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ソウルライフ~見鬼の少女と用心棒~  作者: 吉田 将
第四幕   宵闇に浮かぶ朧月
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新霊組

 冷やし中華を食べ終えた雪羅は虎次郎のお金であることを良いことに追加で全員にドリンクバーを注文した。

 そうして、キンキンに冷えたコーラを飲みながら再び新霊組について話し始める。


「新霊組……その起こりは明治時代からなの」


「意外と最近なんですね。もっと古くからと思っていました」


「まぁ、憑霊使いは昔からいたんだけど、その頃は憑霊使いという呼び方もなく他の霊媒師達と一緒の扱いだったんだよ」


 美優の素朴な疑問に春輝が答える。

 そんな答えに今度は讃我が重ねて尋ねてきた。


「憑霊使いって……どれだけ古い時代からいたんだ?」


「詳しくは分からないけど、正式な記録で残っている最古の憑霊使いとしては有名な人がいるぜ」


「誰?」


「征夷大将軍……坂上田村麻呂だ」


 歴史の授業をしていない燐はその名を聞いてもまだピンときていない様子ではあったが、他の義務教育を受けた美優達はその名を聞いて衝撃を受けた。

 平安時代の武人にして歴史の授業でも特に有名な人物である。


「公の記録で最古に載っているのは田村麻呂将軍だな。坂上田村麻呂は蝦夷の雄であり、憑霊使いでもあった阿弖流為アテルイと対等に戦う為に鈴鹿山すずかやまにいた鈴鹿御前すずかごぜんという憑霊の力を借りて、アテルイを下している。以降の時代にも公式な憑霊使いの名は出てきてはいないが、元寇や戦国の世でも大きく活躍していたらしい。意外と有名人が多いんだぜ? 憑霊使いは……」


「まぁ、名前を上げるのはそれくらいにして……話しを戻すわね。新霊組創設の切っ掛けは徳川の治世が終わり、明治政府が樹立したことなの。その頃、日本は人々だけでなく憑霊達の世界も荒れていた……そりゃあ数百年続いた歴史が急に一新されたのだもの無理は無いわね。外国からの近代的文化を取り入れたことによる闇の消失……国家再編による伝統や文化の変化……それらは人間のみならず憑霊達も狂わせかねない、そう思った一部の憑霊使い達は自分達で憑霊に関わる治安の維持を成そうと組織を作った。これが新霊組よ。その元となったのは江戸末期に京都で活躍した新撰組からとっているわね」


「そんなことが……でも、それこそ明治政府に頼めなかったのでしょうか?」


「当時の明治政府はそういったオカルト地味たものではなく、科学を優先としてまとも取り合ってくれなかったのよ。でも、その明治政府の中にも理解者は少なからずいたから資金や物資、法案の制定などの際にもいくらか協力してもらっていたの」


「美優なら知っているとは思うけど……今の正吾のような立場の人間がいてくれているお陰で俺達は成り立っているんだ」


「まぁ、その正吾も元は新霊組と警察官……二足のわらじを履いてくれていたのよ」


「元……今は違うんですか?」


 正吾も新霊組という組織の一員であったことに驚きつつも、美優は最もなことを聞いた。

 もしかしたら、正吾も春輝と同じような状態かも知れないからだ。


「春ちゃんと一緒に抜けたそうだけど……本部からは特に何も言われていないわ。これが隊長格と隊員との違いなのかしらね……」


 どうやら、正吾には特にお咎めは無いらしい。

 けれども、雪羅の口から次々と出る用語に春輝と小鈴と雪羅以外の面々はついていけなかった。

 その様子を見てか雪羅は一同に安心させるかのように話す。


「……ごめんね、順に話すから安心して。まず……新霊組っていうのは十二の部隊に分けられていて組織全体を“家”としているの。その十二の部隊はそれぞれからと十二支になぞらえて分けられていて、そこから更に六部隊ずつ戦闘専門と補助専門に分けられているの」


