童遊び
虎次郎と別れた雪羅はその足で最初に市役所と図書館、そして上倉町にある駅へと向かった。
まずは近くにある公共施設から調べていこうという魂胆だ。
もし憑霊使いがいれば強いソウルライフを感じることが出来る。
仮にいなかったとしてもその場所から何かしらの術が使われた場合、その痕跡が暫く残る。
雪羅はそれを探しているのだが、各公共施設には憑霊使いの気配はおろかその痕跡すら見当たらない。
「……ま、予想はしていたけどね」
だが、落胆はしていない。
虎次郎との話しで相手は実力のある憑霊使いというのは予想していたこと、そんな相手がこんな所にいる筈が無い……それにこれらの異変がまだ憑霊によるものと決まった訳でもないのだ。
それを見極める為に彼女はこうして調査している。
一通りの調査をした雪羅は町中に見切りをつけ、今度は人が終始いないような公園や史跡を訪れる。
彼女の当てはこういう所にあった。
というのも、こういう場所なら憑霊使いがいても怪しまれないし、他人にも容易に何かを取り憑かせることが出来る。
けれども、こういう場所では何かイベント事が無いと町中の人間程の大勢の人達に何かを取り憑かせるというのは難しくなる。多くても二十から四十人程……被害者の数と割が合わないというのが唯一の欠点だ。
だが、町全体を対象とした術式か何かを使っているとなれば人目があまり無いこのような場所はやはり適している……雪羅はそこに可能性を感じていた。
「さぁて……どこにいるのかしら?」
公園と史跡を巡り、くまなく探す。
隅から隅……地面に転がる石から塵の一つまでも見逃さないよう、目だけでなく聴覚、嗅覚、触覚といった感覚を研ぎ澄ませ一つ一つを調べていく。
人がいればかえって気になってしょうがない。探しものをするなら見えないくらいが丁度いいのだ。
しかし、そう丹念に調べても出ないものは出なかった。
憑霊使いや憑霊までは見つけられなくとも僅かな痕跡くらいは、と期待して探していたのだがそれも見当たらない。
「はぁ……思ったより見つからないわね……」
とある噴水のある公園のベンチに腰を下ろし、溜め息を吐く雪羅。
時間はもうじき夕方に差し掛かる所だ。
そろそろ虎次郎の元に帰り、報告もしなければならない。
雪羅は他に探す場所は無いかと渡されたメモに目を通す。
メモに残っている場所は自然公園とダム……どちらも上倉町にあるのだが、山奥の郊外である。
今から行くには少々時間が遅い。
「あとは面倒くさい場所ね……しかも広いし……」
雪羅が呟くのも無理はなかった。
その二箇所は彼女が最も当てにしていない場所であり、なおかつ探すのが面倒な場所だ。
というのも双方ともに敷地が広大なうえに行くだけでも時間が掛かる。
彼女としてはそんな事は出来るだけ避けたかった。
それに行くとしても誰かを伴わなければならない。
「どうしようかしら……ん?」
雪羅が色々と考えながら呟くと、ふと彼女の耳に何やら歌のようなものが聞こえてきた。
しかもリズミかるに淡々と―――
「これは……歌?」
僅かに聞こえる声を頼りにその方を振り向くと、そこには彼岸花の模様をあしらった青い着物を着た少女が一人、毬をつきながら遊んでいた。
「都の女が夜一人 知らぬ知らざるその姿 伝うる話しはうつつかな いやいやそうとは限らんぞ 右に左に揺れ動く 着物の袖があなたの耳に今届く すれ音は風に流され トレネ市電の中に消えていく……」
少女はそう言うと毬を強くついて高く上げ、その場でクルリと一回りしてから落ちてきた毬を手にする。
そして、雪羅が見ていたことに気付いていたのか彼女の方へゆっくりと顔を動かした。
「それ……都霊詩伝だっけ? だいぶ昔に流行った手毬唄よね?」
「ふふふ……知ってるの?」
雪羅が口にした都霊詩伝とは1950年代頃まで全国で歌われていた手毬唄である。
その意味は謎に包まれているが、都市伝説をまとめた歌といわれており、内容は幽霊や心霊現象をまとめたものといわれている。
現代には不釣り合いな遊びと容姿……その様子に雪羅は少女が憑霊だと気付く。
憑霊自体は雪羅も憑霊なので別に何とも思わない。
だが、憑霊にしては感情や気配が無く、何も感じない……それがかえって雪羅には不気味に思える。
「少しだけね……手毬唄自体はやらないけど」
「ふふふ……残念」
「あなた……友達は?」
「ふふふ……いるけど、いない。いないけど、いる」
口では笑っているが表情では笑っていない。
そのうえ、言っていることもよく分からない。
どう返せば良いのか分からない雪羅に対し、少女は言った。
「ふふふ……憑霊ってそういうものでしょ?」
「え、あ、あぁ! 謎掛け! 分からなかったわ!」
「ふふふ……でもね―――」
納得する雪羅に対し、少女はなおも淡々と話し続ける。
「目に見えるもの……感じるもの……その全てが真実とは限らない。それに真実は一つとは限らない……」
「えっ?」
「ふふふ……人間なんてそういうものでしょ?」
