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ソウルライフ~見鬼の少女と用心棒~  作者: 吉田 将
第四幕   宵闇に浮かぶ朧月
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胎動

 夜の上倉町……そこで仲間達と会っていたのは何も春輝達だけではない。

 その上倉町の町並みから外れた山奥にある上原かみはらダムにて春輝達の話しの渦中にいた憑霊使い、雨海朧は従者であるスレンダーマンと共にある者を待っていた。

 このダムは昔、上倉町がまだ独立していた頃……天原市と合併されることを記念して作られたダムだ。このダムを作るに当たり、かつてここにあった上原村と呼ばれる村はかつての面影を残し、全てダムの湖底に沈んだ。

 現在、上原ダムはそんな村の面影を一切消し、堤体ていたいの上にある天端てんばは歩行者も通れる散歩コース、その先へと続く小高い丘は上倉町を一望出来る公園となっておりカップルに人気の場所だ。

 そんなダムの天端にて真っ暗な湖面を眺めながら朧はジッと静かにその者を待っていた。


「しかし、朧お嬢様」


「なに?」


「なぜこのような場所を待ち合わせ場所に選んだのですか? もっと、明るい場所の方がよかったのでは?」


「あまり明るい所は嫌いなの。それに……人目がつく場所だと“あの子”が来ないでしょ?」


 スレンダーマンの問いに彼の方を向かず、朧が答える。

 湖面を擦っていた風がダムの堤体を駆け上がり、朧の髪を撫でて通り過ぎた後、辺りは無に支配される。

 凪……音も風も無い静寂になった闇の中、突如ザッザッと何かを擦るような音が聞こえてきた。


「来たわね」


 朧はその音を聞いて湖面を眺めるのをやめ、音のする方へ顔を向ける。

 天端の通路に均等に設置された外灯がその者の姿を照らした。

 そこにいたのは彼岸花の模様をあしらった青い着物を着た幼い少女であった。

 朧や燐よりも幼く見えるその少女は長い黒髪を揺らし、今の時代には不釣り合いな草履を擦りながら朧の方へやってくる。

 少女は無表情のまま何かを手に持ち、それを引き摺っている。

 その手に持っている物を見た朧は顔色一つ変えずに彼女へ尋ねた。


「どう? 狩りの成果は?」


「ふふふ……まあまあ」


 言葉では笑っているが目元にも口元にも笑みを浮かべていない無表情の少女は見せびらかすように手に持っているそれを上げた。

 手に持っているのは若い男女の首であった。

 それが四つ……いずれも苦悶の表情である。

 その髪を持ち上げて見せたのだが、不思議と首からは血が滴り落ちていない。


「ふふふ……水が近くにあったから血抜きが簡単に済んだ」


「身体は?」


「ふふふ……魚の餌にした」


「バレないでしょうね? 見つかったら色々と面倒よ?」


「ふふふ……大丈夫。これ全部、生きたまま岩に杭で打ち込んで、沈めてから一人ずつ首刎ねたから」


「そう」


「ふふふ……良いまりが手に入った。また壊れるまで遊べる。ありがとう、朧」


 傍から見れば狂気に満ちた光景……しかし、当の本人達にとってはこれが普通である。

 とりわけ、朧の目の前にいるこの少女にとっては尚更だ。

 そんなやりとりの中、スレンダーマンは全く関与しようとしない。

 いや、寧ろこの少女に関わりたくないといった方が正しいだろう。


「ふふふ……ところで、朧。依頼されたあの人間……殺した?」


「残念ながらまだよ。色々と煩わしい邪魔があってね。そこであなたの力を借りにこうして呼んだ訳よ。あおい


 葵と呼ばれた少女は相変わらず無表情というか無機質というか、まるで色の無い人形のような顔をしている。


「ふふふ……残念。殺したら異人の毬を貰おうと思ったのに……」


「外人の首なんて好きにして良いわ。ただし、妙な邪魔が入りそうでね…………この土地に憑霊使いがいる。それも強力な奴が……」


 憑霊使い……その言葉を聞いた瞬間、葵の身体がピクリと動いた。

 表情は依然として変わらない。しかし、何かしらの変化は起きたようである。


「それに滝夜叉姫という憑霊と取引をしてね。ちょっと時間を稼いで欲しいって言われたんだけど……そいつが少し厄介なのよ。だから私の手伝いがてら一緒にその憑霊使いの相手をしてちょうだい。ただし、憑霊使いの守っている巫女姫だけは残しなさい。それ以外は毬にするだり餌にするだり好きにしたら良いわ。なんだか、僧侶と巫女もいるみたいだし……」


