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ソウルライフ~見鬼の少女と用心棒~  作者: 吉田 将
第四幕   宵闇に浮かぶ朧月
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助力

 突然現れた外国人に葵は無感情な視線を向けるも、当の本人はそんなことは気にせず相変わらず微笑んでいる。

 そんな中、ようやく目を開けた讃我と明日香はその人物を見て驚いた。


「あんた……あの時、寺に来た……」


「オー、不動サン! アノ時ハ親切二アリガトウゴザイマシタ。アチラノオ嬢サンニモ大変オ世話二ナリ―――」


「ウィリアムさん! やっと見つけた……こんな所にいたのか!」


 ウィリアムと呼ばれた外国人の言葉を遮り、男の声が彼の背後から聞こえてくる。

 見ると、正吾が息を切らせながらウィリアムに駆け寄ってきた。


「オウ、神谷サン」


「全く、人の拳銃を取って走り出すもんだから焦ったぜ。ここは外国と違い、銃の使用は……って、美優ちゃん!? それにこれは一体……どういうことだ!?」


 ウィリアムに苦言を浴びせようとした正吾はようやく異様な事態に気付いて声を上げる。

 そんな彼を落ち着かせようとウィリアムは冷静に語り始めた。


「少シ、異様ナ気配ヲ感ジタノデ急イデ来テミマシタガ……日本デハコウイウ事ガ多インデスカ?」


「……一部だけですけどね。でも、最近この辺りじゃ多いんですよ。だから、勝手な行動は控えて下さい。いくら、司祭枢機卿とはいえ、自国の祈りはこの国の憑霊というモノには通じないんですから……」


 正吾はそう言って、ウィリアムから自分の拳銃をそっと奪うとその銃口を迷わず葵へ向けた。

 元とはいえ新霊組に入っていた為か、瞬時にこの場で一番危険な存在を見抜く。


「ふふふ……あなた、警察? そのわりには随分勘が良いこと……」


「国家公務員だけど、表の仕事よりも裏の仕事の方が扱う件数は多くてな……お前のような奴は見ただけで分かっちまうんだよ」


 正吾は言うや否やすぐさま銃の引き金を放つ。

 軽快な発砲音と共に何かが葵の髪を掠め、その背後へ飛んでいく。


「ふふふ……一体、どこを狙っているのか―――」


 葵がそう言い掛けた瞬間、大きな破裂音と共に明日香と美優を閉じ込めていた水の牢獄が弾ける。


「なんですって……!?」


 流石の葵もそれに対しては驚きを隠せず、思わず背後を振り返る。

 相手はただの人間……術はおろか他の憑霊が邪魔した様子も無く、怪しいものなど見当たらない。

 何が起こったのか……そんなことを考える間もなく、葵は自身の近くに何かの気配を感じる。


「よそ見注意だぜ?」


 気が付くと正吾が讃我を抱えて、彼女の目の前にいる。

 そして、正吾は彼女目掛けて力強く蹴りを放った。

 当たったか……そう思われたその刹那、葵は寸での所でそれを避け、手で何かを持つように構える。


「憑装、水槍剣」


 周囲に散らばった水溜まりの水が瞬く間に葵の構えた手の中に集まり、再び水の槍のような形を作り出す。

 そんな中、どこからかブツブツと何かを唱える声が聞こえる。

 葵が僅かにその方へ視線を巡らせるとそこにはロザリオを手に持ち、目を瞑りながら祈っているウィリアムの姿があった。

 だが、祈りなどで葵が怯む訳もなく彼女は手に持った得物を正吾と讃我へ向けて振り下ろした。

 その途端、何かが彼らを守るかのように葵の水の槍を弾いて霧散させる。

 その隙に正吾は讃我を抱えながらその場を離れて距離を取った。


「……我ラガ主ヨ、皆ヲ守リタマエ……アーメン」


(……なるほど、私に対してではなくあの人間達を守る為の祈りだった訳ね。それにしても―――)


 ウィリアムの唱えた祈りの言葉を聞いて納得する葵であったが、それでも彼女には分からないことがあった。

 それは正吾が自身の憑術で作った水の牢獄をどうやって壊したのかであった。

 通常の武器では憑術には対抗は出来ないからである。

 ただ一つ、その手品の秘密は彼が向けた銃にあることだけは葵も理解出来ている。


「ふふふ……一体、どうやってあの牢獄を壊したのかしら?」


「知りたければ、その身で受けてみな」


 正吾はそう言うと素早く銃口を葵に向けてその引き金を引く。

 思ったよりも手早い攻撃に葵は避けられず、銃弾を肩に受けてしまう。

 その瞬間、言い知れぬ違和感が彼女を襲った。


「ふふふ……なに、これ? 身体が熱い……思うように……動かない……!?」


「……俺は憑霊こそ持ってはいないが、ソウルライフはこう見えても少しは扱えるんだぜ? ……俺の持つ銃弾はいざという時の対憑霊用として梵字を記している。撃たれた憑霊は動きが鈍くなり、燃えるような痛みが身体を襲う……殺傷性は無いが、援護用と逃走用には十分だ。それにこの弾丸は憑術による呪縛も無力化出来る」


「ふふふ……なるほど、梵字を弾丸に仕込んでいたのね。でも、それだけじゃあ決定打に欠ける……」


「あぁ、だから……あとは若い奴らに任せるぜ」


 正吾がそう言った瞬間、突然葵の身体は何かに縛られたかのように急に強張る。

 見ると、彼女の足元には文字のようなものがまるで鎖のように浮かび上がり、木に絡みつく蔓のように身体に纏わりついている。


(これは―――!? まさか、不動金縛り!)


