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ソウルライフ~見鬼の少女と用心棒~  作者: 吉田 将
第四幕   宵闇に浮かぶ朧月
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蠢くもの

 時間は少し遡り、燐が虎次郎に教えを受けた日の昼間……美優は天倉神社で春輝から連絡を受けて来た正吾と会っていた。

 正吾は神社の社務所にて明日香から茶をご馳走になりながら、件の枢機卿ことについて聞いていた。

 明日香は茶を出した後に参拝客の相手をする為にその場を離れている。


「日本語の上手い外人……あぁ間違いねぇ、そいつだ」


「でも、どうしてここに来たんですか? 最後に見たのは多分、不動先輩の所のお寺ですよ?」


 美優の言う通り、明日香はここに来た外人に讃我の寺を紹介し、讃我も近所の寺を紹介したと言った。

 そのことは昨日、ファミレスで春輝も聞いていた筈である。

 だが、それには正吾も「そんなことは分かっている」といった風に頭を掻きながら答えた。


「勿論、行ったさ。だけど留守だったんだよ。多分、法事か何かでだと思うけど……」


「それは……残念ですね」


「あぁ、春輝には悪いけどまた仕切り直しだ」


 やれやれ、といった様子で正吾は溜め息を吐いた。

 上司の命令ともなれば彼も気苦労が絶えないだろう。

 そんな正吾に美優はふと、気になっていることを尋ねた。


「正吾さんも……春輝君と同じ新霊組にいたんですか?」


 新霊組、という言葉と共に正吾の身体がピクリと動き、真剣な眼差しで美優を見る。


「……なんで、美優ちゃんが新霊組のことを知ってるんだ?」


「実は……」


 美優はそう前置きをしてから正吾に昨日の出来事を話す。

 その間に参拝客の相手が終わったらしい明日香も戻ってきた。

 虎次郎と雪羅が来た……それを聞いた正吾は大層驚いた様子であった。


「虎次郎が……そうか、あいつが来たか……」


「正吾さんも氷雨君のことは知っているんですか?」


「あぁ、春輝の馴染み……というか親友だからな。それにしても一般隊士じゃなく虎次郎を寄越すってことは新霊組も本気ってことだな」


「どういうことですか?」


 明日香の質問に正吾は難しい顔をして答えた。


「虎次郎も春輝と同様……新霊組“とら”の隊長だ。普通、脱走した奴には手始めに隊士を送るのが通例なんだがな。のっけから隊長が来るなんてまず無い」


「隊長……じゃあ氷雨君も強いんですか?」


「“寅”の部隊は諜報活動がメインの補助専門だがな。虎次郎だけは別格だ。新霊組の中でも上位に位置するほど憑纏憑術の使い方に長けている。憑術では春輝より間違いなく格上の実力者だ」


 春輝より格上の憑霊使い……これまで春輝が強い所しか見ていない美優にとっては想像が出来ない。

 しかし、昨日彼が春輝に向かって放ったあの威圧的な雰囲気……あれが尋常じゃないことは素人の美優でもよく分かった。

 恐らくあれが俗にいう殺気というものであろう。


「春輝が在籍した頃は憑技といえば五十嵐、憑術といえば氷雨と呼ばれるほど新霊組の双璧を担っていたくらいだからな。序盤から虎次郎が来るってことはよほど春輝を警戒していると見えるな」


 正吾ですらそう言うのであるから、春輝としては気が気でないだろう。

 親友同士の戦い……それを想像した時、美優は昨日の春輝の気持ちを想像した。

 彼の心は哀しかったであろう。そして、それを深くまで感じることが出来なかった自分自身に対して彼女は恥じた。

 巫女姫という自分の件でも手一杯の状態なのに更に春輝自身の事情まで絡んでくると彼の重荷は相当なものだろう。

 出来ればその重荷を減らしたい……出来ることなら虎次郎との戦いを止めたい。

 しかし、たとえ和解したとしても春輝の前には次なる刺客がやってくるであろう。

 隊長という虎次郎が手を出せない以上、虎次郎より実力の高い者が来ることだって考えられる。

 そう思案すると下手に早期解決も図ることは出来ない。

 美優が色々なことに頭を巡らせている中、正吾はもう一言呟くように付け加える。


「でもなぁ……あの虎次郎がそう簡単に春輝と戦うとも思えないんだよなぁ」


「えっ?」


「確かに虎次郎は賢い……新霊組という組織の命令もある以上は従わざる負えない。だけど、それ以上にあいつは論理的に安易に動いたりはしない奴だ。ましてや、春輝のこととなれば尚更……まぁ、俺もよく分からないからなんとも言えないけどな。さて……そろそろ行くかな」


