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ソウルライフ~見鬼の少女と用心棒~  作者: 吉田 将
第四幕   宵闇に浮かぶ朧月
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過去の追憶~戦~

 池永商店から二十分ほど走り続け、春輝と小鈴はようやく廃旅館へと着いた。

 廃旅館は背後が山肌と接しており、辺りは霧に包まれている。

 時刻は午前一時……辺りに民家はなく、少しばかり大きな音を立てても誰かが来るとうことはなさそうである。


「……少し時間が掛かっちまったな。だが、どうしてだ? 辺りに隊士はおろか隊員の姿も無い……妙だ」


「そうですね…………あっ! 春輝、見てください!」


 春輝は小鈴の指した方へ顔を向ける。

 そこには、一人の警官が首から血を流し、目をむいて倒れていた。

 もう既に事切れているらしい。


「この警官は……確か、佐久間隊長の部隊にいた隊員……」


 佐久間隊長こと佐久間さくま竜巳たつみは今回の任務で一緒であった辰の隊長である。

 その竜巳の部隊にいた名前も分からない警官……だが、顔に見覚えがあった。


「もう、死んでいますね……他の方達はどうしたのでしょうか?」


「これを見る限り、何かあったのかは明白だな。だが、問題はそこじゃねぇ……」


 そう、春輝の言う通り問題はそこじゃない。

 廃旅館に向かったのは副隊長達の部隊、竜巳の部隊は空き家である。

 それなのに竜巳の部隊にいた隊員の死体がなぜ、この廃旅館の前にあるのか?

