氷虎現る
「うぇ~……ただ黙っていることがこんなに辛いなんて……」
「まだまだだが筋は良い。あともう少しの辛抱だな」
修行をした日の夕方……春輝と燐はお互いの憑霊を連れ、上倉町の公園のベンチへ座り棒付きアイスを食べていた。小鈴と陽炎と煙々羅はブランコで暢気に遊んでいる。
今日の廃墟での修行は一旦終了し、明日から燐はソウルライフを具現化し、身体に張り付かせる修行と知識を増やす為の勉強……そして身体強化の為の組手を行っていくこととなる。
前に比べてその量は倍だが、組手以外は学校でも出来ることだ。
「真面目にやればあと二、三日で憑術を扱っても良いな」
「燐はもう憑術を使えるよ?」
「初めて憑纏した時に病院で使った火煙球だな。即興で作ったとはいえ、中々良い憑術だ」
「でも……派手じゃないよ?」
「何でもかんでも派手なら良いってもんじゃねぇぞ?」
春輝はそう言うと食べ終わった自分のアイスの棒で宙を差した。
そんな彼の後ろではブランコを勢い良くこいでいた小鈴がまるで新体操の如く、大車輪を繰り出して物凄い速さで回っている。
「派手な憑術程、確かに威力は強いが応用が効かなくて使い辛いんだ。逆に地味な憑術は確かに威力も弱いがその分色々と応用が効く。憑霊使いの戦い方っていうのは自身の術の力だけじゃなくいかに周りにあるものを利用し、応用させるかによって勝敗が大きく変わってくる。前の夜叉丸が狭い空間を利用し、多くの人間を使って機動力を得たように……滝夜叉姫が密閉された場所で膨大な炎の憑術を使って逃げ場を塞ぎながら威力を上げたように……憑霊ってのはその場所にあった術や技を使い有利に事を運ぶ。だから、燐が作った火煙球も使い方によっては強力なものになるんだ」
「どう使えば良いの?」
「だから、その使い方を学ぶ為の修行でもある」
一通り回り終えた小鈴はブランコから飛び降りると宙で数回転した後に綺麗に着地した。
それを傍で見ていた陽炎と煙々羅は揃って「おぉ~……」と感嘆の声を漏らしている。
春輝はその様子に目を配らせつつ、続けて燐に言った。
「そもそもお前が作った憑術なんだから俺じゃなくお前の方が詳しいだろ?」
「でも……球にして投げることぐらいしか思い付かないよ!」
頭で考えることで混乱してきたのか、燐は苛ついたように食べ終わったアイスの棒を公園のゴミ箱に向かって投げる。
だが、投げた瞬間アイスの棒は突如吹き付けてきた強い風によって煽られ、軌道が逸れて近くでたむろしていた柄の悪そうな男の靴に当ってしまった。
「あ?」
「あっ……」
「うわっ……面倒くさいことになりそうだな……」
春輝と燐が口々にそう呟いた後、男は彼らに気付きアイスの棒を拾い上げるとツカツカと歩み寄って来た。
「おい! 今、おれにゴミを投げてきたのはテメェらか?」
「ごめんなさい! 外れちゃって……」
「ごめんじゃねぇ!」
大声で怒鳴る男に燐は萎縮してしまい、項垂れる。
そんな燐を守るように春輝が前に出て、異変に気付いた小鈴達がやってきた。
「おいおい、確かに悪かったけどさ。オッサンもこんな小さい子相手にムキになりすぎじゃねぇのか?」
「なんだ、テメェは……こいつの兄貴か? だったら汚れた靴を綺麗にする代金……払ってもらおうか?」
「はぁ? 服じゃあるまいし払えるかよ。バカか……現実はドラマと違うんだよ。テレビの見過ぎだぜ?」
「というか……靴を綺麗にするならそこで洗えば良いじゃないですか?」
小鈴がそう言って公園の水場を指差すが男はそれには目もくれず、春輝と燐の方へにじり寄ってくる。
「じゃあ……少し痛い目を見てもらおうか!」
男がそう言って、拳を作りながら振り上げた時であった。
何者かが男の背後から彼の腕を掴み、その行動を制止する。
「大の大人が公園で無粋な真似をするな……」
「誰だ!」
男はそう言いながら、自分を止める者を見る為に腕を振り払って、振り返る。
だが、振り返った途端……男はギョッとして、怒りの感情をぶつけることが出来なかった。
そこに居たのは春輝より少しばかり身長の低い、彼と同じくらいの年齢の少年であった。
それだけならどうということは無い。だが、男が驚いたのはその容姿である。
少年は白髪の短い髪に淡い青色の目と普通とは違って異様な容姿であったからだ。
そんな少年の男を見る視線はとても鋭く冷たい……男はその目を見ただけで凍りついてしまった。
「お前は―――!」
一方、春輝はその少年に見覚えがあるのか声を掛ける。
その声に応えるように少年は春輝を少し見た後、すぐに男の方へ向き直った。
「たまたま通り掛って現場を見ていた者だ……小さい子相手に随分と大きな態度を取るものだな。しかもちゃんと謝っているだろう……もう許してやれ」
「じゃ、邪魔すんじゃねぇよ!」
男は少年にそう言うものの、その青い目に吸い寄せられるように視線が離れず身体がなぜか動かない。