 そう言うと正吾は徐にそこから立ち上がった。


「お茶、ごちそうさま。俺は次の所を探してみるよ」


「お役に立てず……申し訳ありません」


「いや、気にしないでくれ。この辺りにいるってことだけでも十分な情報だからさ。それじゃあ、美優ちゃんまたな」


 美優にそう言ってから軽く手を振ると正吾は社務所を出ていった。

 正吾も脱走した身……彼自身も命を狙われるかも知れないというのにその態度はいつもと何ら変わりない。


「正吾さん……春輝君の次は自分が狙われるかも知れないというのにいつもと変わりありませんでしたね」


「そうね……でも、あの人は刑事さんなんでしょう? やっぱり警察という仕事をしている以上、もう自分の命に関わることだから覚悟は出来ているんじゃないかしら?」


「でも、あそこまで飄々としていられるものでしょうか?」


「日常でもそういう覚悟を持っている人は段々と感覚が麻痺してくるものよ。慣れっていうものは案外恐いから……でも月見里さんは自分の力に早く慣れないとね」


「はい」


 明日香の言葉に美優は改めて返事をする。

 この巫女姫の力を使いこなすことが彼女にとって今出来ることであり、なにより春輝の重荷を減らすことにもなる。

 そんな気を張る美優に対して明日香は優しく宥めた。


「まぁ、そんなに気を張らなくても大丈夫だから……まずは甘いものでも食べてから修行をしましょう? そういえば……確か、もらった筈のカステラがあった筈」


 明日香はそう言って手を合わせた後、戸棚の方へ向かいそこから二枚の皿に乗っているカステラを取り出す。

 そうして、一つを美優にもう一つは自分の所に置き、食べるためのフォークを添えた。


「さ、どうぞ。余り物で申し訳ないけど……」


「ありがとうございます。いただきます」


 そう礼を述べてから美優はカステラをフォークで切って口の中に入れる。

 口の中に入れた瞬間、ほんのりと甘く軽い味が広がる……筈なのだが、美優の舌はカステラとは異なる食感と味を示した。

 カステラ特有のふわふわした食感ではなく、なぜかつるりとした食感で味は甘いにはあまいがなぜか小豆の味が広がる。


「……あれ?」


 美優は思わず目の前にある物を見る。

 美優の皿にはちゃんとカステラがあり、明日香の皿にもカステラがある。しかも彼女も同じように頬張っているのだから間違いではない。

 けれども、口の中で感じた味わいはどちらかというとカステラというよりも羊羹であった。

 カステラの中にあんこでも入っていたのだろうか? とカステラの中を見るも何も入っていない。

 何がなんだか分からず混乱する美優を見て、明日香は「ふふふ」とおかしそうに軽く笑い、もう一度手を合わせた。

 すると、美優の見ていたカステラがたちまち羊羹へと変わっていった。


「えっ!?」


「ふふふ、ごめんなさい。ちょっと悪戯しちゃったわ」


 ますます何がなんだか分からなくなる美優に明日香はそう言って謝ると今起きた現象を説明した。


「あなたに幻術をかけたの」


「幻術って、あの狐や狸が使ったていう……あれですか? でもいつの間に……」


「私がカステラを取りに行く前に手を合わせたでしょ? あの時に……私はまだ触覚とか味覚の幻術は使えないけど、視覚と聴覚を操る幻術は得意なの」


 幻術……古くは美優の言った通り、狐や狸が化け比べを行った際に使ったとされるが、人間でも室町時代末期に果心居士かしんこじという幻術使いが存在する。

 その幻術は死んだ筈の者を見せたり、笹の葉を魚に変えたりとその種類は多種多様である。

 しかし、まさか巫女である明日香が使えるとは美優はこれっぽちも思っていなかった。


「凄いですね! 一体、どうやって使えるようになったんですか?」


「色々と古い文献を読んでね。あなたにもいずれ使えるようになるわ。だからそれまでは基礎基本をしっかりしましょう」


「はい」


 再び気合を入れ直して立ち上がろうとする美優だったがその瞬間、急に彼女の足元がふらついた。

 それを見ていた明日香は慌てて美優を支える。


「月見里さん、大丈夫!?」


「は、はい……すいません。急にめまいが……」


「具合が悪いの?」


「いいえ、そんなんじゃ無いんですけど……なんか急にふらついて……」


「……最近、色々なことがあったからね……なんだか、私も今日は調子が悪いの……」


「明日香さんもですか?」


「えぇ、風邪かしら? もしかしたら私のが移っちゃったかも知れないわね……」


 美優は明日香の顔を見る。

 顔色は良いが、確かに表情は優れていないように見える。

 まして、彼女は蜘蛛丸達に囚われていた身……まだ完全に回復していないのかも知れない。


「無理に付き合わせてごめんなさい……家まで送るわ」


「いえ、大丈夫です。一人で帰れます……すいません、ありがとうございました……」


 美優はこれ以上、明日香に無理はさせられないと服を着替えにその場から立ち去ろうとする。

 そんな彼女達が気づかない合間に二人の影には何やら長い別の影が絡みつくように蠢いていた。

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