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明るいクリスマスソングと煌びやかなイルミネーション。吐く息は白く空気は刺すように冷たいのに、街を行くカップルや家族連れ、友達同士と様々ではあるが、誰かと一緒にいる人たちはみんなとても楽しそうに見える。

ショーウィンドー越しのディスプレイはとてもキレイで、ガラスに映る色とりどりの電飾のせいもあって、まるで宝石箱の中をのぞいているみたい・・・


「・・だっちゅーのに、なんでアンタはそんなこの世の終わりみたいな顔してるのよ!」


真っ白いフワフワもこもこのファーが首筋を覆うロング丈のダウンコートに身を包む美菜は、なんだか天使みたいで凄くキレイ。なのにさっきからずっと両手を腰に当ててぷぅっとふくれっ面ばかりで、せっかくのオシャレが台無しだ。

思ったことを口にすると、


「逸美がそんな景気の悪い顔してるのが悪いんでしょー!」


と、ますます怒らせてしまった。


このところのあたしは全然元気がないからと、クリスマスは同期のさびしい独り者女子で集まろうと美菜が鍋パーティーを企画したが、だけど当然と言えばその通りなんだけど、この時期の女友達はみんな薄情で、結局あたしと美菜だけになっちゃった。

二人っきりはさすがに寂し過ぎるからと、沖田君にも声をかけて呼び出したけれど、それでも3人。何処へ行く?何を食べる?と考えても、思いつくところは殆どが予約でいっぱい。仕方なくオシャレで素敵なレストランは諦めて、やっぱり混んでいるファミレスで食事した。


店を出て時間を確認すると、まだまだ夜はこれからってカンジの宵の口。でもどうしても気が乗り切らないあたしは、帰ると告げた。


「えー、なんだよー。オレ、合流したばっかりじゃん」


ブーブーと文句を言う沖田くん。美菜も一緒になってあたしを引き止める。


「ごめんね。でもやっぱり帰る」


二人には気を使わせちゃってるなぁと思う。そんな大切な友達へあたしからもクリスマスプレゼント。


「せっかくなんだから、この後は二人でデートをお楽しみ下さい。沖田くん、明日まで美菜のこと貸しとくから、よろしくね!」


うすうす二人の気持ちに気付いていた。いつも3人でいるし、積極的に見えてその実ちょっぴり引っ込み思案な美菜の背中を押すのなら、今日のこのときが最良で最高のチャンスだ。

ふざけ合っていても恋を悟られないようにどこか一歩引いていた美菜と、少し(?)お調子者ってカンジだけど本当はちょっとシャイ(死語?)な沖田くんもでも、クリスマスという特別な日に好きな人とムード満点のツリーのイルミネーションなんか眺めちゃったりしたら・・・っ。


お揃いの赤い顔であたふたとする二人を残し、あたしは手を振って帰路についた。

週の初めだというのに人々は一様に浮き足立っている。もちろん普通に会社帰りってカンジのサラリーマンとか、言っちゃ悪いけどクリスマスには縁遠そうなオジサンなんかもいるけれど、街全体、日本全体で見たならほぼクリスマスカラーに染められていると言えるだろう。


電車に乗るため駅へ。改札を抜け、ホームに着いた頃ポツポツと雨が降り出してきた。

朝見た天気予報を思い出す。夜半を過ぎる頃には、雨は雪に変わるかもしれないと言ってたっけ。

あたしは確かめるように手を差し伸べてみる。明日も会社だ。指先に当たった雨粒に、このまま雪にならないでねと願っていた。




「おかえりー。姉ちゃんのぶんのケーキ取っといてあるよ!」


リビングに入るなり、目はテレビゲームに釘付けのままの直樹が「ていやっ!」とか「おっほっ!」とか変な掛け声の合間に言ってきた。ローテーブルの上にはクリームで汚れた皿と、薄い琥珀色の炭酸ジュースが僅かに残るグラスが置かれている。


