憑術の仕組み
「……よし、十往復出来たぁ!」
「まさか、こんなに早く出来るなんてな……スゲェじゃねぇか、燐!」
一時間後……燐は春輝の提示した通り、手、足、腹、頭へのソウルライフの膜移動十往復を成功させた。
地味だが、これがなかなか集中力を要する。
その証拠に動いてもいないのに燐の額には汗が滲み出ていた。
「もしかしたら、春輝よりもセンスは良いかも知れません」
「……悔しいが確かに俺でもここまで早く習得出来なかったからな。よし、じゃあ約束通りに憑術について教えるか」
「やったぁ!」
「だけど、今日はもう遅いから作成は明日からだ。今日は憑術とはどういうものかっていうのを俺が見本を交えて教える。小鈴」
「えぇ、私は大丈夫ですよ」
「よし……憑纏!」
春輝はそう言うと小笛を取り出し、それを近くにあった廃墟の瓦礫にぶつける。
仏壇の鐘のような音が響く中、春輝は小笛を吹いた。
ピーっという音と共に小鈴の身体は透明になり、春輝が旋風に包まれたかと思うとそこから風を払い、鬼人となった春輝が姿を現す。
黒い着物と赤い羽織りをはためかせ、鼈甲色の襟巻きを身につけた春輝は先程憑纏に使った自身の小笛を取り出す。
「まぁ、病院で初めて憑纏した時に陽炎達に色々と教えてもらったと思うが、憑霊使いが憑術を使う為にはまず憑纏する時に使ったこの媒体と呪具と呼ばれる媒体に関わりある物が必要だ。俺の場合はこの笛が媒体で笛にくくりつけているとんぼ玉が呪具だ。呪具は念じれば作れるが……憑術は八種類までしか作ることが出来ない。これは憑霊も同じで八種類までしか作れない。ただし、憑霊は呪具なんて無くても憑術が使えるけどな」
「どうして八種類までなの?」
「八は“末広がり”で幸運を表すと同時に古代の日本では聖数や数が大きい、といった意味がある。その影響かは知らないが憑術でも九種類目を発動しようとすると発動することが出来ずに不発するんだ。つまり八つが限界って訳だ。だから憑霊使いはやたらめったに憑術を作ったりしない。自分のスタイルや他の憑霊及び憑霊使いの憑術を見てそれを参考にして作ったりするんだ。手練れの憑霊や憑霊使い程、無闇に憑術は使わない……手の内を明かすようなものだからな」
燐はこれまでの戦いを振り返る。
確かに春輝は一人の敵に対してあまり多くの憑術を使っていない。
カイに至っては憑術は使ったと分かるのにその憑術がどういうものなのかすら分からない。
「そして、憑術においてもっとも大事なのが言霊と所作……俗にいうルーティンだ」
「言霊……ルーティン?」
言霊は以前にアパートでソウルライフについて聞いた際に出てきたものでなんとなく分かるのだが、ルーティンについては初耳だ。
「じゃあ、最初に一般的なことについて話す」
そのように春輝は前置きして燐へと語った。
言霊とは言葉に宿る霊的な力のことである。
声に出した言葉が現実の事象に対して何らかの影響を与えるとされ、良い言葉を発すると良いことが起こり、悪い言葉を発すると悪いことが起こるといった具合に太古から信仰の対象とされてきた。
対して、ルーティンというのは日々の習慣のことである。
決まった動作を行うことにより精神の安定と集中力をもたらす儀式であるとされ、一種のゲン担ぎである。
以上が言霊とルーティンの一般的な内容である。
しかし、春輝のいう憑霊使いにとっての言霊とルーティンは少し違っていた。
「憑霊使いにとって言霊とルーティンは憑術戦になった際に重要な意味を持つ。本当はどちらもやらなくても憑術は使えるんだが……威力が違う。それを今から俺が見せる」
春輝はそう言うと自身の刀である大通連を引き抜いた。
大通連の紅い刀身が夕日の茜色の光を浴び、より一層赤みを増す。
「これから俺の憑術、鬼閃をいくつかに分けて放つ。その威力をよく見てろ。まずは言霊、ルーティンなしで……」
春輝はそう言うと少し遠くにある木に向かって大通連は振った。
すると僅かな風圧と共に木の幹にナイフで付けたかのような切り傷が斜めに出来る。
「まぁ、ルーティンなしだとこんなものだ。次は俺のルーティン……笛にとんぼ玉の根付を付けることを加える」
春輝はそう言うと今度は茶色いとんぼ玉の根付を小笛に付けて軽く吹き、再び大通連を振った。
またもや木の幹にナイフで付けたかのような少し太い傷が逆向きに出来、それが交差している。
「ルーティンをしても言霊なしだと対して変わらないな……今度はこれに言霊を付ける。始めは呟くようにだ。憑纏憑術、鬼閃……」
呟いた後に笛を吹き、今度は縦に大通連を振り下ろす。
すると、ここから燐でも目を疑う程の変化が現れた。
