終局
駆け出した春輝は左右の刀をそれぞれ持ち、火を吹く蜘蛛達に向かって飛び込みながら二本の刀を振り下ろす。
しかし、蜘蛛達は絡新婦同様の動きでそれを避けると春輝目掛けて一斉に火を吹きつけた。
吹きつけられた火をまともに受けるも春輝はすぐさま刀を納め、火の付いた赤い羽織りを脱ぎ捨て高く跳躍する。
その様子を奥で見ていた絡新婦は糸を使って操り人形のように蜘蛛達を動かし、同じように跳躍させた。
蜘蛛達は春輝の傍まで来るとモゴモゴと口を動かして火を再び吹こうとする。
だが、春輝は自分の周りに集まった全ての蜘蛛達に素早く蹴りを与え怯ませると、その中の一匹を掴んで地上目掛けて投げ付ける。
更に先程納めた二本の刀の内、紅い刀だけを抜くと身体を回転させるようにして蜘蛛達に斬り付けた。
斬られた蜘蛛達はもがきながら地上に落ちると身体をひっくり返して、その場で動きを止める。
春輝はそんな蜘蛛達には目もくれず着地した後、絡新婦に向かって走っていった。
苦虫を噛み潰したかのような顔で斬られた蜘蛛達を見た絡新婦は舌打ちをしながら、それらに付いている糸を自ら断ち切り、周りに居る他の蜘蛛達へ新たな糸を付け始める。
糸を付けられた蜘蛛達は先程やられた蜘蛛達同様、口から火を吹き、春輝に襲い掛かって来た。
「……くっ! これじゃあ、アイツに近付けねぇな……」
襲い掛かる蜘蛛達を片っ端から倒していくも、絡新婦の手駒となっている蜘蛛達は無数に居るうえ、倒しても次から次へと泉のように湧き出てくる。
「そろそろ、終わらせてやろう」
絡新婦のその言葉を皮切りに蜘蛛達は一斉に火ではなく糸を春輝にかけ始めた。
「チッ……!」
糸をかけられた春輝は段々と動きが散漫になっていく。
身体にかかった糸があちらこちらに絡み付いているからである。
それを見た絡新婦はしめた、とばかりに自身の手から別な糸を出し、春輝の両腕を拘束する。
「アッハッハッハ! やっと、捕らえた!」
「五十嵐君!」
拘束された春輝は糸を引き千切ろうと、腕に力を込めて強く引っ張るが頑丈な糸はビクともしない。
「もう逃げられないわ。それは力に関して強いから……」
「そうか。なら……ちょうど良かった」
負け惜しみとも取れるその言葉に絡新婦は僅かな疑問を浮かべる。
その瞬間、拘束されている春輝は持っている刀を床に捨て、足に力を込めて踏ん張り、身体ごと更に強く糸を引っ張った。
いきなりの行動に糸に繋がっている絡新婦はすぐに対応することが出来ず、春輝の方へ飛ぶように引き寄せられる。
「なに! ゴフッ!?」
「力に対して強いなら、思いっきり引き寄せる事が出来るからな。それに、そもそも俺は逃げるつもりなんて無いし……」
手を握りながら飛んできた絡新婦の顔面に拳を叩き込む春輝。
絡新婦はそれを受けて、周りにある物を巻き込みながら奥へと吹っ飛び、ホテルの壁にぶつかる。
「ガハッ! ぐっ……おぉ!」
咳き込みながら春輝を睨み付ける絡新婦だったが、彼の姿をしかと見る前に身体は急に横へと動く。
それは、春輝が糸が絡み付いている腕を頭上で振り回し、絡新婦を投げ縄のようにしている為であった。
「うおぉぉぉぉらぁぁぁぁ!」
春輝が叫びながら振り回す度、向こうの糸の先に付いている絡新婦は周りに居る蜘蛛達に次々と当たり、蹴散らしていく。
飛ばされた蜘蛛は壁や柱、剥き出しとなっている鉄骨に当たりながら動かなくなる。
「そらぁ!」
ある程度の蜘蛛を片付けた春輝は締めくくりとして絡新婦を勢いよく床に叩きつけた。