 考えられるとしたら一つ。

 竜巳も春輝同様に異変を感じ、他の場所に救援に行った可能性がある。

 彼は春輝と違い、団体行動を主としている為、先に駆け付けたこの廃旅館が憑霊達の潜伏場所であったのなら春輝達と合流する前にそのまま戦闘に突入してもおかしくは無い。


「……この場所に二部隊来ていることはまず間違いなさそうだ」


「佐久間隊長は無事でしょうか?」


「多分、大丈夫だろ。もう二十歳を過ぎた大人……いや、おっさんだからな。さて……」


 春輝は死んでいる警官の目を閉ざし、彼を茂みの陰に移した。

 そして、小鈴と共に頷き合った後……憑纏に使う笛を握り、廃旅館の玄関口の前にやってきた。

 不自然にもその玄関の扉はきちんと閉まっている。


「行くぞ」


「はい」


 二人は並び、春輝は両開きの引き戸に手を触れ、一呼吸おいた後に勢いよく開いた。

 ガラガラというけたたましい音と共に、カビ臭い空気と木の腐った臭いが春輝達を出迎える。

 中は埃が舞い上がり、外の霧と同じような状況を作り上げていた。

 視界が悪く、暗がりなこともあり春輝は慎重に足を進めようと一歩前に踏み出す。

 するとその瞬間、春輝は暗闇の中で何かが一瞬光るのを見つけた。

 けれども、それと同時に彼は勢いよく横に突き飛ばされる。


「伏せて下さい!」


 小鈴の叫ぶ声だ。

 その鋭い叫びに呼応するかのように一発の銃声が暗闇に響き渡った。

 春輝のすぐ近くで古い木が砕ける音が聞こえる。


「小鈴!」


「私は大丈夫です!」


 互いに短い言葉を交わし素早く安否を確認した後、春輝は先程光るものが見えた辺りを凝視する。

 その場所に埃の中から一丁の猟銃が姿を現す。

 けれども、銃を向けている者の姿は見えない。

 ただ視界が悪く見えないだけだろうか? いや、違う―――


「(……ポルターガイストで動かしているのか。ということはこの銃を操作している奴はここじゃない、どこかにいる)……憑纏!」


 状況を理解した春輝は素早く笛を床にぶつけ、仏壇の鐘を鳴らすと共に旋風に包まれながら猟銃目掛けて一気に駆け出す。

 猟銃はそれに気付いたのか宙に浮きながら、春輝へ銃口を向け火を吹いた。

 だが、銃弾は旋風に阻まれあらぬ方向へと飛んでいき、その中にいる春輝を仕留めることが出来ない。

 そんな出来た隙を見逃さず、憑纏した状態で旋風を振り払って出てきた春輝は同時に紅い刀の大通連を抜いて、銃身を斬り払った。

 銃としての機能を失った猟銃は力を失ったように床へと落ちる。


「どこの誰だか知らねぇが……お前達の罪咎、この鬼人が壊してやろう……」


 呟きながら、春輝は落ちた猟銃を見る。

 よく猟師が熊やイノシシなどを仕留める時に使う威力の高いライフル銃だ。恐らく、背後に山肌があったこの旅館では獣を追い払うか、熊などが出没した時に使ったのだろう。

 だが、こんなのが生身の人間に当たったらただでは済まない。

 それに心霊スポットとはいえ、こんな物騒な物など置いていい筈が無い。


「……取り敢えず、武器の無許可所持と業務執行妨害だな」


 取れ高を得たことと、強制的に憑霊達を倒すことが出来る口実は見つけることが出来た。

 あとはどの憑霊がやっているのか確かめる必要がある。

 そう思っている内に春輝は自分達を取り囲む異様な気配を感じる。

 玄関を上がった春輝を出迎えたのは美人な女将と素敵な仲居さん達……ではなく、無数の猟銃の銃口であった。

 しかも、先程のライフル銃とは違い、今度は散弾銃だ。


「ここはライフル銃が女将さんで散弾銃が仲居さんか? 物騒な旅館だな、おい」


 大通連を肩に担いで口元に不敵な笑みを浮かべる春輝。

 その瞬間に散弾銃達は口々に出迎えの挨拶を述べる。「ようこそおいでくださいました」と言わんばかりに銃弾を乱れ撃つ。

 春輝は身体を屈め、姿勢を低くながら転がり、銃弾を避けると素早く刀を振って銃身を真っ二つに斬り落とす。

 そうして、遠い所から狙ってくる銃は差しているもう一本の蒼い刀、小通連を抜いて投げて仕留める。

 だが、それでも銃の出迎えはまだまだ続く。

 旅館の廊下の奥からぞろぞろと宙を漂いながらやってくる。


「……ったく、この旅館は一体いくつ銃を所持してるんだよ!? どっかの軍事秘密基地とかじゃねぇだろうな!」


 刀身で銃弾を弾き、その跳弾を他の銃にぶつけながら春輝は投げた小通連を拾い上げ、二刀を手に携える。

 そして、二振りの刀の刀身で銃を弾きながら辺りを見渡す。

 辺りにはこの過激な出迎えにより散っていったのか隊員とおぼしき者達が至る所に転がっていた。

 埃と木の腐敗臭、そして大量の銃による硝煙の臭いによって血の臭いはほとんど感じられなくなっていたのだ。

 その光景を目の当たりにした春輝は仲間の死に悔しさを露わにし、歯を強く噛み締めた。

 だが、立ち止まって嘆き悲しむ暇は無い。

 彼らの死を無駄にする訳にはいかない……その思いを胸に抱きながら、春輝は更に周りを深く観察する。

 猟銃は次から次へとやってくるが、方向はその出てくる皆同じのように見えた。

 もしかしたら、その供給元となる場所があるのかも知れない。そう思った春輝はある程度銃弾を弾いた後に、その鉛雨の中を突き進む。

 肩や頬に銃弾のかすり傷を受けながらも怯まず一心にひた走った。

 後方から迫る追撃の雨、前方からは宙を漂いながらやってくる散弾銃達……可能な限り、向かってきた銃を斬り伏せつつ、走る勢いを弱めることなく廊下の角を曲がり、転びそうになりながらも刀を床に突き刺しそれを軸に身体を支えながら止まることなく進み続ける。

 途中、何度も仲間であった者達の亡骸に遭遇するも手を合わせ、弔いの言葉を掛けることはしなかった。

 ここで悲しみに浸り、自身も彼らと同じ運命を辿ってはそれこそ散っていった者達に申し訳がない。今は、心の中で労いと弔いの言葉を述べるだけで十分……非情だが、これが今出来る精一杯のことであり、事を収束させ、彼らの想いに応えることこそが墓前における最高の花。

