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ソウルライフ~見鬼の少女と用心棒~  作者: 吉田 将
第四幕   宵闇に浮かぶ朧月
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過去の追憶~疑~

 舞い上がった女幽霊の首が床に落ちると共に、蔵の棚からは今度は瀬戸物で出来た無数の人形や腹が異様に膨れていたり、目が飛び出た異形のモノ達がわらわらと現れ始める。

 瀬戸物で出来た人形達は瀬戸大将、異形のモノ達は魑魅魍魎……通称、魍魎と呼ばれる憑霊だ。

 彼らは人間が元々いた場所によく群がる。

 一体一体はそこまで強い訳ではないものの、数が結構いる。これらが依代としている物が割れた食器や埃、塵といったものばかりだからだ。

 更に、この蔵には先程、落ちてきた釣瓶の中にいた生首までいる。これは釣瓶落としという憑霊だ。

 将を討ち取ったら普通、雑兵は散るものだが憑霊の場合はそうもいかない。

 足元に転がる女幽霊の首に一瞥した春輝は蔵の壁に背を阻まれつつも二刀を構えて、自身を取り囲む憑霊達に鋭い眼光を放った。

 それを受け、憑霊達は一歩後ずさるもすぐに態勢を整えた。


「相手は一人……憑霊使いを討ち取れぇ!」


 誰かの声を皮切りに憑霊達が「おぉー!」と一斉に鬨の声を上げる。

 このまま勢いまで取り戻すとなかなか面倒になる。春輝はバッと脱兎の如く駆け出すとすぐ近くにいた瀬戸大将を斬りつけ、釣瓶落としの生首目掛けて小通連を投げ、突き刺す。

 先手を打たれ、憑霊達は一斉に春輝目掛けて襲い掛かった。


「うおぉぉぉー!」


 憑霊達の鬨の声に負けじと春輝も気合いを入れて叫び、無我夢中で刀を振るう。

 魍魎を斬り飛ばし、瀬戸大将を破壊し、釣瓶の中に隠れた釣瓶落としは拳で釣瓶ごと潰す。

 傷を受け、憑霊の血に染まりながらも孤軍奮闘する。

 戦いは憑霊達の数の多さに比べて、二十分ほどでほぼ決着がついた。


「……吐け。 お前らの大将は誰だ? 一体、都庁を燃やして何をするつもりだった?」


「くっ……くそっ!」


 魍魎の一体を壁に追い込み、春輝は大通連の切っ先を突きつける。

 蔵の中は憑霊達の屍と血の臭いで満ち溢れていた。


「なんでだ……なんでだよ! お前達、新霊組の憑霊使いはおら達憑霊の味方でもあるんじゃないのかよ!?」


「……時と場合による。だが、少なくとも人に危害を加えようとする連中は敵だ」


「時と場合か? 結局はお前達も身内可愛さで、そっちを優先するんじゃないのか?」


「……なに?」


 春輝の突きつけた刀が揺らぐ。


「おら達憑霊が人間に蔑ろにされた所でお前達はおら達を守ってはくれない……人間の言い分を信用する……違うか?」


 魍魎の言葉が春輝の心に突き刺さる。

 確かに、新霊組は両者の存在を守ることを前提としているが多くの場合、人間の訴えをほとんど優先させる。

 でも、それにはれっきとした理由がある。


「……それはお前達憑霊が依代を失うだけで済むからだ。人間は肉体を失ったら色々と問題が起こるんだ」


 そう、依代があるか無いかのゆえんである。

 憑霊は依代があれば人間達に干渉出来るが、失った所で元の存在に戻るだけでほとんど影響は無い。

 対して人間は肉体を失い、死ぬことで色々な弊害が生まれる。

 その違いであり、憑霊使いは憑霊による人間世界の過干渉を防ぎ世界の均衡を保つことを使命としているのだ。


「ならば、なぜおら達を滅するつもりでいる?」


「なんだと?」


 魍魎の言葉に春輝は疑問を呈した。

 確かにやり過ぎた部分はあるかも知れないが、憑霊の依代を破壊しただけで滅するつもりは無い。

 しかし、春輝は改めて周りを見渡した。

 普通、憑霊を倒したら憑霊はそこから抜け、その場には依代とぢて使っていたものが残る。

 しかし、このやりとりの中……春輝の倒した憑霊達はなぜかまだ亡骸のままその場に残っている。

 始めに倒した女幽霊の首もまだ健在だ。


「……どういうことだ?」


「どうもこうもない。お前達新霊組がこの旅館全体に依代から抜け出せないよう術式を掛けたんだろう!」


「違う! そんなことはしない!」


 新霊組といえども基本、よっぽどのことが無い限りは滅しはしない。

 だが、この現状を見る限り春輝の言葉に説得力は無い。

 憑霊の亡骸がそこにある。それはつまりソウルライフが消滅したことを意味する。

 そういえば、ここに来るまでの間に隊員の亡骸はいくつも見かけたが、幽霊になった隊員は見ていない。通常ならば何か想いを伝える為に幽霊の憑霊となり、それから成仏するものだ。

