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ソウルライフ~見鬼の少女と用心棒~  作者: 吉田 将
第四幕   宵闇に浮かぶ朧月
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過去の追憶~闘~

 パイモン……春輝はその憑霊の名に聞き覚えが無かった。

 名前のニュアンスから日本の憑霊でないことだけは確かであったが、どのような憑霊なのかは分からない。

 そのため、少し冷静さを取り戻していたとはいえ、むやみやたらに飛び掛かっていった春輝の行動は早計以外のなにものでも無かった。


「憑纏憑術、音音ネオン


 飛び掛かってきた春輝に対し、竜巳は腰に下げていたシンバルを手に持つ。

 途端に彼の頬に浮かび上がっていた“666”の模様がその言葉に呼応するかのように妖しく輝き始める。

 何か来る……そう春輝が思ったのも束の間、竜巳は持っていたシンバルを勢いよく叩き合わせた。

 バーン、と空気が張裂けんばかりの音が響き渡り、彼の周囲にある畳と隊士達の亡骸がめくれ上がり、球体が広がるように音の衝撃波が辺りへ広がる。

 飛び掛かっていった春輝もそれに巻き込まれ、勢いよく飛ばされてしまった。

 音に衝撃波は畳だけでなく離れ全体を襲い、一瞬で建物は全壊し春輝はそのまま外へ投げ出される。

 彼は廃旅館に墜落し、中庭のあった縁側へ屋根を突き破って落ちていった。


「ふっ……ふははは! 素晴らしい力だ! 流石はソロモン72柱の一柱である悪魔……憑術一つでこれほどの力とはな!」


 中庭に落ちた春輝の姿を見て高笑いする竜巳。

 一方の春輝は瓦礫をどかしながら何とか立ち上がる。


「いっつつつ……なんて力だよ。音による全方位攻撃とか……洒落にならねぇ……」


 驚きはしたものの外に投げ出されたお陰か大したダメージも受けることなく、後頭部をさする。

 とはいえ、実体の無い攻撃を主とする……しかも悪魔の憑霊となれば質が悪い。

 どうするか……そう思案する春輝に向かって今度はシンバル自体が手裏剣のように飛んできて春輝を襲う。

 彼はそれに気付き、自身の髪が僅かに切れる寸での所で避け、中庭の地面に転がった。

 そんな春輝のいる位置から少し遠い所に離れにいた竜巳が降り立つ。

 竜巳はフリスビーのように戻ってきたシンバルを手にすると、両手を広げて春輝を嘲笑った。


「ははは、どうだ五十嵐。この憑纏の力……なかなかのものだろう?」


「……一体、なんだ? その憑霊は?」


「おいおい、聞いてどうするんだ? 素直に教える訳ないだろう? すぐに答えを求めようなんて、やっぱりお前はバカなんだなぁ」


「バカで結構。お前のように目先の欲に釣られるクズより遥かにマシだ」


 売り言葉に買い言葉……春輝を挑発した筈の辰巳の顔に青筋が浮かび上がる。

 それを見て今度は春輝が嘲笑う。


「でも、こんなスカスカの安い言葉に乗せられている時点でお前も俺と大差ないな。強い憑霊というばらまかれた餌にまんまと喰いつくから上手く利用されんだよ」


「おれは利用などされていない! おれが奴らを利用しているんだ!」


「いいや、その憑霊を手にした以上……お前はもう奴らの手駒……いや、捨て駒に成り下がっちまったんだよ。ったく、情けぇ限りだ……そんな奴の策に嵌められるなんて隊長失格だ」


 竜巳の身体が小刻みに震え始める。

 内で抑えていた怒りが表に出始めたのだろう。

 いくら強い憑霊を持っていたとしてもそれを使う者が上手く使えないのでは意味は無い。

 ましては竜巳の場合、今まで隊長という座に居座っていたため、このような罵倒は彼の高慢なプライドをズタズタにするには十分だった。


「五十嵐……お前を殺す!」


「……皮肉だな。新霊組としてのお前だったらこの程度の挑発は軽く受け流していたのに、今の急に力を持ちすぎたお前じゃ余裕どころかその悪魔の力とかっていうのに縛られすぎて気持ちにゆとりが持てなくなっている。これで俺がお前を恐れ、怯える態度を取れば良かったんだろうけど……悪いな、空気が読めなくて。そして空気が読めない程度にもう一つ……お前は弱くなっている」