 そう自分に言い聞かせながらも一方でもっと早く気付き、来られればこんなことにはならなかったのに……という自責の念が春輝の心を雲のように覆い始める。

 そんな念を振り払うように春輝は足に力を入れ、周りをよく見る為に目にも力を込める。

 軽い傷は負っていても痛みなどは感じない。疲れも感じない。

 怒り、悲しみ、それらが混ざり合い、それらを糧にして生まれた集中力はそう簡単には消えない。

 そのせいか、春輝はいつの間にか廃旅館の中庭に来ていた。

 その中庭にある古びた土壁の蔵から猟銃がぞろぞろと出てくるのが見える。

 見つけた……そう口にもせず、心で思った瞬間に春輝は無意識に蔵の中へ足を踏み入れた。

 普通ならば罠があるかも知れない、と警戒し入るのを躊躇うか、入り口で一度様子を伺う。

 無論、春輝もそれは例外では無いがこの時は自然と身体が勝手に動いていた。

 仲間を殺され激昂していた故の軽率な行動……という訳ではない。理性よりも本能が先に身体を動かした結果によるものであった。

 蔵の奥では白装束に身を包んだ長い乱れ髪の女が両手を上げ、散弾銃やライフル銃、日本刀やノコギリといったものを宙へ浮かせている。

 女は蔵へ入ってきた春輝に気付き、口元を吊り上げ不気味な笑みを浮かべた。

 白い肌ではあるものの口元には赤い血が流れており、腹部も鮮血で真っ赤に染まっている。間違いなく、生きている人間ではない。幽霊の憑霊だ。腹部を何かで刺し殺されたこの旅館の女将だろうか?

 そんな考えを与える暇も与えることなく、女は上げていた両手を一気に下ろす。

 すると、それを合図に春輝の頭上から―――


「討ち取れ! 討ち取れぇ!」


 と声がし、彼目掛けて巨大な桶がいくつも落ちてきた。


(女将の幽霊に釣瓶落とし……か)


 春輝は落ちてくる釣瓶に一瞥しながら、それらをぎりぎりの所で避けつつ女、目掛けて一気に進む。

 女幽霊は笑みを崩さないまま、浮かせていた猟銃の標準を全て春輝に向け、刀やノコギリもいつでも突き刺せるよう準備する。

 春輝の背後には釣瓶の中にいたのか生首が目玉をギョロリと動かしながら出てくる。

 蔵の入り口には春輝を追っていた銃達が彼を逃さないかのように銃口を向け、宙を漂う。

 四面楚歌……全く逃げ場の無い包囲されたこの状況でも春輝は止まらない。


「死ね!」


 女幽霊はそう一言叫ぶと配置していた銃から一斉に鉛玉を発射し、刀やノコギリを春輝目掛けて飛ばす。

 春輝は持っている二本の刀で銃弾や刃物を弾けつつも、やはり何発かは身体に受け、飛んできた刃物にも肩や脇腹を切られる。

 だが、それでも彼は止まらなかった。

 そうして、とうとう春輝は女幽霊の眼前までやってくる。

 ここに来て春輝を袋の鼠だと余裕を持って嘲笑っていた女もようやく驚きの表情を見せた。

 春輝は持っていた大通連に今一度力を込め、構える。

 その時の彼は廃旅館の玄関前で軽口を叩いていた春輝ではない。仲間の無念を晴らす……そんな怒りや悲しみにも満ちた表情もなく、ただ冷徹に敵を討ち取る。一切の感情を捨てた無表情……そんな修羅の如き、まさしく鬼のような顔であった。

 そんな春輝の放った一閃が首元に迫った時、女幽霊は初めて恐怖し悲痛な叫びを上げる。


「キャァァァア―ッ!」


 断末魔と共に宙に浮いていた猟銃や刃物が床に落ち、代わりに女幽霊の恐怖に歪んだ顔が宙に浮いた。

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