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ソウルライフ~見鬼の少女と用心棒~  作者: 吉田 将
第四幕   宵闇に浮かぶ朧月
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侵蝕

 翌日の早朝……虎次郎は雪羅を連れ、燐と会った公園に来ていた。

 周囲には人はおらず、二人だけが公園にいる状況である。


「しかし……お虎も世話好きねぇ。あの……燐ちゃんだっけ? 頼んできた子」


「あぁ……」


「流石の冷徹お虎も小さい子の頼みは断れないかぁ~」


「一言多いぞ」


「いやいや、ごめんごめん。何にせよ、あたしは嬉しいのよ? お虎にもそういう温かい所があるって分かって……」


「別に無くても良いがな」


 雪羅の言葉を適当にあしらいつつ、虎次郎は周囲を目で確認する。

 人のいない公園は朝の清々しい空気に包まれているもののどこか妙な雰囲気を持っている。

 その正体が何なのかある程度想像しつつ、虎次郎がなおも待っていると遠くの方からなぜか煙々羅が一体でやって来た。


「おっ、早いな」


「……お前は昨日一緒にいた憑霊だな? あの子ともう一体はどうした?」


「いや、それがさ……アンタには悪いけど、燐の奴が急に調子崩してな。陽炎はその看病……だから悪いけど、朝練は中止だ」


「あら、風邪? 大丈夫?」


「なんかフラフラするんだと、今日は学校だってのに何やってんだか……」


「そうか……じゃあ大事にするよう伝えてくれ」


「あぁ、悪いな」


 煙々羅はそう言って去って行った。

 虎次郎はそれを見送ると雪羅に「行くぞ」と呟き、自身も背を向ける。


「えっ、ちょ……様子見に行かなくて良いの!?」


「……なぜだ?」


「なぜって……心配じゃないの!?」


「逆に押しかけた所で迷惑だろう? それに五十嵐達に会わないとも限らないからな」


「ッ…………やっぱりアンタは冷徹だわ。お虎」


「好きにしろ。それより俺達にはやるべきことが出来た」


「なによ? お見舞いのお花摘み?」


「……気付かないか?」


「だから何よ!」


 皮肉を言っても軽くあしらう虎次郎についに雪羅も堪忍袋の緒が切れる。

 だが、虎次郎はなおも気にせず彼女に言った。


「人がいない」


「朝だから当然じゃないの?」


「……家から出た時は人がいた。だが、この町に入ってからは人どころか車一台すら見ていない。確かに早朝も関係あるだろうが、犬の散歩をする者すらいないのは妙だ」


 そう言われて雪羅も周りを見る。

 確かに人はいない……清々しい反面、静寂過ぎるのはかえって不気味だ。

 でも、そんな中……一人の男子学生が歩いているのを雪羅は見つけた。


「なによ、いるじゃない!」


 そう言われて虎次郎もその学生を見る。

 高校生くらいだろうか?

 しかし、なんだか足取りは重く顔色はすごく悪い。

 顔面蒼白で額には脂汗をかいている。

 男子学生はフラフラと歩いていたが、やがて立ち止まって口から大量の吐瀉物を吐き出すとその場に倒れてしまった。


「はっ!? ちょ―――」


「行くぞ!」


 慌てふためく雪羅を一喝して虎次郎はその男子学生の元に駆け寄り、彼を肩に担ぐと雪羅へ尋ねた。


「病院のある場所分かるか?」


「え、ええっと……確か、天原駅方面に―――」


「案内しろ」


「分かったわ!」


 言葉が詰まる説羅に虎次郎は手早く指示すると彼女に先導するよう指示をする。

 雪羅は二度も虎次郎に言葉を遮られるも抗議せず、彼の指示に従った。




 ――――――【1】――――――




 その日、春輝は学校へと登校してきた。

 けれども、なんだか身体が何かに纏わりつかれているように重い……それに頭も妙にふらつくのだ。

 昨日より格段に調子が悪い。

 風邪なのか……それとも憑纏した際に憑技を使い過ぎて疲れたのか……どちらにせよ学校に着いたらいつも通り昼寝をすれば良い、と春輝は思っていた。

 そうして学校にいつものようにぎりぎりに着いた。

 だが、教室に入った瞬間に春輝は驚いた。

 教室にはまだ十数人程度しか来ていなかったのだ。

 珍しいこともあるものだ、と春輝は自分の席に着いた。


「春輝君……おはよう」


 席に着くと先に来ていたであろう美優が声を掛けてくる。

 けれどもその声には覇気がなく、顔もなんだか気だるけだ。


「おはよう……風邪か?」


「熱は無いんだけど……調子が悪いかな?」


 この時、春輝は美優の何らかの変化に気付くべきであった。

 だが、今の彼も調子が悪く、その異変が何なのか気付くことが出来なかった。

 その結果、


「そうか……あんまり無理するなよ」


 当たり障りのない言葉をかけ、前を向くだけで終わってしまった。

 美優もそれ以上、何かを求めるつもりは無いのかすぐに前を向く。

 人間とは自身に余裕が無い場合、他人には無関心になるものである。

 そして、それは憑霊使いであれ巫女姫であれ人間である以上、彼らも同じである。

 結局、その日学校は午前中に終わり……美優は春輝に自分の作ってきた弁当を渡すことを忘れ、春輝も美優に何かを話す訳でもなく無為に過ごしていった。いつもは元気な千夏ですら休んでいるらしい。