少年はそんな男の瞳をなおも鋭い視線で見つめながら、言い放った。
「しかも恐喝にしては随分と幼稚な理由だな……そこをどくか、ここから去れ。俺はそいつに話しがある。そんなくだらないことでいつまでも待つ気は無い」
「なんだと!」
男はその物言いが癪に触ったのか今度は少年に向かって拳を振り上げる。
だが、少年は避ける素振りも見せず代わりに溜め息を吐いた。
「はぁ~……仕方ない、ならば―――」
そう言うと少年は男と目を合わせてまま身体を僅かに傾ける。
すると、男の身体もなぜか同じ方向へ傾き始めた。
「な、なんだ!? うわっ!」
そして、そのままゆっくりと地面に倒れ込んでしまう。
そんな男の隣を少年は悠々と歩いて通り過ぎた。
「勝手に通る」
呟いた少年は男の傍を通って、春輝と対面する。
春輝はそこでようやく少年の名を口にした。
「虎次郎……」
「五十嵐、久し振りだな」
虎次郎と呼ばれた少年はそう言うと口元に僅かな笑みを浮かべる。
一方、春輝の後ろにいる燐は何がなんだか分からずにそこから出てくることが出来なかった。
「……なんでお前がここにいるんだ?」
「………………まず場所を変えるぞ。ここで話すと何かと長くなるからな。付いて来い」
暫くの沈黙の後、虎次郎はそう言って彼に背を向ける。
それを倒れて見ていた男は止めようとするが、虎次郎が再び凍てつくような視線を向けると今度は言葉すら出ずに凍りついたかのように動けなくなってしまった。
春輝と燐と小鈴達は各々その男の姿を見た後、虎次郎の後に続いて公園を出た。
――――――【1】――――――
虎次郎に連れられ、春輝達は上倉商店街の中にある小さなファミレスに来ていた。
そこには休日ということもあってか、多くの人々で賑わっている。
ファミレスの中には虎次郎と春輝と燐、小鈴と人間の姿になっている陽炎がそれぞれ座っていた。
煙である煙々羅は外で待っている。
「……大丈夫か?」
「うん……ありがとう……」
燐にそう声を掛け、返事を聞いた虎次郎は店員を呼んで「かき氷」と注文をした後、春輝達の方を見た。
「五十嵐、お前達も何か頼め。ここは俺が払う……」
「うおっ、マジか! んじゃあ、お言葉に甘えて……俺はステーキで!」
「私も同じので」
「燐はパフェで!」
「ボクは……じゃあ、燐ちゃんと同じので……」
容赦ない注文責めにも虎次郎は顔色一つ変えずに涼しげな雰囲気でそれを黙って聞いていた。
そうして、店員が去ってから暫くした後……春輝はさっきまでの明るい雰囲気とは一変し、急に真面目な顔つきになって口を開いた。
「……でも、本当に久し振りだなぁ。虎次郎」
「あぁ。とは言っても……お前があそこを去ったのは春先だがな」
店員が持ってきたお冷で口を湿らせつつ、虎次郎は素っ気なく答える。
燐は春輝と虎次郎を交互に見た後、ついに思っていたことを口にした。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん。このお兄ちゃんは誰? 知り合い?」
「ん? あぁ、そうか……燐や美優にはまだ言っていなかったな」
春輝はそう言うとようやく目の前にいる人物について語り始めた。
「こいつは氷雨虎次郎。俺や美優と同い年で、俺と同じ憑霊使いの同期でもある」
「えっ!? お兄ちゃん、憑霊使いなの!?」
春輝の紹介に燐と陽炎は驚くが当の虎次郎本人は顔色一つ変えずに答える。
「あぁ……見たところ、お前も憑霊使いみたいだな」
「うん! 晴山燐だよ! こっちは憑霊の陽炎!」
「よろしく……」
「よろしく」
互いに軽く自己紹介をした所で彼らが注文した品々を店員が持ってきた。
春輝達はそれを受取りながらも会話に花を咲かせる。
「ところで虎次郎……どうしてお前がここにいるんだ?」
「ある任務でな。ところで、お前は―――」
「あれ、春輝君?」
虎次郎が言い掛けた時、突然彼らのいる席に女性の声が聞こえてくる。
虎次郎が首を傾げる中、春輝と燐はその聞き慣れた声のある方へと振り返り、その人物へ声を掛けた。
「おう、美優。それに先輩達も来てたのか」
「やっほー!」
「月見里さんの修行帰りにね。讃我は護衛っていう名の付き添い」
「おれはこの二人の財布だ。不本意だけどよ……明日香の奴は怒らすと怖ぇから……」
「そうか……でも大丈夫だぜ! 今日は俺の親友が奢ってくれるってさ!」
「おい、五十嵐! お前はまた勝手に―――」
突然の言葉に反論しようとする虎次郎であったが、何を思ったのか急に口を閉ざした後……諦めたように盛大な溜め息を吐いた。
「はぁ~……仕方ない。ここで不毛に言葉を交わしても周りの迷惑だからな……分かった。俺が持つから座ってくれ」
そう言って頬杖をついた虎次郎の目は先程までの凍てついた眼光は無く、言葉とは裏腹に穏やかな光が宿っていた。