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ソウルライフ~見鬼の少女と用心棒~  作者: 吉田 将
第四幕   宵闇に浮かぶ朧月
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破童

 讃我が美優の目の前で手印を実演している中、明日香は何者かの気配を感じた。


(……何かが境内に入ってきた。それも禍々しい何かが……)


 神社には強力な結界が張られており並の憑霊は入ってくることはおろか神社の外ですら近づかないものである。

 なぜなら、神社に近付くに連れて力は弱くなり、弱い憑霊ならばその結界に触れただけで滅されてしまうからだ。

 だから、通常は何か良くないものが取り憑いたとしてもすぐにそれは離れてしまう。

 神社に来ると何だか清らかになったような気がするのはその為だ。

 だが、極稀に結界に入っても何ともないような強力な悪霊などが入ってくる場合がある。

 それは大抵その人の中に深く入り込んだり、物に宿っていたりしている時だ。

 そんな時は神社の空気が一気に変わる。

 まるで清らかな水に泥が投げ込まれたかのような、澄んだ空気に野焼きの煙が漂うような、はたまた温かな日和の中で底冷えするような寒さがやってきたような……そんな錯覚に陥る。

 けれども、明日香が感じたのはそのような生易しいものでは無かった。

 夏から冬に、清流が濁流に、晴天が雷鳴なる曇天になったかのような急な変化が彼女を襲った。

 辺りを見渡すと早朝から聞こえていた小鳥のさえずりが消え、風が止み、空は黒い雲に覆われている。

 明日香の白い肌には鳥肌が立ち、ビリビリと痺れるような大気の揺れをその身で感じる。

 そしてその変化は無論、傍にいる讃我と美優にも伝わった。


「……なんだ、この異様な気配は……」


「なにか……怖いです。今まで感じたこと無いです」


 警戒する讃我と明日香、怯える美優はそれぞれその気配の出処を探り始める。

 すると、どこからか小さな声で歌が聞こえてきた。


「都の女が夜一人   知らぬ知らざるその姿   伝うる話しはうつつかな   いやいやそうとは限らんぞ   右に左に揺れ動く   着物の袖があなたの耳に今届く   すれ音は風に流され   トレネ市電の中に消えていく……」


 三人は歌のする方へ顔を同時に向ける。

 並ぶ狛犬の間に彼岸花の模様をあしらった青い着物の少女、葵が丸いものを持って無表情で立っていた。


「ッ!? 明日香!」


「えぇ!」


 讃我の呼び掛けに明日香は応じると巫女装束を翻しながら美優を守るように前に出て、讃我は数珠を取り出しながら彼女達を守るように前に出る。


「この神社には強力な結界が張ってある筈……どうやって入って来た!」


「ふふふ……そんなのあったかしら?」


(結界を簡単に通り抜けるなんて……今までこんなこと無かったのに!)


