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ソウルライフ~見鬼の少女と用心棒~  作者: 吉田 将
第四幕   宵闇に浮かぶ朧月
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救われた心

 暗い部屋の中、虎次郎は春輝の話しを黙って聞いていた。

 彼の言葉に相槌も打たず静かに黙って聞いていたのである。

 だが、話しが一区切りついた現在、虎次郎はようやく口を開いた。


「……つまり、お前は響や辰に所属している人間を守る為に隊を脱した訳か」


「あぁ、そうだ……と言えば聞こえは良いのかも知れないけど、実際はお前が始めに言った通り、俺は逃げ出したんだ。戦うことから……誰かを守ることから……俺には一般の人々を守るだけの力しかなく、仲間を守るまでの力は無かった……そう悟った瞬間、俺は新霊組に居るのが怖くなって逃げ出した……これが本当なんだと思う」


 いつになく弱気な春輝に虎次郎は慰めの言葉を掛けなかった。

 冷徹だからではない、一時的な気休めにもならないと感じたからである。


「それでも、新霊組時代に蓄えていた金を使って各地を巡りながら困っている人や憑霊を自分なりに助けたりしてきた。でも、それでもなぜか俺の心は晴れなかった。余計なお節介じゃないのか……また、変な連中に知らずに加担しているんじゃないか……そんな思いがこびりついて離れないでいた。一つの土地に一週間もいた試しは無かったと思う。けれども、今更親元に帰れば新霊組に見つかるだろうし、長く留まれば追手が来るというのは分かっていた。そんな臆病風邪に罹ったせいか、次第に憑霊とも関わる機会が減り、この町に来る少し前までは憑霊とは無縁の生活を送っていた。けれども、そうなると先立つ物が無くなってくるんだ……金もほとんどなく、憑霊からも遠ざかって途方に暮れた俺と小鈴はふと、四憑霊や新霊組が関与出来ない場所を思い出したんだ。それがここ……上倉町だ」


「……確かに新霊組の方でもお前が天原市か出雲のどちらかの特区にいる、と目星は付けていたようだが手は出せなかった。特区は神々が集まる要所……ゆえに手を出してはいけないのは四憑霊同様、俺達新霊組も同じだ。俺達が手を出したら逆過干渉に値するからな。とはいえ、俺は中部地方に居るんじゃないかと目星は付けていた」


「どうして?」


「愚問だな。特区とはいえ、出雲に関しては十月の神無月に各地から神々が集まって神在月かみありづきとなる。俺達憑霊使いの忌み名である影法師は元々、その神在月の際に来訪した神々に救いを求めて集まってきた多くの幽霊や妖怪の起こす騒動の鎮圧や護衛を行ってきた特異な人間達から取られたものだ。今だって十月に限り、新霊組から精鋭が派遣される……つまり憑霊使いの源流である地だ。新霊組も特別目を光らせている土地にお前が行くとは考えられなかったからな」


「まぁ、それもあるんだけど……一番は金が無かったってことだな。中部地方に比べて出雲は物価が高いから」


 春輝の考えを見抜いたと思っていた虎次郎は彼のあまりに庶民的な理由にため息を吐いた。

 戦闘に関してはずば抜けた勘や能力を発揮するがそれ以外ではかなり適当だったことを思い出したらしい。


「いや、一度は行ったんだよ。でも、ほらさあそこは出雲大社があるだろ? 観光地じゃん? それに比べ……って行ったら失礼かも知れないけどここ天原市はそれほどメジャーでも無いからな」


「……深くまで考えた俺が馬鹿だった。それで……話しは戻るがどうして上倉町に滞在する気になった?」


「その理由は……美優が俺の心を救ってくれたからだ」


「……さっきも月見里はお前にチャンスを与えた、と言っていたがどういうことだ?」


「俺がこの町に来てからは特に何も無かった。だが、一部の憑霊達にはあの時の事件での噂を伝え聞いたのか、俺と小鈴を避けるようになっていた。まぁ、それに関しては正直言って俺達も関わりたく無かったから願ってもないことだったんだけど……だが、学校に転校して来て美優と出会ってから俺と小鈴の運命は大きく変わり始めた。まず、最初に美優と握手を交わした時……俺の中に流れてきたのは美優の過去だった」