「ふふふ……憑霊使いに僧侶に巫女の毬……色々な毬が手に入る。それで、どうやって時間を稼ぐつもり?」


「時間を稼ぐ……というよりは私の場合は滝夜叉姫と私が楽になる算段を作る、と言った方が正しいかしらね? ……憑纏!」


 懐中時計を取り出し、針を“6”に合わせて蓋を閉める。すると朧の手に蒼く輝く“666”の数字が三つ巴に浮かび上がり、彼女は足元から噴き上げてきた大量の水と共に瞬く間に着物と袴姿……そして浅葱色の羽織を纏った姿を現した。


「まずは……巫女姫と憑霊使いを引き剥がす。そして、確実に仕留める」


 そう言って朧は懐から何かが入った小袋を取り出した。

 それを見た葵はふと疑問を口にする。


「ふふふ……そんなことをするよりも先に異人を見つけて殺した方が早いんじゃない?」


「ところが、そうもいかないのよ」


「ふふふ……どうして?」


「スレンダーマンが仕入れた情報によると例の枢機卿……観光と称してこの町の神社仏閣を巡っているそうなの。神や仏っていうのは礼儀正しい人間には例えどんな人間にも加護を与えるのよ。異国の地にやってきて一番始めに挨拶をする……これは神や仏が好む礼儀作法よ。しかも、この町のほぼ全てを巡っているということは半端じゃない加護を受けているわ。加護を受けていれば例え異国でも術なんてどうにかなる……つまり暗殺が難しいのよ」


「ふふふ……でも、それとこれとどう関係があるの?」


「まず、私が時間を稼ぎながら策を張る……そうして時が来たら滝夜叉姫に派手に暴れてもらう。神仏は人間の影響を受けやすいから、その暴動によって加護が弱くなる。そこを突くのよ」


「ふふふ……なるほど」


「まぁ、勿論。見つけて殺せそうなら殺すけど」


「ふふふ……それでどうするの?」


「まず仲違いをさせるわ」


 そう言いながら朧は小袋に入っている物を取り出す。

 それは子供が遊びに使うビー玉だ。

 同時に彼女の手の甲の“666”の数字が蒼く輝く。


「憑纏憑術、蛇魂顕現じゃこんけんげん


 朧は言霊を放つと同時に手に持っていたビー玉をダムの湖面に向かって投げる。

 すると放たれたビー玉の一つ一つが蛇の眼球となり、そこを中心として蛇体が自然に形付けられていく。

 そうして、ビー玉の蛇達は次々と湖面に飛び込んでいった。


「……これで仕込みは済んだわ。あとは少し待つだけよ」


「ふふふ……上手くいくかしら?」


「上手くいくように“この場所”を選んだのよ。……スレンダーマン」


「はっ」


 朧に呼ばれ、今まで黙っていたスレンダーマンはようやく前に出てくる。


「あなたにもそろそろ憑術を覚えてもらうわ。今まで使ったことはないでしょう?」


「はい。ですが、口に出して言った所で何か変わるでしょうか? 今までも私は影の力を使ってきましたし……」


「ふふふ……大いに変わりあるわ」


 そう言って歩んできた葵は上目遣いでスレンダーマンを見つめる。


「ふふふ……言葉というものには力が宿るの。そして言葉を発することによって自身の内からも力が湧いてくる。気持ちが揺れない点でも言葉はとても有効……あなた、自分と実力が拮抗している者か少し劣っている者に負けることがあるでしょう? それはそういうことよ」


 スレンダーマンは言われ、これまでの自身の戦いを振り返る。

 確かに、陽炎も呑兵衛も気持ちの面でスレンダーマンよりも優れていた。


「そういうことだから、私の策が実るまでこの葵に稽古をつけてもらいなさい。葵は水の憑術のみなら誰にも負けないわ」


「ふふふ……水の憑術、ならね」


「分かりました。朧お嬢様のお役に立てるというなら……葵様、お願いします」


「ふふふ……大丈夫よ。あなた、筋は良さそうだからすぐに習得出来るわ。それじゃあね、朧」


「朧お嬢様、暫くお暇を頂戴致します」


「えぇ、ちゃんと覚えてきなさい」


 スレンダーマンは丁寧に頭を下げると影に沈むように葵と共にその場から姿を消す。

 それを見送った朧はゆっくりと空を見上げる。

 空には雲に隠れながらも月がその僅かな光を出している。


「今宵の月も……綺麗ね」


 そう呟く朧の口元には笑みが浮かんでいる。

 その笑みは月を見ている為か、それともこれから自分が起こそうとしていることを楽しみにしてかは分からない。


「雲に隠れ、機が来たら姿を現す月の如く……天よりくだり、地を蹂躙する龍が如く…………喰らってあげるわ。姫を守る憑霊使い」


 目的は美優ではなく、春輝と小鈴……朧はまだ見ぬ彼らに向かってそう宣言し、月夜が照らす上倉町を眺めた。

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