口の中に放り込んだ。

 その態度についに雪羅の感情が爆発した。


「ちょっと、お虎! 本当に春ちゃん達を消す気!?」


「それが新霊組の意向だ」


「冗談じゃないわ! 友人よりも任務を優先するなんて……そんなアンタに付いてきた覚えは無いわ! もし、アンタが二人を手に掛けるというなら……先にあたしがアンタを……」


「やめて下さい! 雪羅!」


「止めないでこりんりん! そうするしか……もうそうするしか……あなた達を守る方法が無いの! ごめんね……何とかするって啖呵切ったのに……やっぱり、あたしにはまともな考えなんて浮かばなかった……」


 雪羅の目から涙がこぼれ落ち、それが手に集まり、彼女の冷気によって鋭利なつららへと変貌する。

 それを見た春輝は流石にまずい、と虎次郎と雪羅の間に割って入ろうとするがその動きを彼は手で制した。


「……そうやって俺を殺し、お前も死んだら五十嵐達が二人目の隊長殺しをした、として更に多くの追手が放たれるぞ?」


「それでも……それでも、また逃げる時間を稼げるわ! だから―――」


「そうやっていつまでも逃げていた所で何も変わりはしない!」


 雪羅の言葉を遮り、虎次郎は声を荒げた。

 その怒号に雪羅は驚いてつららを落としてしまい、口を押さえて泣き崩れる。

 小鈴はすぐに姿勢を落とし、雪羅を慰めるように背中をさすった。


「……嫌なことから目を背けたくなる気持ちは分かる。だが、だからといってそれから目を逸して逃げ続けても何も変わりはしない。それどころか酷くなる時だってある……自身の不本意でも状況が悪くなり、好転したいという思いがあるなら、現実から目を逸らさず、正面から見据え受け止める度量とそれを押し返す行動が必要だ」


「……だから……だからアンタはこの任務を受けた……と? 友達である春ちゃん達を殺すという任務を……」


「そうだ」


「……鬼ね。こりんりんよりよっぽど鬼だわ……」


「そうだな。だが……お陰で光明が見えた」


「えっ?」


 虎次郎の言葉を受け、悲観していた雪羅は彼が突如放った最後の言葉に目を丸くした。

 春輝も小鈴も同様に驚いている。

 そんな他の面々と違い、虎次郎は再びココアシガレットの箱を取り出し、その中から一本取り出して口にくわえると更に箱から二本取り出し、小鈴と雪羅に差し出した。


「ここじゃ、あれだ。少し場所を変えたい」


 小鈴と雪羅がそれぞれココアシガレットを取り出し食べた後、一行は天倉神社の社務所に入り、明日香の案内で社務所の応接室を借りた。

 そこには讃我もおり、テーブルには湯呑みが二つ置いてあった。


「おっ、お前らも中に来たか」


「すみません、不動さん。少し場所をお借りしても良いですか? 五十嵐達に話しがあるので……無論、お二人の休憩時間を邪魔するつもりは無いのでそのままで構いません」


「良いのか? 別に出ても良いぞ?」


「いえ、お二人は信用出来る。ましてやソウルライフの膜張りも習得出来たのならばもう以前のような遅れをとることも無いと思うので……ただ、念の為に外に誰か来ないかだけ見て欲しいです」


「外? なんでだ?」


「……新霊組の監視があるかも知れませんから、すみませんが桐崎さん。燐を呼んできてもらってもよろしいですか? 俺や五十嵐、小鈴や雪羅が動くと怪しまれる……新霊組と縁もゆかりも無い桐崎さんにお願いしたいです」


「分かったわ」


「いや、おれが呼んでこよう。明日香は皆に茶を出してくれ。新霊組と関係ないならおれでも良いよな?」


「はい、お願いします」


 讃我と明日香がそれぞれ出ていった後、虎次郎はいつの間にかココアシガレットを食べ終えたのか、また一本取り出して口にくわえる。

 それに対して、春輝はようやく今まで口にくわえていたココアシガレットを齧りながら虎次郎へ尋ねた。


「どういうことだ? 新霊組は隊員でさえ上倉町にはいないだろう? 他の新霊組関係者は正吾とお前くらいだ」


「いや、実際はもう何人か入っている。そして、そいつらの目的は俺と雪羅の監視だ」


「えっ!? それってどういうことよ!?」


「……上層部。特に新霊組時代に五十嵐とぶつかり合っていた連中が俺が妙な行動をしないか見張る為に送り込んだ連中だ」


「妙なこと?」


「俺達が五十嵐と小鈴を逃さないか……それを見張っているんだ。いや、寧ろ逃がす所を待ち望んでいる、といった所か……」


「望んでいる……とはどういうことですか?」


「五十嵐に関わる者達をまとめて処断する為の決定的な証拠を得るためだ」


「なっ!?」


 虎次郎の言葉を聞いた春輝は思わず声を漏らした。

 握りこぶしを作ってしまい食べかけのココアシガレットがその際、手の中で砕ける。


「どういうことだよ!? お前は俺を粛清する為に送られてきたんだろ!?」


「……表向きはな。だが、本当の目的はお前に関係する者達を処断する為の口実を探す為だ。佐久間と響のように隊内での上下関係と引き継ぎという名目で多く接触していたという状況証拠があれば罰することは出来るが、隊外の交友関係に関してはいくら血の掟といえども、こじつけだけじゃどうにもならんからな。だが、今の新霊組の上層部は“疑わしきは粛清”という古い習わしに縛られている。だから、決め手となるのが欲しいんだ。そうすれば、現柱である俺達の師匠も巻き添えで引きずり下ろせるからな」


「……ッ! 本当にこれだからアイツらは嫌いだ!!」


 春輝は苛立ち気にそのまま拳をテーブルに叩きつけた。

 自分が良かれと思ってしたことが全て裏目に出ている。

 何のために組を抜け出したのかがますます分からない。

 だが、それよりも自分以外の者達に危険が迫っているという事実が春輝の心をかき乱した。


「他の皆は大丈夫なのか!?」


「あぁ。普段と変わらない。寧ろ、下手に謹慎とかしたら勘付かれて批判の対象になるからな」


 虎次郎が春輝を安心させると同時に出ていった讃我が燐を連れて、明日香がお茶を持って応接室の中に入ってくる。


「不動さん、桐崎さん、ありがとうございます。さてこれで……また一通り集まったな。それじゃあ続きを話すか」


 集まった一同を見渡し、虎次郎は口にくわえていたココアシガレットを齧った。


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