鬼蛇勝負
春輝は近くの遊具に小笛をぶつけ、辺りに仏壇の鐘を鳴らしたような音を響かせる。
それを聞いた蛇達は一斉に彼の方を向いた。
「憑纏!」
小笛に息を吹き付け、軽快な音を鳴らす春輝を見た蛇達は急遽目的を小鈴と雪羅から彼に変更し一気に向かって行く。
その間に小鈴の身体は景色に溶け込むように透明になり、代わりに春輝の身体は旋風に包まれた。
蛇達は春輝に突撃していくが、旋風の壁に阻まれことごとく弾き返される。
そうして、春輝を包んでいた旋風が弾け飛ぶと共に突撃していた蛇達も一緒に弾け飛び、宙を舞う蛇の雨の中より黒い着物と赤い羽織り、鼈甲色の襟巻を身に付け、黒と飴色の髪に二本の角を生やした鬼の春輝が姿を現した。
「……お前らの罪咎、この鬼人が壊してやろう」
そう呟きながら腰に差している二本の刀の内、刀身が紅く染まった大通連を抜いて肩に担ぐ。
弾き飛ばされた蛇達は地面に転がり蠢くも、すぐにまた一つとなる為に集まっていく。
そんな蛇達を視線の中に捉えながら春輝は雪羅に声を掛けた。
「大丈夫か? 雪羅」
「えぇ、ありがとう。春ちゃん」
「それにしても……これは一体どういうことだ?」
「色々と説明したいのは山々なんだけど……今重要なことだけ話すわね。あの蛇達は恐らく誰かに操られている憑霊の蛇よ。しかもどれか一匹が“核”になっているせいか他の蛇を倒しても動きを止めないの。あたしとこりんりんである程度は減らしたんだけど……その一匹がまだ分からなくて未だこんな状態になっているわ」
「……なるほど」
雪羅の簡単な説明を聞いた春輝はジッと蛇の大群を見つめる。
蛇達が形成した大蛇はとぐろを巻きながら鎌首を上げ、春輝と雪羅を見下ろしていた。
「雪羅は俺の援護を頼む。俺はメインだ」
「えぇ。分かったわ」
簡単な役割を決めた途端に蛇達は待っていました、とばかりに春輝へ向かって行く。
春輝はその突進をぎりぎりで避けると大通連の刃を振るった。
何匹かの蛇がその刃に触れ、肉を裂き、地面にその一部が転がる。
けれどもやはり決定打には欠ける。
これでは埒が空かない……そう判断した春輝はすぐさま懐から赤いとんぼ玉の根付を取り出し、笛に結びつけるとそれを持っている大通連の峰に当てた。
その音を聞いた蛇達は三度、春輝へ襲い掛かる。
「憑纏憑術、鬼火」
大通連を鞘に納め、笛を口に咥えながら息を吹いて笛を鳴らす春輝。
すると彼の両腕に赤々とした炎が灯る。
「はぁッ!」
気合と共に身体を回転させながら炎の拳でやって来た蛇達を殴る。
殴られた蛇達は炎に焼かれて地面に落ち、その蛇達の近くにいた蛇にも炎が移ったのか僅かな火がついており、やがて身をくねらせながら地面へと落ちる。
刀で斬るよりも多くの蛇を減らすことが出来た。
「よし、この調子で……!」
攻略の糸口を掴んだ春輝であったが、その途端に蛇達は二つの集団に分かれて春輝へと襲い掛かる。
しかも同時にではなく、別々に動いており一方を避けるともう一方が襲い掛かるといった具合であった。
「ッ……くそッ!」
これでは避けるので精一杯で追撃もままならない。
春輝は歯を強く噛んで苛立ちを押さえながらどこかに隙が無いか慎重に探る。
するとその時であった。
「凍りなさい!」
遠くに離れてようやく援護の準備が出来た雪羅が氷の息吹を放ち、春輝に迫る蛇を凍らせた。
「春ちゃん! 遊具を活用して! そうすれば少しは楽に戦える筈よ!」
雪羅のアドバイスを受け、春輝は辺りを見渡す。
先程までの小鈴達と蛇達との戦いでほとんどの遊具は破壊されていたがそれでもまだ残っているものもある。
「よし! 雪羅、手伝ってくれ!」
「分かったわ!」
春輝はそう言うとまずある遊具を目指して駆け出す。
その先にあるのは滑り台であった。
そして、滑り台をなぜか逆走する形で駆け上がると雪羅に向かって叫んだ。
「雪羅! 滑り台に氷を張って終点の所を少し上げてくれ!」
「了解!」
すなわちスキーのジャンプ台のような作りだ。
雪羅は冷気を吐いて春輝の駆け上がった滑り台を凍らせると氷で角度の付いた踏切台を作り上げる。
「行くぞ!」
春輝は凍った滑り台に足を踏み出し、勢いよく滑ると最後に大きくジャンプし蛇達よりも高く飛ぶ。
そうして二つの集団の内、一つに狙いを絞ると炎に包まれている両腕を合わせてその勢いを強めた。
「受けてみろ!」
渾身の力を込めて両腕を合わせたまま振り上げ、蛇達の渦中に飛び込んだ彼は着地と同時に両腕を振り下ろした。
すると、春輝を包み込むように巨大な火柱が立ち昇り、蛇達を一瞬で灰燼に帰す。