その衝撃があまりにも凄まじかったのか、絡新婦は声にならない叫びをあげる。
「今度はこっちの番だ」
春輝はその場で飛び上がりながらそう呟くと黒い着物の懐から憑纏の時に使った笛を取り出し、それに赤いとんぼ玉の根付けを結び付けた。
「嘗めるな!」
だが、根付けを付けたと同時に激昂した絡新婦が糸の付いた手を横に振り、春輝を壁にぶつける。
「がっ! っ……!」
壁にぶつかった春輝はその拍子に持っていた笛を落としてしまった。
笛は離れて様子を見ていた美優の足元へ転がっていく。
「あっ、これって……」
「いい加減に諦めろ!」
「それは……こっちのセリフだ」
笛を拾い上げた美優が春輝の方を見ると彼は絡新婦と糸を通して綱引きを行っていた。
春輝と絡新婦はそれぞれ一歩も譲らないかのように動かない。
けれどもそんな中、春輝の背後にまだ残っていた絡新婦の手駒である蜘蛛達が迫っていた。
(どうしよう、このままじゃ五十嵐君が………………そういえば、さっき五十嵐君はこれを使おうとしてた…………もしかしたら!)
さっきの春輝の行動を思い返した美優は彼に向かって叫びながら笛を投げる。
「五十嵐君! これ!」
投げられた笛は美優と春輝の間にあった柱にぶつかり、憑纏時の仏壇を鳴らしたような音を響かせながら弧を描いていく。
春輝は美優の声とその音を聞いて事の次第を理解し、声を上げる。
「ありがとう。月見里」
そして、その投げられた笛をそのまま口でくわえ、息を吹きこんだ。
すると、ピーッという音と共に春輝の両手が炎に包まれる。
「憑纏憑術、鬼火」
「なに!? お前も火を出せる……だと!」
糸を掴んだ状態で春輝の両手に炎が宿ったので、炎は糸を伝いながら絡新婦へと燃え移る。
「ギャアァァァァァァァァァァァァァ!!」
「なるほど…………どうやら、力には強いが火には弱いらしいな」
自身の腕に付いた糸が呆気なく燃え尽きるのと、炎に焼かれ苦しむ絡新婦を見た春輝は呟きながら床に捨てた紅い刀を拾い上げ、その刃に両手の炎を移し背後から迫り来る蜘蛛達に目掛けて軽く振った。
振られた刀は蜘蛛達に対して炎を放ち、瞬時に焼き尽くしていく。
「お、おのれ……我が子達まで葬るかぁ……!」
炎に包まれながらも叫ぶ、絡新婦。
けれども、その声には初めの頃にあった威圧感や覇気が無くなっていた。
春輝はそんな絡新婦を哀れむかのように、刀を構えながら静かに言う。
「お前は元々、妖怪であり神でもあるモノだ。そんな奴の子を妖魔にさせる訳にはいかない。それに神の座を降ろされたといっても一時的だろう? 時が経てばまた同じ座に着けられるんじゃないか?」
「馬鹿を言うな! 妖怪が神に等しくなるのがどれだけ大変かお前に分かるか? それに……我は人間の命を奪った身、零落神となんら変わらない。もう元の座には戻れない。だからこそ、我はここで力を得なければならないのだ! 我を降ろした神々に復讐を果たす為に!」
炎に包まれた身体を揺らしながら絡新婦は春輝に向かっていく。
「……地位と力の欲に囚われた哀れなモノ、今ここで……その罪咎を壊す!」
一歩だけ前に踏み出した春輝はその姿を一瞬だけ消すと絡新婦の背後に現れる。
その途端、絡新婦の胴体は横に斬り裂かれ、女性の上半身と蜘蛛の下半身が分離した。
「あ…………ぁ……もっと…………力を……我は………………私……は…………」
「…………次、生まれ変わる時は欲に呑まれるなよ」
炎に焼かれ、その身体が灰となるまで春輝はただジッとその二つの骸を見ていた。