「その組分けも新撰組を参考にしていますね。大まかに説明するとですね―――」


 以下、小鈴と雪羅が交互に話したことをまとめるとこうだ。

 新霊組とは簡単にいうと憑霊の世界における警察組織のようなものである。

 人間の世界には法律があるが憑霊の世界には法律というものがない……それ故、憑霊の世界は自由であるが反面では無秩序の治安の無い世界といってもよい。

 そうなると、力の無い憑霊は消え、力ある憑霊だけが生き残るという自然界における淘汰のような現象が起こる。

 そして、力を持ち暴走を始めた憑霊はやがて不可侵領域である人間の世界にまで足を運び始める。

 それらを未然に防ぐ、または対処するのが新霊組である。

 新霊組は全体を“家”として捉え、その中で更に十二支をもとにした十二の部隊に分けられている。

 本家、新撰組のように番号で分けていないのは数字による優劣を作らず、あくまで皆対等に平等にするという理念からである。

 そうして、その十二の部隊の内、半分を戦闘専門と補助専門に分けている。これはそれぞれの個性を最大限に生かす為にわざと分けられたものだ。

 そのようにして構成された部隊にはそれぞれ、所属している隊員をまとめる為の隊長と副隊長というものがいる。

 だが、これだけでは新撰組のように後々の軋轢を生む要因になるとして更に戦闘分野と補助専門分野で副長のような立ち位置にいる人物が二人いるのだが、それについては小鈴も雪羅もこの場では話さなかった。

 更に、組織全体をまとめる局長のような人物がいて新霊組という組織が存在しているらしい。

 その話しを聞いた一同は揃って春輝を見る。

 彼は珍しくこの場では沈黙を貫いていた。


「隊長格と……隊員?」


 美優の恐る恐るの問いにも春輝は何も答えない。

 先程の雪羅の言葉と今の説明……更には春輝のこの態度が示す答えに皆もう気付いていた。


「……春輝は新霊組の中でも戦闘に特化した部隊“うし”の隊長です」


「元……だけどな」


 小鈴の暴露に春輝はそう付け加えるもこの際、元などはどうでもいい。

 美優に至っては自身の用心棒を頼んだ相手がそんな人物だったなんて夢にも思っていなかった。

 そんな彼女の心中を察してか春輝は自ら話し始めた。


「別に隠していた訳じゃないぜ? けど、新霊組の元隊長と言っても分からねぇだろ?」


「それは……そうだけど……」


 でも、それがどうして虎次郎と春輝が交わして“殺す”という言葉に繋がるのか……美優には分からなかった。

 寧ろ、彼らは元とはいえ仲間だった筈である。

 その気持ちも察してか春輝はまた自ら話し始めた。


「虎次郎が俺を殺す理由か? それは簡単だ。その理由は新霊組の血の掟によるものだからだ」


「血の掟?」


 美優がそう問いかけた瞬間……小鈴はポツリと呟いた。


「組を脱する者は死罪……それが新霊組の血の掟です」


 あまりの衝撃的な言葉に一同は思わず息を呑んだ。

 そんなヤクザのようなことがまかり通るのか……そんな心中を雪羅は最もな理由と共に答えた。


「……仕方ないのよ。憑霊に法律が効かないように憑霊使いにも法律は効かない。憑霊の力を使えば法の網なんて簡単に掻い潜って人を殺めることが出来るんだから。そんな者は牢獄に入れることすら出来ない。新霊組は危険な憑霊使いの排除も仕事の内なのよ」


「でも……だからって!」


「じゃあ、あなたは内部の事情をよく知る者が他の危険な憑霊使いに情報を売ったり、暴走して自らも危険な行為に走らないと保証出来るかしら? 出来ないでしょう?」


 雪羅の言葉に美優は思わず口を噛み締めた。

 春輝はそんなことをする筈が無い、と内心は強く思っても完全に否定をすることは出来ない。


「そんな者を野放しにするよりは何かをする前に始末した方が良いって考えになるでしょう?」


「でも……必ずそうするというは言い切れないじゃないですか!」


「……ところがね。前例があるのよ。昔、組を脱したある隊長格の憑霊使いはその力を使ってこの世の中を混乱に陥れた。そして、それを止めようとした新霊組の憑霊使い五十名を皆殺しにして消えた。止めようとした元の仲間も躊躇なく殺された……新霊組は汚名がどうこうじゃなくて、これ以上仲間を殺されたくないのと身内同士で血を流す所を見たくないのよ」


 雪羅の悲痛に近い言葉を聞いて美優もついに反論することが出来なかった。

 確かに憑霊使いを止めることが出来るのは同じ憑霊使いであろう。

 それ故に生まれた悲劇……それを防ぎたいと思うのは当然のことであり、その手段が一つしか無いというのもまた悲劇であろう。


「でもね……」


 けれども、雪羅は言葉を続けた。


「あたしはそれをどうにかして防ぎたいと思う。今はこうして話すことしか出来ないけど……」


 そう言って雪羅は立ち上がった。

 その目には最初にこの店に入って来た時とは違い、真剣な光が宿っていた。


「必ず……二人をなんとかして助けるから…………だから、もう少し待ってて」


 そう言い残して去る雪羅の姿を春輝と小鈴はジッと見送っていた。


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