プロローグ
「空の色は……いつまでも変わりませんね」
お盆が過ぎた夏の里山………そのとある丘の上で空を見上げながら少女はそう呟いた。
少女の見上げる空には八月特有の入道雲が浮かび、眼下には森と長閑な田園風景が広がっている。
子供みたいに元気だ、と思いながら天上に輝く太陽を見た後、少女はゆっくりと目を閉じた。
周りにある森からは蝉達の合唱が聞こえ、夏にしか味わえぬ涼しげな風が少女の髪を撫でて行く。
しかし、少女は感じていた。少なからずの変化に………。
今年は蝉達の声がいつになく少ない、風に至っても山の向こうに街が出来たせいか、昔より温くなっているように感じる。
空の色は変わらずも、いつしかそこには鉄の塊が飛んでいた。
「………時代は変わるのですね……」
目を閉じたまま少女は寝転ぶ。
(でも、私は変わらない……この空の色と同様に……)
―――鬼子が、何しにきた!
―――出ていけ! この化け物!
「…っ!」
ハッと目を覚ました少女は頭を押さえながら起き上がる。どうやら、いつの間にか寝てしまっていたようだ。
辺りを見ると既に日が暮れており、山々が紅く染まっている。
「……まさか、昔の夢を見るとは………暑い中、寝ていたせいですね」
そう呟きながら自身の頭に触れる少女。その手の中には短い角があった。しかも反対側にも一本………つまり二本の角が生えている。
「……これがある限り……私は人間とは交われない」
少女にとって、この角は自身が人間でない者の証であり……忌み嫌われる原因となったもの……そして、孤独の象徴でもある。
故に……少女には仲間が居ない。
「私には仲間なんて…………仲間…………なんて………」
仲間なんて必要ない―――。そう言おうとしたが、その言葉は口から出てこない。代わりに夕日と同じ紅い目からは雫が無数にこぼれ落ち、少女の頬を濡らした。
角と紅い目から人間に恐れられ、鬼というだけで妖怪達からも恐れられる。
この世界に少女の居場所は無かった。
居場所が無い者は時代の流れと共に消え去り、居たという存在も無に変わる。
生物は古来より環境に適応する事で生きてきた。それは時代の流れも同じ………だが、少女にはそれに乗る器用さが無かった。
器用が無ければ誰かに頼れば良いのだが、それをする事も出来ない。
「……嫌だ………消えたくない………消えたくないよぉ………」
ついに少女は声を上げて泣いてしまった。
少女にとってはいつもの事………悪夢を見た後は泣き疲れるまでひたすら泣く。
この日もまた、いつものように泣き続けるつもりだった…………そう、だったのだ。
「誰だ~? 泣いている奴は~?」
「……!? 誰ですか!」
突如聞こえた声に驚き、少女は目を擦りながら辺りを見渡す。
夕暮れ時にこんな山奥の丘に来るなんて妖怪の類いに違いない………そう、考えながら気配を探っていると……。
ガサッ、ガサッ……と少女の後ろにある茂みが揺れた。
それを見た少女は軽く距離を取って、様子を伺う。
音が止んだ後、暫くしてから何者かが茂みから出てきた。
「いや~、やっと広い所に出られた!」
そう言いながら出てきたのは人間の少年だった。見た目からだと10にもなっていないだろう、その少年は少女に気付いて「よぉ!」と声を掛けてきた。
「何してんだよ? こんな所で……」
「………それは私の言葉です。あなたこそ何してるんですか?」
「俺か? 俺は山に入って道に迷ったら、誰かの泣く声が聞こえて……もしかしたら、同じような奴がいるのかなって…それでここに……」
「なるほど、そう言う事ですか………残念ながら私は迷い人じゃありません」
「だろうな。頭に角が生えている人間なんて見たこと無いからなぁ…」
少年の言葉に驚き少女は慌てて角を隠す。
だが、少年はそんな事など気にせず、嬉しそうに少女に言う。
「いや~でも、助かったよ! 一人じゃ心細くてさ! 俺、五十嵐春輝って言うんだ。お前は?」
「………………小鈴………です」
なぜ、この人間は恐がらないのだろう? なぜ、自分は名前を言ったのだろう?
初めての事に頭の中が混乱し戸惑う小鈴に対し、春輝は無邪気な笑顔のまま手を合わせる。
「そうか……じゃあ、悪いけど小鈴。街までの道案内……知っていたらお願いします!」
春輝のそんな姿を見た小鈴は目を丸くして呆然としていた。