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ここまで来ました~。

とりあえず次が最終回なのですが、続編を書きたいと思っています。

と言うか、すでに頭の中では二人の先が見え始めていて・・・これはやっぱり書くべきですよね?

最後の仕上げにキュッと口紅ひく。向かい合ったもう一人のあたしと鼻先が当たりそうなほど顔を寄せ、キレイに塗れたかをチェック。うん。いいカンジ?

メイクが終わると今度はブラシで丁寧に髪を()かす。以前は長かった髪を去年の春にバッサリと短くしてからは、もうずっとショートヘア。ここ最近は美容室に行く時間がなくてちょっと伸び気味だけど、次のお休みには絶対に行こうと思ってる。

髪がキマると急いでクローゼットへ。トップスには買ったばかりのバーガンディーのタートルネックニットと決めているから、下は黒のミニスカートをレギンスと合わせて。全体的に暗色になっちゃったトコは、ふかふかのティペットに一目惚れした薄いピンクベージュのポンチョコートで調節。

今日は荷物が多いせいでバッグまで拘れないのが残念だけど、デートに行くわけでもなし、まあいいかと部屋を出る。

階段を下りてダイニングに顔を出すと、せっせと朝食の準備に追われるお母さんがあたしに気がついて目を見開いた。


「あらッ。逸美はもう出かけるの?」


まだ早いんじゃない?と時計を見ながら話しかけてくる。


「今日は持っていくものが多いのよ。同じ課の男性みんなに配ることになって女子全員で割り勘した義理チョコ、あたしが代表で買いに行って預かってるの」


「あらやだ。本命チョコのひとつも渡す相手がいないのに、義理チョコを大量に買い込まなくちゃいけないなんて侘しいわ~」


ほほほっと嫌味っぽく笑うお母さんにイーッと歯をむく。横目でチラッと見ると、新聞で指と頭のてっぺんしか見えないお父さんの前には、可愛らしいラッピングの小さな箱が、空になって重ねられた茶碗の隣に鎮座していた。


「姉ちゃん!オレの!オレの分のチョコレートは?!」


それまでガツガツと朝食を掻き込んでいた直樹が、自分の分はないのかと大きな声を出した。


「ちょ・・ッ、直樹きたない!今ゴハンつぶ飛んだよ!も~気をつけてよねぇ。このニット、まだ新しいんだから!」


いつもなら野球部の朝練でとっくに家を出てるはずなのに、期末テストが近いからと当分部活はないらしい。そのせいで普段運動で発散してる体力が消化されず、無駄に元気で、冬だというのになんだか暑苦しい。


「ワカッタ、ワカッタ。ゴメン。で?オレにもチョコある?」


コイツ絶対わかってないって感じの棒読みの謝罪にカチンときたあたしは、かわいくない弟を無言で一睨みし、ポンチョコートを羽織ると直樹の前に手付かずで置かれていた野菜ジュースのグラスを掴んで立ったまま一気に飲み干した。


「いやだ。逸美ったら行儀が悪いわよ」


お母さんが文句を言ってきたけど、いつもよりも2本は早く電車に乗らないとラッシュに巻き込まれてせっかく買ったチョコが押しつぶされてしまう。


未だチョコチョコと騒いでいる直樹を無視して、あたしは大急ぎで用意を整えると、大きなバッグを引っ提げて「いってきます!」と家を飛び出した。




「えええっ?!逸美ンとこって義理チョコ配ったの?」


今日は珍しくお弁当持参の美菜と、今日も社員食堂でAランチの沖田くん、それと最近会社の傍にできたサンドイッチ専門店のB・L・T(ベーコンレタストマト)に嵌ってるあたしの3人で、社食の隅のテーブルでランチタイム。

一緒に持ってきたらしいペットボトルのレモンティーで苦手なプチトマトを流し込んだ美菜は、あたしの課では義理チョコを配ったと聞いて驚いた。


「今時~?義理チョコって言葉すらだいぶ廃れてきたのに。なんか時代錯誤ねぇ」


「そうだよな。近頃ほとんど聞かねえもんなー。・・いや、貰えるンだッてんなら貰いたいけどさ」


なんだか遠回しに「チョコ欲しい」と言ってるように聞こえ、あたしはクスリと笑った。同じく催促の意図を感じ取ったらしい美菜は、ふ~んと鼻を鳴らしジト目で沖田くんを睨む。