「……顕明連の力か」


「見鬼の才……俺やお前はそれに目覚めた時にはすぐ近くに似たような仲間が居たから別に苦でも何でも無かった。だけど、美優の場合は……その仲間が誰も居なかった。友達や周りの人間はおろか家族さえ霊感が強い者は傍に居なかった。唯一、その力があった美優の親父さんは幼い頃に死んでいる。その肉親を失うだけでも辛いのに、幼い頃の美優は見鬼のことを触れた途端に周りの人間に気味悪がられ、身内には信じてもらえなかった……だから、幼い美優の心は孤独だった」


 虎次郎はそれを聞いて静かに目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。

 彼もまた自身の白髪という奇抜な外見により美優と同じ思いを味わったことがある為、そんな孤独感は春輝に比べて痛いほどよく分かっている。


「そんな過去が流れた後……次に俺が見たのは現在だった。美優は孤独になるのを恐れ、誰にも見鬼のことは話さずに普通の女の子として暮らしていた。だけど、憑霊による怪現象やそれに取り憑かれ弱っている人、また交通事故で死んだ者や成仏を願う幽霊の憑霊の声などを見てみぬフリが出来るほど、美優は薄情じゃ無かった。俺やお前のように冷たく出来れば良いんだけど、そんな対処法も分からない美優は毎日、何も起こらないよう祈ることくらいしか出来なかった。何も出来ない、見ていてもどうすることも出来ない無力感が美優を苦しめていたんだ」


「……優しいな。いや、優しすぎる。だが、気持ちは分からないでもない」


 虎次郎はそれだけを言った。

 祈るくらいならそれを自分で出来るよう努力するべき……虎次郎はそんな男であるが、努力をしようにも方法が分からない美優の立場を考えたらそのような言葉しか出なかった。


「そして、その現在を通し……次に俺が見た未来はとても悲惨なものだった」


「……」


「絡新婦の子蜘蛛達に生きたまま悲鳴を上げながら食われる場面……多くの魍魎達に手足を引き千切られ臓物を引きずり出されて食われる場面…………複数の死ぬ未来が俺の中に流れてきた。正直、平静を装うので精一杯だった。そして、同時に俺は世の無情っていうのを改めて痛感したんだ」


 ここまで話されると虎次郎も春輝の次に取る行動が読めてきた。

 恐らく、彼ならもう関わらないと決めた憑霊関係の事案であろうと美優を救おうと動き始めるだろう。

 それが新霊組にバレるような行動であっても、目の前で死の危機に瀕している者を見殺しには出来ない。ましてや、自分の力を使えば回避出来るかも知れない最悪な未来なら尚更であろう。

 でなければ、池永事件の際に友と後輩を死地に行かせないようなことはしないのだ。

 それが五十嵐春輝と小鈴なのだ。


「そして、商店街で気落ちしていた美優を見つけて声を掛けた。なぜか分からないが、あいつはこれから起こる自分の身に関して知っていたようだった。でもそれに関しては一言も話してくれなかった……まぁ、俺が転校してきたばっかりだってのもあるんだろうけど…………でもさ、虎次郎。その時に美優はなんて言ってきたと思う?」


「……」


「……『同じじゃない』『これはアタシだけの問題』……そう言ったんだぜ? 確かに俺は事情も知らねぇし、他人だけどさ……どれだけ、自分で抱え込むつもりだったんだよ? 憑霊に対する力を持っているならまだしも、力も何も無い状態でそんなこと言ったらまるで生贄じゃねぇか!」


