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スミマセン!

リンクしてない箇所を発見したので、遅ればせながら書き直しました。本当に申し訳ございませんっ

学生時代も平日の中で『金曜日』はなんとなく特別な気がしてたけど、社会人になると更にそう思うようになった。

終業時刻が近づいてくると課内でも「帰りにどう?」とか、「待ち合わせの店どこだっけー?」なんて聞こえてきたり。他の曜日では感じられないそわそわした空気と、残業で上がるに上がれない居残り組みの恨みがましいオーラとが交じり合って、落ち着かない雰囲気が漂う。


「ね!帰りにさぁ、ゴハン食べに行こうよー」


終業とともにすでに帰り仕度が整った美菜が、まだデスクで作業するあたしの隣で「ねぇ!ねぇ!」と、まるでミルクをねだる仔猫みたいに騒いでいる。


「オキくんも誘ってさぁ~」


同期とはいえ、あたしたち短大出と4年生大学卒の沖田くんとは2つの年の差があるにもかかわらず、ちょっとノリが軽くてやんちゃなイメージのカレは新人研修時期から当たり前のように『くん』付けされている。


里菜(りな)がおススメ!って教えてくれたバール、行ってみたいのよぉ。ね、ね、逸美ぃ」


里菜は美菜の年子の妹で、現在大学3年生。聞くところによると、今年の後期には就活が始まって忙しくなるからと、夏休みまでと限定して頑張って(?)遊んでいるらしい。

美菜以上にパワフルでオシャレな里菜ちゃんを思い浮かべ、ウッカリ笑ってしまった。


「いいよ。でもちょっと待って。コレだけ片付けちゃうから」


打ち込みが終わってプリントアウトした書類をとんとんと揃え、左上をクリップで留めた。

PCはデータ保存をかけて電源を落とし、簡単にデスクの上を片付ける。そこへタイミングよく沖田くんが顔を出して「メシ~」と力なく訴えてきたものだから、あたしたちは同時に吹き出した。


外に出ると()だる様な蒸し暑さ。梅雨が明けてからはほとんど雨が降らず、連日ジリジリと太陽にうなじを焼かれたが、今日は久々に雲が空を覆っている。しかし炙られる様な暑さではないものの、湿度が高く(まと)わりつくムシムシ感が気持ち悪い。

涼しい社内と外気温との差に、一気に汗が噴出す。慌ててハンカチを取り出し、メイクが落ちない程度に額を押さえた。

経費節減だからと社内の冷房の設定温度が昨年より1℃2℃上げられた。それでも外に比べたら当然建物の中は涼しいし、湿度も調節されている。一部の暑がり男性社員たちからはブーイングもあったらしいけど、基本的にオフィスに詰めてる女性社員たちの評価は概ね良好で、ブーブーと文句を言う男たちは我らが女性軍の代表・お局(・・)小夜子サマの氷のまなざしの前に沈黙した。


「あー、早く冷たいもの飲みたいよー!」


手で首筋を扇ぎながら美菜が叫ぶ。普段はオシャレに命を懸けているためにウェーブのかかったボリュームのある髪はおろしていることが多いのだが、さすがに今はアップにしている。

日に焼けていない白いうなじに巻き上げられずに落ちた一房の髪が、汗で濡れた肌に張り付いてちょっと色っぽい・・・はずなんだけど、花より団子?女の子のうなじよりも「ビール!ビール!」とゴキゲンで騒いでいる沖田くんの姿に、思わず苦笑がもれる。


電車で二駅移動し、若者が中心でにぎわうオシャレでリーズナブルなお店が増えた繁華街の、メインストリート沿いにあるまだ新しいスタイリッシュな感じのリストランテ・バールへと向かった。


