過去の追憶~終~
皇技弐式を使用した竜巳は春輝の姿を意地の悪い笑みを浮かべながら眺めていた。
やがて、最後の攻撃である光が地面からいくつも吹き出し、春輝を包み込んだ際には大声を上げて歓喜していた。
「はははは! やったぞ! ついに新霊組の隊長を一人始末した!」
光が終息した後、竜巳は顔を手で押さえ笑い狂う。
その場に春輝の姿は無かった。
光と共に消えてしまったのか、はたまたどこかにまた飛ばされたのか……どちらにせよ、もう生きてはいまいと確信していた。
とにかく、彼にとって死体があろうが無かろうが新霊組の隊長を一人始末したかどうかが重要であった。
それ以外などどうでもいい。結果が全て……その結果が良ければあとはどうでも良い。
だからこそ竜巳は気付かなかった。いや、気付けなかったというべきだろう。
自身の笑い声にかき消された小さい仏壇の鐘の音がなったことに……。
「憑解!」
突如、消えたと思っていた春輝の声が響き渡り、笑っていた竜巳へ崩壊した蔵の瓦礫が飛んでくる。
「なにッ!?」
突然の声と出来事に驚きながらも竜巳は飛んでくる瓦礫を避け、その方向へ目を向ける。
するとそこには蔵の瓦礫跡から拾ったのか散弾銃を構える春輝の姿があった。
しかもその春輝は憑纏時の鬼人の姿ではなく人間の姿に戻っている。
(なぜだ! なぜ生きている!? だが、今はともかく憑術で奴の攻撃を防がないと……)
頬の“666”の数字を光らせ、憑術を使おうとする竜巳。
だが、それは突如頭上から受けた強烈な衝撃により発動することが出来なかった。
「ぐっ!?」
何かに頭を殴られて怯んだ竜巳はその方を顔を向ける。
そこには激昂した眼差しで強く拳を作る小鈴の姿があった。
「この……ッ!」
小鈴を睨みつける竜巳であったが、彼女はそんな視線に怖気づくことなく無言で身体を逸らす。
すると、今度は小鈴の背後から回転しながら春輝の持っていた筈の散弾銃が飛んできて竜巳の顔面に直撃した。
「ガハッ……ッ……この……グフッ!」
馬鹿にされたような攻撃の数々を受けながら竜巳は何とか態勢を立て直そうとするも今度は小鈴の拳が腹部にめり込み、その動きを封じる。
憑纏しているとはいえ、依代となっているのは竜巳自身の身体である。
憑装で守りを固めているのならまだしもその身体は人間のものだ。
当然、傷も出来れば怪我もする。そして、ダメージも受ける。
そして、鬼である小鈴の一撃はかなり重いものであった。
怯んだ竜巳に向かって走ってきたであろう春輝が飛び上がり、小鈴の頭上から頬に向かって蹴りを入れる。
だが、春輝の一撃な生身の人間のものなので小鈴に比べたら軽い。
しかし、その直後に今度は小鈴が春輝が蹴りを入れた頬とは逆の頬を殴る。
春輝は繋ぎ、小鈴が主力の連携……頭では分かっていてもその展開の早さに竜巳は態勢を戻すことが出来ない。
一方で春輝達も必死であった。
竜巳の皇技弐式の最後の光の攻撃を受けた直前、春輝は気を失って蔵の瓦礫の下敷きとなった。
もし、自身の中にいた小鈴が必死に春輝に呼び掛けなければ春輝はそのまま死んでいたかも知れないし、逆転の一手を放つことは出来なかっただろう。
とはいえ、春輝自身憑解を使ったこの戦法は皇技弐式を受ける前から考えていた。
憑装も解け、憑術を使うような隙も無かったあの状況ではそれしか攻勢に出るキッカケが無かった。
皇技弐式を発動した直後なら竜巳も隙が出来る……そう確信はあったものの自身がその攻撃を受け切れるかは正直、自信が無かった。
死中に活を見出したこの状況は紛れもなく小鈴の尽力あってのこそだろう。
だからこそ、彼らはこのチャンスを逃すわけにはいかなかった。
やっと出来た火種を枯れ草に灯し、消えないようにかつ火の勢いを強める……そんな気持ちで慎重にそして大胆に一撃一撃を入れていく。
今大事なのは強い攻撃を与えることではなく、竜巳に攻めさせないように攻撃を当て続けることだ。
けれども、大きなダメージを負っているのは春輝自身も同じ、いつかは必ず限界は来る。
それでも、最後の一欠片まで諦めるわけにはいかない。
蹴りを入れた後、春輝は着地をして今度は竜巳の足を蹴り、前のめりに体勢を崩す。
その瞬間に殴った後の体勢を戻した小鈴が竜巳の顔面に拳を入れて宙へと浮き上がらせる。
竜巳はすぐに落ちてくるが、今度は春輝が竜巳の背に回って拳を打ち付けた。
だが、もう力が残っていないのか竜巳の身体をその場に留めただけで今度は春輝が前のめりに倒れ始める。
それに気付いた小鈴がもう限界だ、と判断して止まった竜巳に強く回し蹴りを入れた。
竜巳は旅館の方へと強くふっ飛ばされ、建物を破壊しながら飛ばされていく。
そんな様子を眺めることなく、小鈴はすぐに春輝の元に駆け寄った。
「春輝! 大丈夫ですか?」
「っ……ゴホッ……だ、大丈夫……だ……」
胸を押さえうずくまりながらも春輝は小鈴へ笑いかけた。
けれども、その途端に春輝の視界は徐々に暗くなり始める。
「くそ……あんまり…………見えなく……」
「春輝! もう良いです! あとは私が―――」
「でも……アイツは……まだ……」
「それ以上動いたら本当に死んでしまいますよ!」
口ではそう言うものの実際、春輝にはもう小鈴の声しか聞こえていなかった。
これが死ぬ、という感覚なのか? そう思いながら自身の意思とは裏腹に身体の力は抜けていく。
そして、春輝の意識はそこで完全に途切れてしまった。
――――――【1】――――――
その後、次に春輝が目を覚ましたのは病室の中であった。
傍には小鈴が付いていたものの、彼女は憔悴しきった状態であった。
あの後、自分はどうなったのか?