仲間の半数を一撃で減らされたもう一つの蛇の集団はそれを受けてすぐさま分裂し今度は別々に春輝の元へ迫ってきた。
「無駄だ! 憑纏憑術、鬼火ッ!」
気合を込めて叫ぶと共にもう一度笛を取り出して鳴らす春輝。
すると今度は両腕だけに灯っていた炎が春輝の身体全体を包み込んで燃え上がる。
そうして、幾つもの火の玉が彼の身体から放たれ、襲い掛かってきた蛇の一匹一匹を焼き尽くす。
次第に数を減らす蛇達……そんな様子を炎の中から見ていた春輝はあるものを見つけた。
炎の光が反射したのか異様に目が光る蛇が一匹いる。
そして、その蛇の周囲にはなぜか他の蛇達がまるで守るかのように密集していたのだ。
「あれだな……雪羅、見つけたぞ! あの目が光っているヤツだ!」
「あれは……確かに怪しいわね」
「そっちから捕らえることは出来るか!?」
「えぇ、任せて!」
雪羅はそう答えると近くに生えていた草をむしり取り、それを自身の冷気の息に乗せて蛇へと放った。
空中で分かれた草に少しずつ氷が張り付き、まるで籠のような形となる。
春輝に気を取られていた蛇達はそれに気付かず、その籠に掛かってしまう。
「更に念には念をね!」
雪羅は籠に捕らえた蛇を逃がさないようにもう一度息を吹き掛け、寸分の隙間の無い氷の球体にして完全に閉じ込める。
「今だな……(憑纏憑技、獄卒!)」
鞘に納めていた大通連を再び抜き、刀身を縦にして構えた春輝は心の中で言霊を唱えると氷に閉じ込められた蛇に向かって鬼火の炎を纏った鋭い突きを放つ。
突きを受け、氷は僅かに砕けるもののまだ完全に砕け散ってはいない。
そこを春輝は氷を一気に砕いてしまわないよう、敢えて技の名を口に出して唱えず心の中で唱えながら何度も獄卒の突きを繰り返す。
「(捕まえた核となっている蛇を逃さず、狙いを絞る為ね……)上手くいくと良いけど……」
氷を砕き、炎の熱気で慎重に溶かして的を絞り出す春輝の狙いを雪羅はただ見守る。
その内、氷は徐々に小さくなっていきついにその氷獄の中には目が妖しく光る蛇だけが身動き出来ずに残っていた。
それを見た春輝は突きを止め、辺りを見渡す。
数こそは少ないもののやはり他の蛇達はその蛇の元へ集まろうとしている。
「そろそろだな……行くぞ!」
一呼吸置いてから春輝は大通連で凍っている蛇を氷ごと宙へ高く打ち上げた。
そして、近くにあるブランコに飛び移り身体全体を使った遠心力を使い、大きくこぎ出す。
その内に宙を漂っていた蛇を閉じ込めた氷は地面に向かって落下を始める。
「(……他の蛇とは違い、あの蛇は凍っていても他の蛇が寄ってきていた。つまり完全に仕留めない限り、蛇の行軍は止まらない……だったら―――)狙いは一つだ!」
漕いだブランコの力を使い、春輝自身も高く飛んで蛇の入った氷の真上へ向かう。
そうして、宙で身を翻すと凍った蛇目掛けて急降下をし始めた。
「憑纏憑技……獄落!」
叫びながら蛇のいる氷に刀を突き刺す春輝。
そのまま地面に向けて落下し、着地をすると共に辺りに衝撃が走り、落ちた場所の地面が剥がれる。
そのあまりに強い力に雪羅は思わず、両腕で顔を守ってしまう。
そうして、暫くしてからその場を見ると春輝の周辺は小型の隕石が落ちたような小規模なクレーターが出来ており、彼はその中心で刀を地面に突き刺していた。
よく見ると切っ先は一匹の蛇の頭に突き刺さっており、刺された蛇は身をよじらせ暴れている。
だが、次第に暴れる力も弱まり身動き一つしなくなったと共にその身は溶けるように消えていき、跡には刀に刺さった大きめのビー玉が一個……その場に残った。
同時に残っていた他の蛇達も消えていく。
「……終わったな。憑解」
笛を取り出し、突き刺している大通連の峰に当てると共に春輝は小鈴と分離して元の人間の姿へと戻る。
それを見た雪羅はようやく二人の所にやってきた。
「お疲れ。春ちゃん、こりんりん」
「雪羅もな。ありがとう」
礼を言った春輝は地面に転がるビー玉を拾い上げる。
拾ったビー玉は手の中で砕けるが、あの時の蛇の瞳同様に未だ怪しい輝きを放っていた。
「……俺と虎次郎以外にも誰か憑霊使いがいるのか?」
「それを見る限りは確かでしょう。しかし、ビー玉一つでこの有様とは……」
小鈴は辺り一面を眺める。
壊れた遊具、空けられた穴、なぎ倒された茂みに木々……これが子供のおもちゃ一つで起こったことなど誰が想像出来ようか。
「どうやら、一休みする暇もなさそうだな……」
声に疲労の色を滲ませながら呟いた春輝は手の中に転がるビー玉を強く握った。