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ソウルライフ~見鬼の少女と用心棒~  作者: 吉田 将
第四幕   宵闇に浮かぶ朧月
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友との語り合い

 暫くの時が経った後、春輝はゆっくりと目を覚ました。

 視界には見慣れた木目の天井がある。

 周りは襖で閉められ、窓にはカーテンが掛けられているせいか薄暗くてよく見えない。


「ここは……俺の部屋?」


 ゆっくりと身体を起こし、辺りを見渡そうとした時……部屋の中に自分以外の誰かが居る気配に気付く。

 憑霊ではない、生きた人間の気配だ。


「目が覚めたか?」


 誰だ、と問い掛けるよりも早くその気配の主が声を掛ける。

 久しく会っていなかったものの、懐かしく、そして冷たいが馴染みのある声。


「虎次郎……か? ここは俺の部屋だろ? どうして……それに俺は確か、自然公園で倒れて……」


「あぁ。小鈴と雪羅がアパートまで運んでくれたんだ」


「……俺、どうしたんだ?」


「お前は蛇の大群と戦った時に受けた毒を受け、倒れたんだ。おまけに身体の中に巣食っていた蛇の憑霊のせいもあって極度の衰弱状態だった」


「蛇の憑霊……? 俺の身体の中にいたのか?」


「お前だけじゃない。燐の身体の中にもいた。小鈴の中にも……恐らく、この町に住んでいる者達全員の身体の中にいる」


「どういうことだよ?」


「今から話す。だから寝ながら聞け」


 そう促され、春輝は布団に再び背を付けながら虎次郎の話しを聞いた。

 この町の飲水に蛇の憑霊が混じっていたこと、小鈴や雪羅の話しを合わせて考えた結果、それは憑霊使いの仕業に間違いないこと……これまで起きたことと自身の推察、それによる結論全てを虎次郎は春輝に伝えた。

 そして、最後に馬肝からの言伝を加える。


「……身体の方は最低でも3日は絶対安静にしろ、とのことだ。運動や戦闘、修行……身体を激しく動かすことはとにかく厳禁だそうだ。……前もって言わないとお前はいつも無茶ばかりするからな」


 襖に背を預け、片膝を立てながらそこに腕を乗せ忠告する虎次郎。

 それを聞いた春輝は勢いよく上体を起こそうとする。


「時間がね……ぇんだよ!」


 だが、上体が上がり切る前に虎次郎が人差し指を一本、春輝に額に突き立て無理やり静止させる。

 身体の構造上、人間は動作の途中で額に指一本突きつけられると動きを止められる。

 寝ている場合は起き上がれないし、椅子に座っている状態なら立ち上がれなくなる。

 それは春輝も同じで、彼は力づくで起き上がろうとするも途中で力尽きて再び背を付けた。


「だから寝ながら聞け。本当に話しを聞かない奴だな」


「今は……今は滝夜叉姫達も動きを止めている! この間に情報を集めて先手を打たないと! それに燐の修行だってあるんだ! 戦力も上げないと!」


「二兎追うものは一兎も得ず……色んなことに目を向けすぎだ。散漫になっているぞ」


「だけど! いっぺんにやらねぇと……美優を守り切ることが出来ねぇんだよ!」


 春輝の叫びを聞きつつも虎次郎は彼の額に突いた指を離さない。


「今、俺が率先して動かねぇと…」


「なぜ、そこまであの女子にこだわる?」


 ムキになる春輝に虎次郎が水を掛けるかのような一言を投げ掛ける。

 彼にはなぜそこまで春輝が美優を守るのかが分からなかった。

 それは友である一面と新霊組の丑の隊長という一面、両方の春輝を知っているからこその疑問である。


「……新霊組にいた頃、俺やお前も色々な人達を憑霊から守ったり、助けを求める憑霊を救ってきたりした。それが正しいと信じてやってきた。それはお前も同じだろう? だが、五十嵐……お前はそこから離れた。いや、逃げ出した……というべきか? お前は戦うのが嫌で、誰かを守ることが怖くなって隊を出た……俺にはそう見えたんだが、違うか? それとも、死罪覚悟でも成し遂げるという他に何か理由があったのか?」


