過去の追憶~真~
竜巳の足元に転がる仲間達の骸……そのどれもが手足を切断されたり、内蔵を抉り出されたりといった目を覆うものばかりであった。
「これは……一体……」
「……おう、五十嵐。随分と来るのが遅かったな」
春輝の呟きに気付いたのか竜巳が彼に向かって振り返り、柔らかい笑みを浮かべる。
サラサラとした短髪に黒縁眼鏡を掛けた理系の男性……普段ならば誰もがそんな印象を抱く竜巳だが、今はその顔の頬に血がべっとりと付いており、狂気のようにしか見えない。
そんな態度を取る竜巳に春輝の頭には血に昇った。
「これはどういうことだ! 佐久間ぁ!」
「どういうことって見て分からないか?」
竜巳は息をフーっと吐き、疲れたかのように答えた。
「おれがやったんだよ」
「なんで、こんな……仲間だろうが! しかも部下なんだぞ!」
「そう熱くなるなよ。ちゃんと説明してやるから……」
笑みを浮かべたまま手で春輝を宥めた後、竜巳は自身の隊の副隊長の骸に腰を下ろす。
「座るんじゃねぇ!」
「疲れてるんだよ。なんせ、隊士と副隊長全員を始末するのは意外と苦労したからな。……さて、どこから説明するかな。それじゃあまず、この今回の任務についてだが…………これはおれが仕組んだ。つまり偽報だ」
「なんだと!?」
「東京の落街で暇をしていた憑霊どもをかき集め、この旅館の女将とその主人に一騒動起こすようけしかけたんだ。お前らを東京の強力な憑霊に紹介してやるってな……しかし、お前がここまで来られたってことは蔵にいた女将とこの離れに行く途中にいた鎧武者の主人を倒したんだな。いや~、すごいすごい。流石は隊長殿だ」
そう言うと竜巳はわざとらしくその場で拍手をする。
そんな彼を春輝は怒気の込もった眼差しで睨みつけた。
「なんでそんなことをした?」
「新霊組の戦力を大きく削る為だ」
「なぜだ? 戦力を削った所で何の意味になる?」
「何の意味って……それは色々あるだろう? 新霊組をよく思わない憑霊や人間だっているんだ。理由も意味も腐る程ある……だけどまぁ、おれの場合は依頼された……といった所か?」
「依頼? 誰にだ?」
しつこく問い掛ける春輝に対し、竜巳は懐から一本タバコを取り出すとそれに火を点け、一口吸った後に紫煙を吐く。
「そのよく思わない憑霊と人間さ……両者は無関係だが、偶然にも利害が一致していてな。報酬も良かったんでおれがその依頼を受けた。“新霊組における主戦力を潰す”しかも一つの隊につき一億と言われたんだ。乗らない手は無いだろう? なんせ、その内の一つはおれが隊長をやっているんだ。まず最低一億円は確実だ。あとは強いが情に弱く、騙しやすいお前の隊を潰せば二億だ。良かったなぁ五十嵐、お前の首に一億の懸賞金が付いているんだぜ?」
「……別に嬉しくねぇな。それで、お前はウチの組全てを潰す為に新霊組に入った訳か?」
「いいや、隊長になった時に向こうからそう言われたんだ」
「……つくづく許せねぇ野郎だ。敵の寝返りに応じるとはな」
「だって考えても見ろよ。これだけ命張って働いているのに金は少ねぇ、無報酬になる時だってある。生活していく分の金はもらっても遊ぶ金までは貰えねぇ……それに比べて向こうは羽振りが良いぞ? 人間側からは億の金、憑霊側からは奴らが牛耳っている人間から無償で様々な恩恵を受けられる……しかも、人間側の方からは前払いとして最高のプレゼントまで貰ったんだからな!」
手を広げ、高笑いをする竜巳。
自身の欲の為に仲間の命を売った……そんな彼に春輝の怒りは沸点にまで達する。
だが、それを少しだけ押し留めて春輝は再度尋ねた。
「……それを響や他の辰の隊員、隊士は知っているのか?」
「知るわけねぇだろ? あいつらも精々最後まで利用させてもらうとするさ」
それを聞いた瞬間、春輝の怒りはついに爆発した。
血走った眼で辰巳を睨みつけながら、憑装していた顕明連を振る。
だが、竜巳もそれと同時に吸っていたタバコを捨て、代わりに左手薬指に銀の指輪をはめた。
「憑纏」
その途端、竜巳の周囲から耳を塞ぎたくなるような金属音と共に衝撃波が放たれ、顕明連の刃が届く前に春輝は吹き飛ばされてしまう。
なんとか、畳みに倒れる前に顕明連を突き刺して身体を制した後、春輝は竜巳の方を向き、目を見張った。
竜巳は王冠を頭に被り、身体は黒い西洋騎士の甲冑に包まれ、腰にはシンバルを下げ、手にはトランペットを持っている。
春輝が知っている竜巳の憑纏とは違っていた。
「お前は本当に分かりやすいな、五十嵐。感情的に任せた動き……手に取るように分かりやすい」
「……その憑纏はなんだ? お前の憑霊は山彦の筈……」
