罪深き者達
「カルマ……ってなんですか?」
再び聞き慣れない単語が出てきた為、美優と明日香は揃って首を傾げる。
だが、一人……讃我だけは何かを思ったのか独り呟いた。
「業か……」
業とは善悪の行い、特に悪行を指しており仏教では因果の道理によって苦楽の報いである果報が生じるとされており、仏教用語では“カルマ”とも呼ばれている。
そんな讃我の呟きに対し、正吾は頷いた。
「まさしくそれだ。カルマは国際的な憑霊使い集団でメンバーは国や人種を問わず様々な人間と憑霊が加入している。奴らは自らを“罪を持った悪”と認め、破壊活動や要人暗殺、裏社会での取引や政治的介入を憑霊を使って行っている。一般に世間じゃ憑霊を認めてはいないから奴らに対して大々的に法での裁きや軍事行動は起こせない。だが、奴らはそれを良いことに平然と活動を続けているんだ」
「そんな……そんなことって許されるんですか!?」
「許されることじゃないが、世界は今、幽霊や妖怪、神や怪物といった類いが現実に存在するということを認めていない。存在しないものには人間の作った法律なんて無意味だ。だからこそ、新霊組という憑霊に対する大きな抑止力が非政府公認という形で日本には存在するんだ」
存在しないものには存在を認められないものが対処する……暗にそう伝えられているような気がして美優は心のどこかが締め付けられるような苦しさを覚えた。
春輝や小鈴が頑張って自分を守ってくれているのに、世界はそれを認めるどころか見てみぬふりをしているみたいで何だか歯がゆい。
「裁きを受けない者に重き裁きを……それがカルマの理念だ。人間には誰しも業という罪がある。それを権力や富を使ってもみ消している人間がいる……カルマのターゲットになっている人間は主に権力でもみ消したり、法の穴を潜って逃れた犯罪者達だ。だが、それだけならただの過激な粛清活動だが、奴らは更にそこに宗教や治安維持組織に属して“自らも正しい”と思っている者達も粛清の対象にしている。それによって巻き込まれた無関係な人間は必要な対価、あるいは一緒に罪を祓い救済された人間と考えている部分もタチが悪い。奴らの中には“犠牲者”という概念が無いんだ。殺された者や死んだ者は“救済された者”または“生贄”という認識なんだ」
「そんなの……自分達を正当化しているだけじゃない!」
「いや。奴らにとっては生きていることが罪、死は救済だ。奴らは自らを罪を持った悪……すなわち咎人と認め、生きながら更に罪を負い、他者を死をもって救うとされている。自死は自分の罪を放棄するということでしない。代わりに自身が殺されることに関しては裁きを受け、罪が消されるという認識を持つ。だから、奴らは殺し続けるんだ。自分達を殺してくれる者が現れるまで……」
「じゃあ、それならなぜ人から恨まれているような連中をターゲットにするんだ?」
「厳密にはターゲットは全ての人間さ。ただ、一般人はすぐに法の裁きが下るのに対し、そういった連中は法の裁きを受けない。哀れだから、せめて自分達が先に裁きを下そう……そういう意味だよ」
正吾の言葉に美優達の心は恐怖に慄いた。
これが同じ人間の考えることなのか。
もはや、殺意や狂気といった生易しいものでは無い。
それが彼らにとって当然なものであり、自然なことなのだろう。
そんな中、口を閉ざしていたウィリアムがようやく言葉を発した。
「我々……カトリック教会デハ、ソノカルマノ行イ二異ヲ唱エマシタ。バチカンノ中デデスガ彼ラノ行イヲ公二批判シタノデス。デスガ、ソノ翌日……カルマハバチカンヲ襲撃シマシタ……」
「……バチカンを襲撃したカルマのメンバーはたった一人……だが、その一人の憑霊使いにより一晩でバチカンは滅亡寸前にまで追い込まれた」
「一人!?」
「マジかよ……たった一人で、しかも一晩で……」
「で、でもそんなことって……!」
正吾の放った衝撃的な一言に美優達は驚きを露わにした。
組織という言葉から複数だと思っていたが、まさか単身で襲撃したとは思ってもみなかったからだ。
「あぁ、普通の憑霊使いでもそこまでの事は出来ねぇ。恐らく、バチカンを襲ったのはカルマの大幹部“裁司”と呼ばれる者だ」
「裁司……」
「あぁ、裁きを司る者……それが裁司だ。カルマのメンバーは大幹部である七名の裁司と幹部である十二名の使徒と呼ばれる者達……そして、その配下に多くの使者と呼ばれる末端の連中達で構成されている」
十二の幹部とその上にいる者、そして末端にいる多くの者達。
それはまるで以前、雪羅や小鈴から聞いた新霊組の構成と一緒だ。
美優は思いがけずに呟いた。
「なんだか、新霊組に似た構成ですね」
「そうだな。新霊組も十二の隊長に隊員……そして、隊長達を六部隊に分けて統括する二人で成り立っているからな」
「統括する……二人?」
「ん? 聞かなかったか? 新霊組には戦闘部門と補助部門を六部隊に分け、それぞれを統括する憑霊使いがいるって」
「はい、六部隊ずつに分かれてそれぞれ専門分野が違うっていうのは聞きましたけど……更にその上がいるのは知りませんでした」
「主に戦闘部隊をまとめるのが“柱”。補助部隊をまとめるのが“梁”と役職があってな。現柱は春輝と虎次郎の師匠、現梁は新霊組内で憑術、術式、召霊術最強と称されている人物だ。まぁ、それぐらいの実力が無きゃ、隊長達はまとめられないってことだ」
春輝と虎次郎の師匠とは一体どういった人物なのか?
