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最近のあたしはちょっと心が広い。
たとえばコンビニのレジで無愛想な店員に当たっても、駅のホームで後ろに並ぶオジサンが大きな声でくしゃみをしてビックリさせられても、2時間も並んでやっと買ってきた有名店のケーキを弟の直樹に食べられちゃっても・・・やっぱりコレはダメ!
えと、ケーキはともかく自分が幸せだといろいろなことが許せるようになる。
今日だって普段なら絶対に騒いでいるはずの、突然の侵入者との遭遇にも怒らなかったし、それどころか・・
「うわあああああああっ!姉ちゃんナニやってんだよッ!!」
「ヒトの部屋に勝手に入ってきておいて騒がないでよ。うるさいわね」
無断で入ってくるなり大声で叫びだした無法者に文句を言った。
家は一戸建てとはいえ古くて狭いから、隣の弟の部屋とはふすまで仕切られているだけ。だから何かあるとわざわざ廊下に出ることなくガラリと開けて顔を出してくる。
着替えの最中だったらゲンコツひとつじゃ許さないんだから。
「そんなことはどうでもいいんだよ!」
ズカズカと近寄ってくると、直樹はあたしの膝元にいた小さな白と茶色の毛玉を抱き上げた。
せっかくあたしのおやつを分けてあげてたのに。
「変なもん食わすなよ!死んじゃったらどーすんだ!」
野球部に所属する弟は、素振りのせいでマメだらけの堅い掌で「おーヨシヨシ、もう大丈夫だぞー」とか言いながらその毛玉を撫でている。
「変なモンじゃないもん。ただの〇ーブルチョコレートじゃん」
「馬っ鹿!どーぶつは大体なんでもチョコはやっちゃダメなんだよ!中毒とかになんの!」
「えっ!うそっ?!」
冗談抜きに結構あせった。直樹が来るまでに2・3個は食べさせちゃってるから。
ホントに?と訊けば、ちょっと考え込み自信なさげに頷いた。
「こいつ分けてくれた天野がそう言ってたんだよ。犬猫とかにチョコはダメって」
「・・・ハムスターじゃない。それ」
「・・・・・・」
あたしの指摘に、直樹は手の中のペットを見下ろし・・そっぽを向いた。
「ゴールデンウィーク?」
カレは不思議そうな顔であたしを見下ろしてくる。
久々に電車の中ではなく、デートといっても差し支えないよね?ってカンジの二人っきりの逢瀬。張り切り過ぎない程度におしゃれして、アクセサリーはあたしの好きなイエロー系の石のついたイヤリングとブレスレット。本当はピアスにしたかったケド、やっぱりちょっと抵抗があって今回は保留。
待ち合わせ時間が遅かったこともあり、PM1時を回った頃に空腹を覚えた。お昼をかねて、ちょっとおしゃれなお店のテラス席でティータイム。そんな中、悩みに悩んで・・思い切って訊いてみた。
「ウン。どうするのかなって思ったから」
一緒にいたい、二人でどこかに行きたいとハッキリ言えず、なんとなく予定を聞いてみましたを装う。
これまでだって全然カレシがいなかったわけじゃないけど、自分が凄い美人じゃないことぐらい解かってるから、いつもあたしは控えめに徹する。もっと言いたいこと言ってイイよって言ってくれた人もいたけど、どうしても遠慮がちになっちゃう。
それにはちょっとしたトラウマがあって・・・
中学生の頃、大好きだった人に言われた「図々しい」の一言。
バレンタインデーにクラスの女子のほぼ全員で男子たちに友チョコを渡そうと言う話になった時、当時好きだったクラスメートのカレについでと偽ってチョコを差し出したが、「いらない」と拒否された。
『オレ、可愛いヤツからしか貰わないことにしてるから』
持田から貰ったらオレのポリシーに反する。なんて胸を張って断言したカレを、女子数人がギャイギャイと非難した。
『なによ、アンタ!自分が女の子の顔に文句つけられるモンだと思ってるの?!』
『そうよ!逸美が可哀想じゃないっ』
口々に責め立てて来る彼女たちの勢いに気圧されたのか、やや怯んだカレはとうとうキレた。
『大体、ブスのくせに男にチョコ贈ろうなんて図々しいんだよ!おいっ、持田!お前が悪いんだからな!そんなチョコ、捨てちまえ!!』
もしかしたらあたし一人を指したセリフでは無かったのかもしれない。引っ込みがつかなくて勢いで出てしまっただけの可能性のほうが高いと、今なら思える。だけどあの時はあたしに向けられた言葉だと思ったし、一度負った心の傷はそうは簡単に癒えたりしない。
それからのあたしは、恋はしても何処か消極的で、今現在カレシのこのヒトに言ったみたいに告白めいたことはできなかった。
常に一歩引いた姿勢で。絶対に図々しいと言われないように。だから、
「連休はほとんどバイトだなー。あとは論文。G・Wの間に研究室の改修やるってんで、ウチで資料と睨み合いだろうな」
全然期待しなかったわけじゃないけど、ダメだと分かるとやっぱり落ち込む。どうした?と訊かれれば慌てて笑顔を作るけど、内心は残念で仕方が無い。
「そろそろ出よっか?」
伏せてあったオーダー伝票を取り立ち上がる。カレは「悪りっ」と片手をあげ、ポケットから携帯を取り出すと後ろを向いてポソポソと話し出した。
「おい、今マズいんだよ。・・ああ、・・・え?わかった。あとで連絡する。・・ああ・・・」
凄く気になった。気になったけど、何も訊けなかった。
店を出た途端に急用だというカレと別れ、寄り道せずにまっすぐ帰宅したあたしは、腹立たしさに任せて着ていたカーディガンを荒々しく脱ぎ捨てた際、耳朶につけられていたソレの存在を忘れてしまっていた。
「痛ぁっ!」
思い出したときには遅く、カツン!と音をたてて小さな花は、安い組み立て式のクローゼットと壁との隙間に飛び込んだ。
「やだ!まだ買ったばかりなのにぃ・・」
自分が悪いのは承知してるけど、ブツブツと愚痴が漏れるのはしょうがない。
緩慢な動きで隙間に手を伸ばし、中を探って・・・直後、悲鳴を上げるハメになった。
「なっ、直樹ぃぃぃっ!ちょっと来なさぁぁぁい!!」
掴みだした右手いっぱいのもの、ティッシューや雑誌の切れ端、ひまわりの種に、薄茶色の抜け毛の塊。
足元を見下ろせば生きた毛玉が、「返して!」とでも言いたそうな丸い目であたしを見上げていた。