「へー。そう?沖田くんはそんっっっなに義理チョコ(・・・・・)が欲しいのぉ?」


義理チョコは用意してなくてごめんね?と、ニコニコ笑顔の美菜に、沖田くんの口元が引き攣る。

「チガウ!」とか「本命チョコのほうがいい!」とか、しどろもどろになって必死で弁解している。


「あーもー、痴話ゲンカは他所でやって下さーい」


最近のリア充は独り者の目の前で遠慮がないなぁ・・大きなため息とともにぼやくと、二人は同時に振り返り、「そんなんじゃない!」とハモった。


あたしがまだ残ってるサンドイッチを片付けにかかり、バクンとパンにかぶりついている間も二人は楽しそうに言い合っている。

早くもカカア天下の兆しを目の当たりにし、沖田クン頑張れ!と胸のうちでエールを送る。でもその一方で、幸せそうな二人の様子を羨ましく思う気持ちがふくらみ、あたしはとっくに仕舞い込んだはずのプラスチックカプセルを思い浮かべ、今更ながらにちょっとだけ落ち込んだ。




終業時刻を迎えると、可哀相な残業組みを残し、大体の社員たちはとっとと仕事を切り上げて、帰り支度を始める。そのまま帰宅するヒト、寄り道してから帰るヒト、アフターの予定はそれぞれだ。

あたしは美菜に食事に誘われたけど、即刻辞退した。恋人同士の大切なこの日に、沖田くんそっちのけで美菜を独占とか絶対できない。睨まれちゃう。

二人で行ってきなさいと送り出し、あたしは早々に帰宅した。


「姉ちゃん、おかえり~。チョコは?オレにチョコ」


朝と同じセリフで出迎えられて、()がり(かまち)でグッタリと脱力する。99%くらいの可能性でそうクルだろうと予想してたけれど、実際にでかい図体のワンコみたいに幻の尻尾をブンブン振って、「チョコは?チョコは?」と纏わりつかれると、とにかくウザイの一言に尽きる。


「もー、学校で貰わなかったの?」


昔と違って今は『友チョコ』なるものがあるじゃない。最近じゃあチョコは必ずしも女の子が買うものって訳じゃなく、男の子だってバレンタインの特設売り場で見かけるようになった。

更に凄いのは手作り男子が急増だそうで、お菓子作りなんてできないあたしは朝の情報番組でそれを聞いた時、思わず「女子失格で悪かったわね!」と取材アナウンサーに向かって怒鳴ってしまった。


「姉ちゃん!」


「もう、ウルサイ!ちゃんと買ってきたわよ。ほら!手を出してっ」


片手を出した直樹に、両手を出しなさいと促す。言われたとおりに両方の掌をそろえた弟の目の前に、あたしは帰りがけに寄ったコンビニのビニール袋を持ち上げた。


「いーい?ちゃんと受け取りなさいよ」


前置きして袋を逆さまにする。途端、バラバラと音をたてて落ちてきた物に、直樹は目を丸くして慌てふためいた。


「うわっ!たっ!とっ!ちょっと待ってッ。姉ちゃん、これ幾つあるのッ?」


掌から溢れ、足元にも散らばる色とりどりの小さな正方形。目を丸くして呆然とする直樹の様子にあたしは大満足。手の中のものが落ちるのを恐れて身動きが取れなくなった弟の横をすり抜け、さっさとダイニングへ向かう。

背後で「サンキュー!」と嬉しそうな弟の声がした。



食事とお風呂を済ませて自室に戻ったのはいつもよりも少し早い時間。コートとバッグをベッドの端に放り出し、バスタオルで髪を拭きながらドレッサーの前に座ると、化粧ッ気のないスゴく普通の顔をしたあたしと目が合う。

年に一度の恋の日に、なんであたしはこんなつまらなそうな顔をしてるの?


鏡に映ったバッグに目をやる。朝はチョコが入っててパンパンだったけれど、今はちょっぴり真ん中が膨らんでいるだけ。

中に入っているものに思いを馳せ、あたしはどうしたいんだろうかと自身に問う。

ゆっくりと立ち上がりベッドの脇へ。カーペットの上に直に腰を下ろすと、眼の高さにあるバッグの中を探る。

取り出したのは直樹にあげたのと同じチロルチョコレート。コンビニでこれを見つけたとき、あ、これなら入るかもって思ってしまった。

手元にカプセルがないからってわざわざ人目を盗んでガシャポンまでやって、ホント、今日のあたしはどこか変。


昼間、ラブラブの美菜たちを見せ付けられたせいで、いつの間にか毒されていたのかもしれない。


送らないよ?送るつもりはないよ。と誰に対してなのか判らない言い訳をしながらカプセルを開け、スタンダードなのと白くまの二つを入れてみる。丁度きちっと収まったソレと、クローゼットとを交互に見遣った。


・・・・・・ずっと支えになってもらってたから。そう、お礼。恋愛は関係なく、お礼ならチロルチョコの二つくらい送っても全然おかしくないよね?


振るとコトコトと鳴るカプセルを持ってクローゼットの足元にしゃがみこむ。一番奥の部屋の角は照明が射さなくて真っ暗だ。

まるで初めてのときみたいにドキドキと鼓動が早くなる。

一度大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせることに・・・成功しなかったが、あたしは中のチョコが解けちゃうんじゃないかと思うほどにずっと握ってて温くなったカプセルを、そうッと暗がりへと送り出した。



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