「あ、ここ!逸美ッ、沖田くん早く早く!」


妹にもらったと言う雑誌の切り抜き片手にキョロキョロとしていた美菜がいち早く発見し、衆人の目も気にせず大声であたしたちを呼んだ。

店内は金曜日なこともあり、かなり混み合っている。

ラフなスタイルにギャルソンエプロンのイケメンが席へと案内してくれた時にはもうすでに美菜のテンションは上がりまくっていて、一緒にいるのが恥ずかしいくらいにきゃあきゃあと目移りしてはしゃいでいた。


「いや~、眼福眼福!里奈が言ったとおりだったわ。めっちゃイケメン揃い!」


今時年配の人だって使わないような言葉を繰り返し、「例え料理がまずくても許すわー」と失礼なことを言いながらウットリとギャルソンたちを眺めている。


「ん~やっとビールにありつける・・俺はやっぱモレッティかな。美菜たちは?」


「バールって言ったらもちろんワインでしょー。逸美どうする?カクテルもあるよ」


女性客が断然多い中で微塵も居心地の悪い様子のない沖田くんと、どこでもすぐに馴染む美菜がサクサクと飲み物と料理を頼み、注文した物が運ばれてくると、賑やかな店内にも負けない声で「かんぱーい!」とグラスを掲げた。

テーブルの上に並んだのは、飲む(・・)ことを前提にしたとしか思えないメニューの数々。生ハムのブルスケッタもカプレーゼも好きだけど、二人ほどアルコールに強いわけじゃないあたしとしては、もう少しちゃんと夕飯らしい一品が欲しい。・・で、結局トマトソースのニョッキを注文しちゃった。


カクテルをちびちびと舐めながらご機嫌で楽しい時間を過ごしていると、9割がた女性客の高い喧騒の中に、絶対に間違えようのない、聞き覚えのありすぎる声が鼓膜に届いた。


「こっちも食ってみろよ。結構うまい」


「えー?あたしバジルってあんまり好きじゃないのよ」


「おいコラッ。じゃあ何でバールがいいなんて言ったんだよ」


少し離れた席に恋人の姿を見つけ、心臓がドキンと大きく鳴った。

向かい合いにロングヘアーのうしろ姿があり、楽しそうに歓談するカレの笑顔にカクテルでフワフワとしていた頭の中は一気に覚め、料理の味が急にわからなくなった。


黙り込んでしまったあたしの様子を怪訝に思ったのか、美菜が「どうしたの?」と訊き、釘付けとなったあたしの視線の先を見た。


「ね、帰りにワイン買って帰ろ?」


自然な感じで、ごく普通に些細なことをねだる彼女の声。セリフに込められた意味にカレは当然のように応えている。


「・・・逸美。もしかしてあの男・・」


隣であたし以上に顔を強張らせている美菜に、そして向かい側でさっきまでの陽気さを引っ込めてしまった沖田くんに苦笑をして見せ、あたしはバッグから財布を取り出した。


「えっと、あたし先に帰るね。あたしの分置いてくから、二人はゆっくりしてって・・」


全然ダメ。全然ちゃんと笑えてない。でも精一杯自然になるように振舞って、美菜があたしを呼ぶ声に手を振り、店を出た。

席を立った時にふとカレのほうを見ると、今頃になってあたしに気付いたらしく、カレの表情が一瞬固まったようだった。・・・それでもやっぱり追いかけてはくれなかったけど。