 今日、登校して来た他の生徒も同様な状態で教師ですら調子を悪くして休んでいる状態だ。

 普通、そんな状態なら学級閉鎖になってもおかしくは無いのだが閉鎖する程まで生徒が休んでいる訳でも病気が流行っている訳でも無い為、学校は閉鎖出来なかったとのことであった。

 しかも、聞く所によると体調不良が多く出ているのは上倉町を含めた天原市のみらしい。


「……ったく、季節外れの五月病か。俺まで……情けねぇ」


 そんなことを愚痴りながら春輝は一人下校する。

 美優は何も言わずに先に帰ってしまったが、恐らく千夏の見舞いか明日香の所だろう。

 春輝は安易な考えの下、自宅に向かって歩みを進めた。




 ――――――【2】――――――




 その頃、虎次郎と雪羅は上倉町にある小さな病院にいた。


「大変なことになっちゃったわね……」


「あぁ……」


 彼らは今、病院の待合所にいるのだがそこは夥しい数の人で溢れかえっていた。

 倒れ込む人、唸る人、泣き叫ぶ幼児や赤子……凄惨な状況であった。

 虎次郎はそんな人々を見つめる。

 彼の瞳には普段のような冷たい光は宿っていない。

 何やら真剣な眼差しがそこにはあった。


「氷雨さん」


 そんな中、診察室から医者の呼ぶ声が聞こえる。

 それを受け、虎次郎と雪羅はその中に入って行った。

 診察台の上には虎次郎が運んできた男子学生が横たわっている。


「氷雨さんが運んできたこの男性ですが、嘔吐した際に残渣物の一部が気管に入り軽度の窒息を起こしていました。もし、すぐに連れてこなければ命の危機に瀕していたことでしょう」


「……大丈夫なんですか?」


「気管へ入った異物は取り除きましたが、念のため天原市の病院へ移ることになるでしょう。ここも人で溢れている以上、入院させることも出来ませんから……ご家族から『助けていただき、ありがとうございました』とのことです」


「そうですか。では、俺もこれで……」


 虎次郎はそう言って診察室を抜け、病院を出る。

 病院の外は日中になったにも関わらず人の姿はまばらだ。


「……なんか急に過疎っちゃってるわね。この町ってこんなに活気の無い所だったかしら?」


「……さて、俺もそろそろ学校に行くか。午後の授業ならまだ間に合うだろう」


 雪羅の言葉には何も答えず、虎次郎は時計を見ながらそう言う。


「学生は大変ねぇ。こんな時でも学業っていう仕事があるのだから……」


「仕事はお前にもあるぞ。雪羅」


「はぁ!? そんなこと聞いてないんだけど!」


 雪羅は抗議の声を出すも虎次郎は聞いていないのか、メモ用紙を取り出して何やらそこに書くと無理矢理雪羅に無言で押し付ける。

 聞き入れてもらえない、と諦めた雪羅は渋々そのメモ用紙に目を通す。

 そこには図書館や市役所、公園やダムといった公共施設や場所の名前が書かれている。


「なにこれ?」


「俺が学校に行っている間にその場所を調べて欲しい」


「なんで?」


「体調不良者が大勢出ているこの事態……どうも何かがあるような気がしてならない」


「何かって? 流行病か何かじゃないの? まさか……バイオテロとかって言うんじゃないでしょうね?」


「そんなことは言わない。ただ……さっき会った医者もどこか調子が悪そうだったからな。少し気になったんだ」


「……たまたまなんじゃないの? 医者だって人間なんだから風邪くらいひくわよ」


「だが、症状が病院に来た人々と似ている。普通医者なら流行病に対して真っ先に対処する筈だ。なのにこうしてかかっている……それに病気にしては体調不良というわりにそこまで深刻じゃないように見える……どちらかといえば、病気というよりも何かに取り憑かれたかのような症状だ」


「でも、それならお虎にも視えるでしょ?」


 雪羅の言う通り、虎次郎も憑霊使いという霊感を持っている人間。つまり何かが取り憑いていれば視ることが出来る。

 だが、虎次郎は特に何も視えなかったらしく何かが憑いているなどとは言っていない。


「問題はそこだ。これがもし憑霊の仕業なら視える筈だが、俺には何も視えない……だが、もしこれが“誰か”が使役する憑霊の仕業だとしたらどうだ?」


 雪羅はその言葉を聞いて目を見張る。

 その言葉が意味すること……それは憑霊使いの憑霊である彼女が一番よく分かる。


「まさか……憑霊使いの仕業だっていうの!? 確かに憑霊使いなら己のソウルライフを使って取り憑かせたモノを視えなくすることは出来るけど、それって……」


「あぁ。憑霊使いでもそれは高度な技術だ。それが出来るということは……かなりの実力者だ」


 使役する憑霊を視えなくさせる……それはよほどソウルライフの扱いに長けた者しか使うことが出来ない技術である。

 しかもこれだけ広範囲かつ大多数の人間に憑かせるというのは容易なことでは無い。


「無論、病気の可能性もある。正直、俺の杞憂であれば良いが憑霊が関わっているとなると俺達の仕事だ。だから、お前には今メモに書いた場所を調べて欲しい。これだけ多くの人間に憑かせることが出来る場所といったら限られてくるからな」


「そういうことね。ようやく意味が分かったわ。じゃあ、何か分かったら連絡するわ」


「……頼んだぞ、雪羅」


 二人はそう言い合った後、各々の用事の為に互いに背を向けてその場から去って行った。

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