雪女
店員に追加の注文をした後、春輝達は店の許可を貰って隣のテーブルをくっつけて席を広げた。
そこには始めから居た春輝、虎次郎、燐、小鈴、陽炎に加え、美優や明日香、讃我が加わり大所帯を形成している。
そんな中、春輝は仲介となって美優達と虎次郎に双方の紹介を行い、虎次郎へ今までのことを話した。
「そんなことになっていたのか……お前の行く先々には安住の地は無いな。五十嵐」
「そう言ってくれるなよ。こう見えても美優から弁当貰ったり、こうして色々な人に出会えて楽しいんだぜ?」
「……まぁ、お前が良いなら構わないがな」
「ところで、虎次郎。雪羅はどうしたんですか? 一緒じゃないんですか?」
「もう少しで来る。あいつは公園でお前達と会う前に天原市のデパートへ買物に行ったからな」
「……雪羅?」
美優が聞き慣れない名前に疑問の声を上げる。
その際に彼女達が注文した品々を店員が持ってきた。
それに気を止めることもなく、美優の疑問に春輝が答えた。
「虎次郎の憑霊でスタイル抜群の長身美女だ」
「おい、変な紹介をするな」
「私の親友でもありまして……姉御肌の妖艶なお姉さんですよ」
「……お前らはこういう時には息が合うよな。本当に―――」
「本当にもう変わってないんだから!」
虎次郎の言葉を遮り、彼の言葉を紡いだまま突然、女性の声が聞こえてきた。
一同がその方を見ると青み掛かった黒髪のサイドテールに雪のように白い肌を持った美人が春輝達のいるテーブルの前に立っている。
しかもスタイルが良い為か美優と明日香は思わず自分の身体と見比べてしまった。
「遅いぞ、雪羅」
「ごめ~ん。ちょっとバーゲンしてて……遅れちゃった。でも、春ちゃんもこりんりんも相変わらず変わっていないわね~」
雪羅は虎次郎の言葉を軽く受け流すと彼の隣に座り、近くにいた店員に「冷やし中華!」と元気よく注文する。
「でも、春ちゃんとこりんりんだけかと思ったのに……随分多いわね?」
「この町で出会った俺の仲間だ」
「そうなんだ……じゃあ、自己紹介しないとね。初めまして、あたしは雪羅。このお虎の憑霊であり、雪女なの。よろしくね!」
「雪女!?」
雪羅の紹介に美優を始め、讃我と明日香は驚く。
雪女のイメージとしては真冬の雪山で男を凍死させるか、出会った際に見たことを口止めして男と結婚し、その時のことを話されたら涙ながらに去っていく……そんな昔話のイメージしか無い。
けれども、目の前にいる彼女は六月でもうすぐ夏に入る季節だというのに、雪山どころか都会でしかもギャルのような胸元や足を強調とした妖艶な服を着て、ファミレスで冷やし中華を頼んでいる。
もはや思っていたのと違う。雪女らしいのは季節外れの冷やし中華を頼む所だけでないか。
「あ、あの……暑くないんですか?」
「そりゃあ、北国育ちだから暑いけど温暖化の影響である程度なれちゃったしね。それに憑霊使いの憑霊なんだから贅沢言ってられないでしょ? この間、ハワイにも行ってきたし……」
「贅沢なこと言うどころか贅沢な所に行ってる!?」
「福引で旅行が当たってね。なぜか、あたしって昔からそういう暑い土地に縁があるから……」
「言っておくけど、雪羅は他の雪女と違うぞ? 暑い土地に縁があるから熱に耐性は無くても暑さには耐性があるんだ。熱帯雨林とかじゃない限り、どこにでも行ける」
春輝は補足としてそんな説明を行うが美優達はそれを聞いてもまだ信じられなかった。
けれども、平気そうな雪羅の様子を見る限りじゃそれは痩せ我慢でも嘘でも無いらしい。
地球の環境問題がこんな所にまで影響を及ぼしているなんて恐らく誰も思わないだろう。
「ところで、虎次郎……さっき任務って言ってたけど、どういう任務でだ?」
「……惚けるな。それはお前が一番よく知っているだろう、五十嵐」
彼らがそう言葉を交わした瞬間、言い知れぬ悪寒が突如美優達を襲った。
先程まであった和やかな空気は一変し、凍てつくような空気が場を支配する。
「……やっぱり、そうかよ」
「ちょっとお虎! こんな所で……やめなさいよ!」
不穏な空気を察知して雪羅が慌てて仲介に入るが、虎次郎は無言のまま春輝を見る。
一方の春輝は少し悲しげな表情で軽く笑った。
美優は彼のそんな表情を見るのは初めてであった。
「……殺すなら殺せ。お前にやられるなら俺はとやかく言わねぇよ。寧ろ……来てくれたのがお前で良かった」
「えっ……ちょ……殺す!?」
春輝の爆弾発言に一同は驚くものの、小鈴は何かを知っているのか目を瞑って黙っている。
そんな言葉を受けてもなお、虎次郎は無言のままでいたが何を思ったのか……黙ってかき氷を食べ終えた後、徐ろに立ち上がった。
それを見た燐や美優は警戒するも、虎次郎は財布から一万円を出すと雪羅の方へ顔を向けた。
「……金は先に払っておく。俺は一足先に店を出るから雪羅はゆっくりしていてくれ。……安心しろ、こんな所で戦ったりはしないさ」