 弱い……その一言がニトログリセリンのような感情の竜巳に火を点けた。


「憑纏憑術……葬音そうおん!」


 頬に宿る悪魔の数字を煌めかせ、竜巳は手に持っていたトランペットに口を付けて一気に吹き鳴らす。

 するとトランペットから竜巻のような形の音が一直線に春輝に向かって放たれた。

 それを見た春輝はすかさず、茶色いとんぼ玉の根付を取り出し、それを笛に結びつけると竜巳に負けじと吹き鳴らす。

 そうして、大通連と小通連を鞘に納め、大通連を一本鞘ごと腰から抜くとそれを縦にして正面に置き、鯉口を切った。


「憑纏憑術……鬼閃きせん!」


 怒号のような叫び声と共に鞘から大通連を抜き、叩きつけるように振る春輝。

 大通連の刀身から茶色く輝く剣閃が中庭の地面を裂きながら放たれ、巨大な光の刃となって音の竜巻へ向かっていく。

 そして、光の刃と音の竜巻はぶつかり合う。

 だが、すぐに光の刃は音の竜巻に巻き込まれその光を砕かれる。


「なに!?」


 驚きながらも春輝は横に逸れて音の竜巻を回避する。

 音の竜巻は旅館を直撃するも止まることも消えることもなく、その建物ごと砕きながら一気に通り過ぎていった。

 その通過した後はドリルで貫かれたかのような螺旋状の波紋が痛々しく残る。

 もし、春輝があれを直撃していたら今頃身体は木っ端微塵となっていただろう。

 光すらも飲み込み砕く悪魔の力……その一端を垣間見た春輝は顔には出ないものの代わりに一筋の冷や汗を流す。


「ちっ……仕留め損ねたか」


 竜巳は春輝のそんな様子に気付かず、舌打ちをする。

 そして、再び頬の数字を妖しく輝かせた。

 再び憑術が来る……春輝は身構えるが有効な手立てが無い。

 なんせ竜巳の場合は春輝がとんぼ玉の根付を笛に付けるという憑術の所作のルーティンを行っているのと違い、顔の頬の数字を輝かせているだけで憑術を使っている。

 それ以外の情報が今の所なにも無い。

 行動やなんらかしらの動きが一つでもあれば相手の出す一手を読むことが出来るが、それが出来ない以上は危険な選択だがとにかく相手の術や技を受けきって見切る他ない。

 とはいえ、ルーティンが無くとも言霊は唱えなければならない。

 無論、憑術や憑技は威力は低くなるが名を唱えなくても使うことが出来る。

 ならば、なぜ唱えなければならないか?

 それは皇技発動の為の下準備でもあるからだ。

 憑技主体の皇技であれ、憑術主体の皇技弐式であれ皇技を使うには憑技と憑術、憑装を使わなければならない。

 しかも、言霊を使い発動させたものでなければならず、無言で使用したものに関してはカウントはされない。

 なぜか……それは言葉には力が宿り、声とは生きている者が使うものだからだ。その為、声から発せられる言葉には命が含み、同じく生きている者や死んでいる者にさえ影響を及ぼす。

 すなわち、相当の結果を出すには相当な準備が必要なのと同じように皇技を使うには憑技、憑術、憑装の言霊の残滓ざんしが僅かながらに必要なのだ。

 これらを踏まえると技や術、憑装を声に出して使うというのは相手に自分の内を一つ曝け出すというデメリットと自身の大きな一手を作り出す布石になるというメリットの二面性が孕んでいる。

 そのため、手練の憑霊使いほど無闇やたらと技や術を使ったりはしない。ここぞという決め手の時に使用する。

 現在、竜巳は憑技や憑装こそまだ使用していないが憑術は既に二種類使用している。

 憑術は憑纏一つにつき八種類までしか使えない。つまり二つの手は明らかになっている為、追い込み易くはなっているのだ。

 そして、春輝にはもう一つ戦いの中で見つけた竜巳の特徴がある。

 それは音だ。

 元々、山彦という妖怪の憑霊を使用していた竜巳であったが、彼が山彦を憑纏していた時の憑術とは別の憑術を使っていることからパイモンという憑霊も音を操るのだろう、と春輝は考えたのだ。

 事実、春輝の考えはあながち間違っていない。

 パイモンとは王冠を被り、女性の顔をした男性の姿を持ち、ひとこぶラクダに乗っている悪魔とされ、その周りにはトランペットやシンバルなどの楽器を携えた精霊達を先導としてしているとされている。

 つまり彼の使う楽器はその精霊達の物なのだ。

 そんな事実までは知らない春輝であったが、戦ってきた勘から音が攻撃の要であることを知り、顕明連を構えて竜巳と対峙する。

 一撃を与える隙は一つ。


「まぁ、いい……もう一度吹っ飛べ! 憑纏憑術、音音!」


「お前が憑術を使うのを待っていた! 憑纏憑技、獄卒!」


 竜巳がトランペットからシンバルを手に持ち替える最中に春輝は顕明連の刀身を横にし、気合いの一言と共に竜巳へ突きを放つ。

 その瞬間、春輝の姿が消えて代わりに中庭の地面が物凄い勢いで抉り出されながら竜巳へと迫る。

 そんな竜巳は戦闘開始の時同様にけたたましくシンバルを鳴らし、辺り一面へ広がる音の衝撃波を放った。

 ぶつかり合う二つの衝撃……その瞬間に消えていた筈の春輝の姿が突きを放った状態で現れ、その場で静止するかのように動きを止める。


「ぐ……ぎ……ぃ!」


「ははは! 諦めろ、五十嵐! 憑技主体のお前と憑術主体のおれじゃ相性が悪い」


「……相性? はっ! ふざけたこと抜かしてんじゃねぇよ! こんなぬるい攻撃に相性なんて関係ねぇよ!」


 負け惜しみかに聞こえる春輝の言葉……しかし、それを立証するかのように春輝は徐々に音の衝撃波を押し返す。


「なにッ!?」


「こんな攻撃……なぁ―――!」


 そうして、彼は遂に音の衝撃波を破り、竜巳の目の前に顕明連の刃を差し向ける。


「虎次郎の憑術に比べたら手ぬるいんだよ!」


 刃が竜巳の顔を貫こうと迫る。

 けれども、竜巳はすれを紙一重の所で回避し春輝は彼の背後にあった中庭の岩を砕いただけに終わった。

 両者すぐには振り返ろうとしない。

 竜巳は頬に違和感を感じ、数字の部分に触れる。その触れた手は鮮やかな紅に染まる。


「常識や定石だけじゃ憑霊使いは計れない……そうだろ? 佐久間元隊長」


 頬に付いた刀傷に唖然とする竜巳に振り返りながら春輝は不敵な笑みを浮かべた。

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