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ソウルライフ~見鬼の少女と用心棒~  作者: 吉田 将
第四幕   宵闇に浮かぶ朧月
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解毒治療

 燐の部屋の居間で担いでいた春輝を寝かせた後、虎次郎はやや冷静さを取り戻して後ろから付いてきた小鈴と雪羅の方へと顔を向けた。


「一体、何があった?」


 そう尋ねながらも虎次郎は彼女達の容姿を注意深く観察する。

 小鈴と雪羅の服はそれぞれ土埃に汚れ、身体には何かに噛まれたような跡が痛々しく残っている。

 一方の寝かされた春輝は顔面が蒼白になり、額には脂汗が滲み出て苦しそうに肩で呼吸をしていた。

 長年、春輝のことをよく知っている虎次郎もこんな状態の春輝はなかなか見ない。


「話すと長くなるんだけど―――」


「一部だけでいい、詳細は後で聞く。時間が無いからな」


 そう言うと虎次郎は今度は軽く春輝の方を見る。

 春輝の傍には心配そうに燐達が覗き込んでいた。


「俺が今、軽く見た状況から推察するとお前達は何かの大群に襲われた……そして、たまたま居合わせていた五十嵐は小鈴と憑纏してその大群を追い払った。お前達の身体に何かの噛み跡があり、五十嵐の身体に傷が無いのはそのためだ。そして、憑解をした後に五十嵐はこんな状態になった……どうだ?」


「……流石、虎次郎ですね。大筋、そんな所です」


「でも、どうして追い払ったって分かるのよ?」


「もし、追い払わずに逃げてきたなら悠長に階段を登ってアパートの自室に戻る……なんて、目立つことは出来ないだろうからな。追手の危険があるなら声を潜め、隠れながら戻る筈だ。雪羅ならともかく、小鈴が付いているなら、そのくらいは心得ているだろう?」


「……ちょっと、なに? それ、遠回しにあたしをディスってない?」


 抗議の声を上げる自身の憑霊には構わず、虎次郎は小鈴になおも問い掛けた。


「因みに聞くが、お前達が襲われた大群は……もしかして、蛇か?」


「はい、蛇の憑霊ですが……どうしてそこまで分かるんですか?」


 虎次郎の言葉に驚きを露わにしつつも小鈴は彼の言葉に頷く。

 雪羅もなぜそこまで知っているのか、驚くものの彼女達以外のこの場に居る者は皆「やはり」といった納得の表情を浮かばせる。

 そんな各々の反応の中、虎次郎は今度は馬肝の方へ身体を向けた。


「馬肝、毒を消すことは出来るか?」


「毒……話しの流れから察するに蛇の毒じゃな?」


「あぁ。五十嵐はおそらく小鈴の噛まれた蛇の毒にやられた可能性が高い。憑霊ならば致死性のある毒に罹っても体調不良で済むが、人間の場合はそうもいかないからな。大方、憑纏して小鈴と一つになった際に小鈴のソウルライフに流れていた毒が五十嵐のソウルライフにも流れたんだろう。憑纏をした後に憑解をした際は人間と憑纏した憑霊で疲労やダメージ、状態の異常は分かち合うことになるからな」


「なるほど。儂は憑纏したことが無いから分からんかったが……そういうことか。確かに人間にとっては有害な毒も鬼には全く効かぬ、ということはよくある話しじゃからな。しかし、そうなると噛んだ毒蛇がどんなものなのか知らなければ有効な血清を打つことは出来んの……どんな蛇じゃった?」


「黒い蛇よ」


 雪羅はしれっと答えるが、それを聞いた馬肝は困惑したように眉を寄せる。


「いや……黒い蛇、と言われても…………他に特徴は無いかのぅ? 模様とか大きさとか―――」


「そんなこと言われても分からないわ。無数に小さい黒い蛇が一斉に襲い掛かって来たんだもの」


「……すみません。私もよくは見ていませんでした」


「黒い蛇といっても一口にこの日本には三種類いるんじゃよ? シマヘビにマムシにヤマカガシ……いずれも普段は模様が違うんじゃが黒化くろか個体と呼ばれる体色変異によりどれも同じような見た目の黒い蛇、カラスヘビになるんじゃ。この内、シマヘビなら毒は無いんじゃが……マムシやヤマカガシといった猛毒の蛇の場合は命の危険が伴う。特にヤマカガシの場合は毒はマムシの三倍は強いからの……」


「……じゃあ、打つ手は無いんですか?」


 小鈴の表情がやや曇り始める。

 だが、馬肝は困ったような顔をしながらも「いや」と彼女の言葉を否定した。


「治す方法はある。応急処置みたいなものじゃが、本格的な治療を行うまでの繋ぎにはなるじゃろう」


「繋ぎ?」


「まぁ、ただ話すよりも実物を見せながら話した方が早いかの」


 そう言うと馬肝は懐に手を入れ何かを取り出す。

 それは黒漆が塗られた立派な印籠であった。

 最も、有名な葵の御紋の代わりに桜の蒔絵が描かれている。しかも、その印籠は普通の物よりもやや大きかった。


「なにそれ?」


 印籠を見たことが無い燐が興味津々に馬肝の印籠を眺める。

 馬肝は印籠を開けながら、孫の質問に答える祖父のように優しく説明した。


「ふぉふぉふぉ……これはかの時代劇で有名なあの印籠じゃよ。最も、水戸光圀本人は行く先々で葵の御紋の威光をむやみやたらと使う者では無かったが……小さな薬を入れるのに丁度良いんじゃよ。ま、儂のは手作りだからちぃとばかし大きくなってしまったんじゃがな……」