美優はその部分が気になったが、正吾はその話題を締めるかのように言葉を続ける。
「話しが逸れたな。さて、ここからがいよいよ本題だ。そのカルマの大幹部である裁司が一足早く日本のこの上倉町に来ている。その裁司とはコイツだ」
正吾はそう言って一枚の写真を取り出した。
写真には一人の長い黒髪の少女が写っていた。
年齢は燐と同じくらいに見えるが……なんだか可愛らしいというよりも綺麗というか大人びいた雰囲気を醸し出している。
「この少女の名前は雨海朧……幼いながらもカルマの裁司の一人だ」
「こんな女の子が……」
「見た目は女の子だが……力の剣、神道無念流の免許皆伝の実力を持っている。まだ未成年……しかも憑霊を使った“呪い”に近い呪術系暗殺術を得意としていて、今の所は朧に依頼をした者達からの証言しか証拠は取れていない」
「呪術……」
「他の国より憑霊に緩和な日本でも呪殺による立証は取れずに裁けないのが実情だからな。なかなか厄介な相手だ。しかも子供のクセしてなかなかのキレ者らしい」
「というと……?」
「自らはあまり表立って動かず、裏から根回しをして事を進める……まるでチェスの駒のように動かしてな。だから朧に関しては確かな証拠は未だ見つけられない。だが、燐が病院で出会ったバジリスクをも呼び出す少女……それはこの朧である可能性が高い」
「そして、ウィリアムさんはこの朧という子に命を狙われている……ということですか?」
「あぁ……俺の見立てだとな」
そう語る正吾の眼差しは真剣そのものである。
けれども、美優にとってはあまりにも信じられないような話しだ。
燐と同じ年頃の女の子がテロリストで人殺しを行っているなんて到底信じられない。
けれども、春輝と小鈴と出会い、美優の周りではこれまで以上に信じられないことが起こっていることを考えるとあながちホラ話しとも思えない。
事実、燐が憑霊使いになっているのだ。同年代で他に憑霊使いが居てもおかしくは無い。
「まぁ、あくまでも可能性だ。俺だって実際に朧を見た訳じゃないからな……まぁ、とにかくその写真の少女を見掛けたら教えてくれ。俺もいつまでもウィリアムさんのお守りをしている訳にはいかないからな」
「オウ……神谷サン、酷イデス」
「そう言うな。俺だって上司からの頼みじゃなきゃ本当はこうして関わっていないんだぜ? それにアンタは命を狙われているって自覚が無いようだからな。それが芽生えるまで手厳しい釘を刺していくさ」
「ソレナラ……神谷サン、オ守リツイデ二コノ町ヲ案内シテ下サイ。オマワリサンナラ、町モ詳シイデショ?」
「……警察は観光案内の為にいるんじゃ無いんだぞ?」
「マァ、ソウ固イ事言ワズニ……ソレデハ、レッツゴー!」
「だから! そうやってまたフラフラとどっかに行くなぁ! 悪い、美優ちゃん。また!」
正吾はそう言うといきなりその場から去ったウィリアムを追い掛ける為、軽く別れの言葉を言うと自らも社務所を出て、彼の跡を追っていく。
美優達はその様子を半ば呆然としながら見送ることしか出来なかった。