竜巳はどうしたのか?
起きて早々に春輝はそんなことを聞きたかったが、それよりも大きな思いが次第に込み上がってきた。
―――生きている。自分はまだ生きている。
そう思った時、彼は自分の抱いていた疑問を口にするより早く、
「ありがとう」
と小鈴にお礼を言っていた。
それを聞いた小鈴の目には珍しく涙が流れ、彼女にしては考えられない程に声を出して泣き始めた。
その様子を見て、天井を眺めた春輝の目にも光るものがあった。
その後、新霊組から調査員だの虎次郎達の見舞いなどがあったが、彼らとの時間は短く切り上げ、春輝は小鈴と暫く無言の時間を過ごした。
そうして、互いに心が落ち着いた頃……春輝はようやく小鈴へ自身の抱いていた疑問を口にした。
「……あの後、俺はどうしたんだ?」
「……あの後、春輝は気を失い。私が蹴り飛ばした佐久間元隊長も鬼のような形相ですぐに戻ってきました。私自身、もう終わった……そう思いました」
「……なら、俺達はどうして生きている?」
「佐久間元隊長が私達にトドメを刺そうと頬の数字を光らせた時でした。突然、彼が顔を押さえて苦しみ始めたんです」
「苦しみ始めた?」
「えぇ、正直私にもよく分かりません。ですが、彼はその後に喉も潰れかねない程の絶叫と共に皮膚がただれ、骨が軋み……やがて身体の血肉が霧散するほどに破裂して死にました。原因が何かは分かりません。ですが、私みたいに長い時を春輝と過ごしてきた憑霊ならいざ知らず。他人から貰ったばかりのしかも初めて憑纏していきなり皇技弐式まで出したのですから、彼の中にあるソウルライフが急速に枯渇したのではないか、と考えています」
「……確かに普通、憑纏まで至るにはその憑霊と絆を深めなくちゃならない。まして、別な憑霊で憑纏の経験があるとはいえ、いきなり皇技の……しかも弐式まで使うなんて有り得ないことだからな。俺だって皇技弐式を使えるようになるまで三年は掛かったし……」
春輝が口にした通り、憑纏まで出来たとしても本来は憑技、憑術、憑装と少しずつソウルライフの消費が少ないものから慣れていってようやく第一の奥義である皇技が使える段階に来られる。その過程を飛ばし、第二の奥義である皇技弐式を使うというのは本来してはならないことだ。
物事の順番を飛ばすと必ずどこかで綻びが生まれる。
「それが悪魔の力……だったんですかね。その後、その佐久間元隊長の絶叫を聞いた響や凪沙さん達が来てくれて私達を見つけてくれたんです。ですが……状況が最悪でした」
「……だろうな。佐久間の絶叫が聞こえて来てみれば当の本人はいないし、他の隊士、隊員、副隊長は死亡……俺が倒れていたんじゃ、俺がこの惨状を引き起こしたって思われても仕方がねぇ」
「でも……響や凪沙さん達はそう思っていないようでした。寧ろ強力な憑霊と交戦して被害を被った、と思っているみたいです。けれども、調査をした戌の隊は依代封じの術式の痕跡があったことから春輝を疑っているみたいですが……」
「アイツら……そこまで俺のことを……だが、俺が正直に事情を話せば今度は辰の隊に調査が入る」
「えぇ。そうなると一番親しかった響は疑われますね」
「新霊組には追放なんてものは無い。確証の無い疑いでも小さな芽は摘む……それが新霊組の掟」
「ですが、響を庇ったら春輝が処断されるのは必須ですよ!」
「……分かっている。でも俺だって濡れ衣で処断されるのは流石に納得いかない。だからもう方法は一つしかないが……少し考えさせて欲しい」
この時、小鈴は春輝の考えていることがある程度分かった。
けれども、それを実行する為には少し時間が必要だとも感じた。
春輝は誰かを巻き込んだりしない為、恐らく誰にも言わずにそれを実行するのだろう。
“時間”とは彼の中の覚悟が形成されるまでの時間だ。
生き死が関わることなら迅速な判断を取れる春輝だが、大切な人と別れるにはそれ相応の心の準備が必要であった。
ここで何か妙案が出れば良いのだが、この時の小鈴の頭の中にはそれが浮かんでこなかった。
それにこういう事案は水を差してはいけない。
組織に属し、責任もある春輝の決定には従う……発言権が無い訳では無かったが小鈴は春輝の憑霊、主の決定には素直に従うのが筋だ。
とはいえ、小鈴自身はどこまでも春輝に付いていくつもりだ。それは彼女が春輝の憑霊になった時から既に決めていたこと……たとえ、拒絶されようとも生きている限り、どこまでも憑く。
それが憑霊の本分だ。
「私は春輝がどんな決断を下そうともついて行きますよ。たとえ……地の果てだろうが地獄だろうが……」
「お前が言うと何か怖いな。でも……ありがとう」
春輝は感謝の言葉を述べつつ病室の天井を眺める。
そして、彼らはこの一ヶ月後……新霊組を抜け出し、各地を転々とするのであった。