 すなわち、魍魎の話しが本当とするならば隊員の命も滅したということになる。

 その事実に辿り着き、春輝は愕然とする。

 信じたくない……けれども繋がる部分はいくつもあるし、合点がいく。


「新霊組は滅しない……おら達憑霊と新霊組の盟約はどうなってるんだ! この……裏切り者!」


「違う……! 俺は……俺達は……そんなつもりじゃ……!」


 普段の春輝ならば「元々はお前達が不穏な動きをしていたのが原因だろう!」と逆に怒鳴り返していた所であったが、もう取り戻せない現実を知り、彼は狼狽していた。

 そんな春輝に魍魎は泣きながら、近くに落ちていた瀬戸大将の割れた陶器を拾い、その鋭利な欠片で春輝を襲う。

 春輝はそんな魍魎に対し、突きつけていた大通連で反射的に斬りつけた。


「かはっ……! み、みんな……すまねぇ……!」


 力なく呟きながら魍魎はその場に倒れる。彼の依代もまた元には戻らない。

 そんな最期を見ることもなく、春輝は死骸累々となった蔵の中にただ呆然と立ち尽くす。

 身体に付いた憑霊達の血と臭いが更に濃さを増して纏わりつくのを感じた。


「な、なんでこんな……佐久間隊長が……仕掛けたのか?」


 自問を繰り出す春輝だが、自答は得られない。

 仲間が禁忌を犯したのか?

 その疑問が心の中に湧き上がる。

 とにかく、この中で考え込んでいても仕方がない。

 春輝はゆっくりとした足取りで蔵を出た。

 身体は疲れていなかったが、精神的な疲労は大きい。

 擦るような足取りで中庭を抜け、旅館に戻り廊下を歩く。

 館内は先程の喧騒とはうって変わって静まり返っている。

 虫の音一つもしない静寂と暗闇が館内を支配する……そんな中、春輝は歩みを止めなかった。とはいえ、いささか冷静さを取り戻した為、慎重に行動する。

 一階はほとんど調べ尽くし、厨房、浴室などもくまなく探索した。

 けれども、浴室はほぼ半壊しており、厨房には少数の魍魎が隠れて襲ってきたが取るに足らない相手であった。

 それでも、この廃旅館に依代に憑霊を留める術式が掛けられていた為、峰打ちを行い気絶させた。

 これ以上の探索は無意味……そう判断した春輝は今度は二階の階段を上る。

 さっき入った蔵が憑霊達が潜伏していたアタリだったのは明白……出来ればこのまま憑霊と遭遇しないまま早く竜巳と合流したい。

 不慮の出来事だったとは、春輝の中に罪悪感が全く無い訳では無かった。

 正直な話し、ここではもう戦いたくない。そんな思いを抱きながら二階を上りきり、客室を一つ一つ調べる。

 今の所、憑霊は見当たらない。だから、春輝は少しばかり不安に感じていた。

 そんな中、春輝は二階の廊下の奥で何かを見つける。

 それは木で出来た大きな観音開きの扉であった。

 物置か何かであろうか、試しに窓から覗いてみる。

 薄暗くてよく見えないが扉の先には通路がありそれが山肌沿いにある崖の上の離れへと繋がっている。

 通路になっているのはその崖の上にある離れと旅館の間に川が流れていたからであった。


「……あそこがどん詰まりか」


 恐らく、今回の首謀者がいるとするならばあそこだろう。

 そう思い立った春輝は扉目掛けて走る。

 だが扉まで目前という所まで迫った時、突如その近くにある客室の障子が破られ、何かが出てきて道を遮った。

 それは二メートルもある大柄な鎧武者であった。

 赤い甲冑に身を包み、背には幾本の矢を携え、大きな太刀と弓を持った鎧武者は春輝の姿を見つけると立ち塞がるように得物を構える。


「ッ! 邪魔するな!」


 春輝も負けじと二刀を構える。

 けれども鎧武者は沈黙にてそれを答え、構えを解く様子は見られない。

 春輝はその回答を得ると歯を強く噛み締め、止めていた足を再び動かす。

 そうして、鎧武者に向かって大きく飛び上がり、持っていた二刀を振り下ろした。

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