「……それはお前も同じだろう?」


「えっ?」


 興奮しかけた春輝に虎次郎は静かに語り掛けた。

 その突然の言葉に春輝は思わず素っ頓狂な声を上げる。


「俺には生贄というより“自己犠牲”みたいに聞こえたんだがな。それは五十嵐、お前の十八番だろう? それに関しては人のことは言えないぞ?」


「あ、いや……その……でも俺は憑霊使いだから良いんだよ! ちゃんと反撃出来るし!」


 突然の指摘に春輝はたじろぎ、一瞬反撃の言葉を失うも再び盛り返す。

 そんな彼の様子を見て虎次郎は呆れたように溜め息を吐いた。


「反撃は出来ても、その後が駄目だろう……結局、月見里もお前も結末は誰かを悲しませることになるんだからな」


「どういうことだよ?」


「お前、新霊組を抜けて皆が何とも思わない……そう思っていたのか? 自分が居なくなっても誰も気に留めない……本当にそう思っていたのか?」


 虎次郎の目には有無を言わせない眼力のようなものが宿っていた。

 その言葉を聞いた春輝はハッとして押し黙る。

 傍から見れば言葉足らずなやりとりだろう。

 だが、語る言葉が少ないからこそ理解出来るものもある。

 この少ないやりとりの中、春輝はそれを理解した。


「……悪い。巻き込みたくなくて……迷惑を掛けたくなかったんだ」


「勝手にいなくなる方が迷惑だ」


 二人はそれだけ言うとしばらくの間、沈黙する。

 どう言って話しを再開させようか……春輝がそんなことを考えている最中、ふと虎次郎が口を開いた。


「…………けれど、お前の言いたいことはなんとなくだが分かったような気がする」


「えっ?」


「月見里がお前の心を救い、チャンスを与えた……憑霊から彼女を守ることが出来たお前は少なからず傷ついた心を癒やされたんだろう。憑霊使いとして、新霊組の隊長としての自信を失っていたお前にとってはたった一人の人間でも救うことが出来たのは大きなことだった。だが、まだ月見里の死の未来は完全に回避出来ていない……だからお前は彼女を守ることに決めた。それがチャンスという訳か……」


「……言っておくが新霊組に戻るとか汚名返上とか、そんな意味じゃないからな?」


「分かっている。お前はそんなことに興味は無いだろう? その“チャンス”とは新霊組以前のお前に戻るということ……違うか?」


 虎次郎の回答に春輝は我が意を得たり、と頷く。

 もう一度、誰かの為に憑霊使いとしての力を振るいたい。

 誰の指図も、組織の任務でもなく、ただ純粋に自分の意志で自由に守る為に振るいたい。

 そんな思いが春輝の目を通して、ありありと伝わる。


「けれど、救われた心は……お前だけじゃないように見えるがな」


「どういうことだ?」


「少しは自分で考えてみろ。俺はそろそろ帰るが、また明日も来る」


「お、おい―――!」


 春輝が引き留める前に虎次郎は部屋を出て、彼の言葉を遮るように襖を閉める。

 部屋の外の居間には眠りかけている小鈴とずっと起きていたのか雪羅が彼女の傍にいた。


「燐ちゃん達ならもう帰ったわよ。二人が話す前にね」


「……そうか。俺達も帰るぞ」


 雪羅の言葉に何の反応も示さないまま、虎次郎は玄関のドアを開けて外に出る。


「ちょ……ちょっと待ちなさいよ!」


 眠りかけている小鈴に毛布を掛けたりとあたふたする雪羅を置き、虎次郎は歩き出す。

 春輝は美優によって心を救われ、美優もまた春輝によって孤独な心を救われた。

 それに春輝は今の方が伸び伸びと生きているように感じる。

 元々、彼は不服なことは顔に出るタイプだ。それによって、よく上層部と衝突していた。

 ストレスを感じていることに変わりはないが、少なくとも今の春輝に不満はないように虎次郎には見えた。

 春輝は美優を守るだけでなく自分自身を取り戻す為にも戦っている。

 それならば、自分は今何のために戦っているのだろうか? なぜ、憑霊使いとして力を振るおうと思ったのか?

 新霊組の任務に明け暮れる内にそれは頭の中から去っていった。

 だが、完全に忘れた訳ではない。


(俺は……この力を―――)


 自身の背後から聞こえる雪羅の言葉を聞き流しながら虎次郎は夜空の下、その答えを心の中で呟いていた。

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