「何のお薬が入っているの?」


「まぁ、頭痛薬や腹痛薬といったものがほとんどじゃが……今から出すものはとても貴重なものじゃぞ? 特効薬とまではいかないが付け焼き刃程度にはなるじゃろ」


 そう言いながら馬肝が印籠から取り出したものは白い錠剤みたいなものであった。

 けれども、その錠剤のようなものは不思議なことに白い毛が付いており、タンポポの種子のようにも見える。


「これはの。平佐羅婆佐留へいさらばさるというものでな。人間達の馴染みで言えばケサランパサランとも呼ばれておる。桐の箱に入れて白粉おしろいを餌として与えて大切に育てれば、持ち主を幸運にしてくれるというものじゃ。こいつは神社の境内や深山の渓谷に落ちているが、なかなか手に入らないのでな。とても貴重なのじゃ。そして、オランダではこの平佐羅婆佐留を痘疹や解毒の薬として使うらしい」


「……それは蛇の毒にも効くのか?」


「それは分からん。じゃが、生魂を介して受けた毒ならばある程度でも効く筈じゃ。目には目を……憑霊には憑霊を……じゃ。千鶴、水を持ってきておくれ。ちゃんと浄化した水をな」


「分かりました」


 馬肝はそう言うと春輝の口の中にケサランパサランを入れ、その後に千鶴の持ってきた水を流し込んだ。

 ケサランパサランを飲んだ春輝は相変わらず苦しそうであったが、それでも顔色は僅かに良くなり、肩で息をすることは無くなった。



「取り敢えずはこれで良いじゃろ。それじゃあ、今度はそこの二人の傷口を診てみるとするかの」


 そう言うと馬肝は一旦春輝をおいて今度は小鈴と雪羅の傷の具合を観察した。

 特に小鈴の傷口に関しては入念にチェックし問診まで行う。


「ふむ……噛まれる度に激痛……痺れ……か。そして、春輝が脱力感に呼吸困難、意識の混濁、胸を押さえてから倒れた……ということは胸部の圧迫感や窒息感による胸内苦悶きょうないくもん……これらの症状と小さい黒い蛇ということから考えると…………恐らく、マムシじゃな。胸内苦悶も見られたことから一瞬ハブ毒と思ったんじゃが……ハブは大型の蛇故、マムシは小型の蛇じゃし、噛まれた際の激痛と症状の時間も考えれば恐らく、マムシで間違いなかろう。まぁ、ハブの毒が混ざっておっても症状の少なさからそんなに多くは無いから平佐羅婆佐留の解毒でなんとかなるじゃろ。千鶴、マムシの血清を持ってきておくれ。あと、軟膏も……春輝は暫く最低でも3日は絶対安静、あと尿から毒を排出する為に水分を多く摂るように……間違っても運動や戦闘、修行といった身体を激しく動かすようなことはしないよう注意するんじゃな」


 千鶴が書いた問診票を眺めながら馬肝はそう結論づけた。

 小鈴達から得た情報は少ないがそれを長年の経験と知識によって補っている。

 感服すると共に小鈴は深々と頭を下げた。


「ありがとうございます」


「まぁ、心配無いとは思うが念の為に千鶴の千里眼で診ておくかの……もしかすると、手負蛇ておいへびが憑いて巣食っているかもしれん」


 手負蛇……それは傷つけられた蛇が恨み、自身を傷つけた者を祟ることをいう。

 蛇は陰気を好み、執念深い生物である。

 草むらに追い込む相手には目に毒気を吹きかけて病気にさせ、頭を切り落とした相手に対してはその者の釜に飛び込んで食中毒に遭わせる……故に傷をつけた相手には必ず仇なすとされる。

 今回、春輝は憑纏していた状態で蛇の大群相手に戦い、その大群の核であった蛇を滅して倒している。

 つまり、彼に倒された蛇が恨みを抱いて取り憑き、燐のように身体の中に巣食っていてもおかしくない。

 だが、一方で手負蛇は邪念のある者の元にしか現れないというのもある。

 例として挙げるならばイタズラで蛇を殺した子供がいたがその子供には祟りなどなく、祟りが起きたのはそれを見ていて蛇の怨念を恐れた大人であったというものだ。

 これは純粋な悪気のないイタズラをした子供には付け入る隙がなく、逆に大人の方には“恐怖心”という付け入る隙があったのが原因である。

 簡単にまとめれば気にしないことが最良であるということだ。

 なので元来そういうものをあまり気にせず、ましてや悪気も何も微塵に感じていない春輝にとっては本来、あまり心配をする問題ではない。

 馬肝の狙いは別の蛇である。


「……手負蛇ではありませんが、燐さんの時のような蛇が身体の中にいますね。あと小鈴さんの中にも……」


「やはりか……しかし、憑霊の中にも巣食っているとはの……では、儂の出番はここまでじゃ。あとは……」


 千里眼で見た千鶴の言葉に頷き、言い掛けながら馬肝は虎次郎の方を見る。

 馬肝の視線を受けた虎次郎は彼と同じく頷きながらその先の言葉を紡いだ。


「あぁ、俺がやる。ありがとう、馬肝。……さて、蛇の駆除はお前達の話しを聞きながらやるとしよう。……改めて、何があったか話せ。雪羅」


「分かったわ」


 虎次郎に促され、雪羅はその場に居る者達に自分達の身に起きたことについて静かに語り始めた。

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