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遅くなってスミマセン。
「あー・・それ、絶っっっ対オンナいるわ!」
隣でお弁当をつついていた美菜が、あたしの弁当箱からミートボールをひとつ盗みながらそう言った。
「俺も美菜に一票」
彼女に倣ったのは美菜を挟んだ反対側に座る沖田くん。
このところ雨が続いたせいでずっとお昼は社員食堂でとっていたケド、久々に晴れたこの日は会社の近くにある公園の、今は葉が生い茂る藤棚の下のベンチでランチタイム。課は違うけど仲良し同期3人組はお昼を一緒するのはほぼ毎日で、今日もまるで約束したみたいにココに集まった。
カレシができたことは言ってあったけど、最近余り会えなくて特に何も報告することが無かったし、なぜか二人ともカレへの印象があまり良くないから恋バナは意図的に避けてたのに・・・
「オカシイだろ?一人暮らしがどんだけ生活苦なのかはわからないけど、一週間まるまるバイトはないだろ~!聞いたところじゃ4年生のこの時期なのに卒論・就活っつってもあんまり切羽詰った感がねえしさ。なんかさぁいろいろ隠してそうじゃん?カレシ」
「そうそう!なんか口ばっかりってカンジする。・・・悪いコト言わないからさ、別れたほうがいいよ?」
二人の心配そうな顔を見てもすぐにウンとは言えない。
「えと・・今夜にでもちょっと踏み込んで訊いてみる。もしかしたら本当に忙しいだけかもしれないし・・・」
訊くにしても最近カレは同じ電車に乗っていないし、携帯にかけてもきっと留守電になってるからメールの方がいいかもしれない。・・と言っても大概がずいぶん後になってから二言三言かえってくるだけなんだけど。
同い年でも学生と社会人じゃ生活のリズムとか、物事の考え方とかって違ってきちゃうから付き合うなんて無理だったのかな?
片想いの時期が長かったせいか、あの日、カレの「付き合う?」の一言にあたしはすっかり舞い上がっちゃってた。今も勿論カレが好きだけど、少し距離を置いた・・と言うか置かれたことでいろいろと見落としてるモノがあるんじゃないかと思い始めてる。
カレの話からエスカレートして、自分たちの知りうる最低人間、果ては嫌な上司とはと言う題目で盛り上がる二人を横目に、気付かれない程度の小さなため息を吐いた。
さっきから口に運ぶでもなく、箸の先で弄んでしまっていたブロッコリーが、つつき過ぎてバラバラになってなんだかマズそう。本音を言うとブロッコリーってあんまり得意じゃない。
ちょっと眉を顰め、思い切ってパクンと頬張った。
終業時間どおりにあがり、寄り道もしないで帰宅すると、台所でお母さんが揚げ物の真っ最中だった。
「アラアラ、早かったわね。今日は木曜日だからもっと遅いかと思ってたわ」
その言葉にちょっとだけムッとし、ダイニングの椅子にドスンと腰を下ろした。
「そんなの結構前の話じゃない。最近は木曜だってこの時間よ」
「そ?・・じゃあ早く帰ってきたんだから手伝ってちょうだいよ。お母さんは揚げ物係。逸美は千切り係ね。そこにキャベツ出てるから」
「今夜は手作りメンチカツよ~」と歌うように献立を報せるお母さんの目の前には、油の中でキツネ色になって泳ぐまんまるいフライ。ちょっぴり不恰好だけど慣れ親しんだお母さんのメンチは家族みんなの大好物。
仕方ないなーとか良いながら手を洗い、包丁を手にキャベツに挑んだ。
暫らく無言で作業に没頭していると、隣からクスリと笑う声が聞こえた。見れば菜箸片手にメンチカツをひっくり返しながらニコニコしているお母さんの横顔。
「どうしたの?」
メンチのなにが面白かったのかわからず、その手元を覗き込んだ。
「ふふふ。なんかねー逸美とこうやって一緒に台所に立つのが楽しくて。ちょっとね思い出してたの。初めてココでお手伝いするって隣に並んだ時のこと」
「・・・」
覚えてる。あれはたぶん小学1年か2年の頃。友達が母の日にお母さんにカレーを作って褒められたって聞いて、あたしもやるっ!って意気込んだんだ。・・・けど、結局最後までちゃんと作れなかった。
ジャガイモを切ってるとき、ウッカリ指を切っちゃって大泣きしてしまったから。お母さんもビックリして救急箱を取りに行ったり、絆創膏が無い?!とか大騒ぎしたおかげで、そのあと漸く(お母さん作)出来上がったー!って時になって炊飯器のスイッチを押してないことに気がついた。