「……相変わらず厳しいな、おい」


「答えろ」


 はぐらかそうとする春輝を逃すまいと虎次郎は付け入る隙も与えないよう言い放つ。

 表情こそは変わらないものの、その言葉には怒気が孕んでいた。

 そんな虎次郎に対し、春輝は暫し沈黙しながら天井を見上げる。

 そうして暫くの間の後、ようやく口を開いた。


「なぁ、虎次郎……」


 口を開きつつ、天井を見ていた春輝は虎次郎の方を向く。


「今は……夕方か?」


「…………あぁ。今は夕方だ。もうじき夜になる。だが、お前がこのままふざけた態度を取り続けたらもう二度と太陽を拝ませないようにしてやる」


 場の空気を壊すような春輝のとぼけた問い掛けに律儀に答えつつ、しかし明らかに素人でも分かるような鋭い殺気を放つ虎次郎。

 そんな彼の態度に春輝は苦笑する。


「悪い悪い、今度はちゃんと答えるからそう殺気立つなよ」


 そう言い、一呼吸おいてから再び天井を見上げた春輝はゆっくりと言葉を吐いた。


「なぁ、虎次郎……」


「おい。また、ふざけ―――」


「俺が新霊組でやってきた事は本当に正しかったのか?」


 虎次郎が激昂するのを遮り、春輝は打ち水の一言を放つ。

 その一言は虎次郎の怒りを鎮火させ、普段から冷たい言動を取る彼を凍てつかせる程の力を持っていた。


「……なに?」


「確かに俺もお前と同じく隊にいた頃はそれが正しいと思っていた……信じていた。だけど“あの日”が起こって、仲間を守れず憑霊も救えず……あの時ほど俺は今までの自分の行いが良かったのか……疑心に駆られたことは無かった」


「……“池永いけなが事件”のことか?」


「あぁ」


 目を細め、どこか虚空を眺める春輝を見て虎次郎はようやく彼の額から指を外す。

 池永事件……それは春輝が新霊組を脱退するほんの一ヶ月前に起きた事件。


「……俺は現場にいなかったから詳細はよく知らないが、確か丑の隊と辰の隊に多くの死者が出たのと悪事を企んでいた憑霊が全て滅された、という話しは聞いたことがある」


 滅する……通常、憑霊は何かの依代に憑依し具現することで人に干渉することが出来る。

 それは全ての憑霊に共通することで生きている人間にとり憑けば、その人間の姿のまま精神に干渉することが出来る。

 逆に物や死体にとり憑けば、その憑霊の姿をそのまま投影し具現化出来たり、その元の依代の姿のまま力を使うことも出来る。

 そんなとり憑いた憑霊は生きている人間の場合はお祓いや除霊、物や死体の場合はその依代を機能出来なくなるまで壊すことで依代から離し、俗にいう退治や倒す、ということが出来るのだ。

 依代から強制的に離された憑霊は暫く他の依代に憑くことは出来ない。

 それは依代に多大なソウルライフを使っていた為に再び依代に憑いて具現化した際に力を存分に振るうことが出来ない為だ。つまり、人間でいうところの肉体が損傷し“死ぬ”ということであり、故に依代に憑いている際は痛みも感覚もある。

 それでも、通常ソウルライフは時間がある程度経てば、存在を維持する程度には多少戻るのだ。

 しかし、お伽噺や陰陽師の物語に出るような特別な措置や大々的に討伐されたものに関しては、全盛期どころか並以下にまでソウルライフを削られる場合があり、もう二度と依代に憑いて具現化するほどの力を持てなくなってしまう場合もある。

 けれども、それでもまだ落街の憑霊達や浮遊霊のように存在だけは出来るのだが、その存在をも維持する力まで一気に失われると存在が出来なくなってしまう。

 それが“めつ”というものだ。

 滅された場合、その憑霊は別の存在に転生することも赤子のように弱い力で復活することも出来ない。正真正銘、完全なる死である。

 普通は依代が破壊されれば自然に憑霊は抜け出せ、その際に受けた傷や怪我も元に戻ることが出来るのだが、朧が銭兵衛や益兵衛に使った憑霊をその依代に留めて縛り付けておくことが出来る術式などを使えば憑霊の存在自体に傷を付けることが出来る。

 だが、憑霊使いであっても余程のことが無ければそんなことはしない。

 それは憑霊達の畏怖となっている新霊組も同じだ。

 話しを戻し、虎次郎の言葉を改めて直すと“人間は多く死に、その件に関わった憑霊達も存在ごと死んだ”ということになる。


「……あの後、俺はお前に何があったのか尋ねようとした。だが、お前も小鈴も放心状態でとても話しを聞ける雰囲気じゃなかった。俺から見ても異常だった…………話しを聞くまで、時間が必要だと判断し一ヶ月待つことに決めたんだが……まさか、その話しを聞くタイミングでお前が出ていくとは思わなかった」


「……悪かったな。黙って出ていくような真似して……」


「……いや、あの事件が原因なら俺は話しを聞くべきだった。すまない…………だが、それと月見里を守ることに繋がりがあるのか?」


「……順を追って話す。美優は……俺にもう一度、チャンスをくれたんだ」


「どういうことだ?」と問い掛けそうになるが、虎次郎は言葉を飲み込んだ。

 急かしたい気持ちを抑え込み、自ら語らせる方が良いと感じたからだ。


「……まずは池永事件で何が起こったか、についてだ」


 春輝はそう言うと暗がりの部屋の中、静かに語り始めた。

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