先程と違って振った刀からの風圧が強くなり、木の幹には動物の爪で抉れたかのように太い傷が縦に付けられている。
「次は通常……憑纏憑術、鬼閃」
はっきりと喋るように発した後に笛を吹き、春輝は大通連を横に一閃放つ。
すると刀からは突風のような風圧と茶色く光る剣閃の刃が放たれ、傷をつけた木を横一閃に切り倒した。
「す、すごい……!」
あまりの変化に燐は呻くように呟いた。
言葉一つでこうまで影響が出るものかと驚く。
だが、春輝は再び大通連を構えた。
「そして、これが最後。憑纏憑術……鬼閃!」
腹の底から絞り出すように叫び、思いっきり笛を吹いた後、春輝は再び大通連を振り下ろした。
すると刀からは先程までの風圧とは比べ物にならない程の烈風とも呼べる風と共に茶色く輝きを放つ巨大な光の刃が放たれ、木々をなぎ倒していく。
燐はその衝撃に思わず目を瞑り、再び開けた途端にその目を見開いた。
森に囲まれていた廃墟……その一方向は木々が至る所に散らばるように倒れ、空き地のような空間が出来ている。
もはや、驚きのあまり声すら出ない燐に春輝は刀を納めながら言った。
「これが言霊とルーティンの力だ。ただバトル漫画のようにカッコつけて言ってる訳じゃないんだぜ? 言霊は憑霊使いと憑霊は共通だが、ルーティンに至っては全く違う。憑霊使いは媒介に関連した呪具を用いるけど、呪具が無い憑霊に関しては様々だ。手印や構えを使う奴もいればルーティンそのものを使わない奴だっているからな」
「使わない憑霊と使う憑霊じゃ憑術の強さも変わるの?」
「どうだろうな……あまり変わらないようにも感じられるけど、少なくとも今まで出会ってきた憑霊達がルーティンを行う際に使った憑術はいずれも集中力が必要だったり、それによって威力が変わる憑術だったしな」
春輝の言葉を思い浮かべて燐は今までに会った憑霊達を思い起こす。
花子は憑術の水掃波を放つ際、両手を合わせていた。
千鶴は憑術の千里眼を使う際、花子同様に両手を合わせていたがその後に使った身空という憑術は発動前になにやら複雑な印を結んでいた。
こうして振り返ると、なるほどという場面がいくつかある。
だが、燐はその思い出を振り返る中でふとあることを思い出し、春輝に尋ねた。
「そういえば……バカ先生が術印を封じる時に制約がどうのって言っていたけど……あれってなに?」
「因果封印の時に言ってた奴だな? 制約っていうのは特定条件下で発動することを条件に作られた特殊な憑術だ。ソウルライフの可能性は無限だが、やはり分相応というのがある。自分の持っている力以上のものや相性の悪い術式は当然その威力が弱まったり、不発することが多い……それを可能にするのが制約を設けた高等憑術というものだ。まぁ、俺も高等憑術なんてものは持っていないからよく分からないんだけどな」
「ふーん……そうなんだ」
明日の朝になったら虎次郎に聞いてみよう……燐は心の中でそう決めた。
「まぁ、これが大まかな憑術についてだな。燐はもう憑術を一つ持っているからあと七つは作れる……だけど、無理はするなよ? ゆっくり考えて良いんだからな」
「うん、分かった!」
「じゃあ次は憑術の作成だけじゃなく応用も使っていかないとな」
「応用?」
「昨日も言ったろ? 燐の火煙球……あの憑術は使い方によっては強力になるって……だから作成ついでにどう使えば良いのかを考えないとな。それこそ知識を増やす為の勉強だ」
「うぇ~……勉強……苦手だけど、頑張るよ!」
「よし、その意気だ。さて、今日はもう帰るか……憑解」
春輝は小笛を近くの瓦礫にぶつけ、仏壇の鐘のような音を響かせると自身の憑纏を解いて小鈴と分離し元の人間の姿に戻る。
燐はその姿を何気なく見ていたが、ふと春輝の顔色が悪いことに気がついた。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「えっ?」
「なんだか、顔色が悪いよ?」
「そうですか? ……きっと疲れが出たんですよ。最近何かと忙しかったですし……」
「そうだな……じゃあ、これ以上心配させないように今日はさっさと寝るか」
春輝はそう言うと背を向けて自身の住処であるアパートへと向かう。
燐はその様子を見て首を傾げ、その後に続こうとする。
だが、足を一歩踏み出したその時……燐の視界が突然ぐらついた。
(あれ……なんだろう……頭がフラフラする……具合、悪いのかな?)
だが、そのめまいはそれっきりで足に力を入れて踏みしめた途端に元に戻る。
気のせいかと再度首を傾げながらも春輝達の後に続く燐達。
そんな彼らを夕日は照らし、長い影法師を作り出す。
だが、その影法師に黒くて長い不気味な影が纏わりついていることに誰一人として気付く者はいなかった。