 葵はハッとして、讃我を見る。

 正吾に運び出された彼はいつの間にか、指の第二関節を突き出すかのように手を組んでいる。


「ノウマクサンマンダ・バザラダセンダ・マカラシャダ・ソワタヤ―――」


 葵はその真言を聞いて無理矢理力を入れて身体を動かそうとする。

 讃我が行っている不動金縛りの法とは不動明王の力を借り、霊や人を縛り上げる最も強力な霊縛法である。

 その手順は難しく、まず始めに人差し指と中指を上げた状態の刀印を作り「臨兵闘者皆陣裂在前」の九字を唱え、横に五回、縦に四回、網目のように切りながら、場を清め、霊を弱らせなければならない。

 その後に現在、讃我が行っている内縛印を組みながら真言を唱えるのである。

 本来ならその後にも剣印や刀印、真言を用いて調伏するのだが、内縛印まででも強力な拘束力がある。

 一体、いつ九字を切ったのか―――そんな疑問を抱く前に葵は讃我の真言を止めるべく動けない身体を無理矢理動かして彼に向かって行く。


(唱えきる前に―――!)


 だが、その行く手を突然葵の後方から飛んできた無数の何かが阻む。

 見ると、それは霊力の込められた御札であった。

 こんな芸当が出来そうな者……その者の存在を葵は忘れていた。


「ふふふ……そういえば、あなたもいたわね」


「讃我の邪魔は……させない!」


 葵が振り返った先、そこには刀印を片手で結び、何かを投げたかのような明日香の姿があった。

 葵はそれを見て、明日香が水の牢獄から抜けた際に讃我に代わり九字を切ったのだと察する。

 ウィリアムと正吾に気を取られ気が付かなかったのだ。

 明日香は状況を悟った葵を更に止めるべく手を合わせる。

 すると、突然葵の行く手を防いでいた御札が彼女を閉じ込めるかのようにその周りを高速で飛来し始めた。


「ッ!?」


(私の姿を見たのが運の尽き……悪いけど、幻術に掛かってもらうわね)


 無数の御札が竜巻のようになり葵の動きと視界を封じ込める。

 本当は御札は数枚、葵の前にあるだけなのだが彼女はそれに気付く様子もない。

 葵は強張った身体を動かし始める。


「憑術―――」


「―――ウンタラタ・カンマン!」


 だが、葵が言霊を放つより早く讃我が真言を唱え終えた。

 すると、絡みついていただけの文字の呪縛は瞬時に葵の身体を強く縛り上げて指一本も動かせない簀巻の状態にしてしまった。


「ふふふ……一足、遅かった」


「讃我君!」


 ようやく葵の動きを完全に封じたその最中、讃我の錫杖を取りに行っていた明日香の父が戻り、彼に向かってそれを投げる。

 讃我は投げられた錫杖を受け取ると、持てる力を振り絞り葵の方へ向かった。


「うあぁぁぁーッ!」


 そうして、叫び声を上げながら錫杖で葵を強く突き、そのまま地面に押さえ込んだ。


「はぁ……はぁ……もう、終わりだ」


「ふふふ……残念。まさか、ここまで出来るとは思わなかった……」


 手も動かせず、讃我に押さえつけられた葵は観念したかのようにそう呟く。

 そんな最中、明日香の隣に彼女の父がやって来て両手を合わせ始めた。


「これから神社ごとアレを祓い清める。明日香、祝詞を唱えるぞ」


「はい。掛けまくも畏き―――」


 桐崎親子が祝詞を唱え、場を浄化し始める中……正吾は讃我の傍に近付き、葵に向かって問い掛けた。


「祝詞が終わればお前はじきに消えるだろう。だが、その前に一つ聞きたいことがある……お前は滝夜叉姫の配下の憑霊か?」


「ふふふ……違うわ」


「じゃあ、何者だ? 何の為にここに来た?」


「ふふふ……葵は何者でも無い。でも、何の為に来たかという問いに強いて答えるなら―――」


 葵はそう言い掛けて美優をジッと見る。

 見られた美優は言い知れぬ不安に襲われ、思わず明日香の後ろに隠れた。


「巫女姫様の顔を見に来た……ってところかしら?」


「……攫いに来た、の間違いじゃないのか?」


「ふふふ……それは本当に違うわ。でなかったら、こんな偽物で来ないもの」


 葵はそう言うと初めてニッと歯を見せて笑った。

 無邪気ではない、邪気を感じさせるような不気味な笑顔である。

 思わず、それを見ていた正吾と讃我の背筋は凍えた。

 その途端、突如として葵の身体が水となりその場から瞬く間に消える。


「なっ!? なんだ! まだ祝詞は唱え終わってないぞ!?」


「こいつは……ソウルライフを使った分身だな。クソッ、すっかり騙された……!」


 驚く讃我に対し、正吾はカラクリを理解したのか悔しそうに顔を歪める。

 そんな中、葵の声が周囲に響き渡った。


「ふふふ……そう悔しがらなくてもまた会えるわ。近い内……また遊びましょう?」


「ふふふ……」という不気味な笑い声を風に溶かし、神社を襲った異様な空気はようやく去っていった。




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