「ご飯が炊ける前に逸美ったら「おなかすいたー!」って騒ぎ出して、我慢できずに菓子パン食べちゃったのよ。そしたらもうカレーはイラナイとか言い出して、我儘ばかり言ってんじゃないってお父さんに怒られたのよねー」
まるで昨日の事のように細々としたところまで覚えているお母さんに「やぁめぇてぇよー」と抗議しながらも、子供として愛されてる実感に胸の奥が暖かくなる。
「いいじゃないの、思い出話くらい。・・そっか、逸美もお年頃だもんねー。お嫁に行っちゃったら、なかなかこんな風に一緒に台所に立つなんて出来なくなっちゃうかもしれないものね。これは今のうちにいっぱいお手伝いしてもらわないと」
「・・・あたしに手伝いをさせるための口実でしょ。ソレ」
二人で見合わせて同時にうふふっと笑い出す。その後も終始ふざけたり笑いあったりしながら作業を進め、用意が整ったところで丁度お父さんと、部活で遅くなった直樹が帰ってきた。
「おかえりー。今夜はメンチカツだよー」
「マジッ?!やりぃ!」
育ち盛り食い盛りの中学生男子は大喜びで騒ぎ出したけど、なぜかお父さんは黙ったまま、ジッとあたしを見下ろしていた。
「どうしたの?」
「・・いや、なんでもない」
首を振りダイニングへ向かうお父さんは途中で足を止め、ちょっとためらう様子を見せたあとに続けた。
「何か悩んでいるなら聞くぞ?・・と言っても最近の子供は親に相談なんてしないだろうが。まあ、何はともかく無理はするな。それとムリヤリ明るく努める必要はない」
家族なんだからと締めくくられて、ダイニングへ入っていくお父さんの背中が僅かに涙で歪んだ。
4人で食事をし、後片付けまで手伝わされたあと自室に戻ると、ドレッサーの前に座り鏡の中のあたしと向き合った。
まだメイクを落としていない、少し疲れた感を漂わせているあたしがコチラを見ている。
お母さんに言われたとおり、カレと付き合いだした当初はカレのバイトの休みに合わせて、木曜日の仕事帰りにデートの予定を入れていた。だけどG・Wの前から木曜日もバイトになったと言われ、残念な気持ちを隠して「仕方ないね」と笑って、現在はカレの連絡待ちになっている。
実を言うと、今日は美菜と沖田君にご飯食べに行こうと誘われたんだけど、もしかしたらと言う可能性を考えて断ってしっまた。
「アンタ、なんか楽しくない顔してるよ・・」
映った自分の顔を掌で隠しても、隙間からのぞく目はやっぱり寂しそう。お父さんに指摘された時はドキッとしたけど、こんな顔をしてるんじゃ心配させても仕方がない。
気を取り直すつもりで両方の頬をパンパンと叩き、美菜たちに言ったことを実行しようと携帯を手に取った。
『今度いつ会える?』
「・・・」
『メールじゃなくて声が聞きたい』
「・・・」
『本当にあたしのこと好き?』
「・・・」
打ち込んでは送信できずに消される文章は、あたしが言いたくて言えないもの。自分の本音を目の当たりにして、気分は急下降気味だ。
すっかり落ち込みモードのあたしは携帯をドレッサーに置き、もうお風呂に入って寝ちゃおうッと不貞寝計画を立てた。
洋服ダンスの抽斗に手をかけたとき、ふと横にあるクローゼットの先・・正確にはクローゼットと壁の間に目が止まった。透明で丸いものが照明の明かりを反射して光っている。
また直樹のハムスターがなにかを運び込んだのだろうと手に取ると、ソレは久々に見る、なんだか懐かしさを呼ぶ物だった。
ガチャガチャのカプセル。中には巷で人気の、可愛らしいピンクのモンスター人形がひとつ。
あたしだって小さい時はやったし、年の離れた弟がまだ(かわいい)小学生だった頃にも、せがまれて小銭を渡してやったことが何度かあった。
なんでこんな所に?と思い、次には中学生になってまでモンスターキャラクターのガチャガチャか!!と、ちょっと悲しくなったけど、家族と言えど個人の趣味にまで口を出すのはルール違反かもと思い直し、見なかったことにしてそうっと弟の部屋に繋がるふすまを少しだけ開けると、隙間から静かに転がしておいた。
翌日、オレの部屋に変な物を置いとくな!と直樹に怒られ、じゃあアレは誰のものなんだろう? と二人で首を傾げたのだった。