「あぁ、あいつか。あいつは滅した。その為に依代封印の術式をこの旅館周囲に掛けたんだからな。どうだ? お蔭で新霊組の隊士や隊員も憑霊となってお前を助けてくれず、ここまで来るのに苦労したろ?」
「佐久間ぁーッ!」
今まで共に死線をくぐり抜けた相棒の憑霊を滅し、更には仲間の命も巻き添えで消した。そのうえ、春輝を襲ってきた憑霊達まで自分の都合で消した……数々の許されざる所業。
ここに来て春輝はようやく、蔵で追い詰めらた魍魎が言った「裏切り者」の意味をようやく理解した。
「お前がその術式を張ったせいでどれだけの命が消えたか分かっているのか!」
「おいおい、人のせいにするなよ五十嵐。憑霊達を滅したのはお前だろ? 俺は自分の憑霊とここにいる隊士達しか殺ってねぇよ。まぁ、この状況……おれを倒したとしてもこの場に残っているのはお前だけだからお前が同胞殺しと禁術使用を疑われるのは仕方ないよな? おれがお前を殺したとしてもおれは五十嵐の反逆とそれに巻き込まれたことによる正当防衛で済むんだから、お前にとってはどっちに転んでも未来は無い」
「……なにを言ってやがる? なんで、俺がお前を倒した後にお前の身代わりにならなきゃいけねぇ? ここで起きたことをおれが説明すればそれで済むだろうが」
春輝の言う通りである。
ここで春輝が生き残ったとしたら、ありのまま起こったことを説明すれば新霊組も綿密な調査をして彼の言い分が正しいことは明白となるだろう。
なぜ、竜巳が春輝が疑われる前提で話しているのかが理解出来ない。
しかし、そこには竜巳の策があった。
「はたして、お前にそれが出来るのか?」
「なに言ってんだ? 小さい子供じゃあるまいし、説明くらいちゃんと―――」
「友を……響を無実の罪で問われるのを目の前で見ることが出来るのか?」
その言葉を聞いた春輝は何のことだか分からないといった顔で考え込むが、やがてハッと何かに気付いて強く竜巳を睨みつけた。
辰の隊長である竜巳が新霊組を裏切ったということは彼の息が深く掛かっている辰の隊士、隊員にも尋問が行われる。
彼らと竜巳がこの件において無関係だとしても竜巳がいなくなった場合、その責任は辰の隊全体が被ることになる。
もし、そうなった場合……副隊長も既にこの場で殺されている為、その責任は次期副隊長候補の響へと移ることになるのは明らかだ。
しかも彼はその為に竜巳自身が育てるのに手を掛けた……裏の繋がりを懸念した新霊組が取る処罰は掟に従い、死罪やそれに近いものだろう。
「気が付いたか? お前が真実を話しても新霊組は体裁を保つために響を処断するだろう。仮にお前がそれを隠した所で今度はお前が処罰の対象にされる……皮肉だな、五十嵐。お前は憑霊も救えず、仲間を助けることが出来ないばかりか、今度は友を見殺しにするか自身が無実の罪を被るかの選択に追い込まれる……まぁでも安心しろ。それが嫌ならおれがこの場で殺してやるよ」
嘲笑う竜巳に対し、春輝は暫く無言で応対する。
だが、その後フッと口元に笑みを浮かべた。
「……なにがおかしい?」
春輝の態度が気に食わなかったのか、竜巳は苛立ちげに彼に尋ねる。
「選択……それを聞いたからには俺の腹はもう決まっている。友達が殺されるくらいなら……俺は自分で作られた汚名でもなんでも被るさ。お前の介錯も不要だ。俺はお前と違って自分のケツくらい自分で拭ける。たとえ、自分で付けた汚れじゃなくてもな! 絶望した状況になった世界だから死んで逃げ出す……そんなのはごめんだ。それだったら、まだ生き延びて逆転を狙う方が面白ぇ!」
「……チッ! お前のそういう無駄に前向きな所がおれは大嫌いだ。五十嵐!」
「そいつは結構。俺もお前みたいな奴に好かれたくはねぇ。どうせなら、美人で可愛い女の子に好かれたいからな!」
どうあがいても変えられない現状……そのことが逆に春輝を奮起させた。
今は駄目でもいつかきっと、好転する機会はやってくる……その為にはまず、目の前の“敵”を倒し、生き延びる必要がある。
「……お前のその汚れきった罪咎、この鬼人が塵一つなく壊してやる」
「……まぁ、いい。これで丁度奴らから貰った最高のプレゼントを存分に使うことが出来るってもんだ。五十嵐、お前に見せてやるよ。このおれに憑纏している憑霊、パイモンの悪魔の力をな!」
眼鏡を取り、それを片手で割りながら不気味な笑みを浮かべる竜巳の頬には三つ巴の模様となった“666”の数字が浮かび上がる。
その様子を見た春輝は消えていった者達の想いを背に抱きながら、顕明連を握る手に強く力を込め、飛び掛かっていった。