「どうした、明日香!」


 そんなやりとりの中、社務所から一人の宮司らしき人物と数人の巫女が騒ぎを聞いてか顔を出す。


「お父さん! 讃我の錫杖を持ってきて! 強い霊が入ってきたわ!」


「なに!? (むぅ!? こ、これは……確かに凄まじい!)」


 明日香達と対峙する葵を見て、彼女の父は思わず心の中で唸る。

 とても祝詞だけで調伏出来そうには思えない……一目でそう判断した。


「分かった! 待っていろ!」


 明日香の父はそう叫ぶと社務所の中へ姿を消す。

 それと同時に顔を出していた巫女や中にいたであろう権禰宜までもが札を手に出てくる。


「ふふふ……戦争しにきた訳じゃないんだけどね」


「じゃあ、何しに来た?」


「ふふふ……遊びに来たわ」


 葵がそう言うと共に言い知れぬ瘴気のようなものが周囲へ放たれ、讃我や明日香達は思わず顔を背けてしまう。

 そんな中、美優は葵を見つめる。

 彼女の身体からは春輝と同じように青黒いソウルライフが立ち昇っていた。


「ソウルライフ……!」


「ふふふ……それを知っているの? なら……少しは楽しめそう……さぁ、葵と何して遊ぶ? まずは…………蹴鞠でもしようか?」


 葵はそう言って手に持った丸いものを見せる。

 それは血で汚れてグチャグチャになった男性の生首であった。


「っ!?」


 あまりの光景に思わず口を手で押さえ、俯く美優に対し葵は持っていた生首を下に落とすとそれを力一杯に蹴りつけた。

 グチャ、という気味悪い音を立て、血を飛び散らせながら生首は美優に向かって飛んでいく。


「オン・マカキャラ・ソワカ!」


 だが、美優と生首の間に讃我が親指、人差し指、中指を組んだ手印と真言を唱えながら割って入り、腕に数珠を巻きつけて拳を作る。

 そうして、飛んできた生首を思いっきり殴りつけた。


「ッ!」


 生身の人間を殴りつけたような柔らかい感触と飛び散った血に嫌悪の表情を浮かべながら彼は葵に向かって飛ばし返す。

 葵は流星の如く勢い良く戻ってきた生首を片手で受け止めると讃我に向かって無表情で呟いた。


「ふふふ……蹴鞠なんだから手で返しちゃ駄目じゃない」


「くっ……化物が……!」


 血で汚れた腕を拭くこともなく、讃我は葵を睨みつける。

 そうして、前を向いたまま明日香へ呟いた。


「……やべぇぞ、あいつ。今のは本物の生首だ」


「なっ!? 幻術とかじゃないの!?」


「殴った感触……この鉄錆のような臭い……間違いねぇよ。それに殴ったとはいえ、破壊を司る大黒天の真言を唱えながら殴ったんだ。受け止めはしてもその威力で吹っ飛ぶ筈……なのに見ろよ」


 そう言う讃我の言葉に従って見てみると葵はその場で生首をバスケットボールのように指先でクルクルと回して遊び始めた。


「身体が僅かに下がった訳でも無い……腕がイカれた訳でも無い……それどころか、破壊神の加護が宿った一撃を難なく片手で受け止めやがった……幽霊や妖怪じゃあんな芸当はまず出来ない」


 冷や汗を流す讃我を尻目に葵は生首を弄んだ後、それを自分の足元に置いて力一杯それを踏み潰した。


「ッ!?」


 息を呑む讃我達の目の前で潰れた生首からは血や液体が飛び散り、眼球や脳漿のうしょうが境内を汚す。

 その途端、神社の空気が一変した。

 禍々しい雰囲気のみならず神聖なる神社には似つかわしくない重苦しい空気が辺りを支配し始める。


「結界が!」


「ふふふ……蹴鞠がお気に召さないようだから今度は違う遊びにするわ。でも、その前に遊び場を作らないとね……」


 その言葉を受け、明日香はキッと鋭い視線で葵を睨む。

 すると、睨んでいたのも束の間……神社の周りから骸の亡霊や様々な姿をした妖怪が清水が湧くかのように突如として現れ始めた。

 腕の異様に長い女や足の長い男、人間の顔をした鳥等……取るに足らない魑魅魍魎共であったが如何せんその数はとても多い。

 なぜ、強力な結界のある神社にこのようなモノが現れ始めたのか?

 それは葵が神社の結界を意図的に壊した為であった。

 神社とは聖域……すなわち不浄なものは本来立ち入ることは出来ない。

 入ったとしてもそのほとんどが浄化されるが、その強力な結界を維持している秘密は境内を常に掃き清め、清潔にしている為である。

 日頃から清浄にすることにより結界も強くなっていく……だからこそ、悪霊や妖怪は入って来られないのである。

 だが、今回葵は死者の血という穢れと生首という死者の不浄を神社の中に持ち込み、あろうことかそれを潰して撒き散らした。

 それによって清浄であった境内は穢れ、結界が維持出来なくなり破壊されてしまったのだ。


「(神社の仕組みをよく知っている……やっぱり侮れない! でも、今は……!)皆さんは神社に来る亡霊や妖怪の対処をお願いします! この者は私達が請け負います!」


 表情には出さずあくまで毅然とした態度を取りながら葵は自身を取り巻く巫女や権禰宜達にそう指示を出す。

 宮司の娘の指示を受け、彼らは急いで亡霊や妖怪達の元へ向かった。


「ふふふ……他にもたくさん遊びに来ちゃったみたいね」


「こいつ……!」


 葵の言葉に讃我は歯を強く噛み締めながら睨みつける。

 けれども、同時に数珠をジャラジャラと鳴らしながら手印を組み、真言を言い放った。


「オン・クロダナウ・ウン・ジャク!」


 その真言と共に彼の手から全ての不浄を焼き尽くさんばかりの灼熱の炎が波となって放たれる。


「ふふふ……遊んでくれるの? じゃあ、お手並み拝見……憑術、流洞りゅうどう


 それに対して葵は両手で三角形を形作る。

 するとその三角の空洞から突如水が螺旋を描くように讃我の炎に向かって放たれる。

 壁のように放たれた炎の波と鋭い槍の如く一点に放たれた水はやがてぶつかり合い、白い水蒸気の霧となって辺りを覆い始めた。


「くっ……!」


「ふふふ……好機到来」


 そう呟いた葵は水蒸気の霧が辺りの視界を遮った途端、猛然と讃我に向かって彼の懐にそっと手を触れる。

 その瞬間、讃我は言い知れぬ程の強い衝撃に襲われ、いとも簡単に吹き飛ばされた。


「ぐはッ!」


「讃我!」


 自身の隣を通りながら勢い良く飛ばされた讃我に叫ぶ明日香だが、彼女はすぐさま目の前に集中した。

 というのも、もう既に葵が目の前まで迫っていたからであった。


「ふふふ……まずは巫女の毬……」


 指先の爪を黒く染めた小さな白い手を明日香に向かって伸ばす葵。

 そんな彼女に対し、明日香は全ての指を交えた合掌……天乃咲手の印で応じた。



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