「ただいま・・」


会社を出るときに一応食事をして帰宅すると連絡しておいたけど、中途半端な時間に帰ってきたうえに、しょんぼりと肩を落としていれば当たり前に家族は心配する。

ダイニングでくつろいでいた両親に声をかけたあたしに、二人は何かを察したらしく「おかえりなさい」とだけ返した。


「なんだよ姉ちゃん、財布でも落としたのか?」


リビングの前を通りかかると、ソファでスナック菓子をつまみながらポータブルゲーム機を操作している弟があたしに気がつき、ちょっとふざけた口調で訊いてきた。

会社の友人とと言ってあったから、まさか失恋したなんて思わない直樹はずけずけと無遠慮に続ける。


「せっかくの金曜日なんだからデートでもして来りゃあいいのに。カレシいるってこの前自慢してたじゃん」


「・・いない」


「あ?」


よく聞こえなかったようで、聞き返してくる悪気のないのんきな表情の直樹をギロッと睨みつけ、もう一度「いない!」と怒鳴って自室のある二階に駆け上がった。

部屋に入ると八つ当たりして、バッグをベッドに投げつける。ドレッサーの前にドカリと座って、鏡の中のあたしを睨みつけた。


電車の中で独りいろいろと考え、駅について改札を抜けた頃、カレからメールが来た。

話がしたいから明日(・・)電話すると言う内容に、ああ、今夜さっきの彼女と過ごす予定を変える気はないんだ・・と、カレの心はあたしには向かってなかったのだと思った。

もうカレとは駄目なんだなと解っているのに、コチラから別れると返信することもできず、鬱々とした気分で帰宅した。


今頃あのヒトと一緒にいるんだ・・そう思うと涙が出そう。悲しいのと悔しいのが交じり合って、この胸の奥に渦巻いたドロドロと重苦しい(おり)をどうしたらいいのか・・どうしたら苦しくなくなるのか解らない。

ドンッと踵を踏み鳴らす。頬杖をついた両手で目を覆い、更に二度三度と踵を打ちつけた。

泣きたくない。なんだか一度泣いたら傷ついた自分を認める気がして・・・

掌から溢れたしずくを胸元で拭う。湧いてくる涙をどうにか止めたくて、深呼吸して天井を見上げた。


カサッと背後で微かに音がした。

振り返っても何も無く、網戸を抜ける風が僅かにカーテンを揺らしているだけ。

鏡のほうへ向き直ると、再び後ろからカサカサッと軽い物が転がるような音がする。


またきっと直樹のハムスターだと思い、先日掃除したばかりのクローゼットと壁の間を覗き込んだ。


・・・予想に反してそこ(・・)はキレイなままだったけれど、なにか白くて丸めた紙のようなものが落ちていた。

ハムスター対策にと用意した孫の手(・・・)を使い、掻き出して開いてみると・・


「レシート・・」


覚えのないコンビニのレシートだった。


「え・・ウソ、なにコレ?何でこんな物があたしの部屋に・・・」


しかもレシートに記されたコンビニの住所は行ったことのない遠い他県で、記載された品物の羅列を追うと,弁当や缶ビールと並んでシェービングフォームや男性向けのマンガ雑誌も。


暫し首を傾げて考え込んでいたが、好奇心に負けてレシートの店の電話番号に掛けてみる。自分でもそんな訳ないと思いつつ呼び出し音を聞いていると、プツッとコールが途切れ「はい。XXXマート、〇〇店です」と、若い男性の声がした。

慌てて間違い電話を装いスミマセンと謝って通話を切ったが、レシートのコンビニが実在している事がわかった今、ひとつの可能性が浮かんできた。

SFじゃあるまいし、そんなバカな・・・突飛な発想を否定しては、でも・・と、否定を否定する。


レシートを握り締め、ジッと暗い隙間を睨んでいたが、すっくと立ち上がりチェストの上に置いてあった丸い物(・・・)を手に取った。

キュキュッと回して開き、中身を取り出す。ピンクの可愛らしい(?)モンスターはガラステーブルの端に立たせ、代わりにカプセルにはメモ用紙に小さな文字で一言だけ書き、折りたたんでフタを閉めた。


もう一度クローゼットの前に座ると、奥の角を狙って用意したカプセルを転がす。・・カツンと音がしてカプセルは壁に当たり、奥まで行かずに止まってしまった。

孫の手で掻き出す⇒再び転がす。を数回繰り返し、コレは無理かな?と思った直後、それはすぅッと視界から消えた。


「うわっ!やだっ!ホントに消えちゃった!」


目の前で起こった事象に興奮し、30分位前まではほぼ確実に失恋だと落ち込んでいたあたしは、泣きそうだったことも忘れ、凄い!を連発して喜んだ。

テンションMAX状態でバフンとベッドに倒れこみ、バタ足で夏掛け布団の上を泳ぐ。無駄に体力ばかりを消耗して、汗びっしょりになってやっと我に返った。


【あなたは誰ですか?】


起き上がって窓を閉め、クーラーのスイッチを押した手元をぼんやりと見下ろしながら、返事は来るかな?とか、もっと興味を引きそうなことを書けば良かったな・・などと小さな後悔がうまれてきた。