「あら逸美、帰ってたの?」


どうやらお父さんがお風呂に入ってるらしく、着替えを持ったお母さんがあたしを見て困ったとつぶやいた。


「なんで?」


「だって、お夕飯もう片付けちゃったのよー。逸美のチキンは直樹が食べちゃったし・・」


「うわわっ!母さんっ、シーッシーッ!」


慌てた直樹が必死で口止めをするが、お母さんは何処吹く風って感じで、ひょうひょうとシチューならあるわよとつづける。


「な~お~き~・・」


「だって、姉ちゃん外で食って来るんだと思ってたんだもん!」


だもんって・・・。アンタは小学生かっ。でかい図体のくせに本気で怯える弟の姿に、あたしとお母さんはため息を吐いた。


「お~い、母さん。着替え~・・ハ・・・ックション!」


廊下の向こうからお父さんのくしゃみが聞こえ、あらっ!とお母さんは急いで脱衣所にかけてゆく。

()のご両親も仲がいいと書いてあったけど、ウチのお父さんたちも負けてないなぁと微苦笑した。そして思い出した彼という存在に気持ちが重くなる。


「姉ちゃん・・・ごめんね。怒ってる?」


おそるおそる訊ねてくる直樹に怒ってないよと告げ、あたしは階段へと向かった。

人気のない部屋は真っ暗で、ヒンヤリと冷え切っていて寒い。照明とファンヒーターを点け、室内が少し温まるまでコートを着たままドレッサーの椅子に腰掛けて、ぼんやりと鏡の中のあたしを見ていた。


【考えさせて】


そう送ったのは紛れもなくあたし。彼からの【気にしないでくれ】との手紙に、1週間もしてから一言だけ【ごめんね】と返答したが、それからは音信が途絶えたままになっている。きっとあたしから送った方がいいのかもしれないけれど、彼の頼みを断ったんだと思うと気まずくて、どうしてもカプセルに触れられなかった。


チラッと壁に下げられたカレンダーを見る。1ヶ月以上の空白。彼は今頃どうしてるんだろう。

普通に考えたらクリスマスに独りアパートにいるはずない。彼女とデートとか仲間とクリパとか、きっと出かけてて部屋にはいないだろう。

もうすぐ転勤なら、別れを惜しむ相手と時間の許す限り一緒にいたいと思うはずだ。それが恋人でも、そうじゃなくても。


じゃあ・・・あたしは?


彼がアパートを引き払ったら、もう二度と接点は訪れない。彼の住む部屋があたしの部屋と繋がってるといっても、彼の前に住んでいた人の気配は感じた事がなかったし、何かおかしな物を拾った覚えもない。

彼だから、彼だったから神様はふとした気まぐれを起こしたのかもしれない・・


急に鼻の奥がツンと痛くなってきた。正面に座るもう一人のあたしの顔が段々と歪んで見えなくなり、目尻から何かがこぼれる感触がした。

バカだなぁ、あたし。ホント・・馬鹿。

顔なんかわかんなくても、名前も知らなくても、こんなにあたしの中は彼で占められている。

これを恋と呼ぶのは違うだろうケド、精神的に彼に救われ、一緒に楽しかったり、一緒に怒ってもらったり、慰められて褒められて、あたしもいっぱい彼に共感したりした。

すっかり生活の一部だった。すぐ傍に彼がいるように思っていたのに・・・


臆病なあたしが、関係に亀裂を入れてしまった。

きっと彼は怒ってる。相手があたしだったことを残念に思ってるかもしれない。


抽斗から、甥っ子にあげようと思ってたのにあげられなかったピンクのモンスター人形を取り出し、両方の掌で包み込むように握る。額を押し当てると、これまでに書かれていた文面がひとつ、ひとつ、と過ぎった。



部屋は十分に暖まったけれど、次から次へと溢れる嗚咽に邪魔され、暫くコートを脱ぐ事ができなかった。



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