少女が言わんとしていることは雪羅にもよく分かる。
人間は見た目だけがその人物を表すとは限らない。善人を装う悪人だっているのだ。
憑霊も人間を騙す時はあるが、多くは本当のことしか言わない。
そのことを含めて言ったのだろう。
どうやらこの少女は毬と謎掛けが好きらしい。
こうまで翻弄されると雪羅の心の方が参ってくる。
「た、確かにね……そ、それじゃああたしはそろそろ行かなくちゃならないから……」
しどろもどろになりながら雪羅はベンチから立ち上がるとその場を去ろうとする。
「どこへ?」なんて聞かれそうであったが、少女はそんなことは尋ねず、再び毬をつきながら歌い出した。
雪羅はもう関わるのはごめん、と言わんばかりに足早にその場から立ち去った。
毬をつきながら暫く歌っていた少女、葵は雪羅が遠くに行ったことを確認すると毬をつくのを止め、両手に毬を抱える。
すると、両手に抱えていた毬はみるみる内にグチャグチャになった男の生首へと代わり、そこから流れ出た血が葵の白い手を汚した。
「ふふふ……のっぺらぼう、いる?」
葵の呼び掛けに彼女の影に隠れていたスレンダーマンが這い出るようにぬぅっと姿を現す。
「ふふふ……せっかく、いることを教えてあげたのにあの憑霊、あなたがいるの気付かなかった」
「いるけどいない、いないけどいる……あれは憑霊ではなく私も指していたのですね。それにその後の言葉……あれはあなたを指しているのでしょうか?」
「ふふふ……分かった?」
「……興が過ぎますよ。妙な言動で怪しまれたら朧お嬢様にご迷惑が―――」
「ふふふ……大丈夫よ。それより今の憑霊……見たことある?」
「少なくともこの町に来てからは見たことはありません」
スレンダーマンは淡々と答える。
彼は葵の無表情で何を考えているか分からないこの雰囲気が苦手である。でも、幼女好きの紳士としては彼女もスレンダーマンのストライクゾーンに入っているのだが……なぜか、スレンダーマンは葵を魅力的だとは思えなかった。
見た目では違うなにか……同じ憑霊であるのにそれが読めない葵に対し、彼はあまり関わりたくなかった。
そんなことをスレンダーマンが思っている中、彼の言葉を聞いた葵はスレンダーマンの方をジッと瞬きもせずに見つめた後、徐に口を開いた。
「ふふふ……滝夜叉姫でも既にいる憑霊使いの憑霊でないとすると……他の憑霊使いがいる?」
「なぜそう言い切れるのです?」
「ふふふ……分からない? 強い憑霊なら滝夜叉姫が声を掛けたり襲ったり何かしらある筈……なのに、あの憑霊は悠然としていた。もし、憑霊使いの憑霊ならあなたは見ている筈……」
「確かに見ていませんが……この町に新たに来た憑霊かも知れないですよ? 上手く逃げ延びているだけかも知れません」
「ふふふ……逃げている者はあんなに堂々としていない。それに服も汚れていないから襲われた訳でもない…………それにあの憑霊、おつむは弱いけど他は強い……かなりの実力者……」
「なんと……!?」
他にも強い、しかもどこにも属していない第三者が現れたとなると朧の障害になり得る。
朧に報告するべきか、それとも探りを入れるべきか……スレンダーマンが悩む中、葵ははっきりとした口調で言った。
「ふふふ……こちらから手を出さなければ大丈夫。それこそあなたの言う通り、興が過ぎるから……でも、不安でしょ? 朧に伝えたいでしょ? 安心して…………憑術、水鏡」
葵はそう言いながら生首の毬を地面に置き、左手を広げ、その上から包むように右手を添える。
すると彼女の足元から水が湧き出し、その水はやがて人の形を作る。
人の形をした水は次第に葵そっくりの姿になった。
しかもその葵は分裂し、もう一体の葵を作り出す。
葵はその二体の自分自身の身体にそれぞれ手を入れるとソウルライフを流し込み、命ずる。
「ふふふ……葵が命じる。右のあなたは朧へこのことを伝えなさい。左のあなたは巫女姫を探しつつ憑霊使いに関わりある巫女と僧侶を見つけて殺して。ただし憑霊使いと巫女姫には手を出さないよう……」
そう伝えると葵の分身は頷き、水の姿に戻って地面に染み込むように消えていった。
「朧お嬢様への連絡は分かりますが……なぜ、もう一体には巫女と僧侶の殺害を依頼したのです?」
「ふふふ……さっきの憑霊は手を出せばこちらに反旗を翻す。巫女姫は朧に釘を刺されているし、憑霊使い相手じゃ分身には勝てない……分身でも勝てそうなのは巫女と僧侶くらいだから……それに、朧が楽出来るように手伝ってあげるの。下手に気付かれる前に……」
「は?」
「ふふふ……いいの。あなたはまず憑術の会得……それが朧への今出来る手伝い」
スレンダーマンが疑問に囚われる中、葵はある策を思いつき、それを実行することにした。
二体の憑霊がいる公園は次第に夕闇が支配していく。
スレンダーマンの傍で葵は足元に置いた生首を拾い上げ、それを再び毬の見た目にコーティングすると暗闇の中、あの不気味な手毬唄を歌いながら毬をついて遊び始めた。