メモを書いたときはまさか本当にカプセルが消えるとは思ってなかったから、思いついた一言をそのまま記して転がしたけれど、今更ながらに「あなたは誰ですか?」なんて不躾過ぎだったんじゃないだろうか?


それから暫く待ってみたけどその日はそれっきり。結局返事らしき物は無く、やっぱりあたしの思い違い?とか、もしかしてレシートの相手に届かなかった?とか、向こうのヒトが送り方を知らないとか?などと考え始め、せっかくの休日だというのに一日中悶々と悩みまくってた。


夜になり、とうとう我慢できなくなったあたしは、『いつみのたからばこ』と拙い子供の字で書かれたプラスチックケースから小さい頃に集めたビー玉を取り出し、夏のあいだ重宝しているベビーパウダーを纏わせると、クローゼットと壁の隙間に勢いよく転がした。

全部で20個あったビー玉は、結局のところ渡ったのは1・2個らしく、掻き集めて何度か繰り返してみたが、その後は成功しなかった。


ダメか~と落胆し、ベッドに腰を下ろす。懐かしい香りを漂わせる懐かしいあたしの宝物を眺め、幼い頃の将来の夢は確か『お嫁さん』だったなぁと、自分のことながら微笑ましさに頬が弛んだ。


コツン・・


ベッドに座ってレシート片手に思い出に耽っていると、微かに軽い物が当たる音がした。

急いで隙間を覗き込む。昨日送り出したはずのカプセルを見つけ、拾ってフタを開けた。


【そちらこそ誰ですか?】


質問を質問で返されたことにちょっとムカッときたあたしは、相手の問いには答えず、【そこは何処ですか?】と更に質問を書いた。が、しかしこのあと何度挑戦しても上手くカプセルを送れず、毎日何度か試し、あの交信はあの瞬間だけの奇跡だったのかもしれないと思い始めた頃、やっとカプセルはあちら(・・・)へと渡った。


【こちらは関東です。そちらは?】


実に5日ぶり。忘れられていなかったと少しホッとした。あまりにもコチラのことに気を取られ過ぎていて、すっかり元気・・とまではいかないが、失恋に落ち込んでいる感じでもないあたしの様子に、週明け会社で会った美菜と沖田くんは、安心したと苦笑をしていた。

かなりアバウトではあるが、今度はちゃんと答えが返ってきたなぁと思った。でも残念なことに、すでにレシートで知っていたことだった為、相手の質問の答えはもちろん、次なる問いを書いて再びクローゼットの後ろへ。


【中部です。そこはあなたの家ですか?】


【はい。アパートで一人暮らしです。あなたは?】


【あたしは実家です。このカプセルはあなたの?】


【オレの甥のものです。そちらは・・・


メールと違って遣り取りに時間がかかる。何度も交信を繰り返す度にカプセルを送り出すのは上手くなるけれど、平日の夜だとカプセルが二度往復をすればかなり遅い時間になってしまう。




「眠いぃ・・」


昼休み。いつもならあたしから誘いに来るはずなのに来ないと心配して課を訪れた美菜は、デスクに懐くあたしをポカンと見下ろし、不思議そうに訊いてきた。


「どうしたの。アンタ最近、毎日寝不足じゃない?」


後頭部をガシガシ撫でられて「にゃ~・・」と変な声がでる。


「ふっふっふ・・実はココのところ文通してるんだ♪」


「文通?メールじゃなくて?・・今時?」


「ふっふっふ・・」


目の下に隈を作りながらも満足そうなあたしの笑みに、美菜は不気味!と言って一歩下がった。



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