論するように燐と美優へそう言った後、虎次郎は静かにその場を去って行った。
再び、場を沈黙が支配する中……雪羅が頼んだ冷やし中華がようやく来た。
「寒いのは好きだけど……こういう寒いのは苦手なのよね。お虎の奴……あとで覚えてなさいよ」
「あ、あの……!」
「うん?」
忌々しげに虎次郎への恨み言を言った後、冷やし中華に手を付ける雪羅に美優は恐る恐る尋ねた。
「さっき春輝君が言っていた殺すって……どういうことですか?」
隣にいる春輝へ目を配らせながら美優はそう聞く。
春輝は変わらず寂しいような哀しいような顔で黙ってその場に佇んでいた。
それを聞いた雪羅は麺を一啜りした後、小鈴の方へ顔を向ける。
そうして目を瞑ったまま黙っている小鈴を暫く見た後、彼女はようやく口を開いた。
「話すと少し長くなるんだけどね……それでも聞く?」
「はい」
雪羅の問いに美優は頷きながらはっきりと答えた。
それを見た雪羅も頷く。
「分かった。じゃあ、まず春ちゃんとお虎の関係からね……春ちゃんとお虎は小学校の時からの馴染みなのよ。当時、お虎はあの容姿から周りの子達に避けられていてね。アルビノ……だったけ? 生まれつきそれなものだから髪は白髪だし、目も色素の関係で青くなっちゃったのよ。でも、身体の免疫に関して異常が無くてね……見た目以外は普通の人間なのに子供のみならず大人からも忌み嫌われていた。そんなお虎に話し掛けたのが春ちゃんだったって訳」
アルビノ……昔は白子とも呼ばれ差別や迫害の対象にされてきた。
美優は本やテレビでしか見たことが無かったが、それはもう酷いものらしい。
今ではそのようなことは無くなったのだが、やはり子供は時に残酷で仲間外れにするという傾向があるらしい。
しかもそれを諌める大人までもが虎次郎を奇異な目で見ていたというのだから、彼の持つあの冷たい雰囲気は恐らくそこから来ているのだろうと美優は思った。
「……まぁ、あの時は少し珍しかったからな。試しに話してみたら意外と面白い奴で……すぐに仲良くなった」
ようやく春輝が黙っていた口を開いた。
その顔はどこか懐かしむようなものであった。
「やがて二人は子供ながら互いに憑霊使いであることに気付き、互いに遊びも兼ねて鍛錬を重ねた……同じ憑霊使いで実力も同じなものだから修行としてお互い戦いあって強くなっていった。そうして、そんな日々を過ごすこと数年……二人は共にある組織に入った」
「ある……組織?」
組織……そんなものに入っていたなど春輝はおろか小鈴からも聞いたことが無い。
美優は春輝の方へと視線を向ける。
その顔は普段の彼とは違って神妙な面持ちであった。
一同の視線を一心に受ける春輝であったが、その口からは何も語ろうとはしない。
少し間を置き、それを十分に確認した雪羅は話しを続けた。
「……決して表には出ない。憑霊使いのみで構成された政府非公認の組織。名は……新霊組」
「新霊組……」
美優は雪羅が口にした組織の名を繰り返す。
それを聞いていた讃我と明日香は聞いたことが無いかのように揃って首を傾げた。
「憑霊使いにもそんな団体があるのか?」
「えぇ。それはもう昔ながらの組織がね……例えるなら平安時代の陰陽師達が所属する陰陽寮のようなものかしら? でも、あっちは国が公認しているのに対しこっちは国が公認していない組織だってこと……まぁ、事情を知る者はたくさんいるから協力はしてもらえるけどやっぱり表立った補助が無い分、色々と厄介事がつくわね」
「補助が無いというと……組織を運営するだけでも大変ですね。私や讃我のように神社やお寺の者ならばそれなりに対応はしてくれますが……」
「あら、あなた達はそういった方面の人達だったのね? 春ちゃん達と一緒にいて大丈夫?」
「えぇ。五十嵐君達にはお世話になったばかりですから……この町の者は私達が事情を話したので大丈夫です」
「そう。それなら良かったわ……この手の話しって色々と面倒が起きるから本当なら無闇やたらと話しちゃいけないんだけど……」
「この二人には予め憑霊使いについて教えることになっていたから、その点については俺が責任を持つぜ」
「いや、もう春ちゃんは責任を持つ立場じゃ無くなったでしょ? まぁでも、それなら安心して良いわね。でも、春ちゃん」
「なんだ?」
「ここまで話しておいてなんだけど……もしかしたら、春ちゃん達の今の現状を―――」
「構いやしねぇさ」
遠慮がちに言う雪羅の言葉を遮って春輝はそう言った。
その言葉からは先程までの静かな彼ではなく、いつもの彼の明るさが入っている。
「さっき物騒なことを口にしちまったしな。色々と考えてもう腹をくくった。どうせ、遅かれ早かれ知ることになるんだから……」
「そう……じゃあ、話して良いのね?」
「あぁ。その代わり……ある程度察しはつくけど、お前らがここに来た理由も話してくれよ?」
「えぇ。分かったわ」
そう春輝と言葉を交わした後、雪羅は他の一同の顔を順々に眺めながら自分の冷やし中華を啜った。